136. 一番似合わない場所


 ライトアップのおかげで辛うじて判別できる暗い道なりを並んで歩いている。合間をすり抜けるように通る潮風が、伸び始めた黒髪を乱暴に掻き混ぜて行く。



 例のパフォーマンスショーで謎に大喝采を浴びてしまった手前、閉演後も妙に周囲の観客から注目されてしまい、足早に水族館のエリアを立ち去ることとなった。


 ただでさえ立っているだけでも目立つ奴が隣にいるのだから尚更である。逃げ込んだお土産コーナーの人ごみに埋もれてしまえば、それほどの苦労もなかったが。



「似合わねー。シロイルカに謝ってハル」

「お前が勝手に選んで勝手に買ったんやろ」

「まーまー怒んなって~。ほら、一枚一枚っ」

「撮らねえよ」


 小脇に抱えるには少し大きすぎるシロイルカのぬいぐるみを抱いた俺を見て、スマホをかざしながら可笑しそうに笑っている瑞希。


 期待していたわけではないが、彼女の言うところの「ご褒美」とは、予想通りとは言えばそれまでではあるのだけれど。まぁ、やっぱり、こういうのだった。


 結局彼女もコウテイペンギンのぬいぐるみを買っている。何だかんだ、一番お気に召したご様子で。



 誰に指摘されるまでも無く、ぬいぐるみの類には一切の興味が無い。ベッドに置いてあっても快眠の役には立たないし、暇なときに話し掛けるようなタイプでもない。琴音じゃあるまいし。


 けれど、彼女からのプレゼントを蔑ろにするほど、俺は人間出来ちゃいないし或いは貧層でもない。それだけのことだ。


 きっと何食わぬ顔で、このシロイルカも俺のベッドに鎮座し続ける。そして気付きもしないうちに、六畳ワンルームの部屋に定着してしまうのだろう。


 何の気なしに。当たり前のように俺の隣に立っている彼女と、同じように。



「あっ」


 突然道中で立ち止まった瑞希。


 駅に向かう桟橋へ歩いているわけだが。

 まだ遊び足りないとでも言い出すつもりか。

 さすがに疲れたんだけど。お前の相手やぞ。



「観覧車、乗ってねーや」

「……あー。忘れとったな」

「あっちゃー……もう動いてないよね?」

「こんな時間やしな」


 もはや朧げなパンフレットに載っていた営業時間を遡るが、ほとんどのアトラクションは20時を過ぎれば止まってしまう。現に周囲の乗り物も既に運転は終了していた。


 観覧車、ね。

 いや、いいんだよ。いいんだけど。


 昼間の一件以降、それこそデートのようで限りなくそれから遠い空間をお互い意図するまでも無く演出してきたわけであるが。


 そんなわざとらしいものに乗ってしまったら。

 また余計なことを仕出かしそうで。


 確かに言ったけどな。デートしようって。

 でも、今だって精一杯だって、分かってる。


 俺も。きっと、彼女も。



「…………うん。いーや。やっぱ」

「……ん、そっか」

「むしろ、ハッキリしたっていうか?」

「は。なにが」

「あたしとハルじゃラブロマンスは無理だなって」

「……そうか?」


 妙にすっきりしたような。

 けれども、どこかもどかしさを孕んだその表情。


 彼女の真意は一欠けらだって伝わってこない。

 いつもそうだと言われれば、何も返せないが。



「うん、まぁ、あたしも悪いんだけどさっ。ハルと遊ぶの普通に楽しいし、なんか、デートって感じになんなかったっていうか。まーハルが圧倒的に悪いけど」

「どういうこっちゃ」

「んー? まあまあ、気になさんなって」


 お前もか。勝手に考えて一人で解決するな。


 ともかく、似たようなことを考えていたという事実だけは一致しているようであった。お前と一緒にいると、それだけで満足できてしまう何かが、やっぱりあるんだろうか。



 それ以上を望んでいるわけでもない。

 進展も、発展も。必要不可欠ではない。

 お前の隣に立つと、尚のことそう思う。


 なら、どうしてこんなに居た堪れない気分になるのかと。その理由は、やはりいくら考えたところで出て来やしないのだけれど。



 でも、本当は。


 分かってる。分かってるんだよ。

 実に簡単で、分かりやすい。

 単純なロジック。


 終わり良ければ全て良し。

 とはよく言ったもので。


 今この瞬間。お前がそうやって、納得いかないような、煩わしい顔をしているから。俺はまた、こうしてらしくもないことを口にしようとするのだ。



「なら、最後にちょっと付き合えよ」

「……どっか行くん?」

「俺らに一番似合わない場所や」




*     *     *     *




 通り道を外れ、少し歩きづらい急斜面の階段を登り続ける。時間にして10分も掛からない。彼女はそれでも疲れた、疲れたと文句を垂れていたが。


 真っ暗な明かりも無い坂道を進み。

 平凡な暗闇が嘘のように、視界が開いた。



「えっ、なにここっ……すっごぉーーっ!!」

「……だから言っただろ」

「わーっ! お花の門だぁーっ!」


 大して広くも無いシーワールドの数少ない穴場スポットとして有名……らしい、多種多様な色とりどりの花に囲まれた、丘の広場。勿論、事前情報はない。普通にパンフレットに載っていたから、来れただけだ。


 徒歩で来れる場所では一番標高の高いこの広場からは、周囲を海に囲まれたシーワールドの全貌を360度見渡すことが出来る。


 その先に広がる海原も。

 少し離れた都会の眩い光も。


 今だけは、独り占め。



「誰もいなくねここッ! 超独占じゃんっ!」

「花火がある日は結構混むらしいけどな」

「へーっ……知らなかった、こんなのあるなんて」


 落ち着きなく周囲の景色をグルグルと見渡す瑞希。サプライズとしては大成功だな。そんなつもりはないが。


 さて。この丘の広場であるが一応の特色として、景色が楽しめる。季節ごとの花を楽しめるという以外に、もう一つチェックしておきたいものがある。



「ねーっ、これなーに?」

「幸せの鐘、だってさ」

「まー幸せになるでしょ、カネあるなら」

「そのカネちゃうわ」


 テンプレートなツッコミが珍しく機能したところで。二人並んで「幸せの鐘」のもとへ歩み寄る。


 白い骨組みの塔に囲まれたそれは、その気になればウェディングベルと言い切っても通じる程度には似通ったデザインをしている。


 そして、こういうものには色々と付き物で。

 足元の表示を瑞希が顔を近づけて読み上げる。



「ふーん……想い人と一緒に鐘を鳴らすと、永遠の幸せを手に入れることが出来るという伝説……いや怪しいな。こーいうのどこにでも書いてある気がする。うん」

「急にリアリズム発揮すんなよ」

「えーっ。だって嘘っぽいじゃん」


 景色と花畑はともかく、こちらにはあまり関心が向いていない模様。どっちかっていうと、こっちの方が反応すると思っていたのに。やっぱコイツ分からん。



「……まっ、ならちょうどええやろ」

「……へ、なにが?」

「鳴らそーぜ、せっかくやし」

「……えっ? あたしいまプロポーズされてる?」

「そういうことではない」


 言うまでもなく、真剣な告白をするつもりなど全くない。いや、それを断言してしまうのもまた少し悲しいところではあるが。


 ともかく、それは本命じゃない。当然、景色を楽しみたいが為に連れてきたわけでもない。


 もう少し、ハッキリするかもしれないと。

 ただ、なんとなく。なんとなく思っただけ。


 彼女が俺に求めるもの。

 俺が彼女に求めるもの。


 或いは、求めていないものも含めて、全部。



「……おー、結構響くね」

「そこそこうるせえな」

「あけましておめでとうございまーす」

「煩悩まみれの頭しといてなに言うてん」



 そして、アディショナルタイムが始まる。



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