おしゃべり少女の時間旅行
@typefriendsc
第1話
こぼれ落ちる砂のように誰も時止められない。時間は常に流れ続けるもので誰にも止められないし、遡ることも出来ない。流れ続ける時間の中にわたしたちはいて、死なない限り流れた時間のその先にわたしはいる。
――これは時間の話だ。少しだけ不思議な時間のお話。といっても、タイムスリップだとか、タイムリープだとかそんな名作なお話ではないことをここに明言しておく。センチメンタルな青春とか恋愛とか成長とかそんな素敵なものを描くためのお話でもない。ちょっとだけ面白い夢みたら信じてもらえなくても人に話したくなるでしょ?わたしにとってはただの自慢話だね、君にとってはしょーもない時間つぶしの話かもしんないけど。
多感な十代のわたしは学校をサボってそのも寂れた公園に来ていた。理由は特にない。特にいじめや問題は特にないけど、なんでか漠然と常に死にたいと思ってるし、学校をサボることもよくある。というかサボった日が今日で投稿した日を超えた。
でもそれでもいい。何故なら多感な十代だから。生まれてからずっと不景気だし、これから先なんて大体想像がつくし、つまらないから。そして、そういった世を憂う振る舞いも絵になると知っているから。だから今日変わらない世界を、変わらないわたしにとっての世界、わたしたちの公園で世を憂うのだ。
公園にいるのはくたびれたホームレスのおじさんと、今にも死にそうな飢えて死にそうな薄汚れた犬と、わたし。この公園に来てるおじさんと犬を勝手にソウルメイトだと思ってる。別に友達が他にいないからとかではなくて。
お互い不干渉を貫きながらも、各々思い思いの表情を浮かべ、黄昏るのがいつものルーティン。
その筈だったんだけど、その日はいつもと様子が違った。
くたびれたホームレスのおじさんが何だか珍妙な、タキシードみたいな服を着てがらがらと荷車型の屋台を引いている。わたしは興味をひかれて、声をかけた。
「こんにちは。どうしたんですか、それ」
おじさんは声をかけられたことに少し面食らった様子だったけど、すぐににこりと笑った。いつもの黄昏た表情はどうしたんだ。仲間だと思ってたのに。
「やぁいつものおじょうちゃん、商売を始めたんだよ」
おじさんは誇らしそうに荷車を叩いた。ポコンと小気味のいい音がしてキラキラとしたシャボン玉みたいなものがふわりと浮かぶ。少し不思議な光景に驚き、口をぽけーと眺めていたらおじさんは笑いながら言った。
「おじょうちゃん、良かったら時間、買ってかない?」
パパ活の隠語か?ポケットの中の携帯に手をかけたところで犬がはぁ?なんやねんそれと鳴いた。
喋れるんだ。
「言葉の通りさ!このシャボン玉に触れるとじぶんの未来を体験出来るんだよ」
喋るの受け入れるんだ。もしかして私だけ知らなかったたかんじなのかな。
そして何だそのファンシーな設定。そんな怪しい話誰か信じるんだよと心の中で激しく突っ込む。
「へー。おもろいやん、やらせて」
「いいよ」
信じるんだ。
犬はシャボン玉に触れると「マジやん」と言った。なにが?
そして犬はこちらをちらりと見やり、満足した様子で公園を出て行った。その足取りは今まで見た中で一番しっかりしていて、とてもひょろひょろとした犬には見えなかった。
今のわたしは知ることはないけどそれからもう二度と、この公園に来ることはなかった。
「おじさん、なにを売ってるんですか?」
犬の姿が見えなくなるまで見送って、わたしはおじさんに問いかけた。おじさんはまた誇らしそうに口を開く。
「時は金なり。時間はお金と同じ様に大事なものだけど、お金は貯金できるのに時間は貯金できないのおかしいって思ったことない?」
「時間は待ってくれないからさ、こっちから迎えに行っちゃおうよ」
おじさんは屋台を叩く。舞い上がったシャボン玉の一つが私の頭の上に落ちた。
10年後の未来を見た。わたしはガチャピンとムックにボコボコにされていた。やめてと叫んでもガチャピンは殴るのやめず、ムックは蹲ったわたしを蹴り続けてる。そして傍で全身ピッチピチのタイツを着た男がストレッチをしている。
いや、タイムタイム。ちょっと待って。
どういうこと?なんで?
「なんで?」
いや、見せるにしてももっとまともな未来あったでしょ。信じさせる気あるのかと思う?
「驚いたかい?これは君の経験する未来だよ」
いやそんなわけあるか。どういう人生を送ったら子供向け番組のキャラにボコボコにされるんだよ。
しかし、仮に本当に未来の姿だとしたら、気になりすぎる。この幻を見る原理は分からないのだ。一概に全て嘘と否定もできない気がする。
わたしはもう一度未来を見せてもらえる様頼んだ。どうしても、あの未来になった原因が知りたい。おじさんは嬉しそうにうなずき、屋台を叩いた。シャボン玉が頭に落ちる。
9年後。私は小学生と公園でルンバを戦わせて遊んでいた。大人気なく子供の持ち寄ったルンバを粉砕して高笑いしていた。角の方に飛び散ったルンバのかけらがいつまでも回収されることは無かった。
「なんで?」
「あっごめん、設定ミスっちゃって最小設定が年だから直前には戻れないんだ」
そうじゃなくて。未来、私はあんな頭のおかしい人間になってしまうのか。というかルンバを戦わせる未来ってなんだ。ネタが尽きたコロコロコミックかよ。
あまり遠くを見ても未来は変えられないかもしれない。今度は比較的近い未来を見たいとおじさんに頼んだ。シャボン玉が以下略。
5年後。わたしは女子相撲の選手になっていた。対面した力士の目に塩を投げるというダーティープレイで結構な白星をあげていた。シャボン以下略。
3年後。わたしはバニラの求人トラックで国会議事堂に突っ込んだ。
そんな馬鹿な。これも信じられない、信じたくない。だけど。
「おじさんありがとう」
「おや、もういいのかい」
見た未来はどれも最悪で、到底信じられないものばかりだったけど、少なくともいまの私には想像できないものばかりだった。
これからなにが起こるかなんて全然分からない。自分の行動の何がきっかけであんな未来につながるかなんて分からない。
ちょっとだけ、面白い。
こんな私にも可能性があるんだっておもった。あんまりいい可能性ではないけど。結局どう転ぶか分からないなら。
「時間ってそんなに貴重なもんでもないな」
私がそういうとおじさんはまた少し驚いた様な顔をして、とても嬉しそうに笑った。
それから、おじさんは荷車を引いて夕焼けに向かって消えて行った。なんとなくだけど、もうおじさんが公園に来ることはないなと思った。だけど、寂しくは無かった。明日からはまた学校行ってみようと思えた。
まぶたの裏に満足そうな犬の姿と、おじさんの嬉しそうな顔が染みついていた。
サイレンがかすかに聴こえる。着ぐるみを着てる奴には多分聞こえてないだろう。
「と、こんなことが昔あったわけ。」
時間は充分稼げたかな。あの子は逃げ切れたかな。警察が扉を勢いよく開けて飛び込んでくるのを見て、私は安堵から意識を失った。
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