第38話   レボルグ沖海戦

 連邦領内を電撃的に突破した帝国軍主力はイーレハ宙域を制圧しついにアウストレシア星域の重要惑星リボルグの正面に展開した。

 残念ながら完全な包囲下にはおけなかったがいくつかの航路を押さえ。その動きを制限させることに成功した。

 帝国軍は惑星攻略戦の構えを見せる。

 連邦軍もそれを黙ってみているわけではない。

 小規模なハラスメント攻撃を断続的に行い、帝国軍の集結を妨害する。


 「敵水雷戦隊。撤退を開始。損害は軽微です」

 「ポイントKL30付近にて、敵正反応あり。迎撃せよ」


 帝国軍旗艦では多くの情報が処理されていく。


 「長距離雷撃の反応を探知。コード04 反応弾です」

 「迎撃。最優先だ。分離する前にできるだけ叩け」


 

 数日にわたり小競り合いを繰り返した結果。

 連邦軍の間断ない妨害を排除しついに帝国軍は全部隊を攻撃位置につけた。

 

 「閣下。第62重砲連隊。配備完了いたしました。全部隊配備完了」


 待ちに待った報告にミハエル・ケッセルリンク提督は満足の笑みを浮かべた。


 「よろしい。プリッロンド作戦開始」


 ケッセルリンク提督は指揮杖を振り下ろすと、参謀たちが動き出す。


 「ヤー。前衛各戦隊前進を開始せよ」


 帝国軍前衛を構成する水雷戦隊が一斉に前進を開始した。その数7個戦隊。計84隻。


 「各重砲連隊。斉射開始」


 分離式の巨大なジェネレータから膨大なエネルギーを取り出せる重砲艦がその前進に合わせて一斉に火を噴いた。戦艦の主砲を凌駕するエネルギーが連邦軍陣地に打ち込まれる。


 「第二陣。前進位置まで進出せよ」


 前衛部隊の進出によって空いた空間には後方からの部隊が素早く前進し埋めていく。


 「連邦軍。要塞砲の発砲を確認」


 連邦軍防御陣地からの反撃が始まった。前衛部隊に砲火が集中する。


 「重砲連隊は要塞砲を狙え。前衛部隊を撃たせるな」


 援護射撃を行う重砲連隊に連邦軍の要塞砲の一部が反応した。

 戦艦の主砲を上回る砲撃が重砲連隊に降り注ぎ、一隻の艦が一撃で轟沈した。


 「ヨルムンガント08号艦、喪失」

 「砲撃を維持せよ。400後に配置転換」


 要塞砲は威力、射程、防御力に秀でている。まともに撃ち合えば重装甲の弩級戦艦ですらひとたまりもない。

 一見、隙の無い要塞砲だが欠点もある。それはその用途上、防衛目標の惑星の軌道面から動けないことだ。下手に動くとそこからの突破を許してしまう。分厚い装甲を生かして真正面から撃ち合うしかない。一方重砲艦は戦闘艦に比べて機動力は劣るが配置転換が容易であるのを生かして、何回か砲撃を行うと移動し、また砲撃するを繰り返すことにより攻撃を受けるリスクを分散。要塞砲にダメージを与えた。 

 惑星リボルグを巡る戦いは、要塞砲群が破壊されるか重砲艦が損害に堪えかねて撤収するかの根競べとなった。

 帝国軍は絶え間ない砲撃を行う。連邦軍が要塞砲を修復する時間を与えてはならない。

 要塞砲が沈黙しない限り、艦隊は迂闊に前進できない。時間を稼がれると連邦軍の援軍が到着するだろう。そうなると二正面作戦は避けられない。


 「砲弾量の管理を徹底させよ。後方のデポからの配送状況を出せ」

 「第105補給基地から補給部隊が進発しています。手持ちの砲弾と合わせれば1基数に達します。問題なく撃ち合えます」

 「補給ラインの警備状況は」

 「現在、航路上には警備部隊は存在しませんが、補給部隊には十分な護衛戦隊を配備しています」

 

 補給担当の参謀の言葉にケッセルリンク提督は首をかしげた。


 「航路防衛の部隊がいないだと。私は引き抜きを命じていないが、誰か転用したのか」

 

 居並ぶ参謀を見渡す。


 「はい。閣下。先日ご報告いたしましたが、第117補給基地が連邦軍の潜入工作により破壊されましたので、これ以上の連邦の浸透を防ぐため、航路の護衛部隊のいくつかを再配置いたしました。そのために航路防衛のローテーションに問題が発生しております」

 「別動隊か。空母を中心とした部隊が展開していたな。現在地は捕捉できているか」

 「はい。閣下。いいえ。正確な所在は把握できておりません。恐らくTGD77航路のどこかに潜伏していると予測できます。連邦軍の主要航路に最も近く、我々の補給線を妨害できる位置です。我々が主要航路に接近すれば妨害し、余裕があれば補給線を攻撃するつもりでしょう」

 「対応は」

 「第371・582 水雷戦隊が哨戒活動中であります。発見次第。第3戦隊が対応いたします」

 「第3戦隊か、予備戦力として手元に置いておきたいが贅沢は言えないか」

 

 第3戦隊は戦艦ジルベストを旗艦とし重巡と空母を配備した高速打撃戦隊だ。この戦隊一つで敵の編制がどのような場合でも対処できる使い勝手の良い戦隊だ。


 「連邦の遊撃部隊が一つとは限らない。状況によっては正面戦力の引き抜きも考慮しておけ」

 「はい。閣下」


 帝国軍は惑星レボルグの防御要塞に対して猛烈な射撃戦を展開した。



 帝国軍がレボルグに対して全面攻勢に移ったと言う知らせはナビリア方面軍、第13航空打撃群にもすぐさま伝えられた。

 

 「まずいな。想定よりかなり早い」


 突撃艦コンコルディア艦長、カルロ・バルバリーゴ少佐は空母イラストリアの作戦室で呻いた。

 この感想は作戦室に居並ぶ面々も同意見だったようで室内はざわめく。

 戦隊司令を兼任しているカシマ大佐が二度手を打って皆の注意を集めた。


 「残念だが、我々の妨害戦闘は効果が薄かったようだ。アウストレシア方面軍司令部より、帝国軍の補給路を直接攻撃せよとの命令が入った。補給が終了次第、ポイントLDE37005に進出し帝国の補給線に圧力をかける」


 作戦室中央のチャートに進出ポイントが表示されると、ざわめきは一層強まった。

 指し示された宙域は帝国軍制圧下のかなり深いポイントであった。


 「これ、撤退するタイミングを間違えると壊滅するわね」


 カルロの隣の席についていたロンバッハ艦長が他人事の様に呟いた。


 「さっと行って、パパッと撤退するのでは駄目か」

 「駄目でしょうね。ある程度損害を与えないと司令部も納得しないでしょう。極力、帝国軍の予備戦力のいくつかを誘引しなくては戦局全体が不利になります」

 「予備戦力を誘引したタイミングで主力が逆撃してくれれば、一気に有利になるか」

 「理想を言えばそうでしょうね」


 カルロの楽観論に消極的に賛成する。


 「無理なのか」

 「無理ではないでしょうが、帝国軍主力と交戦した後、逆撃するだけの予備があればいいのだけど」


 カウンターパンチを打とうにも殴れる力がなければ敵は体勢を立て直す。


 「少し、厳しいか」

 「私たちにこんな命令を下すほどですから、アウストレシア方面軍には余裕が無いでしょうね」

 「速さが物を言う戦いになりそうだな」

 「嬉しそうに言わないで」

 「そんなつもりはないのだが・・・・嬉しそうか」

 「ええ」

 

 カルロとロンバッハが意見を交換している間にも作戦説明は進んでいき、前進配置図がチャートに展開されると、カルロ以下、第54戦隊の面々は内心首をかしげた。


 

 「艦長。なぜ、我々が最後尾なのですか」

 

 コンコルディアの艦橋で副長のドルフィン大尉が疑問を口にした。


 指定された配置図は巡洋戦隊を先頭にして水雷戦隊、航空母艦と続くオーソドックスなものだったが、最速のエスペラント級を配備した54戦隊は補給艦の後ろに配置された。


 「好意的に考えれば損傷艦2隻抱える我々をかばってくれているとみるべきだろうが、そんな甘い話は無いだろうな」

 

 カルロは艦長席でコーヒーを啜る。


 「この位置ですと、援護しようにも補給部隊が邪魔で素早い展開ができませんが」

 「長距離雷撃も空母みたいなでかい的があるとやりにくいな」

 「はい。目標の探知に支障が出ます。いくらイージスコントロールがあるとはいえ、こんな後ろからでは迎撃されます」


 早い脚と強い拳を生かせない配置だった。


 「後方の安全は我々にかかっていると言うことかな」


 この作戦で一番怖いのは戦隊の後方を扼されることだ。背後に回りこんだ敵をいち早く撃破し退路を開くためのエスペラント級と考えるのが自然だった。


 「人使いの荒い司令官だな。大佐は」


 そういってカルロはコーヒーを飲み干した。

 コンコルディアとムーアは工作艦の修理を受け装甲板は完全に修復されたが、破壊された魚雷発射管は結局、手当てがつかず、魚雷発射管を2本失い連邦軍お得意の飽和雷撃の圧力の低下は避けられなかった。



 第13航空打撃群が補給を済ませ攻撃態勢に移ったころ、惑星レボルグでの砲撃戦は次の段階に移っていた。

 

 「第7砲塔沈黙。戦闘継続不能です。総員退去が発令されました」

 「脱出カプセルの収容準備」

 「しかし、敵の砲撃が激しく」

 「構わん。砲艦ダレルを援護に向かわせろ。敵を近づけるな」

 「アイサー」


 撃破されたり要塞砲の死角になるポイントには素早く砲艦や戦艦を割り当て帝国の前進を阻む。

 帝国の攻撃が開始してから4日が経った。重装甲の要塞砲とはいえ被害が積み重なっていた。


 「司令。第11砲塔からです。損傷多数。撤退の許可を求めています」

 「許可できない。砲撃不能になるまでは撃ち続けろ」


 惑星レボルグの軌道上に設置された防衛司令部には要塞砲の被害報告が後を絶たなかった。

 そもそも、国境線の要塞化された惑星ではなく安全な宙域の経済活動の盛んな惑星だ。防衛用の要塞砲の数が少なかった。それでも交通の要衝であったため補給物資には困らず、かき集めた砲弾をひたすら全力射撃すると言う、他の砲兵が聞いたら耳を疑う命令が出ていた。


 「全弾打ち切るつもりで射撃せよ。砲が焼き付いても構わん」

 「アイサー」



 レボルグ防衛司令部の断固たる対応に帝国軍も攻めあぐねていた。

 防御が甘ければ砲撃戦と共に水雷戦隊を突入させるつもりであったが、予想外の猛烈な射撃に損害が積み上がり、配置を転換することになった。


 「すさまじい、砲弾量です」

 「直に息切れするだろうが、時間を稼がれるとまずいな」

 

 帝国艦隊旗艦ブリュンスタッドにも連邦の砲撃による損害報告が急増していた。

 特に要塞砲と撃ち合っている重砲艦の損害が著しい。


 「閣下。作戦第2段階に移行いたしますがよろしいですか」

 「許可する」


 ケッセルリンク提督の命令が下ると、帝国軍は包囲網の両端を伸ばす動きを見せ、一部はいまだ連邦軍が確保している航路を扼す形をとった。

 こうなると陽動と分かっていても連邦軍も対処せざるを得ない。

 航路上から排除しようと部隊が突出してきた。

 しかし、連邦軍の予想に反し帝国軍は交戦を避け更に進んでいく。しばらく奥に進む帝国軍とそれを追う連邦軍の追いかけっこの状態となった。

 ここで防衛部隊は一つの選択を迫られた。

 一つはこのまま追撃して、航路の安全を確保するか。一つは撤退して一時的とはいえ航路を明け渡して戦力を集中するかの選択だ。

 どちらもリスクがある。

 帝国の動きは明らかに陽動である。追撃を継続すると航路は守れるかもしれないが正面戦力が減少し敵主力の総攻撃に対処しにくくなる。だが、そのまま放置すると包囲され外部との連絡が遮断されてしまう。

 防衛司令部が出した答えは追撃であった。要塞砲が健在の内は航路防衛に戦力を避けると考えたのだ。


 「連邦軍。追撃を続行する模様です」

 「釣れましたな」

 「うむ。ヘルムート中佐の手並みを拝見しようじゃないか。ん」

 「はい。閣下。第203ランツ・クルッツェンに攻撃命令。目標。連邦右翼迎撃部隊」


 命令を受けた。第203ランツ・クルッツェンが動き出す。

 この部隊は高速航行が可能な偵察型巡洋艦エメラルダスを旗艦とし、配下に26隻の突撃艦を配した、まさに敵陣に切り込むための戦隊であった。

 その力はイーレハ宙域侵入時に、迎撃に出た連邦の水雷戦隊を一撃で半壊させたことからも証明されていた。


 「諸君。我々がディアマンテの切っ先であることを連邦に再び示そうではないか」


 エメラルダスの艦橋で指揮官のベルカ・ヘルムート中佐がほほ笑んだ。


 「進路変更328 全艦突撃。最大戦速。ディケファロス・アドラー(双頭の鷲)に栄光あれ」


 ヘルムート中佐の指揮下27隻の艦艇が一斉に回頭した。



 帝国軍の先鋒を追撃していた連邦軍は突如背後からの攻撃にさらされた。

 追撃のため戦列が伸びてしまった連邦軍の隙間に偵察型巡洋艦を旗艦とした重水雷戦隊飛び込んできたのだ。その戦隊は他の連邦軍からの攻撃は無視し、追撃部隊にのみ食らいついた。

 後方を友軍に任せていた追撃部隊は後方からの突撃をもろに食らってしまった。

  

 「第81水雷戦隊が背後より攻撃を受けています。突撃艦多数。重水雷戦隊です」

 「予備の部隊をまわせ」

 「アイサー。第59戦隊、81を援護せよ。繰り返す」


 防衛司令部は付近の部隊をかき集め入り込んできた異物を排除しようとした。

 飛び込んできた敵を今度は背後から攻撃すれば無理を嫌って撤収するだろう。撤収しなくても味方への攻撃は弱まるはずだ。

 しかし、連邦軍の予想は的外れな願望であった。



 「後方に敵影。軽巡2駆逐15ないし16 攻撃態勢で接近します」

 「無視しろ。進路そのまま。砲撃を継続。並行追撃に移る」

 

 オペレータの報告を軽く聞き流しヘルムート中佐は更なる前進を命じた。

 後方から砲撃を加えるのではなく、損害覚悟で接近して攻撃を加え、後方の連邦軍からの砲撃からの盾とする算段だ。


 「雷撃は禁じる。ゼロ距離射撃で沈めよ」


 帝国軍の突撃艦はあえて威力の高い魚雷を撃たずに至近距離からの砲撃戦に訴えた。

 彼我の距離が近い状態で多くの雷撃をしてしまうと、その大きな爆発により一時的にでも指揮系統が混乱する。そうなっては的確な指示が出来なくなってしまうのだ。

 それは、戦場の隅々までコントロールしようと言う姿勢の表れであった。

 


 連邦軍は友軍を救出する為、飛び込んできた帝国軍に砲火が集中しようとしたが、帝国軍は先鋒部隊との混戦状態に持ち込んでおり、撃ちまくるという訳にはいかなかった。

 まさか友軍ごと砲撃するわけにもいかない。

 どうしても砲撃は散発的になる。

 そんな、連邦軍の戸惑いをあざ笑うかのように、飛び込んできた帝国軍は接近戦で追撃部隊を撃破し引き上げていった。

 連邦軍は釣りだされたうえ追撃部隊が撃破されてしまい戦列に乱れが生じた。

 その乱れに付け込んで次から次へと帝国艦艇が突撃を開始した。

 惑星正面からは引き続き砲艦による熾烈な砲撃戦が継続されているため、主力部隊を引き抜けない連邦軍は、その対処のため温存していた予備戦力を投入するしかなかった。

 丸一日続いた戦闘でなんとか帝国の攻勢を撃退したが、反攻用の予備戦力の多くを消耗してしまい、防衛戦線を縮小、整理する羽目に陥った。


  

 「閣下。惑星レボルグの要塞砲の破壊が規定値を突破いたしました。また、敵予備兵力の規模が判明。想定内と判定いたします」


 参謀の報告にケッセルリンク提督は大きく頷く。


 「作戦を第3段階に移行せよ」

 「ヤー。作戦を第3段階に移行いたします」

 

 旗艦ブリュンスタッドからの新たな指令が発せられると、それまで砲撃していた砲艦が一斉に攻撃を停止し回頭する。

 その状況は連邦軍からも観測され、ついに正面からの突撃が始まるかと身構えたが、何と続いて戦艦や巡洋艦までも回頭していく。あっけにとられる連邦軍をしり目に帝国軍は惑星レボルグから離脱してしまった。



 この状況を受け防衛司令部では追撃すべしと言う意見と、補給と修理を優先すべきという意見の対立が起こった。

 だが、こうもあっさりと撤退するとは考えにくく何かの作戦であろうと言う意見が大勢を占める。結果、追撃は行わず、損傷艦と要塞砲の修理と補給が優先された。

 こうして連邦軍は敵のいない惑星レボルグに拘束される形となった。


         

                続く

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