第29話   狸おやじ

 航空母艦イラストリアを旗艦とした臨時戦隊は、アウストレシア星系で国境地帯が緊迫しているチッタゴン自由同盟とミトラ共和国の監視にあたっていた。




 監視業務も二週間目に入ると色々首をひねる者が増えだした。


 「なんかこの任務おかしくない。監視任務は分かるけどその、なんというか」


 「確かにおかしいわね」


 意見交換の場として定例となりつつあるイラストリアでの昼食会。クアン・エイシ中尉が小声で口火を切りロンバッハが同意した。


 二人は同時にカルロを見る。


 「何も聞いていない。本当だ」


 お前何か知っているだろう。という目で見られても実際に上からは何も聞かされていない。


 二週間に渡り監視を行っていたが特に問題が発生することもない。3日も監視していればわかるのだが両国が行っているのは示威行動だけ、あれは官製デモの一種だ。とても軍事衝突につながるような危険なものではなかった。それこそ監視衛星とリンクした観測船の一隻でも投入すれば十分。それなのに軍はこの宙域に一個航空機動戦隊を投入している。明らかに過剰な戦力である。


 「なんで私たちここに集められているんだろ」


 クアン・エイシ中尉の疑問に皆同意した。


 「上の意図がわからないね。仕方ない。少し推測してみようか」


 ナイジェルが皆の前にグラスを二つ差し出した。


 「僕たちは殴り合いの喧嘩になりそうだと言われてここに来たが事情は違った。喧嘩は喧嘩だけど双方ともにルールにのっとった紳士的なものだった」


 グラスにワインを注ぐと片方に軽く当てた。


 「事実この二週間でルノンに上陸しようとしたミトラ側の作業員をチッタゴンが強制排除したのが一件。小型船舶同士の衝突事故が5件。いずれも大したことにはなっていない。両国の武装した艦艇は巡視船程度のもので仮に両者の間で撃ち合いになったとしても、機動部隊や水雷戦隊が出張ってくるほどのことではない。なのに僕たちは二週間もここにいてあとどれぐらい監視するかも不明」


 「監視任務以外の目的があるという事ですか」


 アルトリアが首をひねる。


 「そうだね。それは機動部隊が必要な事態ということだ。何があるだろう」


 「本来の目的を偽って、機動部隊を待機させる事態か。話が物騒になってきたな。連邦で内乱が発生するかアウストレシアで大きな動乱があるか。まさかどこかの国に宣戦布告するのか」


 カルロは思いついたままを口にする。


 「他国への侵攻はいくら何でもないと思うけど、前の二つは大いにあり得るね」


 「そうですね。他国への攻撃が目的ならば親衛艦隊が投入されるはずです。我々のような管轄外の方面軍を使うとは考えにくいですね」 


 ナイジェルの意見にアルトリアが同意した。


 「内乱や動乱を察知したというのも根拠にしては弱いわ」


 前半のカルロの意見をロンバッハが否定する。


 皆の視線が集まると彼女は少し背筋を伸ばして補足説明する。


 「その場合、目的を偽ってまで戦力を隠蔽する必要があるのかしら。連邦内で危険な兆候があるなら、それこそその現場で示威行動して抑え込むとか、後方の補給拠点で戦略予備として待機させるとかすればいでしょう」


 「そうだよね。境界線の監視とか嘘を言う必要をは無いよね」


 クアン・エイシがにロンバッハの意見に頷く。


 その後も意見が交わされたが確度の高い予測は出なかった。


 そして、最終的に皆の視線はカルロに集中することになった。


 要するに「お前聞いて来いよ」ということだ。


 カルロは視線を理解して軽く両手を上げた。


 「わかった。事情を知っていそうな人はここでは一人だけだろうな。聞いてみるか」


 この部隊の指揮官。航空母艦イラストリア艦長。カシマ大佐ならなんらかの情報を持っているはずだ。


 「どうやって聞くんです。本来の任務を教えてください。って言うつもりですか」


 クアン・エイシが小馬鹿にしたように言う。


 「それで教えてくれれば苦労はないが。カシマ大佐はどういう人なんだ。挨拶程度しかしたことないから、人柄を知らない」


 カルロはクアン・エイシを見据える。


 「人柄ですか。小官も特に仲良く会話したことはありませんけど、性格は結構厳しい人だと思います」


 「厳しい。具体的には」


 「具体的にといわれても困るけど、カシマ大佐はウィングマーク持ちの艦長ですから」


 「元パイロットか」


 「それも、第二次だったか三次だったか覚えていませんけど、リムーザン海戦で戦列艦を沈めて第一級レジオン・メリット勲章貰ったらしいです。航空兵でもあれ持ってる人。そうはいませんから」


 「ああ。見たことある。あれはパイロット現役時に受賞していたのか。それはすごい。戦闘指揮官になってから受賞したと思っていた」


 カルロは唸った。どうやらカシマ大佐はエースパイロット出身の指揮官らしい。


 「エースパイロットって。良くも悪くも性格はっきりしている人が多いです」


 「腹の探り合いとかしないタイプか」


 「しないと思いますよ。遠回しの話とかしませんよ」


 「これは聞きに行くだけ無駄なのでは」


 アルトリアが困ったようにカルロを見上げる。


 「どうだろうな。出たとこ勝負でいくか。下手にカマかけたら機嫌を損ねそうだ」


 カルロは大儀そうに立ち上がった。


 「行くの」


 「ああ」 


 「行ってらっしゃい」




 イラストリアの艦長室に向かうと艦長直属の従卒が食事を乗せたカートを回収しているところであった。


 「大佐はお手すきかな」


 兵学校を出たてのような従卒に声をかける。


 「はい。いまお食事を終えられましてコーヒーブレイク中であります。何か御用でしょうか」


 いい笑顔で従卒がはきはきと答える。艦長付きの従卒と言えばそこいらのホテルのボーイよりも気が利いているのが相場だ。


 「第54戦隊司令。カルロ・バルバリーゴが面会したいとお伝えしてくれ」


 「アイサー」


 従卒は敬礼すると艦長室をノックした。


 「おう」


 「艦長。第54戦隊司令。カルロ・バルバリーゴ少佐が面会を希望されておりますが、お通ししてよろしいでしょうか」


 「54戦隊?いいぞ。へえんな」


 カルロは従卒が開いたドアから艦長室に入る。


 さすが主力艦の艦長室。立派なデスクに応接セット。置物などの調度品も飾られている。そして壁一面にはアウストレシア星系を中心とした星域図が展開されていた。


 「失礼したします。カルロ・バルバリーゴ・・・・」


 「おう。久しぶりじゃねぇか。まぁ。座んなよ。おい。少佐にコーヒー」


 カルロの発言を遮り自分の迎えの席を指さす。


 「コーヒーでよかったか」


 「はい。いただきます」


 予想外のフランクな対応と普段と違う言葉遣いに度肝を抜かれ、言われるがまま迎えの席に着いた。従卒はコーヒーを用意するため部屋を出て行った。


 「お食事中失礼したします」


 「いいってことよ。もぉ。食い終わったしな」


 シガーケースから二本取り出すと一本をカルロに差し出す。


 「いただきます。大型艦の艦長は艦長室で食事なんですね」


 「そうなんだよ。やになっちまうよな」


 カシマ大佐はよくぞ聞いてくれたと苦笑い。煙草に火をつけた。


 「そうなのですか」


 「そうだよ。どんな飯だって一人で掻きこんでも美味くもねぇ。それによう。今。あいつがいないから言えるけどよ。傍でずっと見ているなか食うんだぜ。なんだか食事マナーのチェックされてる気分になるじゃねぇか」


 実にうまそうに紫煙を吐き出す。


 「無言で見ているんですか」


 「そうだよ。こっちから声かけねぇと、向こうも答えられんわな」


 「確かにそうですね」


 確かに兵卒から見れば大佐は雲の上の人間だ。気やすく声を掛けれるわけがなかった。


 「どうだい。調子は。監視と訓練だけではダレてきたんじゃねぇか」


 灰皿に灰を落とす。


 「そんなことはありません。と言いたいところですが。飽きてきたのは事実ですかね」


 「おいおい。しっかりしてくれよ。貴様のところは新鋭の突撃戦隊だ。兵隊も指揮官も選りすぐりを集めたって話じゃねえか。飽きるには早いだろよ」


 初めて聞く話だった。確かに比較的練度の高い兵が配属されている。カルロの意外そうな顔を見て大佐は続ける。


 「ベッサリオンのやつが、結構ごり押しで編成したのが貴様の戦隊だぞ。あいつの手札の中じゃかなりいい部類だろうよ。だが、そうだな。便利使いされるのが難か」


 カシマ大佐はそういうと大笑いする。


 「ややこしい案件が良く回ってきますよ。先日は不法な武器取引の取り締まりをいたしました」


 「なんだ。邏卒の真似事かい。なかなか大変だね。まぁ。それだけ期待されてるってこったね。使えん奴に仕事を回したりしないもんさ」


 「今回は、デモ行進の監視ですけどね」


 そろりと、探りを入れてみる。


 「デモ行進か。なるほど。うまいこと言うね。彼らもいつまでやってるつもりかね」


 「双方で協議をしていないのでしょうか」


 「やってるとは思うが、俺っちのところまで情報は回ってねぇよ。ベッサリオンから何か聞いてないか」


 「大佐からですか。いえ。何も」


 「そうか。あいつなら何か知っていそうなんだがな」


 想定より会話は弾むが、肝心なことは何もわからない。


 戻ってきた従卒がカルロの前にコーヒーを差し出した。


 これは一筋縄ではいかないぞ。カルロは内心ため息をつき、何気なく視線を壁の星域図の方に向けた。


 そこにはアウストレシアを中心に隣の星系も含む広域な星域図が展開されており、連邦加盟国や非加盟国、各駐屯地が表示されている。別段珍しいものではなくカルロも何度も目にしているものだった。


 カルロ達のナビリア、現在地のアウストレシア、そして最前線のトリニダーゴ。その背後にある連邦最大の脅威。


 なんだ。何か違和感を感じる。なんだ。煙草もコーヒーも口にするのも忘れて星域図を凝視する。


 ここ数年、主戦線のトリニダーゴ方面は安定している。散発的な戦闘がある程度で防衛ラインに綻びはない。連邦にとっては結構なことだが敵にとってはどうだ。侵入するための玄関が閉まっている。そのままお引き取りしてくれるほど甘い連中ではない。彼らはなんとか中に入ろうとその周りを探る。そこに裏口があったらどうだ。少々不便な位置ではあるが入り口には違いない。ノックぐらいはしてくるのでは。


 連邦軍の防衛ドクトリンは単純だ。一言で言ってしまえば機動防衛。各方面軍が外敵の侵入に対して足止めをしつつ後方から親衛艦隊を中心にした応援部隊が来援してこれを撃破する。少ない戦力と予算で国防が可能だが、実行の難易度が桁外れに高い。なぜなら戦力配分を間違えると一気に後背地まで突破されるからだ。


 そのためこのドクトリンの要は情報。いつどこにどれぐらいの敵性勢力が侵入するか事前に掴んでいればならない。情報さえ掴んでいればあらかじめ来援用の部隊を用意できる。


 このポイントに到着したとき最初に感じた違和感。そうだ、アウストレシア方面軍はどこに行ったのか。一隻だけ残っていた護衛駆逐艦は引継ぎではなく初めから一隻しかいなかったのでは。ならば、彼らは今何をしているのか。決っている。迎撃の準備だ。


 だが。そんなことがあり得るのか。しかし、この位置、チッタゴンとミトラの境界線。主要航路から外れた宙域。戦力を隠すにはちょうど良い。




 急に無言になったカルロを大佐は無表情に眺める。


 「どうした。急に黙っちまって。腹でも痛くなったかい」


 「ええ。かなり」


 思考に脳の容量の大半を取られていたため声がかすれる。


 「そいつはいけねぇな」


 ここは一歩突っ込んでみるか。


 「薬が必要かと」


 「そうだな。用意していればいいんだが」


 「用意しているんじゃないですか。大佐」


 「なんで、俺に聞くんだい。軍医に聞いてくれよ」


 大佐の白々しい声色にいよいよ確信を高める。


 「薬の量が足りないかと」


 カルロの言葉に「ふむ」と言い。コーヒーに口をつけた。


 「どれぐらい必要だい」


 「今の二倍は、出来れば三倍」


 カルロは少し前のめりになるのを自覚した。


 「知ってるか、どんな病気でも症状が出てすぐ対処すりゃ、クスリの量は抑えられるが、毒が回ってからじゃなりふり構ってられねえ。あるだけぶち込むしかない」


 「おっしゃる通りかと」


 「だから、初手の薬の種類と量は大事だ。うちの軍医はそこらへん分かっているから直にお代わりが来るだろうよ。三倍は無理だろうがな」


 「安心いたしました」


 「そりゃよかった。なんにしても体は大事にしないとな。少佐」


 「はい。大佐」


 少し冷めたコーヒーを一息に飲み干し、カルロは艦長室を後にした。




 「すまんな。何も聞き出せなかった」


 カルロは仲間の元に戻ると、あえてそう言った。


 「というか、クアン・エイシ中尉。何が厳しい人だ。お前さんから聞いたイメージと全然違う人じゃないか。あんなフランクな艦長、見たことないぞ」


 「そうなんですか。だから初めによく知らないって言いました。でもブリーフィングとかではとても厳しい感じの人ですよ」


 「何を話したので」


 ナイジェルが水を向ける。


 「いや。世間話をしながら色々手は尽くしてみたが、上手い事はぐらかされたよ。何か知っていそうではあるが」


 「そうですか。まぁ。軍機なら軽々しく口にしたりしませんよね。仕方ありませんよ」


 アルトリアが慰めてくれ昼食会はお開きとなった。




 「バルバリーゴ艦長」


 コンコルディアのランチを係留している桟橋に向かう通路で後ろから呼び止められた。


 「ロンバッハ艦長。なにか」


 カルロが振り向くとロンバッハが近づいてきた。


 「何を聞いたの」


 「だから、何も聞いていない」


 彼女は目の前に立つと更に一言。


 「そう。では、言いなおしましょう。何に気づいたの」


 ロンバッハの質問に言葉が詰まる。


 「小官には言えないことでしょうか」


 軍機であれば情報制限は当然の処置だ。教えられないこともあるだろう。 


 「そうではないが。確証がない」


 「でも、あなたは確信したのでしょう。それを聞かせて」


 ロンバッハが一歩近づき二人はほぼ密着した状態になる。


 カルロはため息を一つ吐く。


 「察しが良すぎるだろう」


 「話題の転換が見え透いているのよ。気づかないとでも思ったの」


 「わかった。いいか。証拠はないし、ただの妄想かもしれない」


 カルロは声を潜めた。


 「いいから」


 「この星系に外部から侵攻がある。我々はその備えだ」


 ロンバッハの瞳は先を促す。


 「帝国の侵攻だ」


 カルロの言葉にロンバッハの瞳が大きく見開かれた。




 「鹿島大佐。後続の準備ができました」


 イラストリアの艦長室に直通通信が入る。


 「やっとか。どれぐらいの規模の目途がついたんだ。ベッサリオン大佐」


 「巡洋艦一個戦隊、一個水雷戦隊、工作艦二隻。計22隻になります」


 「指揮官は」


 「引き続き、大佐にお願いします」


 ベッサリオンが下手に出る。


 「いいだろう。蛇は巣穴から出る時が一番叩きやすい」


 「お願いいたしたします」


 「それと、貴様が目をかけている。バルバリーゴ少佐な」


 「彼が何か」


 「面白い男だ」


 「なにか阻喪でもしましたか」


 「そうではない。恐らく気づいたぞ。この任務の目的に」


 鹿島大佐の言葉にベッサリオンは眉をひそめた。


 「俺は何も言っていないぞ。だが奴はこの部屋に乗り込んできて戦域図を眺めた後に、言いやがった」


 「なんと」


 「薬がいる。だそうだ」


 「なるほど」


 「しかも、最低今の二倍。できれば三倍だそうだ」


 「そうなると、最低限しか用意できませんでしたな」


 「なに。任せておけ。補給だけはしっかり頼むぞ。特にスペンサーの予備が必須だ」


 「すでに、二個中隊分の機材を搬出しています。パイロットは三個小隊手配いたしました」


 「さすがだな。護衛部隊もしっかりな。途中で沈められたら泣くに泣けない」


 「水雷戦隊も使ってくださいよ」


 「心配するな。54戦隊には一番きついところを割り当ててやる」


 「あまり消耗させないでください。ほどほどでお願いします」


 「それは相手と彼ら次第だな。無論むだにやらせはせんよ」


 鹿島大佐は不敵な笑みを浮かべるのだった。




                       続く

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