タピオカJK、逃避行

 よし、

 よし、

 よし!


 うん、

 うん、

 うん!


 すー

   はー

     すー

       はー

         すぅぅ……

              はぁ

 勇気を振り絞ってどうにかこうにか「なんか再来週に引っ越すんですよ」って上ずった声でや〜〜っと打ち明けたのにコイツ適当に流しがやって。

 けどまぁ仕方ないか。

 ってか私だってまだまだ実感沸かないし。それなのに突然伝えられてもなかなか信じられないよね。でもね事実なんです。ねぇねぇ信じてくださいな。死にも狂いで伝えてんのに適当にフンフン唸りながらま〜た美味しいタピオカミルクティの店調べてやがる。私は流行に流されないじゃない〜って顔してた癖に飲んだら嵌ってせ、カロリーやばいから太るよって忠告してもJKだから飲まないとって屁理屈にも満たない反論しやがって。


 お昼休みから放課後まで何度も何度も私がそろそろあなたの前から消えちゃうよ! って伝えても頑なに信じねぇからもーどすりゃいーの? もう仕方ないから無理やり私のうちに連れ込んだ。部屋の隅に積み重なるダンボールの束を見てマジ? って間抜け面。ホントだっての。小さな私の部屋はベッド以外はダンボールしかない。私の愛するゆるキャラグッズがプチプチでグルグル巻にされてダンボールの中に転がっている。


 ──どうして?

 お父さんが転勤するので家族皆でついてくのさ。

 

 ──いつ?

 だから再来週。

 

 ──転校するの?

 YES。

 

 ──どこに?

 まぁ国内だけど、ここから海を隔てた先ですね。


 洗いざらい喋ると、あんたは急におとなしくなった。しゅん、と部屋の中で縮こまる。私の部屋を我が物顔で蹂躙する普段の姿と違って滑稽ですな。むっとしてる。怒ってる? 悲しんでる? それとも──駄目だね、わからん。いつも何故かあなたの気持ちが読めちゃうけど、今だけはわからんよ。


 高校からの付き合いだけどなぜか不思議と馬が合ったよね。お上品でお嬢様って感じのあなたと何故か意気投合した。毎日一緒に当たり前の日常を楽しく麗らかに過ごして、このまま一緒に同じ大学でも行くか? って感じだったのにそれが突然終了?


 マジ?


 あなたはしばらく呆けた顔で何か考えてたけどのっそり立ち上がり、部屋の隅で放置していた雑貨の山を漁る。私が途中で飽きた荷物整理を何故かやり始めた。巨大なプチプチロールからプチプチを切り取っては雑貨を包み、ダンボールに入れる。無言で。あ〜やっぱ怒ってる、のかな。ごめんね、でも仕方ないじゃん。親の都合ですもん。普通のJKに振り切るパワーなんてないでしょ?


「ほらほら、行きたがって今度完成予定の店のタピオカミルクティ奢るからさぁ〜」


 そこまで言って一ヶ月後開店と気づいた。つまりその頃私は新天地じゃん。あ、一緒に行けないね。そっか、もう普通に二人で行けないんだね。気軽に遊べないの困るなぁ。


「あ、じゃあ引っ越した後に私がこっち来るよ」


 ここに来るまでの交通費をスマホで見せつけられて怯える。お年玉二年分……。じゃあそっちが来てよ! ってお願いしたら飛行機無理とか言い始めるし……。船は? はぁ、酔う? 泳げ泳げ!!


 やれやれこのまま離れ離れ?

 でもまぁ今はスマホあるから手軽に連絡取れるし、いつもみたいに毎日長電話だってできる。一緒に遊ぶのはこれから難しくなるかもだけどさ、夏休みや冬休みとかに予定合わせて、私がバイトして交通費貯めるからさ、それでまた、会おうぜ。


 なんて若干強がってみたものの、やっぱり寂しいよぉ──ホント? 実はそんなに。だってなんかまだ心が追いつかない。私の隣からあなたの存在が消えて、それでやっと気づくのかな。胸にぽっかり空洞ができるような物悲しさ感じて、でも……人間は悲しいことに環境が変わっても適応できちゃうんだ。だって一国の首相がコロコロ変わっても国は相変わらず維持できてるんだよ。友達が一人消えた程度で世界が、変わる──わけないよ。


「なんかもうさ、二人でどっか行く? 違う違う来週服買う話じゃなくて、どこか遠くに──駆け落ち、みたいな。来週、どう?」

「バカ?」


 呆れた顔で笑った後、ボールみたいに膨らんだプチプチの塊を放り投げて、あなたは重々しいため息をつく。


☆★☆★


 サングラス、マスク、普段着ないような野暮ったい服装、右手でクソでかいスーツケースを引っ張り、巨大なショルダーバッグはパンパンに膨らんでいた。ザ・駆け落ちスタイルに(これ駆け落ちスタイルか?)に面食らい、人違いですよさいなら〜と逃げようとしたけどスーツケースをガラガラ音鳴らしながら凄まじい速度で近づいて来やがるから腰が抜けた。


 引越しを告げてから一週間が経過した。

 で、駅のホームに現れたあなたの変わり果てた姿に私はびびってチビりそうだ。

 鬼のような形相だ。目が血走っている。ずんずんずん! と近づいてマスクを下げて吠える。


「何よ、その格好は!?」

 私のセリフだぜ、それ。「ありえない!!!」


「こ、これはパーカーで」

「はぁ?」「この前買ってお気に入りなんです。もう

寒くなってきたから……」「そういうことじゃなくてぇ! ──行くんじゃないの?」

「……どこに?」


 私が恐る恐る問うと、あなたの瞳から色が消えちゃった。代わりに失望色が油のように広がった。

 かすれた声。

 突き刺さる感情の波に気圧される。


「本気にしちゃった?」

「だって……」

「あ、社交辞令とか本気にするタイプ? 二人で駆け落ちなんて、ありえないでしょ」



//終?























☆★☆★


「サクラ〜落ち着いたか? あ、まだ目尻に涙が……ウソウソ、おいパジャマで拭くな! ほらティッシュで……。あのさぁ、夢、でしょう? もー起きたら隣でグズグズしてるから何事だとびっくりしたよ」

「レイ……」


 突如レイが転校すると知らされた私は青天の霹靂とはまさにこの事、と言わんばかりに戦慄し、その最中にレイが口にした「駆け落ちしちゃう?」を本心だと捉えて素直に実行に移した。JK二人で生きるための生活を築く必要がある。住処から仕事、二人の未来について延々私は一人で考えた。


 ──夢の中だったけど……。


 来週、と言われたその日まで、私は毎晩眠らずにJKだけでも借りられるようなアパートを調べたり、逃げた先でアルバイトを始めようと履歴書を作ったりした。私と……レイの分を。シクシク泣きながら。恐怖に震えながら。現状の生活をすべて投げ出した後のことを考えると怖くて怖くて震えが止まらなかった。けど、それ以上の恐怖はレイと離れ離れになること。レイの存在しない世界を想像するだけで全身の血を抜かれるような恐怖を味わう。


 ──夢の中で……。


 家に残されていたトランクを無断で借り、その中に詰められるモノは全部入れた。数日分の食料や服、あと何故かカッターなど。逃げる間に気づかれないようにマスクやサングラスで変装もした。しかし、当日現れたのは普段着のレイだった。逃避行に向かう出で立ちではなかった。私が絶望と怒りにかられながら責め立てると、レイはそんな私をせせら笑い──。


 ──夢。

 でもあまりに生々しくて、恐ろしかった。


「はいはい大丈夫大丈夫、私はそんな簡単に引越ししないから。もしも私が引っ越すことになったら──そうだ、サクラんちに居候させてもらう。え、やだ? てめぇんち金あるだろ。え? メイドにする? 既にお手伝いさんいるのに!? うぅぅ友人をメイドに──下僕に仕立てようとする歪んだ魂胆が怖いよ。ってかメイド似合うのサクラでしょ! あ、でもそうだね、私がメイド……だけど、お嬢様よりもしっかりしてる万能メイドやりてぇ……。サクラお嬢様はこうしてメイドの私によちよちされないと眠れないのですよね、って感じで……」


 不気味に(でも可愛い)笑っているレイの笑顔に安心感と覚えながら、レイの胸に顔を埋める。レイの匂いや温度を吸収して、これが……今の私が現実だと実感する。


「ってかさ、サクラは私の描写が甘すぎ。むしろ私の方がガチガチの駆け落ちスタイルするよ。そんなサクラを裏切るようなことしません。多分……うん、マジで。あと、サクラの考えてることがわからないってありえねぇだろ。だって──ふふふっ、私はこうしてサクラの手を握れば、サクラの声が聴こえるんだから、ぜ〜んぶお見通し、でしょ」


 そうね、そうなのよね、レイは私の思考を理解している。度々レイはそう口にして、確かにレイに超能力めいた何かが備わっていると仮定すると、色々腑に落ちることが……あり過ぎると常々思っていた。まぁ、ありえないけどね。

 レイに思考を読まれるのは、いつもはある種の恐怖を抱いていたけど、今は安心感が勝っていた。



//終

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