240. ふにゃッ!!


「ムリ無理無理むりぃぃぃぃッ!」

「二人で」

「はーい、楽しんでってくださーい」

「ホントにムリなのぉぉぉぉっっ!!」


 全力で抵抗する愛莉を強引に引っ張って、瑞希のクラスの出し物であるお化け屋敷へ。ウチのクラスにも劣らぬ盛況ぶりだが、ルートが短いのか、順番は思いのほか早くやって来た。


 先ほどまでの威風堂々とした姿はどこへやら。大層な格好に見合わず、涙目で奥歯をガチガチと震わせ、衣装の袖を頼りなさそうに掴んでいる。


 案内役の女子生徒に誘われ教室の戸を開けると、椅子に座る瑞希の姿が。



「あ、やっぱ長瀬か。ハルもいらっしゃーい」

「ん、来たで」

「中までギャーギャー言ってるのメッチャ聞こえて来たよ。どんだけビビってるん長瀬。ウケるわ」

「はぁぁっ!? 私がっ!? ビビってる!?」

「今更通用せんやろそのイキり」


 小馬鹿にしたようケラケラと笑う瑞希に対し強気に出る愛莉であったが、膝をガタガタと震わせながら凄まれても説得力は壊滅的である。


 まだスタートすらしとらんのに。

 本番どうなんだよ。なにが起こるんや。


 これでも愛莉のビビり性は良く理解しているつもりだ。雷の音だけであれだけ怖がってしまうのだし、お化けが苦手なのも話しに聞く限りなんとなく知っている。


 単純に、瑞希のクラスの出し物がどんなものか見てみたかったというのもあるけれど。半日の間、愛莉の凛とした可愛らしい姿ばかり真横で見せられているものだから。ここらで調整しとかないと。



「えーっと、じゃあ説明すんね。この教室で昔、自殺者が出ちゃったらしくてさ。テストで超簡単な問題を間違えて、それに絶望して死んじゃったらしいんよ」

「なんやその雑な設定。メンタルザコ過ぎやろ」

「まーまー。そーゆーわけで、この教室には死んだ子のオンネンが溜まってるから、途中で殺されんよう気を付けてね」


 一応それらしい世界観があるらしい。どんだけ真面目過ぎる学生だよ。琴音より性質悪いな。



「なによそれっ……!? この学校で自殺した人がいるなんて聞いてないわよ……ッ!!」

「いや、だから設定……」

「出口の前でその死んじゃった子が間違えた問題があって、それ解かないとゴールできないかんね。ちなみにあたしは解けなくて、二人の前に化けて出てるから」

「じっ、じゃあ私にも解けないじゃないッ!?」


 いや、瑞希の学力を基準に語るなって。自分たちで簡単な問題言うたやろ。露呈してんぞ色々。


 適当な話で愛莉をおちょくる瑞希という構図はいつもと変わらない。しかしお化け屋敷というフィルターを前に、正常な判断力を失っているのは明らかであった。



「はい、懐中電灯。あっ、道の途中でお助けアイテムっぽいのもあるから、頑張って探してね。まー言うほど助けてくれないけど」

「なら用意すんな」

「やだっ! やだっ! お家帰るぅぅっっ!!」

「おら、行くぞ」

「いやああああああああ゛ああッッッッ!!!!」

「ばいばーい♪」


 強引に右手を掴み経路を進む。黒いカーテンがシャっと閉められ、見送る瑞希の姿も見えなくなってしまった。



「……結構暗いな。懐中電灯無しじゃ歩けへんわ」

「むりっ、むりっ、むりぃ……!」

「おい、目ェ瞑んな腕引っ張んな。進めねえだろ」

「なんでアンタは平気なのよぉぉっっ……!!」

「言うて偽モンやろこんなん……」


 本気で怖がっていらっしゃる様子の愛莉さん。両腕を俺の右腕に絡め、決して離さないと言わんばかりにグッと抱き着いている。


 あの、二つほど凸が当たってるんですけど。

 俺としてはそっちのほうが気になるんですが。


 しかし言い出すにも憚れる。

 それはそれで物理的な恐怖が襲ってきそうで。



「行くぞ。怖えならさっさと抜けるこった」

「ゆっくりッ! ゆっくりゆっくり! お願いだからねぇねぇッ!!」


 もうツッコまんいちいち。



 机と椅子を積み立て、カーテンを被せることで構築されたのであろう真っ暗な道のり。国会中継で見た牛歩戦術にも劣らぬスピードで、一歩にも満たぬ歩幅を維持し進んでいく。


 全く前へ進もうとしない愛莉を、俺が無理やり引っ張っている状態だ。これじゃいつゴール出来るか分かったものでは無い。


 しかし、恐怖で一杯の愛莉を更に陥れようと、仕掛け人たちは次々とトラップを発動させていく……。



「ぬうぉオオっっ!!!!」

「ヴェアアアア゛アアアアア゛アアアアアアアアア゛アアッッ゛ッッ!!!!」

「……………………」



「ぶうぉおおおおおッッ!!」

「びゃああ゛あああああああ゛ああ゛ああアアア゛アああああ゛ああああッッ!!!!」

「……………………」



「わぁぁぁぁぁっっ!!」

「にょぼおオオ゛オオおおお゛おおオオおおおおお゛おおお゛おおァァッッッッ!!!!」

「……………………」



 まず先に鼓膜の心配をすべきだった。


 仮装した仕掛け人が物陰から現れるたびに、奇声にも似た絶叫を上げる愛莉。フットサル部や教室で見せる堂々した振舞いなど見る影もない。


 ここまで怖がってくれたら、やってる側楽しいだろうな。客としては愛莉の方が優秀なんだろうけど。いやしかし。



「着いたぞ……ほら、これが例の問題だろ」

「早く解いてっ! もうやら゛ぁっ!」


 自力で脱出する気ゼロかよお前。

 若干どころかメッチャ幼児化しとるやん。


 腕に掛かる力は一層強まり、抜ける気がしない。柔らかい感触が全身へ伝わり、怖いものも怖くなくなってきそうだ。というか、だいたい愛莉のせい。まるでお化けに集中出来てない。


 まあええわ。鼓膜が破れる前に出よう。



「えーっと……x+3=7? クソ簡単やんけ」

「出れるっ? ここから出れるのっ!?」

「ええから黙っとけもう」


 式を記入する必要も無い。答えは4だ。


 まぁ文化祭のお化け屋敷なんて年齢層も幅広いだろうし、誰にでも解けるレベルの問題を用意してたんだろうな。この程度なら小学生でも、頭捻れば簡単な計算問題だと分かる。


 懐中電灯の照らす先には、恐らく赤いペンキで書かれているのだろう「ここに向かって答えを叫んでください」との文字が。


 なんで叫ぶ必要あんねん、と突っ込む気力はもう残っていなかった。瑞希のよう分からんアイデアが諸々詰まっているのだろう。深くは考えん。



「おら、答え4やって。愛莉お前が言え」

「……ほんとにっ? 本当に合ってるの……っ!?」

「これも分からんなら小一からやり直せ」


 机の上のペーパーに記された問題を覗き込み、恐る恐る「ここ」と記された場所へ顔を近づける。



「……よ、よんっ!!」

「…………あれ、なんもねえな」

「待っ、待って……ヒントって書いてあるわ」

「ヒント?」


 赤い文字の下に小さく「何も起こらないときは、言い方を変えてみよう!」と記されている。言い方……というと、4の他の言い方ってことか。


 ……あー。なんとなく分かったわ。

 瑞希の考えそうなアイデアやこれ。



「……よ、よっつ?」

「…………」

「ふっ、ふぉーっ!」

「…………」

「じ、じゃあ……………………し?」


 その瞬間、周囲を囲っていた壁がバキっと破られて、あちこちから仮装した人間がゾロソロと湧き出て来る。し=死ってことか。


 単純過ぎて笑う。が、そんなし掛けも愛莉には効果抜群。



「フにゃああああ゛あああああ゛ああああアアア゛アあああああああ゛ああああ゛ァァあアアアア゛アアア゛アッッッッ゛!!!!!!!!」



 いよいよパニック状態の愛莉……いや最初からずっとだけど。少し余裕を持って考える時間を作ってしまったが故の弊害か、更に恐怖心を煽ってしまったようで。


 発狂したように俺の腕を引っ張って、順路を突き進む。帰り道を正確に選べたのだけは褒めてやりたい。



 そのまま突っ走った先には扉が。外で待機していたスタッフも色々と察するところがあったのか、割と早い段階でドアを開け待ってくれていた。


 ようやく明転したところで、勢いのまま廊下の壁へ突っ込む。というか、思いっきり投げ飛ばされた。なにしてくれてんねん、俺を盾に使うな。無意識で。


 背中周りを少しばかりの鈍い痛みが遅い。

 やがて腹部へも大きな衝撃が。



「ゴフッッ!!」

「ふにゃッ!!」


 座り込んだ拍子に顔を腹の辺りへ埋めて来る。

 傍から見れば、結構危ない光景だった。

 色んな意味で。



「ったぁ……おい、愛莉。大丈夫か――――」

「はるとおおおおおお゛おお怖がったよおおおおおお゛おおおっ゛っ!!!!」

「わっ、ちょ、おまっ、鼻水拭くなッ!」


 泣き顔を思いっきり押し付け、鼻水を垂らす愛莉。抱き合って死地からの生還を喜び合うホラー映画のそれとは、似ても似つかない惨状。


 受付係だった瑞希まで教室の外へやって来る。それから行列客の生暖かい目線に囲まれながら、愛莉が泣き止むのを待つ羽目になるのであった。



「……………………そんなんなるかな普通」

「なるかなっつうか、なったわ」

「あ、そう……」 


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