第27話   休暇

 惑星オルギムでの戦いで熱攻撃を受けたコンコルディアは補修と点検を行う。


 装甲板は問題ないが熱の影響を受けやすい放熱板は劣化が激しく全部取り換えることとなった。




 「放熱板なんですが、エスペラント級の純正パーツのストックが無くてですね。他の艦のパーツで流用しようと思うのですが」


 コンコルディア艦長。カルロ・バルバリーゴ少佐はメンテナンスについて工廠の工員と打ち合わせをする。


 「おいおい。この型の艦が配属されて一年以上たったんだぞ。まだストックがないのか」


 「はい。注文はしているんですが、親衛艦隊が優先らしくウチラは後回しにされます」


 補給や編成で方面軍が割を食うのはいつものことだが、それにしても酷い話だ。


 工員の話ではジェネレータや武装、装甲板といった主要なパーツはストックがあるが細かい付属パーツが不足しているとのことだった。


 「それでも、エスペラントは次期主力艦だろう。最優先で作られているはずだ。余剰パーツぐらいあるんじゃないか」


 「それはそうなんですが、なんでも親衛艦隊を増設するらしくて、新しいパーツは軒並み持っていかれています」


 「なんてこった」


 親衛艦隊を増設する話はカルロも耳に挟んではいたが、こんな所に影響が出るとは考えていなかった。


 「それでご相談なんですが、コンコルディアの放熱板を先日廃艦になったスズカゼの放熱板で代用しようと思うのですが」


 スズカゼは一世代前のシラツユ型突撃艦の一隻だ。最近の戦闘により大きな損害を受け廃棄することになっていた。


 「スズカゼだと形状が全然違うじゃないか。それにジェネレータ出力はコンコルディアの方が上なんだぞ冷却能力が足りないだろう」


 「もちろんそのまま載せ替えたりしません。シラツユ型の余剰パーツをもう一枚使って、こんな感じで」


 手にしたパネルに完成図を表示して見せる。形状の複雑なエスペラントのものに比べて簡素な作りの放熱板が二枚追加され計四枚になっていた。これでコンコルディアの外観は他のエスペラント級の物と明らかに違う形状になっている。


 「それにこちらの方が恰好良くありませんか」


 工員がとんでもないことを言い出した。


 「バイクの改造じゃないんだ。格好で戦争ができるか。それに単純に二枚増やしたら過剰冷却になって出力が下がるかもしれない」


 「そこ辺りはお任せを。必ずベストな状態にしてお渡ししますので」


 工員はそういっていい笑顔を向けた。


 あかん。こいつ自分の趣味に走ってやがる。カルロはげんなりした。


 だが交換パーツが不足しているのは確かであり、手当のつかない正規品より代替品でもなんでも使って戦力化する方が司令部としても助かるだろう。


 結局、カルロはこの改造案を飲むしかなかった。




 コンコルディアの乗員は交替で休暇に入ることにした。カルロも点検期間を利用してまとまった休暇を取得した。


 カルロは司令部近くのステーションとは別に足元の惑星クースに家を借りている。


 クースは恒星の恩恵を受けにくい寒冷惑星だ。赤道のあたりは比較的温暖のため人口の大半がこの付近に住んでいた。


 カルロの借りている家は機動エレベータのある中央都市から音速で運転する高速チューブ鉄道で30分ほど南に向かう地方都市にあった。クースは赤道から千キロも離れると途端に一年の半分は冬の雪国になる。


 カルロが駅を出るとそこは一面銀世界であった。


 「寒」


 用意していたコートに袖を通した。


 家は駅からすぐの場所にある。


 家は小さな平屋建てでその隣に同じぐらいの大きさの納屋が隣接していた。


 道路は定期的に除雪車が走っていて問題ないのだが道から玄関までには雪が積もっていた。


 「これは大変だな」


 カルロは納屋の方に雪をかき分けていく。除雪用のスコップがあるはずだ。


 人類はいかに進歩しようともスコップほど優れた道具をついに開発するこのはなかった。星の海を駆ける時代になっても人類はスコップを使っている。


 「おかしいな。ここいらにしまっているはずなんだが」


 所定の位置にあるはずのスコップが見当たらない。


 「あっそうか。よく使うから外に突き刺したままだった」


 玄関傍の地面に雪に埋もれたスコップを手にするのに予想以上の時間がかかる。


 そこから雪かき。道路から玄関まで大した距離ではなかったが、終わるころにはかなりの汗をかいてしまった。


 何とか家に入り暖房をつけると久しぶりに動いたためか変なイオン臭がする。


 冷蔵庫はほとんど空で保存食とビールが6本入っているだけだった。そのうちの一本を取り出して栓を開きリビングに向かう。リビングの一面は大きな窓で遠くに針葉樹林の山が見える。もう一面は本棚になっており大量の蔵書が二重三重に差し込まれていた。大半はカルロの持ち物ではないのだが。


 ソファーに腰掛け急速に温められていく部屋で汗をかいたままビールを煽ると急速に眠気が襲ってきた。


 その結果。ものの見事に風邪をひいたのだった。


 自分でも熱が急速に上がっていくのを感じる。喉の痛みとともに寒気が全身を襲う。これはいかんと常備薬を飲んだが、時すでに遅し。完全に寝込むこととなったのだ。






 夢を見た。




 青い空。温かな風が吹く。


 高台から見下ろすと小さな町が広がっている。


 「私はあなたと共にいけない。あなたも私と共にはいけない。それでも一緒に」


 悲しそうな笑顔。


 ああ、そんな顔をするな


 「それしか手立てが無いならそれを選ぶ」


 選択肢が無いなら考えるまでもないじゃないか。


 「一時の感情に流されています」


 「いいな。そんな生き方がしたかったんだ」


 「馬鹿ですね。二人で後悔することになるわ」


 「一人でするよりは幾分かいいさ。お互いにな」


 私の言葉に彼女は少し微笑むと目じりに涙を浮かべて言った。


 「本当に馬鹿だわ、私たちは。それなら一つ約束しなさい」


 「約束しよう」


 「聞く前から約束する人がいますか」


 「無理難題だろ。それでも守るさ」


 暖かく柔らかいものが抱き着いてきた。




 目が覚める


 懐かしい夢だったような気がする。何だったのかもう忘れた。


 ずいぶんと汗をかいたらしい。体中が熱い。




 「目が覚めたようね」


 目は開いて見えてはいたが、何が見えているかに時間がかかる。


 「ああ。お前か、いつの間に来たんだ」


 ロンバッハがカルロの顔を覗き込んでいた。


 「いつのまにじゃない。連絡しても出ないと思っていたら。なに。風邪?インフルエンザ?」


 「わからんが、たぶん風邪。雪かきしたら体が冷えた」


 惑星クースでは滅多にインフルエンザは流行らない。


 「病院は」


 「いきなり熱が出たからな。行けてない」


 「薬は」


 「飲んだ」


 「そう。待っていなさい」


 ロンバッハはベットから立ち上がると。部屋を出ていく。


 そのときカルロはロンバッハがベージュのワンピースに黒のカーデガンという普段見ない私服姿であることに気が付いた。


 五分ほどすると、ティーポットとティーカップを持った彼女が帰ってきた。


 「お茶を入れたわ。飲める」


 「ああ。頼む」


 体を起こし、ロンバッハが入れてくれたお茶に口をつける。ハーブの香りがした。カモミールティーだろうか。


 お茶を飲み終えるとカルロの額に手を当てて熱を測る。冷たい手が心地よかった。


 「大丈夫そうね。疲れでも出たのでしょう。いつも無理ばかりしているから」


 「無理なんかしていない」


 「そうね。背伸びしているのかしら。必要ないと言っているでしょう」


 「背伸びしたい年ごろなんだよ」


 「黙りなさい。もう一回眠りなさい」


 「そうする」


 あの懐かしい夢の続きが見れる気がした。




 ひと眠りした後。


 外はすっかり日が暮れていた。


 ロンバッハが作ってくれた遅めの夕食を二人でとる。


 「すまんな。せっかくの休みだったのに」


 肉団子にショウガを練りこみ、野菜、きのこのうまみが出た、あっさりとした味わいのスープをすする。


 「かまわないわ、別に出歩きたかったわけじゃないし」


 「意地っ張りさんめ。だが、ありがとう」


 「どういたしまして」


 「このスープ旨いな。こんなレパートリーあったっけ。熱っ」


 「口に入れたまましゃべらない。風邪をひいたときはこれが一番よ。それに昔、山でつくったでしょ」


 ここで言う山とは軍で行われる山岳演習のことである。


 「ああ。作ったな。あの時はこんな立派な肉じゃなくて蛇の肉だったか。きのこはそこら辺の物を適当に毒のないものを選んで入れたな」


 「あなたの持ってきたのは大半が毒キノコでしたけどね」


 「そうだったか」


 「そうよ」


 そう言うと二人で笑った。


 「なんか良くなってきたような気がする」


 食べ終わると両手を上げて背伸びをした。


 「そんなに早く治るはずないでしょう。気のせいよ」


 ロンバッハがほほ笑む。


 「今わかったんだが、年を取ると風邪の直りが悪くなるだろ。子供のころは一日二日で治ったのに一週間以上こじらせたりする」


 「そうね」


 「なぜ年を取ると風邪の直りが悪いのかと言えばだな。愛が足りないからだ」


 「アイ?愛情のこと?」


 「そう。愛だ。愛情ある看病こそ風邪に一番聞くというわけだな」


 「まだ。熱があるようね」


 ロンバッハが顔を赤らめて笑った。


 「そうみたいだ。何を言っているのか自分でもよくわからん」


 カルロも笑う。きっと自分も赤くなっているだろう。


 「体をふいて。今日はもう寝なさい」


 「そうする」


 「明日は病院に行くわよ」


 「この周りに病院あったか」


 「あるわ。3ブロック先に内科が。小さなものだけど」


 「軍病院の方がいいかな」


 軌道上にある。軍の病院は充実した設備を整えている。


 「咳をしながら、エレベータに乗るつもり。乗車拒否されるわ」


 「そうか。そうだな。こっちの病院にしよう」


 カルロは素直に従うことにした。


 「いつもそれぐらい素直だといいのだけれど」




 結局。休暇のほとんどを寝るか読書をするかで過ごしたカルロではあったが、意外に悪くはなかったような気がしていた。改修されたコンコルディアを見るまでは。


 「おいおい。なんだこれは」


 「いいでしょう。冷却効果も3%上昇しています。放熱板の形状変化による抵抗も許容範囲で収めることに成功しました。ただ」


 「ただ。なんだ」


 「少し大きくなってしまいましたかね」


 「少しね」


 明らかに前より大きくなった放熱板を見上げた。ウィングかもう一セット追加されたような姿になっている。


 「何というか、前より立派に見えますね」


 隣にいたドルフィン大尉の感想だ。


 「貴様までこいつと同じことを言うのか」


 「取り合えず、試験航行してみましょう。それでも不具合があれば考えましょう」


 睨みつけるカルロにドルフィン大尉が答えた。


 「大丈夫です。計算上。不具合はありません」


 「整備員は皆そう言うんだ」


 誇らしげに笑う工員を見てカルロはため息をつくのだった。




                  続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る