痛み、音 01



 眺めている私が驚くほど、ガキィン! とレイは顎を揺らした。


 ──放課後、レイと一緒にファーストフードの某ハンバーガー屋でポテトを頬張るレイを眺めていた。レイは楽しくお喋りしながら美味しそうに細いポテトを何本も口に咥えてはモグモグと食べていた。まるで小動物が餌を口いっぱいに頬張るようで可愛い……。あまりの可愛さに、レイが何か楽しげに話しているけど内容を理解できないわ……。


 だけど、レイはモゴモゴと咀嚼した時に顎を鳴らすように何か硬い物体を噛んだ。見ている私でもわかるほど顎が揺れた。


「あひぃ!?」とレイは戸惑った声を漏らす。


 レイは驚いて目を見開き、私もびくっと体を揺らす。

 二人して目を見合わせた。


「どうしたの? 今、顔が揺れたわよ」

「……なんか噛んだぁ〜」

「ポテトに何か混ざっていたのかしら?」

「え〜〜うそ、あ、あ、あと少し、逃げる……な! これか……よし、取れた」


 レイは紙ナプキンを口元に持っていくと、それを取り出す。もしもネジや何か危険なモノが混ざっていたら──絶対に許さない。クレーム入れてやるわ。


 紙ナプキンに摘まれた物体は、白い……破片だった。


「ナニコレ?」

「……骨?」

「ポテトに骨なんか入ってないでしょ。何か紛れ込んだのかしら」

「今日は骨付き何かを食べた記憶無いけどな~」


 レイはテーブルにその破片を包めた紙ナプキンを放置し、再びポテトに指を伸ばす。が、その途中で指が止まった。レイの顔も「んんん?」と目だけがぐるぐると蠢いていた。


「今度は何?」

「……あ、あ~~、これ……あっ」

「レイ?」

「舌に、鋭利な物体が当たるんだけど」


 レイの顔が青ざめている。言っている意味がわからないけど、とにかく緊急事態が発生している。顎の異様な揺れ、口から出てきた陶器みたいな白色の破片、舌を伸ばすと何か鋭利な物体に触れる──つまりこれは……「レイの、歯?」

「奥歯にね……舌を当てると……なんか食い込んでくる……」

「奥歯?」

「うん。え、一番奥、ここ!」


 レイは口を開けて舌で場所を示す。けど口の中は思ったよりも暗くてわからないわ。


「見えない」

「ほぉほぉ!」

「見えない……。待って、スマホのライトで見るから……」


 スマホのライトを起動し、ライトの光をレイの口の中に当てながら観察した。人の口の中をじっくり見るのは初めての出来事なので緊張するわね……。それも相手がレイだから。不意に、レイは私の手を掴んだ。不安だから掴んだというよりかは、普段レイが言ってるみたいに私に触れて思考を読むためのような気がした。


「ふぇる?」

「舌よ、舌が邪魔なの」

「ふぇい……」


 舌がゆっくりと下の歯の間に収まった。ぬるっと唾液を纏ったレイの舌……。その筋肉だけで構成された生々しい姿に妙な戦慄とお腹がむず痒くなるような感覚に襲われる。その強靭なレイの舌に襲われたら、私は──。「サクラ?」


「え……」

「ねぇ、どうなってるか見てよ。奥歯が砕けてたらどうしよ」

「う~~ん……」

「どうどう?」

「わからないわ」「もっとよく見て!」「欠け、てるのかしら? 奥歯は普通の歯の形をしているけど」

「いつもみたいに私をベロロンベロロン舐め回すような感じで見てよ」「見てません!」「ねぇ、ホントに欠けてない?」

「奥歯の前の歯で隠れてる部分もあるから」


 スマホのライトを消し、レイから離れるとレイも私の手から指を外した。その感触が寂しくて、あと5分くらいレイの歯を観察するべきだった、と後悔した。

 レイは唸りながらモゴモゴと口を動かした。なんて可愛い生き物なのかしら。


「でもやっぱ違和感ある。舌が切れる……」

「近くに歯医者無いの?」

「あるある。ちょっと電話してみるね」

「電話番号わかるの?」

「私さ、お母さんが虫歯とかで歯の治療でトラウマがあるらしくて、歯に対してはきびし~~~く育てられたの。虫歯無くても一年に一回は歯医者さんに点検してもらうんだ」


 そういえば、お泊りする時など、レイは毎日しっかり歯を磨く。最低10分は丁寧に磨いていた。でも、それだけ磨いているのであれば、虫歯にはならないはず。もしもこれが欠けた歯だった場合、虫歯で歯が脆くなったから欠けたのではなく、……ポテトの硬さに敗北した? いや、それはありえないわ。


 レイは電話をして、早速本日予約を入れた。明日は土曜日なので、今日はレイの家に泊まる予定だったから、一緒に歯医者に向かうことにした。


☆★☆★


「あぁ~なんか不安になってきました。あわわわわ……」

「ガクガクわざとらしく震えないで」


 歯医者に到着し、レイは受付にカードと保険証を渡すと長椅子に座る。私も隣に。私達以外に患者は誰も居ない。けど、扉の向こうからキィィイイイン! と鋭い金属音が響いてくる。耳障りな音にレイに身を寄せたくなる。


「サクラびびってるね。サクラ歯医者も怖いの?」

「人並みに、苦手なだけ」

「ふぅ~~~ん!」

「顔をキラキラさせるな。ってか歯医者好きな人なんていないでしょう」

「……お前、ここがどこだってわかってるのか?」

「……中には好きな人も居るかも」「そんな人いねぇよ」「小声で……ずるい」

「あ~あ、皆治療室に入っているけどサクラの声聞こえちゃってさ、先生泣きながら歯の治療してるよ」

「謝っといて」

「しょうがいないな。ま、私は歯医者大好きですよ、って伝えとくね」


 ケケケ! と卑しい笑みを浮かべるレイも可愛いからレイは無敵だ。

 もしも私が歯医者だったらレイの歯を一本一本丹念に掃除する。ってか歯の治療にかこつけて舌を触ったり、頬肉の内側の感触を楽しんだり──。


「はぁ~どうしよ、歯と歯の間から未知の歯が生えてきて周りの歯を傷つけている状態だったら」

「抜け」

「私さ、サメみたいに何度も生え変わる体質かな……。どう思う?」

「大丈夫よ、レイは普通の女の子だから」


 レイは何かを言いかけたが、はっとした表情を浮かべ、私の視線を避けるように俯いた。……いや何か私に重大なことを言いかけたけど辞めました、って顔してるけどあなたは普通の人間よ。常にレイの隣に居てレイを観察している私だからこそ断言できる。


「ねぇ~これから私が治療室に向かってCDみたいな円盤を頭に付けてる先生から恐ろしい宣告されるかもなんだよ、もっと健気に切なげに励ましてよ」

「レイ頑張れ~」

「もっと感情込めて。ってか泣き喚け」

「ホントは泣きそうなのよ。必死に堪えているわ」

「嘘つけ!」そう言ってレイは私の手を握る。不意に握られたので内心ゾクっと震えた。


 その時、私は本棚にとある本が挟まっていることに気づいた。レイがなんかじゃれてくるのを交わしながら、その背表紙を凝視する。「え、嘘……こんなところに──」


 それは、先日私が遊んでいるソシャゲとコラボした漫画作品の作者がデビュー当時に発表した短編集だった。コラボを通じて漫画に興味を抱き、数巻がセールだったこともあり購入したところ、気がつけば次巻が待ち遠しくなるほど嵌っていた。

 で、作者がデビュー当時に発売された短編集だった。何故か電子書籍で発売していないので、気になってはいたけど手に入れられなかった。10年ほど昔に発売された本なので日焼けしていたけど、読めないわけじゃない。


「サクラ、ねぇ……一緒に中入る?」

「中って、治療室?」「イエス」「私は治療しない」「隣で見守っていて」「無理」「ねぇ怖いの! 中入って、私の……手を握ってください……」


 それは結構心揺れる提案だった。

 けど、レイがまだ小さい女の子で、私がその母親とかなら一緒に向かうのもまぁわかるが、あんたは女子高校生でしょ。治療室で、レイと先生と看護師と私が一緒に居る空間を思い浮かべ、絶対にありえないと震える。


「イヤよ、恥ずかしいじゃない」

「耐えて……」

「無理無理絶対ムリ!」


 身をよじってレイを躱しながら漫画を手に取る。

 治療室の扉が開き、看護師さんがレイを呼んだ。レイは「今いきま~す!」と言いながら私に掴みかかる。


「ほら、さっさと行きなさい」

「サクラぁ……」「大丈夫、終わるまで待ってるから」「逃げたら許さないよ」「はい」「私がぎゃぁあああ! って悲鳴あげたら助けに来てくれる?」「もちろん」「もう触んなくても嘘だってわかる」「待ってるわよ」「やっぱ一緒に入る?」「いやしつこい。も~顔を掴まないの」


 レイの手を振りほどいた。

 レイは大きく目を見開いて「ざらざらしてきた……」と青ざめた表情を浮かべる。「ザラザラ?」

「そんな、もっと……もっと重要な場面で使ってよぉ~~。うわぁあああ!!」


 レイは何故か私から目を背けて逃げるように治療室に入っていった。

 ざらつくって、何? 私の手が? 別に肌とか荒れていないと思うけど──。


 謎の言動に首をかしげつつも、漫画を開く。こうして紙の本で漫画を読むのは、数えるほどしか体験が無いので新鮮だった。


☆★☆★



//続く

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