34. 高校生ってみんな急にラーメン評論家になるよな
そのまま帰路に就かず、学校と自宅の合間ほどに位置するスーパーに足を運ぶ。
頻度はそこまで高くない。コンビニである程度の生活は賄えるし、仕送りとバイト代を合わせれば節約する意味もさほど感じないが。
それでも安い冷凍食品と惣菜を求めてしまう。
簡単な話、飽きが来てしまったということだ。
毎日コンビニ弁当では、身体にも悪いし。
自分の身体について再び考え出したのは、本当にここ最近である。カロリーなんて一々気にしちゃいられないが、バランスの取れた食事は心がけたい。
どれもこれも、アイツらに付き合い出してからのことだ。
無駄な抵抗だと分かっている。
所詮、気休めにしかならないのも分かっていた。
「あれ、廣瀬じゃん。奇遇だなこんなところで、買い物かぁ?」
「…………峯岸か」
「おいおい、教師に向かってその口の利き方はなってねぇなぁ。別に怒んないけど」
総菜コーナーをうろついていると、あまり聞き慣れない声が一つ。
あまり出会いたくない奴と遭遇してしまった。いつの日か会ったときと同じようなスーツ姿、ポニーテールが映えるその女性の名は、峯岸綾乃。
以前の俺について詳しく知っている数少ない人物であるだけでない。個人的に非常に絡みづらい印象を持っていた。話しているだけで養分を吸い取られる感覚だ。長瀬と似ている。
「あー、そっか。関西だもんな。なに、下宿でもしてんの?」
「一人暮らしだけど」
「ほーん。まっ、今のうちに金の使い方を覚えとくのも悪くないな」
「……じゃ、俺はこれで」
「はいストップストップ。私はお前に用があるんだよ、色々な、色々」
片手の癖に中々の力だ、右肩が少し痛む。
強引に引き離しても良かったが。
あとが怖い。授業で余計に絡まれること必至。
あぁ、これだから嫌だったのだ。
神はどれだけ俺に試練を与えれば気が済むのだろうか。それに乗っかって気を良くする俺も。馬鹿だ。底なしに馬鹿だ。
「…俺は用は無いんだけど」
「うん、だから付き合え。気が変わったわ、どっか食べに行かね?」
「……はい?」
なにを言ってるんだこの人。買い物にまで来ておいて飯行こうって。というか、教師が一生徒をそういうのに誘うってどう考えてもダメだろ。
「あ、心配してんな。ヘーキヘーキ、こんなん大して問題ないから。それに……」
彼女の手は俺の胸ポケットへと伸びていく。
あ、待って。
それは、その。
「おい、おい、おい。なんだこの箱はぁ? お前法律って知ってるぅ? んん~?」
「…………何故気付いたし」
「最初に会ったときから胸ポケット透けてたし。いや~お姉さん悲しいなぁ~。あの天才サッカー少年こと廣瀬陽翔が、まさか未成年きつえ――――」
「行きます。御伴させてください」
これを持ち出されたらどうしようもない。
いや、その、本当に言い訳がましくてアレなんだけど、学校では絶対に吸わないんだ。
ただ、持ち歩いていたらカッコいいなというか。遅めの反抗期というか、そういうのなんだ。長瀬に言われて、最近は本数も減らしてるし。絶ってはいないけど。
「ほらっ、行くぞ!」
「ちょっ……力強ッ!?」
強引に腕を引っ張られ、スーパーを後にする。
もも肉、安かったのに。
しかしこんなところで飯に行こうなんぞ、一体どこまで連れて行く気だ。別に田舎というわけでも無いが、この周辺は俺が喜ぶような店など無いのだが。
まさか、一介の教師から飯に行こうなどと言われる日が来るとは夢にも思うまい。それもついこの間、初めて会話を交わしたという程度の相手と。
よほど俺に関心があるのか……とやや寒気もするところだが。冷静になって考えると、そういうわけでもない気がする。
「で、どこが良い? 特に無いなら行きたいとこあんだけど」
「決まってねえのかよ」
「まぁ良いだろ。奢ってやるからさ」
距離が近い。さっきから地味に手を掴んでいるし、そういうのに抵抗はないのかこの女は。無いんだろうな、恐らく。相手が俺だとか関係ない。
これくらいの距離感で生徒と接しているのが、彼女本来の姿なのだろう。それを差し引いても、あまり気分は良くないが。
背丈が変わらないとはいえ、成人女性がワイシャツの一学生を連れ回すそのシーンと言ったら。交番の位置を確認しないと。
連れて来られたのは、スーパーから住宅街に向かって数分の、小さなラーメン屋だった。
俺が良く行っているラーメン屋もこんな感じだけれど。扉のなかを覗いても、客がほとんどいない。穴場にしては狙い過ぎだろう。
「ここ。来たことある?」
「いや、無いけど」
「嫌いじゃないだろ? いや、嫌いだったらちょっとびっくりけ、高校生ってみんな急にラーメン評論家になるよな。あれなに?」
「俺に聞くなよんなこと」
高校生の一般論を俺に語らせるな。
ズレているどころの話でないのは知っている。
やはり人のペースで会話をさせてくれない。長瀬や金澤にも言えることだが、どうして俺の周りにはこう強引な女しかいないのだろうか。
無性に倉畑が恋しい。決して下心を持ったなにかではなく、ただひたすらに、清涼剤として。漬け合わせに楠美がいると尚良い。
「ここ、結構美味いんだぜ。めちゃくちゃな味の好みもバシッと合わせてくれるからさぁ」
「はぁ……まぁ、奢ってくれるなら別に、なんでも構いませんけど」
成すがままに店内へ。
本当に狭いな……カウンター席だけか。
奥の一つを一人埋めただけで残り四つしか無い。
どうやら食券すら無いらしい。頭上に掲げられているメニューしか頼れるものは無さそうだ。
「どれにする?」
「じゃあ、しょうゆとんこつで。好みは……普通でええわ」
「けぇー、面白くねえなあ! ここは「アブラにんにくマシマシ」とかボケ噛ますところだろ!? しっかりしろ関西人ッ!」
「いってぇッ! 背中叩くなボケっ!」
なにこのクソみたいなノリ。
ラーメンが出てくる間、心地よくない沈黙が店内を支配する。BGMの一つも無いここで、聞こえてくるのは店主が作業する物音だけだ。
スマホでも触ろうとポケットに手を伸ばすが。テーブルに肘をついて顔を乗せ、こちらを覗き込みニッと笑う峯岸が目について、どうも気後れする。
「……んだよ。俺の顔は見せモンちゃうぞ」
「いや? 普通の高校生だなぁ、とか思ってた」
「普通もなんも、ただの高校生だけど」
「そうじゃなかっただろ、お前は」
過去形で言い包めた辺りに彼女も思うところがあったのか。言葉にもため息が交じる。微笑こそ崩しはしないが。
よほど昔のことについて話させたいのか。
今となっては過ぎたことだし、別に嫌とか、そういうわけじゃないのだけれど。ただ、それを単なる過去として片付けてしまうのは、どこか引っ掛かった。
それがもはや、届かないものだとしても。
「ラーメンくらい誰でも食べるだろ。向こうのは、こっちほど美味くねえけど」
「へぇ、そうなん?」
「さぁ……ほら、来たぞ」
やや太めの年老いた店主が無言で丼を置く。片手ずつで良く持てるもんだな、とかちょっと考えていた。峯岸から意識を遠ざけたいが一心で。
「あぁ~染みるねぇ~……この鶏ガラのスープがグッと来るんだこれが」
「……美味いは美味いけどよ」
「あっ、今「コイツオッサンみたいだな」とか思っただろ。正解正解、でもこう見えても心はまだ乙女だから。セーフセーフ。なっ?」
「なっ、じゃねえよ」
結局、コイツはわざわざ飯に誘ってまでなにがしたいのだろうか。ここまで特に、俺についてなにも聞いて来る素振りは無いし。
俺が話し出すのを待っているのだろうか。
だとしたら、見当違いも甚だしいが。
「さてと、頃合いだね。質問タイム入って良い?」
「……………」
「あっはは。私から誘っておいて、なにも聞かないとかね。ナイナイ、それとも単純に男女のアレとか思った? んっ? 正直に答えろ青少年ッ!」
「……メチャクチャっすねアンタ」
「おっ、ちょっと笑ったな? 私の目は誤魔化せねえぜ、少しずつ気を許してる感出てるねぇ~」
その一言さえ無ければ、もうちょっと笑ってやっていただろうに。口元をキュッと引き締める。
何だかんだ、峯岸の良いように扱われている気がするな。楠美が対処に困っていたのも頷ける。それにしたって気が緩み過ぎな俺も大概だが。
スープもろとも噛み締めるように啜ると、彼女は雄弁に語り始めた。
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