第6話 ボートレース 1
突撃艦コンコルディアは、要人の護衛中に内部破壊工作を受け、動力源に大きな損傷をおった。
その後、連邦軍に偽装した、反連邦武装集団に襲撃されたため、当初の予定を変更し、アウストレシア方面軍のドックに入渠することとなった。
ニルド亡命政府の要人は別途手配された艦艇で、中央委員会に向かうこととなった。
「バルバリーゴ艦長。世話になりました」
「最後まで、ご一緒できず、残念です。殿下」
ニルドのロム公子とソフィア公女と握手を交わした。
「ありがとう。バルバリーゴ艦長、ロンバッハ艦長。お二人のおかげで、生きながらえました」
「お気になさらず、公女殿下。航海の安全を祈っております」
ロンバッハは親愛をこめてソフィア公女を抱きしめた。
二人の貴人が、戦艦テルピッツに乗り込むのを見送った。中央政府もここにきて、事の重大さを認識したのか、新しく用意されたのは、超弩級戦艦であった。これなら安全は保障されている。
「テルピッツなら安全ですね」
心底、ほっとしたようにロンバッハが漏らす。
「そうだな。さて、我々はどうするかな」
カルロは軽く伸びをする。
「事情聴取は終わりましたが、次の命令が来ませんね」
「コンコルディアは動きたくても動けないがな」
「こちらで、修理してくれるのでしょう」
「修理はしてくれるみたいだが、何時になるのか目途が付かない」
「なぜ?。ジェネレータと推進装置の交換で済むのでしょう」
大きな損傷を受けた、コンコルディアであったが、幸い船殻にはダメージが無かった。
「修理自体はな。しかし、エスペラント級のパワーパックはアウストレシアでも、予備は少ないらしい。ナビリアの我々に渡すのを渋ってるみたいだ。後は、上のほうで何とかしてもらわないと」
連邦軍といっても、所詮は大きな役所。縦割り行政は宿命づけられていた。
「クルーはどうします」
「とりあえず、半舷上陸を許可しているが、ムーアはどうしている」
半舷上陸とは、クルーの半分に休暇を与えることだ。
「我々は、命令あり次第、行動できますからね、なにも」
「そうだな、憲兵隊次第か」
「そうなりますね」
結局。コンコルディアは修理をしないと動けない。ムーアは憲兵隊が「もういいよ」と、言ってくれないと動けない、ということであった。
「どうしたものか」
「工廠に直接頼みましょう」
「そうするか」
二人は、駄目で元々という気分で、工廠に向かう。
隅っこのドッグに押し込められた、コンコルディアを片目で見つつ、工廠の中央司令室に入る。
「入院しろ。入院しろ」
大佐の階級章をつけた男が、部下にしきりに薦める。
「大丈夫です。後、一週間です。それまでは何とかがんばります」
大尉の階級章をつけた部下は譲らない。
「何を言っとるか。古傷がぶり返したのだろう。熱もあるようじゃないか」
「クルー達も、今度こそはと意気込んでおります。今抜けるわけにはいきません」
大佐の言うとおり、大尉の顔は土気色で、入院したほうが良さそうである。
「あの。お取り込み中のところ、申し訳ありませんが」
「なんだ。貴様。とこのどいつだ」
大佐殿はもって行き場の無い怒りを、カルロにぶつける。
「ナビリア方面軍所属、カルロ・バルバリーゴであります」
「ナビリア?ああ。突撃艦の。何のようだね」
ものすごい剣幕で睨み付けてくる。
「いいえ。特に用があると、痛っ」
ひよるカルロの背中をロンバッハが、つねる。
「なにか、もめておいでのようですね。どうなさったのですか」
役に立たない、カルロに変わりロンバッハが前に出る。
ロンバッハ特有の有無を言わさぬ雰囲気に、大佐は少し落ち着いて答える。
「たいしたことではない。ただ、カークスボートの対抗選手権についてな」
「ああ」
カルロとロンバッハは、さもありなんと、声を揃えた。
カークスボート、それは、イオンクラフトエンジンと太陽風を受けるセイルで走行する、小型艇である。連邦軍では伝統的に、カークスボートを使ったるレースが行われる。
これが、ただのレースではない。各艦、各部門の名誉を掛けて行われる競技のため、これに関わるものは、通常軍務の免除すら認められる代物だった。
このレースにかかわる者は、大概目の色を変えて取り組む。大尉が、意地を張るのも無理が無い。
「アウストレシアの大会が近いのですか」
「そうだ。私はこの第7工廠のキャプテンだ」
下の階級であることも忘れたように、大尉は胸を張る。カークスボートに熱中する連中は大体こうだ。
「耳が痛いのではなくて」
ロンバッハがカルロに囁く。
「なんのことかな」
「とにかく、私は休めません。ここまで仕上げたチームです。皆に迷惑は掛けれません。失礼します」
無理矢理話しを終わらせ、大尉は敬礼をして出て行った。
大佐はため息をつく。
「それで、貴官ら何の用件かね」
「お忙しそうですね」
「見ての通りだよ。大会が近いと、そちらに人数を取られるからな。そうだな、ナビリアの突撃艦も、定期点検艦が粗方片付いてからになるな。大会後といったところだろう」
無慈悲な宣告が出た。上のほうで話が付いて、パワーパックを廻して貰えたとしても、作業が最短でも一週間後、下手をすれば、それ以上時間が掛かりそうだった。
「どうしたものか」
別に急いでナビリアに帰りたいわけではないが、カルロは性格上、話が決まらずダラダラと時間が流れるのが苦手だった。
「こうなったら、あなたも参加すれば。好きでしょ。カークスボート」
「貴官ほどではないがな」
「私は、特に好きというわけではないわ」
「そうでした。負けるのが嫌いなだけでしたね」
茶化すカルロの足を軽く蹴った。
「なんだね。君らもカークスボート狂いか。飛び入り参加は、伝統的に認められている。ナビリア代表で出てもらっても、誰もうるさく言わんぞ。大会の準備と試合当日は軍務扱いになるからな。大して娯楽の無い司令部で休暇を取るより、良いのではないかね」
「そうですね。しかし、ナビリア代表はちょっと」
「ああ。そうだな。下手な成績ではナビリアに帰れなくなるな」
やっと、落ち着いたのか、大佐はそう言って、笑った。
「コンコルディアとムーアの合同チームならいい案なのかも知れんな」
「なぜ、合同チーム。私としては、あなたのチームを叩き潰してみたいのだけど」
「言い方。なぜって。普通、カークスボートはペアで行うだろう。ですよね」
カルロの問いに大佐は頷く。
「突撃艦の人員で、二艘準備するのは大変だ。それに、ムーアの乗り組みは憲兵隊から解放されれば、帰還命令も来るだろう。そうなったら準備が無駄になる」
「そう言って、私のセッティングを掠め取る気ですね。バルバリーゴ艦長」
ロンバッハがにっこり笑う。
「やる気、満々で結構なことですね。ロンバッハ艦長」
カルロはふっふっと笑う。
闘志をみなぎらせて笑う二人を見て、大佐はボートのことになると目の色を変えるやつは、どこにでもいるな。と、笑った。
「好きにしたまえ。大会委員会に申請すれば、許可してくれるだろう。機材はナビリア持ちになるが、ナビリアにもボート狂いは多そうだし、何とでもなるだろう」
「大佐。ありがとうございます」
大佐に敬礼をし、二人はその足で、大会委員会に向かった。
「と、言うわけで、急遽ではあるが、コンコルディアとムーアでカークスボートの合同チームを作ることとなった。コンコルディアとムーアで一艘ずつ用意する。何か質問は」
ミーティングルームに両艦のクルーを集めて宣言した。
「異議はありませんが、随分急ですね。間に合いますか」
ドルフィン中尉が手を上げる。
「間に合わせて見せろ、幸い我々は全員がこの作業に没頭できる。片手間にやるわけではないからな」
「合同チームと言っても、ムーアとコンコルディアは一艘づつ作成します。我々はチームでありライバルです」
艦長二人がやる気満々だと、下の者は異議を唱える気も無くなる。どうせ新しい命令が来るまで、することも無いのだ。
両艦のクルーは、アウストレシア司令部より供与された、カークスボートの組み立てに入る。
カークスボートは、大会ごとに用意したボートを各チームが組み立て、調整し、操縦する。
カルロは、機関長を中心に機関部員と主計係で組み立て、調整を行わせ、作戦を艦橋要員で行わせた。 破損したジェネレータの撤去作業の中、コンコルディアとムーアのクルーはカークスボートの組み立てを行った。
「さて。コースの概要は」
カルロは、大会から渡されたデータを表示した。
カークスボートのコースは、衛星バースと小惑星TK-2の二点を周回するものだった。
司令部基地からスタートして衛星バースに向かって加速。バースの重力を使い、さらに加速しバースの衛星軌道を回り、TK-2に向かう。そしてTK-2を回るために途中で減速。TK-2を回ると、再びバースを目指す。これを3周するものだった。
「距離が長めだが、スタンダードなコース設定だな」
特に、障害物の無い空間を、いかに早く回れるかを競うものであった。
「減速が、勝負の分かれ目ですね」
ドルフィン中尉の感想にカルロは頷く。
減速が足りないと、TK-2を上手く回れず、最悪コースアウトする。減速しすぎると、今度は加速に時間がかかり、バースまでの時間が掛かる。基本に忠実なコース配置だった。
「これは、地元チーム有利だな」
カークスボートは普通の宇宙船と違い、あえて、人力で航行するものである。時計、測距儀、速度計、方位探知儀、等の各種センサーから与えられる情報を、計算機で計算して操縦するのであった。普通。船のシステムが自動で行うことを人間が一々おこなう。軍の初等訓練の集大成のような競技であった。
データを正確に読み取り、正しく計算し、それに基づいて操作する。一つでも間違うと、最悪、宇宙の彼方に飛んでいく。まれに人身事故も起こる危険な競技であった。しかし、連邦軍での人気は絶大で、連邦軍の大会で総合優勝したチームなど、上官から敬礼を受けるとも言われていた。
「とにかく、基礎データの解析だ。副長。貴様と航海長で行え」
カルロは二つの星の軌道、重量、周辺の太陽風のデータの読み込みを始めさせた。
「それとな、解析されたデータはロンバッハ少佐に確認してもらえ」
「アイサー。しかし、なぜ、ロンバッハ艦長に」
「お前たちが、計算間違いをしていれば、指摘してくれる」
「それでよいのですか」
「ああ。ただ、間違っていても、違う。しか、答えてくれんから。キッチリした解析結果を持っていけ」
「艦長はどちらへ」
「敵情視察」
カルロは、小型艇のドックに足を向ける。そこには、アウストレシア方面軍の各セクション代表チームのピットと化していた。
野次馬よろしく、ある程度の距離を保ちつつ、眺めて回る。各チーム、整備に余念がない。イオンクラフトエンジンのセッティングに船体のバランスをレーザーで測り、修正していく。工場なら全てシステムが一括で行うことをあえて人間の手で行う。この、一見無駄な行為が楽しい。
ピットを覗いて歩くカルロの前を、顔色の悪い男が横切る。工廠の中央司令センターで熱くなっていた大尉だ。
「大尉」
カルロの呼びかけに振り返る。
「はい。少佐。あなたは、先ほどの」
「ナビリア方面軍所属、突撃艦コンコルディア艦長。カルロ・バルバリーゴだ」
「恐れ入ります。自分は、第7工廠、第32分隊所属、エンリケ・オルドレーク大尉であります」
「そうか。オルドレーク大尉。貴官は、カークスボートのチームリーダーだったな」
「そうであります。少佐」
「どうだ。第7工廠チームは、今年は良い所に位置しているのではないか」
司令センターで会話を思い出して探りを入れた。
「おかげさまで、総合2位であります。今回、勝利すれば逆転優勝もありえます」
「なんだ。強豪チームではないか」
「そうでもありません。去年は惨憺たる結果でしたので」
オルドレーク大尉の表情はあながち謙遜ともいえそうになかった。
「なるほど、貴官が身を粉にして、今の順位というわけか。たいしたものだ」
大げさに褒めてみせる。
しばらく、雑談し、相手の緊張が解けてきたのを見計らって、本題に入った。
「実はな。我々も、今回のレースに飛び入り参加することにしたのだ。一つお手柔らかに頼むぞ」
「そうでありましたか。存分に戦いましょう」
「それでな、ひとつ、第7工廠チームのボートを見せてくれんか。なにぶん、このコースは初めてでな。初歩的なことでも、知りたいのだ」
カルロの唐突な申し出に、オルドレーク大尉は固まる。
「ボートをでありますか」
「もちろん、見せれる範囲で構わない。今から組み立てを始めたので時間も無いし、基本的な所だけでも抑えておかんと、命にかかわるからな」
「判りました。細かいデータはお教えできませんが。ボートを見るぐらいでしたら。どうぞ、こちらです」
「ありがとう。感謝する」
オルドレーク大尉は、自らのチームにカルロを案内した。
「ロンバッハ艦長。コースデータの基礎解析が出来ました。ご確認いただきたいのですが」
ドルフイン中尉は、ムーアに出来上がったデータを転送する。
「コースの基礎解析?確認するのは構いませんが、バルバリーゴ艦長は?」
モニターに写ったロンバッハは怪訝な顔をしていた。
「それが、敵情視察と仰って、ピットの方へ。データの確認は、ロンバッハ艦長にお願いしろと命令されました」
「敵情視察。ああ。いつもの手ね」
得心したように頷く。
「いつもの手でありますか」
ドルフィン中尉の問いかけに、少し困ったように笑う。
「あなたたちも、あの男とカークスボートでレースする時は、絶対にボートを見せては駄目です。ウイングの角度やセイルの位置から、セッティングを推察してくるから。一回、エンジンの匂いを嗅いで、オイルと回転数を言い当てられた時は、正直、気持ち悪かった」
「艦長にそんな特技が」
「前世はカークスボート大好きな、犬だったのでしょう。帰ってきたら根掘り葉掘り聞いて、その話をこちらに回しなさい。本人に聞くと、嘘を伝えてきそうだから」
パネルを操作し、視線をいろいと動かしながら答える。
「解析データは概ね良いですが、絞込みが甘い。重力波と衛星の軌道を相互に計算しなさい」
「アイサー。ありがとうございます」
「どういたしまして」
そこで、通信が切れた。
「艦長の言っていたことと、随分対応が違うな」
ドルフィン中尉の感想に、航海長が同意する。
「そうですな。丁寧ですし。しかし、会話しながら、細かい計算出来る物ですかね」
「あの人も、カークスボート狂いぽいからな。やり慣れてるのだろうな。しかし。我々に昔話をするとは。初めて聞いたな。もしかせんでも、付き合いは相当古いのだな」
「そうでしょうね。あの息の合い様は、相性がいいだけでは無理でしょう」
ピットから意気揚々と戻ってきたカルロは、ドルフイン中尉と航海長につかまって、見てきたこと全てを聞き出された。当然、その全てはロンバッハに伝えられた。
カルロとロンバッハは突撃艦ムーアでデータの検討に入った。
「基礎データの解析結果が出たわ。結論から言うと。パワーより軽さ」
「そうなのか。この手のオーバルコースのセオリーから言えば、パワーだが」
「衛星バースの重力で充分スピードに乗れるわ。そして、小惑星が小さすぎて、回るのに相当苦労する」
「減速重視。というわけか」
「スピードが付きすぎると、大回りになって、結果的に遅い。最悪。コースアウト」
小惑星TK-2から300Km以内で、回らねば失格となっていた。
「なるほど。納得した」
「それで、他のチームのボートのセッティングは?探ってきたのでしょう」
「ロンバッハ艦長の指摘通り、大体、旋回重視だな。ただ、優勝候補の第7工廠がパワー重視だった」
「本当に?どうやって回るつもり」
「そこまでは、判らんが、先行逃げ切りを狙っているのだろうな。あれは。規定値一杯のエンジンを積んでいた」
「風が、凪いだら強いでしょうね」
「そこに賭けたセッティングなのかもな。随分、ギャンブルな作戦だと思うが」
「我々は、どうしますか」
「せっかく、二艘あるのだから、別々のセッティングにしよう」
「そうですね、順位ポイントは関係ありませんから。では、あなたが、パワー型でいいですね」
「了解した。」
セッティングの違う、艇を用意するには、手間が掛かるが、優勝争いをしているわけでないので、自由にすることにした。
続く
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