第25話 惑星オルギムでの戦い
人類共生連邦軍、ナビリア方面軍第54戦隊所属、突撃艦ムーアは同戦隊のラケッチとインチルーダを率いて、リボニアの補給船から燃料補給を受ける態勢を取っていた。
「艦長。どうやら一隻づつしか補給できないようです。どの艦から始めますか」
ムーア艦長。アデレシア・ラ・ロンバッハ少佐は少し首を傾げた。連邦軍の補給艦であれば最低でも4隻同時に補給できるが、民間船舶にまでその機能はなかった。
「イントルーダを先に、本艦が最後に」
「アイサー」
「艦長。補給船より入電です」
「繋げなさい」
モニターに車椅子の男が映る。
「お目にかかるのは二度目になります。クーリャンシー商会のグロン・ボルと申します。ロンバッハ艦長」
「世話になります。そちらに接近している艦から始めてください」
挨拶もなく用件だけを伝えるロンバッハにグロン・ボルは薄く笑った。
「かしこまりました。燃料は民生用とお伝えしていましたが、一隻分なら軍用を提供できますがどうなさいますか」
「初めの艦に」
躊躇することなくイントルーダを選ぶ。
「かしこまりました。軍用燃料分の代金はサービスだとバルバリーゴ少佐にお伝えください」
ロンバッハは表情を変えることなく頷いた。
「では、作業に取り掛かります」
画面からグロン・ホルが消える。
「代金とは何のことでしょう」
副長の疑問に「さあ」と答えた後。
「司令が補給船の手配をしたのでしょう」
「なるほど。・・・・・・・・・イントルーダ。接続を開始します」
ロンバッハは艦長席で考え込むように座る。
「私が行くまで大人しくしてくれていればいいけど。・・・・・・・・・無理ね」
独り言を呟いた後、彼女は副長を呼んだ。
武器商人メンフィスは商品の仮装巡洋艦を輸送船に偽装し連邦の取り締まりの目を逃れたが、囮のコンテナを破壊したコンコルディアの攻撃にパニックを起こした船長の独断により、目の前でその正体を露わにした。
「馬鹿野郎。周りを見てないのか。連邦だか何だか知らんが、奴らは囮のコンテナに食いついたんだ。そのままにしておけば、気づかないまま帰ったかもしれないのに。わざわざ偽装を解いてこっちが本命と教えやがって、脳みそついてるのか」
メンフイスは船長の胸ぐらをつかんだ。
「攻撃があったんだ。次はこっちかもしれないんだ。仕方ないだろう」
わめく船長を殴りたい気持ちがこみ上げる。
「黙れ。能無し。後先考えろ。もし奴らが偽装を見破っていたら初めにやられるのはこの船だったんだ。それなのにコンテナを攻撃したってことは、気づいてないからだろうが。それをわざわざ」
メンフィスの言葉に船長の目が泳いだ。ようやく自分の失態に気が付いたらしい。
「俺は悪くない。大体、連邦軍から攻撃されるなんて聞いていない。あんたのミスだ」
「この期に及んで他人のせいか。戻ったらこの落とし前はつけてやる。副長」
船長の首を締めあげながら、棒立ちの副長を呼ぶ。
「はっ、はい」
「この能無しを拘束しろ。今からあんたが船長代理だ。いいか。理解したなら返事しろ」
「了解です」
船長は船員に引きずられるように操舵室から連れ出された。
「どうしますか」
船長代理になった副長が恐る恐る声をかけた。
「決っているだろう。さっさと逃げるぞ」
「了解」
メンフイスを乗せた船はテロリストとは逆の進路を取り戦場から逃げ出した。
「α1.2なおも加速」
「進路予想図をだせ」
コンコルディア艦長。カルロ・バルバリーゴは艦橋をうろうろしながら指示を出す。
「推定進路出します」
カルロはチャートを睨みつける。
「副長。暫く操艦を預ける。α1.2の頭を押さえろ。雷撃も許可する」
「アイサー。操艦もらいます。雷撃戦用意」
「α1.2のデータを出せ。判明している分全部だ。あと映像」
とにかく敵船の情報が必要だ。展開されたデータを素早く読み解こうとした。
「機関長」
「はい。艦長」
「この映像から推定される出力はどれぐらいだ」
カルロは臨検中に撮影したジェネレータの画像を指さす。機関長は何といってもジェレータ関連の専門家だ。
「ジェレータの規模、放熱板の形状、現状の加速値から推定しますとコンコルディアの0.89倍程度と推定されます。しかし、ただいま本艦は」
「そうだな。通常より出力が出せない状態だ。速度は互角か少し早い程度だな。だが速度はこちらが先に乗っている。初撃はこちらが取れるな」
「はい。問題ありません。それに敵は停止状態から最大出力まで上げているようですので、トラブルが起きる可能性もあります。速度はやや有利かと」
「よろしい。次は武装だな」
「ジェネレーターの出力から考えてもレールキャノンの搭載は間違いないかと。場合によっては連射してくるかもしれません」
機関長の懸念にカルロは口に手を当てた。
「レールキャノンの連射か。しかし、今は加速に集中しているだろうからな。そうそう砲撃にエネルギーを回せないだろう。やつらの加速が終了したあたりが危険か。ロマロノフ捜査官」
「はい。艦長」
「今回の取引額は普段より高いと言っていたな。中型船にジェレータ3基、レールキャノン搭載で勘定が合うか」
取引規模によっては、これ以上の隠し玉があるかも知れない。
「そうですね。二隻の船を連結させたり、偽りのウィングを装着するコストを加味しますと、かなり安く調達しています。恐らくオルギム解放戦線とは別にスポンサーがいるのでしょう。彼らに出せるとは考えられません」
ニコライの判定ではこれ以上のことは起こらないだろう。
「そうだな。田舎のテロリストには過ぎたおもちゃだ」
カルロの同意にドルフィン大尉の要請が割り込んできた。
「艦長。α1.2の加速を妨害するため雷撃します。許可を」
「囮魚雷か」
「いえ。実弾です」
「許可する」
「アイサー。一番、二番発射」
コンコルディアは必殺の量子反応魚雷を発射した。ドルフィン大尉の言うとおり、撃沈を狙ったものではなく、α1.2を脅かして転舵を促し減速させるのが目的だ。
「連邦艦から何か近づいてくる」
驚くべきというかやはりというか、α1.2には後部警戒装置が搭載されていた。
「何かではわからん。何だ」
だが使いこなせなければ意味はない。テロリストたちはこの船になれる時間が与えられていなかった。
「魚雷じゃないか」
一人が、想像で物をしゃべる。
「魚雷か。回避するか」
「まだ。距離がある。このまま加速だ。どうしても近づいたら撃ち落とせ」
「わかった」
ある意味。彼らが素人だから正解にたどり着いた。連邦の量子反応魚雷は高速、長射程だ。放置するのは危険すぎる。これが軍の艦艇なら回避か囮による欺瞞かに移っていただろう。だが彼らは無知ゆえに直進して速度を稼ぐことを選んだ。
「α1.2進路変わらず。加速し続けています」
「腹の座った操船だ」
「探知していないだけではないでしょうか」
カルロはテロリストを称賛したがドルフィン大尉は同意しなかった。
「その可能性もあるか。起爆させたら驚いて転舵するかもしれんな、試してみるか」
「誘導距離一杯で自動起爆します。それからでもよろしいでしょう」
「そうだな」
α1.2の二隻はコンコルディアからの探知を逃れるために、惑星オルギムを従える恒星に向かって徐々に進路を変える。
恒星に向かわれるとその巨大な質量と波長のために探知能力が低下する。
「あながち馬鹿でもないな。恒星圏戦闘のいろはぐらいは知っているか」
「観測衛星からのデータを回します。追尾に問題はありません」
輸送船監視のためにばら撒いていた観測衛星からのデータリンクで今のところ問題ないがそれも探知範囲は限られている。有利な内に第一撃を入れたい。
「連邦軍、ぴったり食いついて離れない。このままじゃ転舵するタイミングが取れない」
彼らが受け取ったレールキャノンは発射口が船首にあり、そこから超電導のレールが船尾まで伸びているため射角がほとんどとれない。狙うためには船首を目標に向けなければならなかった。
「何か、足止めできるものはないか」
「ボス。二番艦から通信です。コンテナをパージすれば足止め出来るんじゃないかと、言ってきています」
「その手があったな。よし、ハッチ解放。合図を出したら一斉にコンテナの接続を切れ」
こうしてメンフィスが運んできた巨大サンドワームとジャガイモが宇宙空間にばら撒かれた。
「α1.2より分離する物体あり」
「対抗機雷か、確認急げ」
ドルフィン大尉が素早く反応した。
「そんな物まで積んでるのか。完全に軍用艦艇だな」
カルロが呆れたように言う。
「次々と分離しています。推定ですが20オムス程度の大きさです」
「機雷にしては大きいな」
「艦長。積んでいたコンテナではないでしょうか。それぐらいの大きさのものが多く積み込んでいました」
ニコライが自身の予想を語った。
「なるほど。今の奴らには重荷以外の何物でもないからな」
「進路変更しますか」
「無用だ。接触コースにあるものは破壊しろ」
「アイサー。進路そのまま」
テロリストたちの必死の作戦も通用しないかに見えたが、ここで彼らに幸運が舞い込んだ。放出したコンテナに先行していた魚雷が偶然にも命中したのだ。
α1.2とコンコルディアの中間で巨大な爆発が起こった。
「魚雷爆発。コンテナに命中したと思われます」
「フィーザに異常反応。探知能力50%低下します」
恒星からのエネルギーで探知能力が低下している状態で、想定より近い魚雷の爆発により一時的に前が見えなくなった。
「一番魚雷爆発。二番魚雷コースをそれます。何らかの損傷を負った模様」
「艦長。このままでは本艦にもコンテナが接触する可能性があります」
「進路変更192」
コンコルディアは目が見えるまでは安全領域に退避するしかなかった。
「転舵。転舵だ。取り舵一杯」
一方テロリストはほとんどパニック寸前だった。観測された爆発が彼らの想像以上の大きさだった。
「レールキャノンにエネルギーを送れ。撃たれる前に撃つぞ」
幸い。速度はある程度ついている。このままもう一度魚雷を打たれるよりましだ。
「弾はどうしたらいい」
「弾だ?」
「ああ。システムが弾を選べと言っているんだ」
今更説明書を開いて砲弾の解説を聞くわけにもいかない。
「選んでいる暇を無い。何でもいい。お前が選べ」
「そんな」
頭目の指示に船員は戸惑うしかない。
「さっさとしろ。何でもいい」
「わかった」
こうして適当に選んだ砲弾が装填された。選んだ砲弾には広域炸裂なんちゃらと表示されていた。彼は命中率の数字が良かったので選んだのだった。
「装填完了」
「エネルギーはどうだ」
「後40もあれば撃てる」
「よし。連邦の船を狙え。旋回急げ。二番艦はどうした」
衝動的に舵を切った一番艦と違い二番艦は一番艦が転舵したのを確認してから舵を切ったので二隻は離れてしまった。
「α2捕捉しました」
「3番、4番発射」
「アイサー。3番、4番発射」
コンコルディアの左舷方向で方向転換中のα2に向けて魚雷が放たれた。
「α1の探知を行え」
「α2が攻撃軸線に指向。砲撃体勢です」
「ランダム回避用意」
人の手ではなくシステムにスラスターを吹かせる。
「いつでもいけます」
「開始」
コンコルディアは小刻みに進路を変えた。
「α2発砲」
巨大な質量弾がコンコルディアの左舷を通過したのと同時に、魚雷が命中した。
「3番、4番命中。α2沈黙。撃沈と思われます」
「フィーザに感あり。α1です。方位0564速度3655」
「艦長。やはりレールキャノンです。推定出力6211/THJ 巡洋艦クラスです」
「攻撃位置に転舵しますか」
一斉に報告が上がってくる。艦長はほぼ同時に上がってくる情報を瞬時に解析し判断しなければならない。優先順位を一つ間違えると艦は沈む。
「ランダム回避続行。もう一隻がこちらの横っ面を張り倒そうと手ぐすね引いてるぞ」
カルロは攻撃ではなく回避を選択した。
「二番艦が食われた」
絶望的な報告に気が遠くなるが反撃しなくてはならない。
「目標。ロックした。撃つぞ」
砲撃手のコンソールにはコンコルディアを中央に収めた大きな命中エリアが映し出される。
「撃て」
艦首下腹部に開いた砲口から高出力で質量弾が飛び出した。
「α1発砲」
「一番、二番に目標のデータ入力」
「ジェネレータ出力91% これ以上出すのは危険です」
「出力そのまま。全力戦闘は後どれぐらいできる」
カルロの質問に機関長が計算する。
「1800が限界です。それ以上になると帰れません」
「十分だ」
そう言って笑おうとした瞬間。コンコルディアが激しく振動した。被弾したのだ。
「被害報告」
ドルフィン大尉がが叫び、警告音が一斉に鳴り響く。
「船外温度。急上昇。およそ一千度です」
「船体外殻の膨張を確認。フィーザ使用不能です」
「魚雷発射管。緊急冷却開始します」
そして、最大の問題が発生した。
「ジェネレータ温度。異常上昇。緊急停止。予備電源に切り替わります」
「舵は利くか、進路変更682」
コンコルディアは逃げ出した。
「命中だ。命中したぞ」
オルギム解放戦線の一番艦は歓喜に包まれた。相方の二番艦を一撃で沈められ、試射すらしていないレールキャノンで反撃するという絶望的状況からの逆転。誰しも興奮していた。
「ざあまぁみろ。連邦がこんなとこまでしゃしゃり出てきやがって。思い知ったか」
「すごい。一体何の弾だったんだ」
「いや。なんか命中率が一番いいのを選んだらこうなった」
「そりゃ命中するだろう。あんな広い範囲で次々と爆発すれば嫌でも当たるぜ」
彼らからは連邦艦を中心にした巨大な空間が燃え上がったように見えた。
「いい買い物だな。そこらの海賊どもの船とは格が違う」
テロリストの士気は大いに上がるのだった。
コンコルディアはα1から距離を取り態勢を立て直そうする。
「弾種は何だ。推定で構わん」
カルロが報告を求めるとフィーザを扱うオペレータが返事をする。
「衝撃と同時に船外の温度が急上昇しましたが、船体のキールには被害がありません。空気漏れも観測されていない所から、船体には大きな被害がありません。本艦だけでなく広範囲での温度上昇がみられます。燃焼弾、それも無数の散弾のような物が一斉に爆発したのではないでしょうか」
「なんだそれは、コンコルディアをローストチキンにでもするつもりか」
命中したのに船体に被害がないのは不自然だ。
「これも推定ですが、艦に向かって撃つものではないのでは。例えば機雷原を切り開く工作弾の一種とか」
「ふむ」
カルロが考え込むと機関長が続けて報告する。
「その推論に概ね賛成ですが、被害は甚大です」
「やはりジェネレータはダメか」
「いえ。ジェネレータ本体は緊急停止したため無事ですが、放熱板がいかれました。このままでは適切に冷却できません。先ほどの熱攻撃で完全にオーバーヒートしています」
宇宙空間は絶対零度の極寒だが、一度熱を持つとなかなか温度は下がらない。空気がないからだ。
「水でもぶっかけるか。速度は」
「現在、予備電源で航行中です。30%が限界かと」
「とにかく撤退だ。本隊と合流する」
「アイサー」
「問題はこのまま逃がしてくれるかだが」
コンコルディアが惑星オルギムの重力圏から離脱しようとするのは当然テロリストにも確認できた。
「ボス。奴ら逃げていきますぜ。だいぶ被害が出ているみたいだ」
「みたいだでは分からん。どんな状況だ」
「あちこち煙を吹いてるな。おっと船体全体で異常な温度だ。丸焼きにしてやったからな」
センサー類を操作していた船員が嬉しそうに報告してくる。
「よし。立ち直らせるな。とどめを刺すぞ。次も同じ砲弾だ。いいな」
「了解だ」
砲撃手は頭目の指示に意気揚々と答えるのだった。
カルロの希望は叶えられそうになかった。
続く
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