14. お金無くて都心まで行けないのかな。可哀そう


「シューズって高いんだね……もうほとんどお小遣い残って無いよ」

「新作やしな。じゃ、腹も減ったし飯でも食うか」

「そういうの、追い打ちを掛けるって言うんだよ」


 雑なフリにも笑顔で返す優しさが辛い。


 一通りの買い物を終えた俺たちは、すぐ傍のエスカレーターから地上に上がりフードコートを訪れる。ちょうど小腹が空く時間だ。アイスでも買うか。俺は今日初のご飯だけど。


 結局、倉畑は中外のシューズ二足と、少し多すぎるくらいのウェアを買った。そんなに必要無いと忠告はしたが、本人曰く「真面目に練習するならこれくらい必要だよ」とのこと。


 疑いの無い真っ直ぐな瞳が俺の心を綺麗に打ち砕いたことを、彼女は知らない。



「マクドあるやん。あそこでええか」

「マクド……?」

「あぁ、こっちはマック言うんやっけ。ややこしいな、全国で統一せえや」

「そっか、廣瀬くん出身そっちなんだっけ」

「ん。一応な。関西弁馬鹿っぽくて嫌いやけど」

「でも廣瀬くん、割とコテコテだよね」


 生活区域の人間みんなしてそう話すのだから、俺だけ避けて通るのも難しい話だ。標準語に直そうと努力した結果、エセ関西人みたいな口調になってしまった。努力とは。


 適当にアイスっぽいものを注文し、席を探す。

 すると、だ。



「……なぁ。昼も聞いたけど、なにをそんなにキョロキョロして探しとるんや」

「えっ? あ、えと、そっ、そう?」

「買い物中もずっとあちこち見とったやんけ」

「あははっ……やっぱり隠せないよね……」


 やはり彼女は何かを探しているらしい。

 となると、昼にも挙げたストーカーの類か。


 それとも、俺と一緒にいるのを見られたくない友達とか。言ってて悲しくならんのかホンマに。



「別に無理して言う必要ねえけど、こうも落ち着かねえと飯も食えへんやろ」

「うーん、なんて言うのかなあ。ちょっと過保護というか」

「過保護?」

「悪いことされてるわけじゃないんだけどね?」


 どうやら彼女の動向を逐一追い掛けている誰かがいるらしい。友達か、それとも両親か。


 確かに倉畑は、見た目の印象だけならひ弱で意志薄弱なタイプに見えなくもない。そんな彼女を心配して、友人やご家族が警戒しているのだと言われれば、納得しないことも無いが。


 仮にご家族だった場合、俺はどう説明すればいいのだろう。クラスメートで部活仲間の廣瀬です。比奈さんにはお世話になっております。的な。結婚の挨拶かよ。



「誰やねんそれ」

「お友達なんだけどね。昔から過保護っていうか……よっぽどのことが無いと、出て来ないとは思うけど」

「なんや、絡んでこないなら別にええやんけ。ホンマに見守ってるだけやし」

「ならいいんだけど……廣瀬くんに変なこと言わないか心配で」

「言われ慣れとるし。別に」

「廣瀬くん、たまにどうしようもないほどネガティブ過ぎてちょっと困るよ」


 お叱りの言葉と精いっぱいの苦笑いを頂戴したところで、カウンター席に着く。


 ガラス張りで、前の景色が一望できる中々洒落た作りだ。見たところ店内には意外と学生が多い。もっと老人ばっかだと思っていたのに。


 お金無くて都心まで行けないのかな。可哀そう。ダメだ、気が狂いそう。ここですら精神が危うい。



「で、どんな奴なんソイツ」

「良い子だよ。頭がとっても良くて、真面目で、すっごく可愛いの」

「そんな奴がストーカー紛いなことしとるんか」

「ストーカーって……あー、でもあながち間違ってもないのかなあ」


 心配される側の人間からこんな扱いとかいよいよ本物だな。絶対に会いたくない。



「廣瀬くんとお買い物すること話したら、凄く心配されちゃって」

「お前かよ、俺に危険が迫ってる理由」

「変なことはしないよ、多分……」


 確証を寄越せ。


「わたしもちょっと浮かれてたから、つい、ね? なんだかデートみたいで」

「やめろって。俺もちょっと思ってたけど、言ったら速攻縁切られそうだから黙っとったんやぞ」

「ええー? 廣瀬くん普通に面白いし、ちゃんとみんなとお話したらすぐ人気者になれると思うよ?」

「それ、長瀬の前で言ってみろよ。熱が無いか心配されるぞ」

「だからっ、そういうところ」


 分からない。

 何故にそこまで評価してくれるのか。

 彼女も大概だ。


 そりゃまぁ、俺も友達や話し相手が欲しく無いわけではないけれど、実際こんなんだし。倉畑とこうして会話を紡ぐだけでも奇跡のような話なのだ。


 自意識過剰は死んでも御免である。擦り寄るくらいなら一人の方がマシに決まっている。



「わたし廣瀬くんのこと結構尊敬してるんだよ?」

「嘘つけって。尊敬する要素ねえだろ」

「確かに授業はちゃんと受けないし、悪口ばっかり言ってるけど……でも、そういうのに全然抵抗が無いところとか。なんか、わたしには無いモノいっぱい持ってるなって。関心はしないけどね?」


 ストローを咥え微笑を浮かべる彼女に、柄でも無く意表を突かれる。


 彼女も不思議な人間だ。不意に見せる表情はどこか小悪魔染みたなにかを彷彿とさせて。

 真面目で優秀な女子高生という端的な評判など何一つ当てにならないと、そう思わされる。



(尊敬、ねぇ)


 言わんとしていることは分かる。


 人間は、自分に無い何かを持っている誰かに惹かれるものだそうだ。となれば、彼女は俺の捻くれた性格に何か違いを見出していて。

 反対に俺は、表面からは見えない彼女の奥深さのようなものをどこかで魅力に感じているのだろう。



(精々それが失望に変わらなけりゃええな)


 その言葉が彼女に向けたものか、俺に向けたものなのか。答えてくれる奴なんている筈もないのに。グルグルと頭のなかを飛び交うばかりであった。



「ちょっとお手洗い」

「ん。行ってら」


 こういう小さなやり取りにも彼女の知性というか、らしさが感じられるというか。

 長瀬だったらきっと「トイレ行ってくる」だし、金澤なら「おしっこしてくる」とか臆面も無く言い放つのだろう。酷いレッテルだ。



「…………ん?」


 などとどうでも良いことを考えていると、何やら背中に違和感というか、視線というか。


 気になって背後を見渡してみるのだが、特にこちらを見ている誰かの様子は確認できない。なんだ。もしかして倉畑が感じていた視線の正体だとでも言うのか?



(まぁ、接近するならチャンスやな)


 倉畑が席を外した隙に俺へ文句の一つでも噛ますなら絶好の機会である。


 曰く普通の可愛らしい友人ではあるようだが、俺からすりゃ一日中倉畑の様子を影から伺う本物のストーカーという評価以外の何物でも無いわけで。



(メンドいな……ただの買い物だったのに、倉畑の親かなんかかよ)


 ため息もほどほどに、カウンターに座り直したそのときであった。



「………………」



 目の前に、それはいた。

 というか、ガラス越しで。



「………………」



 顔が、ガラスにへばり付いているんですけれど。

 その、可愛い顔が台無しなのでは。

 目が、目がバッキバキですお嬢さん。



「………………」

「……こっち、来る?」

「お言葉に甘えて」



 声が通ったことよりも、普通の対応をされたことの方がよっぽど鳥肌であった。


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