第14話 思い出
ニルド暫定政府との連絡将校を命ぜられたロンバッハ少佐は、公爵代行のソフィア公女と共に、ニルドに降下したが、その途上シャトルが何者かに撃墜され、雪原に放り出された。
救助を待つ二人の前に、所属不明の武装集団が現れ、身を隠すことにした。
「ごめんなさい」
「落ち着きましたか」
ひとしきり泣いたソフィアは涙を拭った。
「ええ。みっともない姿を、見せてしまいましたね」
「お一人で抱え込んで、いらっしゃったのですね。決して恥ずかしいことではありません」
「ありがとう。わたくしに姉がいれば、あなたのよな存在だったのでしょうか」
「光栄です。ソフィア。貴方のような素敵な妹は大歓迎ですよ」
ロンバッハが笑顔をむけると、ソフィアもつられて笑った。
それから小川で水を汲み、途中で小枝を集めた。太陽光で水を温め、拳銃のレーザー出力を調整し、集めた小枝に火を起こした。
「軍人さんは、すごいのですね。アデレシアは艦長さんなのに、こんなことも出来るのですね」
ロンバッハの手際に目を丸くした。
「士官学校や軍大学で叩き込まれましたから。覚えているものですね。当時は艦隊勤務の自分に地上でのサバイバル訓練は、無駄としか思っていませんでした」
「話してください。わたくしも役に立ちたいです。どんな訓練だったのですか」
好奇心を刺激したらしく、大きな瞳をむけられる。
「そうですね。軍大学の訓練ですが、三日分の食料と小銃、野営セットを背負います。大体30kg程になります」
「そんなに」
「そこから、冬の雪山に連れて行かれ、様々な課題を出されます」
「どんな、課題ですか」
「基本的なのは、行軍。歩き回らせられたり、食べれる野草や小動物の確保。それから射撃訓練。寝床の確保、生きていくための全てですね」
「連邦軍は女の子にも容赦ないのですね」
「全くです。わたしの教育担当がまた嫌な人物でしたよ」
ロンバッハは時計を撫でた。
「意地悪な人だったの」
「無駄にこちらを煽ってくるのです。見つけた野草で食事を作ると、山まで来てダイエットでもするつもりか、下剤を食べるなんて、女の子も大変だな。とか、言われましたよ」
「なんですか、それは。嫌味な方ですね」
「そうですね。私の見つけた野草は、下剤の材料でしたけど」
「あら。そうでしたの」
「射撃訓練の時は、当てるつもりが無いのか。先ほどから見ていると当たらんように、当たらんように修正しているんだが。とか」
「わたくし、だんだん腹が立ってきました」
「まぁ。軍隊ですから」
「ウルス。大丈夫かしら。今頃わたくし達と同じ目にあっているのでは」
「そうかもしれませんね」
「他には」
「追跡と逃走、隠蔽の訓練ですね。簡単に言えば鬼ごっこでしょうか」
「今のわたくし達と一緒ですね」
「教育担当一人を、私と他3名で追跡しました」
「足跡を追ったのですね」
「途中で足跡が消えました」
「消えるって、そんなことできるのですか。あっ。川を渡ったのですね」
ロンバッハは首を振った。
「どうやったのかは今でも判りません。ただ判っているのは、見つけられず時間切れになったとき、彼は私たちのすぐ後ろに立っていました。女の子に追いかけられるのは、中々いいものだ。とか言ってましたよ。今、思い出しても腹が立つ」
腕が震える。
「その後、攻守を変えて、私たちが逃げる番でした。私たちは、各々が得意な方法で逃げることにしました。隠れるものや、難路を進むもの。私は速度で逃げました。ただ単純に距離を稼ごうとしたのです」
「意外ですね。わたくしの勝手なイメージですけど、アデレシアは隠れたりするのが得意なのかと」
「初めは、そうしようと考えましたが、なんとなく、直に見つかってしまう予感がしたのです。それに追跡されても、時間内までに逃げ切れたら、こちらの勝ちですから」
「負けず嫌いさんですね」
「しかし、焦っていたのでしょうね。雪の下がどうなっているか、深く考えずに走っていると、足元が無くなり、転落しました」
「大変。怪我は無かったのですか」
「いえ。落ちた衝撃で、右足を骨折していました」
「どうやって、助かったのです」
「しばらく。呻いていると、彼が現れました」
「よかった」
「そうですね」
「お前さん。何やってるんだ」
困ったような声が、頭上から降ってくる。
「訓練です」
発見された喜びを抑えつつ、ぶっきらぼうに答えた。
「ここまでするか。普通。随分遠くまで走ったな。雪山に慣れてるのか」
「いいえ」
「だろうな」
スルスルとザイルが下りてくる。
「身体に固定しろ。出来るか」
「出来ます」
ザイルを腰の金具に通そうとするが、寒さで手が上手く動かない。
「世話の焼けるお嬢さんだな」
もう一本のザイルを使い下りてくると、素早く金具に通す。
「手足は動くな。ん。右足は駄目そうだな。よし、両手と左足で踏ん張れ」
それだけ伝えると、また上っていく。
「いいか。合図と共に上がれ。行くぞ。せえの」
上に引っ張られる力のおかげで、何とかクレパスから這い出た。
「よしよし。お疲れさん。怪我は右足だけか」
木の枝を使い足を固定していく。
「すみません」
「気にするな。それよりも、他に痛む箇所は」
「特には」
「そうか。痛みが出たら言えよ。今はショックでアドレナリンが出て、痛みを感じないだけかもしれない」
「大丈夫です。
手当てが一通り済むと、大尉はロンバッハの顔を覗き込んだ。
「なんにしても、綺麗な顔に傷が無くてよかった」
「なっ」
にかっと笑うと、頭を無茶苦茶に撫でた。寒さで痛んだ銀髪が四方に飛び散る。
「止めてください」
「よし。下山するぞ」
そのまま、背負われて下山する。
「小官は失格でしょうか」
「失格。何にだ」
「参謀将校として、いえ、軍人として」
「この程度で凹むな。どうせ訓練はこれで終了だから、誰も咎めやしない」
「そうでしょうか」
「それにな、生きて帰るのが、何よりの貢献だと、俺は思うね。お前さんは生きて帰るのだろう」
「はい」
「なら、合格だ」
「ありがとうございます」
自然とこみ上げる涙を気付かれまいと踏ん張るが、後半は声が震えた。
「アデレシア」
気が付くと、ソフィアが心配そうに見つめている。
「すいません。少しぼっとしていました」
不安を与えまいと笑いかけた時、遠くで爆発音が響いた。
「ソフィアはここにいてください。小官が偵察に行きます」
ここからでは状況がわからない。
「でも」
「すぐに戻ります」
雪洞を飛び出していく。
頭から雪を被り、見通しの良い場所まで、匍匐前進で進む。
「86式揚陸艇。友軍か」
高度100mを低速で進む艇を発見した。艇からは次々と人が降下していく。
地上と空に砲火が響く。シャトルの付近が戦場になっているようだ。
それだけ確認すると、ソフィアと合流した。
「ああ。アデレシア。良かった」
「ソフィア。救助に来た友軍が交戦中です」
「どうしましょう。連邦軍と合流したほうがいいの」
「現状では、難しいかと。敵戦力の規模が不明です。友軍は降下猟兵、一個中隊規模です」
「負けるかもしれないのですね」
「いえ。こちらは、いくらでも増援を出せます。武装勢力も撤退するでしょう。保護してもらうのは、その後で」
「判りました」
問題は、この場所から移動すべきか、留まるべきかだ。
発見されていないが、戦場から少しでも離れたほうが、良いかもしれない。
ロンバッハはソフィアの様子を見る。疲れてはいるが、まだ身体は動きそうだ。
「ソフィア。ここから移動します。動けますか」
「もちろん。休憩したので、大丈夫です」
健気に答えた。
「突入コースセット。大気圏突入まで30秒」
「追いつけそうか」
偵察型スペンサーは、強行偵察も行なう機種だ。
「無理です。足はこちらが上ですが、追いつくまでは無理」
クアン・エイシ中尉は、カルロの願望にバッサリと答える。
「了解だ」
3座式の座席は直線状に配置され、前からクアン・エイシ、カルロ、アルトリアの順に搭乗している。
一番後ろで、アルトリアは短機関銃を握り締めた。スペンサーのコクピットには長い小銃は持ち込めない。
「撃った事無いが、問題ないないはず。拳銃と同じ。拳銃と同じ」
「うっさい。独り言を言うな」
上官への敬意など、戦闘中は投げ捨てるタイプのクアン・エイシが毒づく。
「そうだぞ。アルトリア艦長。全員に聞こえるからな」
「すみません。黙ります」
しょんぼりと、短機関銃を抱きしめた。
スペンサーが大気圏に突入した。
このまま一気に目標地点に降下する。
救助に来た揚陸艇は低空を進んでいる。制空権はこちら側だ。上から視認できるルートで発見してもうのが早い。
二人は、少し開けた丘陵に向かう。
だが、ロンバッハの判断は時期尚早だった。
突如、低空を音も無く旋回する物体が目に入る。
「ガンシップ」
ソフィアに飛びついて伏せさせた。
敵勢力も航空機を用意していた。空から捜索するのは基本だ。
ガンシップは、揚陸艇への攻撃アプローチに入ろうとして、二人の前に飛び出してきたのだ。
二人を確認したガンシップは、揚陸艇への攻撃を継続すべきか悩む動きを見せた。
「走って」
ロンバッハは身体を起こすと、林のほうに駆け出す。
ガンシップは後部から、4人の兵士を降下させると、揚陸艇に向かった。脅威度の高い順に潰すつもりのようね。
冬季迷彩の兵士が散開して、発砲しながら接近する。
ロンバッハもホルスターから拳銃を抜き、ソフィアを先に行かせる。
ソフィアだけでも逃がしたいが、相手は四人。最低二人。出来れば3人倒したい。
無茶だと理性で判断できるのだけれど、他に方法が思いつかないわ。自分で思っていたより、頭が悪いらしい。こんな時、カルロなら下らない悪知恵を働かせて、解決するのでしょうけど、私は頭が固い。
警告代わりに一発発砲。当然当たりはしないが、足を止める効果に期待する。
また。爆発音が聞こえた。揚陸艇がガンシップに攻撃されたのだろう。揚陸艇には貧弱な防御火器しか搭載していない。ガンシップに対抗できない。
大きな息遣いが聞こえる。それが自分のものだと、ロンバッハは気付いた。何時以来だろう、これほど息を切らして走ったのは。ああ。そうだ冬山での訓練以来ね。あの時は捕捉されまいと、全力で走った。
「アデレシア」
林に入る手前で、ソフィアが振り返った。
「止まらず走りなさい」
牽制射撃のために、ロンバッハも振り返ると、視界の端にガンシップが見えた。もう、戻ってきたのか。忌々しい。二発続けて発砲。
ガンシップが、正面に回りこむと、一瞬、赤い矢のような物が通り過ぎた。確認する間もなく轟音が響き、突風が発生した。一ロンバッハとソフィアは倒れこんだ。
「コンテナパージ完了。敵。ガンシップ確認。攻撃に移る」
「やってくれ」
後部上方から突っ込んだ偵察型スペンサーは、機首に搭載されたビームガンを発射する。
速度差でカルロからはガンシップが止まって見えた。
着弾は確認できなかったが、ガンシップが火を噴いた。
「命中を確認。撃墜した」
クアン・エイシはただの一斉射で撃墜して見せた。
ガンシップは雪原に叩きつけられた。
「敵。航空戦力の排除を確認。少佐、広域レーダを確認してください」
カルロは眼前のモニターを注視した。
「敵性反応なし。大型の熱源も検知されない」
「了解。これより着陸態勢に入る。コースアラート、チェック」
撃墜現場の上空を大きく旋回する。
「こんな、雪の中、着陸できるのか」
「問題ありません。モード21にチェンジ。フラップ展開。タッチダウン・ゴー」
翼が変形し、翼面積が広がった。
スペンサーは、その巨体に似合わないほど軽やかに接地する。途端に白い雪のシャワーがキャノピー一杯に広がる。
「埋まらないか」
「タッチダウン完了。停止まで5・4・3・2・1・停止。着陸完了」
「下りれるか」
「キャノピー開放」
「ただちに、二人を保護する」
「了解」
ロックが解除されると、3人は飛び出す。先に降下した、コンコルディアとムーアのクルーが射撃を行なっている。
カルロはスペンサーに仁王立ちで周囲を見渡した。武装勢力はガンシップが撃墜された段階で、逃走に移っていたため姿が確認できない。
公女とロンバッハの姿も見えない。絶対に近くにいるはずだ。
「バルバリーゴ艦長。あれでは」
アルトリアが林の一角を指差した。
「あそこだ。アルトリア、中尉、行け」
「了解」
一人は拳銃、一人は短機関銃を両手に構えて走り出す。
カルロは射撃中のクルーに状況確認させた。
なんでだろう。凄く静かだ。先ほどまで響いていた爆音も聞こえない。もしかして耳をやられたのかしら。
そうだ。ソフィアを逃がさなくては、この下らない争いで、唯一まともな存在。彼女は今後のニルドにとって必要不可欠よ。だから起き上がれ。使命を果たせ。あれ。使命ってなんだかしら。そういうことじゃなかった気がするのだけど。
向うから何か走ってくる。そうだ敵がいたわね。緑色の敵。緑だったかしら。他の色だったような気がする。
朦朧とする意識の中、膝を付いたまま両手で拳銃を構えると、接近する人影が雪原に倒れこむ。
「アディー。あたしだから、撃たないで、アディーに撃たれたら、死んでも死に切れないよ。聞こえてる」
「ロンバッハ艦長。味方です。アルトリアです。撃たないでください」
「シーアン。アルトリア艦長」
段段と意識がはっきりとしてきた。
「そうです。無事ですか。公女殿下はどちらに」
「ソフィア」
振り向くと、雪の中にソフィアが倒れている。急いで抱きかかえる。
「私は無事です。急いで医療キットを」
「了解」
アルトリアが踵を返す。
「アディー」
クアン・エイシが泣きながら飛びついてきた。
「大丈夫。怪我してない。敵はやっつけたから、安全だよ」
「私は大丈夫よ。怪我もしてない。助けに来てくれてありがとう。シーアン」
声を掛けられたクアン・エイシは更に号泣した。
「どなたです」
ソフィアが目の前の光景を不思議そうに眺めていた。
「ソフィア。大丈夫ですか」
「ええ。耳が、悲鳴を上げてよく聞こえませんが」
「よかった。救助が来ました。こちら私の友達シーアン・クアン・エイシ中尉です」
「助けが来たのですね。ありがとう。中尉さん」
中尉は何も言えず泣きながら、ただ頷くだけだった。
「艦長」
医療キットを抱えた、ムーアのクルーが走りこんできた。
「ご苦労様。殿下のバイタルを確認して」
「アイサー」
一人が医療キットを広げ、一人がソフィアの問診を始める。
ロンバッハが立ち上がろうとすると、クアン・エイシが引き止める。
「駄目だよ。次はアディーがバイタルチェックして。お願い」
懇願されては仕方が無い。大人しくバイタルチェックを受けることにした。
「大丈夫です。脳に出血は見られません」
野戦用MRIを、取り外した。
「よかった。一番怖いから、心配したよ」
やっと、クアン・エイシが離れた。
気が付けば、日は落ち夕方が迫っていた。
一人の男が近づいてくる。ロンバッハも立ち上がり、そちらに歩き出した。
本当は、駆け寄りたいのを我慢して、わざと一歩づつ踏みしめるように近づいてくる男を見ていると、きっと自分も同じように見えている気がした。
ただ歩いているだけなのに、なぜか幸福感に包まれる。
「お嬢さん。こんな雪山で何を」
下手な冗談も懐かしい。
「仕事よ」
「なるほど。綺麗な職場だな」
雪原に夕日が落ちて光り輝いていた。
「もう、終業時間だろ、どうです。一杯飲みにでも」
「あら。ナンパ。一度、鏡を見ることをお勧めするわ」
「男は顔じゃない」
「では、何かしら」
「行い?」
「なぜ、そこで疑問系なのかしら」
ロンバッハの前にカルロが立った。
「よくがんばったな」
カルロは優しく、ロンバッハの髪を撫でた。それはかつて、雪山で自分の髪をぐしゃぐしゃにした手と同じものだった。
あっ、駄目だ。張り詰めていたものが緩んでいく。ロンバッハは意識が遠くなるのを感じた。
まぁ、大丈夫でしょう。この男なら間違いなく抱き締めてくれるから。
「おい。アデレシア。大丈夫か」
珍しくカルロが自分の名前を呼んだ気がした。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます