私とレイの出会い 04
「今日は少し冷えるけど、どうにか耐えられそうだね」
「でも夕方から冷え込むらしいわ」
「ひぃぃ……。はぁ、コートだけだと寒さを防げないよ。マフラー買おうかな。でもなかなか良さげなデザインが見当たらないんだよ」
「そういえば巻いてないわね」
「ねぇ隣町に行かない? あそこのデカい百貨店なら何でもあるし、くまたんグッズも最低限揃えてるから楽しめる」
「でも今週雪が降るほど寒いって聞くから外出歩きたくないわ」
「わかる……。炬燵に入ったらサクラもう二度と出ない気がする……」
パンに齧りつきながら、スマホで今日の天気について確認しながら会話する。寒いのは堪えるけど、その分レイがくっついてくるから嬉しい──。
「ねぇ、クリスマスさぁ」
レイは何気なく口にした。
けど、私は緊張で背筋がピンと張る。ゴクン──とわざとらしく唾を飲み込もうとするのを必死に押さえ込み、平静を装ってパンを頬張る。もぐもぐと咀嚼するも、先程まで感じていた甘いジャムの味は消え失せてしまった。砂を噛むという表現を時々目にするけど、こういうことなのね、と納得した。
12月の中頃。
もう雪が降ってもおかしくないはずなのに、ここ数日は暖かく、お昼休みに校舎の狭間で過ごすことができる。寒いとこの場所に来るのも億劫になり、レイと二人きりの時間が減ってしまう。
「ん?」
パサパサしたパンをようやく飲み込み、レイを見やる。もうお昼ごはんは食べ終え、私に寄りかかりながらの会話。
手を握って。
指を重ねて。
でも故意的というか、まるで私の反応を逐一観察しているみたいじゃない。
「暇?」
──レイは”普通”に可愛い。
私は、こうして毎日レイを見ているが、日々レイの愛らしさに気付く。私のレイ大好きフィルターを通さずとも美少女な顔立ちに、透き通る声色、甘ったるい匂い、少し低い温度、魅力的なスタイルの良さ、大きな胸──etc.
クラスの皆から好かれている。
男子にも……。
レイは誰かに誘われたりしないのかしら?
気がつけばクラスの中でもポツポツと誰々が付き合った、などという話を耳にする。
それは……レイにも起こりうる。
むしろ、何故今まで誰とも? だってこんなに可愛いのに。
あの水族館後も、特に何か進展があった、という話は聞かない。いつものレイで、毎日私と一緒。最近はそれが更に顕著というか、レイ以外の人間との会話とレイとの会話は異なるコミュニケーションに思えてしまう。
「暇だけど?」
声がふにゃっとした。慌ててコホンと小さな咳をして、水を飲む。
「え、そうなの、サクラんちってなんかクリスマスパーティとか開催しないの?」
「あ〜パーティは、昔連れられて行ったことはあるけど」
「マジか。やっぱ我々庶民では見ることすらおこがましいとんでもないフルコース料理が並んでるんでしょ?」
「小さい頃だから、そういう料理ってあまり美味しいと思えないし、なんかずっと壁側の席に座って時間潰していた気がする」
するすると引き寄せられるかのように、記憶が蘇る。
キラキラと輝くシャンデリアの下でそれ以上に輝く姿を眺める私。
──将来はお母さんと同じピアニストかな。
ズキっ
と神経を絞られるような痛みまでは蘇って来なくていいから。綺羅びやかなドレスを纏い、自由奔放にパーティを楽しむ主役の母を眺めながら、私は生ぬるいジュースを飲んでいた。隣には……私を守るように──いや、まるで監視するかのようにあの人の姿。時々、私を母の子と知っている参加者の方からおべんちゃらを言われ……て、
けど、あの頃は、
まだ、私はプロのピアニストになると、信じて疑わなかった。だから、そういう言葉を素直な笑顔で、うん、って頷く。
「サ〜クラ?」
「何?」
「また急にフリーズしたぞ。ほら、私がこうして抱きしめてるのに慌てふためきもしない」
「離れなさい」
「ホントは私の柔らかいおっぱいに包まれて最高じゃない〜〜って喜んでるクセに!」
「はいはいモチモチで柔らかい最高です」
それは本当だった。
過去の記憶から開放され、現代に戻ると私の視界はレイの胸に覆われていた。私の膝の上に腰をおろしたレイに抱きつかれていた。……なんていい匂い、そして熱を帯び強い弾力を秘めた乳房のエネルギッシュな圧力──。凄い……。レイに抱きしめられると意識が崩れる。ドロドロの液体に変化してしまいそう。このまま仕方なくされるがまま抱きつかれているフリ続けましょう。
「仕方なくされるがまま抱きつかれてるフリしてないでさ、今年はパーティしないのかい?」
「……この前、こっちで過ごすって言ったから」
「え、いつも海外でやってるの?」
「母の知り合いに毎年開催するのが好きな人が居てね。その人が海外に住んでいるのよ」
「当たり前のように言わんでくださいな……。多分私が想像しているどでかいホールを使っての立食パーティなんだろうからこれ以上広げるの辞める」「そうだけど」「ぎゃっ、もういい!」
レイは何故か憤慨しながら私の上から降りる。レイが元の位置に座った瞬間に──
聞きなさい──って私は私を追い詰める。
どうせ後で聞くのよ。
今この瞬間に聞いて、楽になりたい……。
私は捨て身で、自棄になりながら「レイは、クリスマスに何か予定あるの?」と聞いた。「無いよ」「そう」
地に足が着くというか、レイは今年のクリスマス予定無しと理解した瞬間、体に重力を感じる。実は○○君に遊ぼうって誘われてさ、どうしよ、なんか私に気があるみたいで……と満更でもない顔で相談とかされたら、私はまともに対応できるのか、わからない。
何言ってるのよ、できないわよ。
泣いてしまう。
その最悪の光景を想像するだけで涙が込み上げてくる。
「でも良かった~。サクラ海外に行って冬休みはそのまま会えないのかと思ったよ」
「飛行機乗るのも面倒くさいし、今年はなんかゆっくりしたいから」
──嘘だ。「嘘だ。真実を吐け」
あの一件以降、色々とギクシャクしてるから、正直会いたくないのが理由。
「嘘じゃない。レイは知らないだろうけど飛行機は振り落とされないか大変なのよ」
「んなわけあるか! ……乗ったことないけどね。やれやれ、サクラさんのガラスハートな秘め事、私はその事実に気づきながらもサクラを信じてそっと見守るのであった」「5秒前に嘘だ! って問い詰めたでしょ」
レイはヘラヘラ笑いつつ、ジュースを飲む。……私のを。まだ半分以上残ってるから別にいいけど、レイの涎、柔らかそうな唇、関節キスになるじゃない。いちいち気にしちゃうから困る。
「まぁまぁ、それじゃあさ、やろうぜ──プレゼント・バトル」
「なにそれ?」
脳裏にプレゼントを片手に殴り合う姿が過ぎった。
「そうじゃない!」
「何が……」
「もう私達にサンタさん来てくれないから」「レイならJKになってもサンタを信じていると思ったのに……」「小学校の頃にお母さんがそっとプレゼントを枕元に置く姿を目撃して”真実”を知っちゃった。でも私さ、一応信じていたよ。なんかプレゼントを配る能力者とか居そう……って。でね、そんな寂しい私達はお互いにプレゼントするしかないじゃん?」
「……ええと、うん?」
「12月25日にプレゼントを交換する。で、どっちのプレゼントの方が驚くか勝負しようぜ──」
「勝負って……。ってか嬉しい、じゃないの?」
「もちろん嬉しいかつ驚くやつを。驚く奴だとゲテモノ系になりそうだから、貰って嬉しいモノ、有り難いモノ」
「ふうん、なかなか楽しそうだけど、それって勝負着くの?」
「サクラが椅子から転げ落ちて私に感謝しまくるプレゼント渡すから大丈夫」
「へぇ……そのセリフ、そっくりそのまま返すわ」
バチバチ……と私とレイの間に火花が散っているような気がした。
☆★☆★
──レイの好きなモノ。
歩道の信号機が赤色に点灯したのでスマホを起動し、ネット通販サイトを閲覧する。
とりあえず『くまたん』で検索した。
私が知っているレイの好きなモノは、くまたん、だった。斑模様のくまっぽい姿をしたゆるキャラ。しかし、あまり商品はヒットしなかった。
見つけてもどこかで見たことあるような(レイの部屋の中)商品ばかりで、もしもこの内のどれかを渡しても、レイにやれやれこんなものですか?──と鼻で笑われそう。
歩道の信号機が青色に点灯したので、私はスマホをポケットにしまい、早足で進む。商店街を抜けた先に目当ての百貨店がある。きっとキャラクターコーナーを探れば、レイが満足しそうなグッズがあるはず。……いや、そう簡単に事が運ばない気がするわ。他にレイが欲しそうなモノと考えるも、そこで思考が止まる。レイとは半年以上も毎日一緒に過ごしているのに、好きなモノをくまたん以外で知らない。
レイの情報が、少ない。
親友なのに、
親友だから?
これが──例えば、レイと交際──恋人だったら、もっと深く──私の知らないレイについて知ることができたりするのかしら。何考えてるのよ、って振り払おうとしても頭にまるで蝿が集るように考えてしまう……。
溜息をついて立ち止まる。最近の私は何かおかしい。原因はやはりクリスマス、だ。クリスマスの予定を訊かれた瞬間に、レイが男子と過ごす可能性について考えてしまった。
レイが男子に──そんなこと夢にも思わなかった……とは違う、青天の霹靂も微妙に違う──レイが男子と交際する可能性という概念が突如私の中に生まれてきた感じ。レイが男子に誘われず、私と過ごしてくれるので、その不安は消え去ったはずなのに。
私は、恋人として、レイと過ごしたいの? ──それも何か違う、と思う。私の中で靄がかかったような答えの存在しない思考が渦巻いている。
その時、声が聴こえた。
耳に微かに響く──歌声。
はっと顔を横に向けると、商店街の小さな電気屋のショーウインドウに数台テレビが並んでいる。貼られた値札から年季を感じるも、そのディスプレイは鮮明に美しく──星屑ソラを映し出していた。
……ってか、声なんか出ていないのに、どうして歌声が? でもそんなことどうでもよくなるくらい迫力のある姿に引き込まれる。
ライブ映像だった。マイクを握り、真っ赤な杖を持つその人間離れしたおかしな─コンコン─いや、個性的な姿から強烈なパフォーマンスを生み出す。映像から音が視界に乗って響き渡るようで目が離せない。
そういえば、レイがつけている花飾りのついたピン。
不意に目にチラつく白色の煌めき。
星屑ソラとの関係性。
──やっぱり、ファンなのかしら?
この前のアルバムを購入していたようだし、曲もよく知ってる。特にデビュー曲なんて星屑ソラよりも歌い込んでいるんじゃないの? と感動するほど歌うことができる。
ブブブブ! とスマホが震えた。
レイからのメッセージかしら? 私の顔が綻ぶのがわかるけど、表示される名前に顔が凍った、気がする。
……どうしよう。
……どうせ。
……はぁ。
……むぅ。
……もう。
……しつこいなぁ。
「もしもしひさしぶり。うん……平気。……こっち寒いから声が……うん。え、戻らないよ。この前返事したじゃん。そう友達と遊ぶから、クリスマスに……いやいや彼氏とかありえない。レイと。そう……うん、多分お正月も。え、私は会ってないから知らない。プレゼントって……もうそんな子供じゃないから別にいいのに。大丈夫、一人で平気、寂しくないよ。……はい、バイバイ。頑張ってね」必死に心配しようとして忙しいクセに頑張って私に声かけて健気に虚勢張らなくてもいいのに。皮肉や嫌味じゃなくて、本当に私のことを気にかけないでいいのよ。私に時間を割いてその貴重な才能を無駄に消費しないでください。
通話を切り、はぁ……と溜息が湯気のように立ち込める。会話するだけなのに手のひらが痺れる。三度溜息をついて、再び電気屋のテレビに視界を戻した。スマホがまた震えた。今度こそレイ? ……違った。話し足りなかったのか、何やらメッセージが届いたけど、後で確認しようと無視する。
電気屋のテレビは星屑ソラのライブ映像から通販番組に切り替わる。私はそこではっと我に返り、早足で百貨店まで突き進む。
キャラクターグッズコーナーに向かい、そして「あぁっ!?」と思わず声を出していた。隣で小さな女の子が怪訝な目つきで私を睨む。驚かせて申し訳ないけど、こんなの目撃してしまったら声が出るわよ。
──レイ。
☆★☆★
「すべては、レイの手のひらの上だった、と。あ〜気づけなかった私が憎い……」
「サクラどうしたの? 腕組んでむっと口を結んで私を睨んでさ。何かあったのかい?」
「とぼけなくていいわよ」
私はレイの言う通り睨むも、すっと躱すように私のカバンにレイの視線が注がれる。
ここは……以前メイド服を着てアルバイトをした喫茶店。
今日はクリスマス。
テーブルにはジュースとケーキが並ぶ。
どちらかの家でささやかなクリスマスパーティのつもりだったけど、レイがここでパフェやケーキを食べながらクリスマスしたい! と喚いたので従った。
私達はお互いにプレゼントを持ってここで決着をつける。
「プレゼントは?」
「もちろん……」ザ・プレゼントな包装の袋をテーブルの上に置く。
「何かな何かな〜」
レイはニヒヒと歯を見せて笑っている。可愛い……いや惑わされるな私。もっと早めに気づくべきだったのよ。何故、レイが突然プレゼント・バトルを提案したのか、その真意を。
「じゃあまずはサクラのプレゼントから開けよっか!」
「せーの、って同時に渡すんじゃないの?」
「私のは……少し準備、否──演出が必要なんです」
「意味わかんないけど……。私が先行」
「不満? 確かに料理漫画だったら先行は絶対不利だからねぇ」
「まぁいいわよ、この後どんなプレゼントが登場しようと、最後に驚くのはレイだから」
「ほぉう、いいのハードル上げて。ってかそれフラグだよ」
「わかったから開けなさいって」
レイは「ではでは〜」と両腕をわきわきさせた後もったいぶって丁寧にまずリボンから外す。私の反応を伺いながら。「ちんたら開けるな。私が破るわよ」と脅すとレイはへ〜いと言いながら包装を開いた。
そして出て来る「こ、これは〜〜、くまたんマフラーじゃないか。それも限定版激レアの!!」
レイは……まるで用意されていたセリフを口にするかのように驚く。
「……大根役者」
「マジで驚いてるよ。えーうそーねぇーこれどこにあったの?」
「一駅離れた百貨店に残っていたわよ。数量限定! と商品よりも巨大なパネルの下に大量にあった」
おかしいと疑うべきだった。
何故、突然レイがプレゼント・バトルと口にしたのか。
……こいつは、このくまたんマフラーが欲しかったのよ。しかし、くまたんマフラーは数量限定で、そこそこ値が張る。くまたんのクセに。だから限定販売なのに大量に残っていたのよ。嗚呼、思い出してきたわ、先月に来月のお小遣いを前借りしたレイは今月ピンチだった。いつもくまたんグッズに金をつぎ込むのでピンチなんだけど、最悪のタイミングで限定版マフラーが発売されてレイは焦ったに違いない。逃したら次は無い、とレイ自身が一番よく知っている。是が非でも手に入れる必要があった。なるべくお金を使わずに──。
──マフラー買おうかな。でもなかなか良さげなデザインが見当たらないんだよ
──ねぇ今度隣町の百貨店行かない? あそこなら何でもあるし、くまたんグッズも最低限揃えてるから楽しめる
先日の会話が脳裏を過る。プレゼント・バトルを口にした時の少し前にまるでサブリミナル効果で私に刷り込むように言ってたわ……。だから私もプレゼントのために百貨店に向かわないと……と勝手に思い込んだ。自分の意志で進んでいるようで、その実誘導され、そして見つけた限定版くまたんマフラーを前にして、全てを悟った。
「このくまたんの模様を模したデザインがクールかつ繊細ビューティフル完璧ヤバイんだよ〜。可愛い〜。サクラありがと!!」
「どういたしまして……。まぁ喜んでくれたので別にいいわよ」
「何で不貞腐れてるの? 私は一度も限定版くまたんマフラーが欲しい! って言ってないよ。サクラが自分の意志で私のために選んでくれたんでしょう?」
「……レイの思惑通りに行動してしまったことが歯がゆいのよ」
「あはは、いつものことじゃん」
「くっ……。でもそのマフラー、普通にお洒落ね」
レイは首に巻いたマフラーを解き、しげしげとうっとり眺める。
「ほう……サクラもわかるか──。まぁ私レベルまでじゃないけど、やっとくまたんのクオリティに気づいたようだねぇ」
「気付いてない気付いてない」
「サクラもこっち側、来るかい? 実は興味ないフリしてくまたん///! って内心ビビクンッ! してんだろ?」
「微動だにしてないわ」
「なんて冷たい声なの。サクラの気持ちが触れずともわかる」
レイはくまたんマフラーを大事そうに畳んでカバンの中に入れる。ふぅ、と満足げに溜息をつく。
「……さて、帰ろうか?」
「……えぇ、いや嘘でしょ?」
「冗談だよ」
「虚を突く感じで言わないで。帰りそうになったわ」
「さーてと。次は私の番ですか。はぁ……私のプレゼントでサクラが泡拭いて白目向いて痙攣しながらぶっ倒れる姿拝めるの楽しみ〜」
「御託はいいからさっさと出しなさい」
「わかったわかった。……よし、ちょっと待ってて──」
そう言ってレイは立ち上がると、そのまま厨房へ消えてしまった。なかなか戻ってこないじゃない。一体何が始まるの? と不安になった頃に、ようやくレイが──。
えッ
なッ
ぎゃッ!!
「お帰りなさいませ、ご主人様♪」
と、レイは優雅な声で答えた。
メイド服を纏った姿で。スカートを僅かに持ち上げ、片足を下げる姿──漫画やアニメなどでメイドやバレリーナがよくする挨拶──カーテシーを披露する。
「そ、それ……」
「じゃじゃ〜ん! サクラ待望のメイド・レイでーす!」
な、
な、
なんという可愛らしさ。「え~可愛いッッ! 可愛い可愛いッッッ!!!」
レイの丸みを帯びた愛らしさと整然と組み上がった正統派メイド服が抜群に似合っている!
鉛玉で胸を撃ち抜かれるような衝撃──。
目眩に似たショックに、私は必死にテーブルに食らいつき、レイのメイド姿を瞳に焼き付ける。
暫しレイのメイド姿を凝視し、ふと気付いた。
「ってか……レイ、これが……プレゼント?」
「そうだよ。ほら〜ずっとサクラって私にメイド服着せようとしてたじゃん。あの一件からもうずーと、度々思い出しては着せようとするし、その圧が結構怖くてさ……。でね、まぁこういう時ならサクラも喜ぶでしょう、と思い立って、サクラのために着てあげたんだぞ」
確かにレイの言う通り、私はレイのメイド服姿が見たくて堪らなかった。しかし、レイは拒否し、毎回逃げる。次第に追い詰められた? 私は、レイにお金を渡して着てもらおうと思うこともあった。ただそれは友人として、人としてどうなのか? と寸前のところで踏み留まった。
「どう可愛い?」
「うん、似合ってる。似合いすぎよ……」あまりの可愛さに現実味が無い。アニメの登場人物がそのまま目の前に登場したみたいで、この世界は実は二次元なのでは? と何かの真実に気づきそうになる。
「ご主人様、珈琲飲みます?」
レイはいつもより音を上げて言う。耳から生ぬるい快感を注入された感じで吐き気を催す歓喜を覚えた。寒気も感じる。風邪っぽい気だるさも……。レイの可愛さは度を越すと体に悪いのね。
「……あの」
「ん?」
「……ご主人様じゃなくて、『サクラお嬢様』がいい」
「おいサクラしっかりしろ。今何を口走ったのかわかっているのか」
「プ、プレゼントなんでしょう」
「いや別にこれ着るだけで、私はサクラのメイドになったわけじゃないぞ」「私は、レイのために……レイに唆されたと理解しながらもレイが喜んでくれる──そう健気に願って結構高いマフラーをプレゼントしたのよ……」「あらら、情を絡めつつ痛いとこ突いてくる」「非道いわ、あんまりよ……」
「うぅ……。わかったよー。えっと、ゴホンっ。……サクラお嬢様、紅茶のおかわりはいかがですか?」
レイは若干赤面しつつ微笑みながら言ってくれた。
──ありがとう。
まず、私の中に浮かんだ感情は『感謝』だった。レイのお母さん、こんな可愛いレイを産んでくれてどうもありがとうございます。それから色々な方への感謝。ありがとうございます。ふわふわ浮かぶ幸福感が心地良い。
「……ありがとう」
「な、泣いてる?」
「感動というか」もう祈っていた。レイにしてやられた……という想いは全て吹き飛び、ただただレイが……可愛い、それだけが私の中に存在している。
☆★☆★
「サクラお嬢様、そろそろご満足していただけましたでしょうか?」
「まだまだ……」
「もう無理。なんかたくさん写真もとりやがって……」
私のレイフォルダが潤った。これだけでスマホの容量をかなり使っている気がする。
「あ、そうそうレイ」
「なんでしょうかサクラお嬢様」
テーブルに残ったケーキを頬張りながらレイは言う。ちょっとだらしないメイド姿も乙なものね。
「あの……」
「どうしましたサクラお嬢様」
「もうそれいいわよ。なんか恥ずかしくなってきたわ」
「やっと正気に戻った! 自分でサクラお嬢様って呼ばせた事実をしっかり受け止めてよね」
「……は、はい」
「で、何?」
私は一枚の封筒をテーブルの上に置いた。
「サクラ、これは──まさか」「え、わかるの?」「お金? え、私を……雇うの? 一応友人だよ。大丈夫なの?」
「違うわよ! プレゼント……その二」
「え、え……嘘、隙を生じぬ二段構え!?」
「開けてみて。絶対驚くから」
私の自信に漲る声にレイはほう……と不敵な笑みを浮かべる。
「え〜うそ、私が驚くって相当だよ! くまたんマフラー以上に驚くのは難しい──って思う……けど、これは……」
母から電話を受けた後、今年のクリスマスプレゼントにチケットを貰った。母がツテで入手したからかなんとプラチナ・チケット。レイちゃんと一緒に行ってね、と。
──星屑ソラ。
来年開催されるライブの最前列。
目の前で星屑ソラが歌う姿を目撃できる。
「ね、驚いたでしょ?」
レイならまるで猫のように目を丸くし、踊って喜びながら驚いてくれると思っていた。
だってファンだから。
しかし、レイは……苦痛に顔を歪めた。
はっきりとそう映ったわけじゃない。
微かに、顔の……皮膚、筋肉が少しだけ歪んで──私だけが、毎日見ている私だけが感じ取れる痛みの呻き。私の知らないレイの顔。
「す、すご……真ん前じゃん……。よくゲットできたねぇ」レイは普段の声で言う。いつもの口調。さっきの姿は一瞬だけ見えた綻び、なのかしら──。
「えぇ。母に貰って……」
「サクラ?」
私はレイがそっと触れてくれると身構えていた。
ピリピリした感触、それと私の想いを読み取られるのを……。
けど、レイは触れてこない。
何かを考えながら、じっとチケットを見つめていた。
☆★☆★
//続く
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