◆ 果て無きパラレル・マトリクス 05 ◇
「……お、はよう」
「おはよう……」
「眠れた?」
「まぁ……えぇ……うん……はい……あぅあぅ……」
「モゴモゴしてるぞ」「レイも、なんか変よ」「変って?」「その……ううん、何でもないわ。あと──」
【顔が近い……。あぁもう、思い出しちゃうじゃない】
昨日のことを?
って聴きそうになる。寸前のところで堪えてそっとサクラを抱き寄せる。サクラは一瞬抵抗するけど、私の胸元に引き寄せられて、そこでふぅ……と満足げにため息をつく。ぎゅっと力を込めると、昨日の記憶がサクラから溢れ出る。
◆◇◆◇
──04の続きです。
──回想が始まります。
──痙攣するサクラ。
──描写が省かれた『全年齢版』です。
◆◇◆◇
「深夜テンション、だよね、うん。ほらなんか盛り上がってさ~」
「そう、それよ──」
私たちは互いに顔を見合わせ、あはははっと乾いた笑いを返す。一晩経過し、少し冷静になったことで昨日の出来事が妙に重く私たちにのしかかる。
ってか夢じゃなかった──。
サクラとキス? またまたそんな~ねぇ? と目が覚めた時に自分自身の記憶を疑ったけど、サクラに触れた途端、昨日の光景がまるで走馬灯のように私に流れてきて現実を思い知る。私とキスして何度も痙攣するサクラが浮かび上がる。
サクラとの間に何かしこりのようなモノを感じつつ、ソファから降りた。これからどうなるんだろう~って考えながらリビングのガラス戸に近づいて「あっ!」と思わず声を上げてしまう。
何故なら、ガラス戸一面を覆うように、真っ白な手の汚れがこびり付いているから。
なるほど、昨夜の音はこれか──。
「どうしたのレイ?」「あ~サクラは来ない方がいいと思うぞ」「え、なんで──は、ひッ、ぎゃぁぁあああああああ!!!!! 手ぇ! 手が、手がいっぱいたくさんあるじゃない!!!!!」
「おぉ、フリからの完璧なリアクション──。サクラ、もしかしてわざと?」
「んなわけないじゃない!っ あぁもうだから全力で羽交い締めする感じで止めなさいって言ってるの!」
サクラは私の背後に隠れ、ガタガタ震えながら私にしがみついていた。
「とにかく、まぁ手垢がいっぱいでございます」
「待ってこれ模様よ!」
「あ~かもね。よく見るとそんな感じ……なわけあるか~い」「きっとこの街ではガラス戸に手を押し付ける風習があるのよ」
サクラは自らの認識を捻じ曲げようともがいている。
「それはそれで恐い──あ、でもこれ、真ん中の手の跡は……最近っぽいね」
「ひぃぃ!」
「つまり」
「あわわわわわ」
「外に、何かが、おる──」
はっとして振り返るとサクラが私を睨んでいた。涙目で……。凄まじい眼力に常に飄々としている私だけどたじろいだ。
「べ、別にね、怖がらせるわけで言ったんじゃないよ。ほら……この家の住人とか。そうだよ! きっと昨日仕事を終えて我が家にたどり着いたら家の中でJK二人が何かまぐわっているのを発見して、これは邪魔しちゃわるいぜ! って思わず手をガラス戸に貼り付けてどこかへ消えてくれた。ドーユーアンダスターン?」
「NO。ワタシ、ウゴケナイ……ココデ、タスケ、マツ」
「なんでカタコト……」
しかしサクラはてこでも動かないというか、もう足に力が入らないって感じだった。普通に私に触れてるのにビクビクしないのも、恐怖が勝っているからか。
さてどうしよう──と思ったところでぐぅ~~~~と私たちのお腹から腹の虫が鳴いた。
「とりあえず外に出て、食料探そう。このままここで餓死するか、それとも食べられるか──」
「どうして食べられるのよ!」
「そりゃまぁ……お約束」
◆◇◆◇
一晩泊まった民家を後にして、私たちは再び外に出る。サクラは最後まで抵抗したけど、家の中に何も食料が無いことを悟り、ようやく決心してくれた。
昨日と同じく、空はどんより赤色と黄色がごちゃっと混ざったような不思議な色合いをしていた。昼間だけど妙な色合いでなんか不安になるよ。
もう見るからにここは別世界って感じで、いつゾンビやら謎の生物が登場するのか私たちは身構えながら少しずつ道を進んだ。
サクラは私の手を握りながらたどたどしく歩いている。
さっきから執拗に辺りを警戒し、もしもゾンビとかが現れたら【レイを囮に……いや、それは人として、でも】となんか人間性を疑うような葛藤しているのが恐い。やはりこの世で一番恐ろしい生物は人間なのだ、と改めて実感する。
私たちが向かうのは、コンビニエンスストア、通称──コンビニだ。
食料が欲しい。何故ならお腹が限界なのだ。
この人間の存在しない? 世界で食料があるのだろうか……と私たちは考えたところで、そうだよコンビニあったじゃん! と気づく。もしかしたらそこに食料があるのでは──と私たちはぐぅぐぅ鳴るお腹を摩りながら向かった。途中、写真屋さんの横を通り抜ける時はサクラはひしっと私にしがみつく。【顔無しがトレンド、顔無しがトレンド】って自己暗示してる……。
自動ドアが開き、さっと店内を見渡すと──ある、あるあるある! 大量の食料が並んでいた。
昨日は暗がりでよく観察していなかったけど、当たり前のように商品が陳列されている。
「サクラ!」
「た、助かったわ……」
私たちは手を取り合って付近のパンコーナーに向かった。パンだ! ……あ、でも待って、商品名がこれは……えっと、えっと読めない。未知の文字が並んでいる。けど、外見から多分メロンパンだ。
「バーコードみたいな未知の文字ね。模様やロゴってわけでもなさそう」
「外国語、かな?」
「けどまぁこのメロンを思わせる形は絶対にメロンパンに違いないわ」
「だよね~、とりあえずサクラ食べて見よっか」「レイお先にどうぞ。お腹、減ってるんでしょ?」
「サクラが」「レイ……」
「──毒味」
「イヤよ!」「サクラはお嬢様だからきっとお腹も丈夫」「だったら庶民のレイでしょ」「うっわ自分をお嬢様って認めるんだね!」「そうよブルジョワジーで繊細なお腹の持ち主なの! レイ、先に食べる権利を譲ってあげないこともなくってよ!」
──ぐぅううう!
同時に私たちのお腹が鳴った。
「じゃあさ、せいの、で食べよ」
「……そうね」「せいの! だよ。の! で口に頬張る! OK?」「はいはい」「「せいの!」」
──甘い!
美味しい。
サクラは感激して涙流しそうな顔してる。メロンパンのようなパンはとても美味しい。五臓六腑に染み渡るとはまさにこのこと! 私たちは2つずつ平らげ、ほぅ……と一息ついた。その後ペットボトルの水と歯磨きセットを片手に、トイレ付近の洗面台で歯を磨いた。
お店を出ようとすると、サクラは財布を取り出してレジにお金を置いている。やーちゃんと躾けられているんだねぇ。──無論、私もお金出すつもりだったけど、「サクラ、つけといて」「はいはい」「何度も奢らせて悪いね。あのね、本当に申し訳なく思っているんだよ」「はいはい……」「リアクション薄い……」
サクラは私の首に巻かれたくまたんマフラータオルを一瞥した後、千円札とノートの切れ端に購入したモノについて明記してレジに置いた。
再び外に出る。
人は誰も居ない。
そろそろ何か生物とか未知の得体の知れない不気味でデンジャラスな奴らが嬉々として襲ってきてもいいはずなのに、物音一つしない。
静寂が街を包んでいる。
サクラは私の手をギュッと握り、思わず私も握り返しちゃう。
30分くらい、街を探索した。
「ホントーに、誰もいないね」
「いる! きっとなんか町内の集会とかで皆出払ってるのよ!」「そもそもこの街どこってか、文字も読めねぇし、不思議な写真屋さんや、窓にたくさんの手型が~あ、ごめんねサクラ~」
「いちいち思い出させないで! もっとオブラートに包んで。私に配慮して!」
「図々しいな」
「はぁもう……動けない。休憩しましょう」
「出た、お前は散歩から帰りたくない犬か!」「……わんわん」「サクラちゃん混乱しないで! ほら、落ち着いて、深呼吸……」
「すーはぁー」
「で、さてさてどうしよっか。餓死の危機は去り、私が犠牲になることもなくなったけど」
「それは最後の手段よ……って、なんで?」
「……そんな気がしただけです。ほら、あっちの方に行ってみない? 駅っぽい建物が見える」
「少し休んでから……」
「ねぇ、こんな道の真ん中で止まらないでよ」「だって」「じゃあどうすれば動ける? ──ふふっ、またキスしてあげようか?」
【うん──】って心の中でサクラは頷く。
で、何も言わない。
じわっと汗みたいに粘つく温度が繋いだ手から流れ込んでくる。
私は、引き寄せられるように、唇を重ねていた。
自分でもなんか驚く。
サクラの指がぎゅっと締まる。【いたい……】昨日私が新たに傷つけた掌が痛みを発している。それを無視して、サクラを壁に押し付けながら、舌を侵入させる。歯磨き粉のかすかなミントの味がする。互いに舐め合い、音も無く唇が離れると……唾液の線が一瞬だけ伸びた。プチン、と千切れる。暫し息を整えた後、また唇を一瞬だけ重ねる。何度も。サクラの唇はゼリーのようにプニプニだった。
「外で……キスしまくり」
私が言うと、サクラは頬を赤らめ、俯きながら頷いた。そういう表情しないで欲しい……。ドキンッ! と私の体が揺れて、私の中から欲望がぬるっと飛び出しそうになるんだ。
「誰かに見られたら」「誰もいないよ」「でも、なんか外で……」「屋内だったらキスOKなのかい?」「そうじゃなくて……んっ」
◆◇◆◇
ep.果て無きパラレル・マトリクス
05
続く
◆◇◆◇
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