◆ 雨とシニカル・メイド 01 ◇

◆◇◆◇

──私は今一人で帰宅してます。

──校門を出て少し歩いたところ。

──何故一人なのかを回想中です。

◆◇◆◇



 なんかドキドキしたよ。

 だって一人ってなかなか無いからさ。いっっっつもサクラと帰るじゃん。

 帰宅だけじゃなくて、学校向かうのも授業中もお昼休み、プライベートな時間だってサクラと共有してる。

 ううん、侵食してる。


 私が、サクラの時間を──

                  ──サクラが、私の時間を


 ……なんちゃって。

 今日私は一人で帰宅してます。

 いつもはサクラに「帰ろう!」と声をかけたら「うん!」と語尾にハートマーク100個くらいつける勢いで頷くのに「ごめん、今日は用事あるから先に帰っていいわよ──」ってフラれちゃったよ。え~なにそれ~って今は思うけど、その時はまさかサクラが私の誘いを断るなんて夢にも思わなくて「そっか……。ふうん、じゃあ……一人で帰っちゃいますわ、シーユー」と我ながらなんか呆気ない声で返事した。


「また明日ね」

「……あ、そうだサクラ! この前くまたんが!」


 と私はまるで何かを思い出した風を装ってサクラに飛び付いた。もちろんサクラの手を握るために。ぎゅっとサクラの手を握った瞬間、サクラの考えてることが【──レイには知られたくない。】こんな感じで聴こえるんだけど……。


「……え」

「ん、どうしたの?」【絶対に……。】

「う~ん~やっぱり、何でもない……うん」


 思わず手を離した。だってサクラの次の想いを聴き取りたくないから。ってか物凄い拒絶感を受けた。

 どかッ!

 ってお腹を殴られるような苦しさ。

 あぁ……痛いんだけど──。

 ボクサーだったらまるで糸の途切れた操り人形のようにゆっくりとリングに沈むよ、絶対。


「そう」


 サクラは残念そうに、けどほっとする表情で頷いた。どうして? だっていつもなら私に抱きつかれるだけでキャピキャピ脳汁滴らせながら喜ぶサクラが、私を拒絶したんだ。

 はっきりと。

 嫌そうに。


    な

   ん

  で

 ?


 ──教室に残るサクラを置き去りにして、私は廊下を早足で……ほぼ走る感じで……逃げた。思わず振り返ったけどサクラは追いかけてきてくれない。いや、一人で帰れって言われたじゃん! って自分にツッコミを入れられ、いやそりゃそうだけどでもさぁ……ドラマチックな展開ちょっと期待したのよ。無残に打ち砕かれたけど。


      ◆◇◆◇


 やれやれ──。

 私は気取った風に両手を上げ、黄昏が滲む空を眺めつつ、不敵に微笑むのだ。こういう時こそ笑顔笑顔!


 さてさて、くまたん巡りでもしよっかな。

 けど五分で飽きたよ。

 嘘、サバ読んだ。多分十分くらいは粘った。

 くまたんファンサイトのコメントやメッセージを見ながら街を練り歩き、くまたんを探索するんだけどさ、こんなつまらないんだっけ? と腹が立つ。


 それでも暇過ぎて街を彷徨い、どうにかこうにか一つ発見した。やった! という達成感よりも鈍臭い作業感からの開放感をひしひしと感じます。


 発見したくまたんは、小さな八百屋さんにあった。八百屋さんらしく野菜が無造作に集まってくまたんを模していた。曰く八百屋の子どもがくまたんのファンらしく、売れ残った野菜で健気に作ってるんだとか。その熱意に感動。こういうね、ファンの一つ一つの愛が今のくまたんを……ねぇ聴いてるサクラって、居ないよね居ない……知ってる知ってますけど、あああ、なんか虚しいよ。いつもは「はいはい……」【毎回とびっきりの笑顔で喜ぶレイの愛らしさ、ホント堪らないわ……最高! うひゃひゃひゃ!】※原文ママ って外と中で違った反応しながら喜んでくれるのにぃ。


 一応写真を撮り、サクラに送ろうかと思った。けど辞めた。きっとサクラは反応してくれけどさ、文字だけはなんか寂しいじゃん。文字だけの情報って不十分。声は声量や声色で判断できるけど、文字はそれが削ぎ落とされて、感情が籠もってなくて無機質で……恐いと感じる。


 もう帰ろうか、でももうちょっとフラフラしようか迷った。このままどっかの小洒落たバーで酒をあおりたい気分だけど未成年なんだよね。かと言ってどこかに一人で向かうのもなぁ……。サクラの他に誰か誘うかな……。でも私、サクラと一緒に居すぎて他の子と遊ぶのよくわからんし。ってか友達……は居るけど! 一緒に遊ぶ人は少ないな。癖で体触れて、あっ……この子実はあんまり楽しんで無い……って悟るのも未だに傷つくからなぁ~。


 ふらりと立ち寄った小さな小さなCDショップ。もうCDなんて骨董品、アイドルの握手券求めるオタクしか買わねぇだろ(笑)(藁)w草 って揶揄される中、またアルバムでバカみたいに売れてるんですか。流石ですねぇ、ソラ──先輩。


 二枚目のアルバムは、まるで宝石みたいな豪奢で綺羅びやかなジャケットの一枚目と打って変わってシンプルなジャケットだ。シックなモノクロで気取ったシルエットとタイトルだけ。曲もシンプルイズベストな感じ。でもくっそ格好いい。認めたくないってわけじゃないけどなんか納得できなくもなくないんだけどねぇ、別にアンチってわけじゃないですよ。曲は元私のから最新までぜ~んぶ聴いてるし。


 手にとって眺めると、白黒のはずなのに銀色の髪がキラキラと煌めいて見える。幻覚かな、それとも近くで見すぎて網膜に張り付いているのか? 全部剥ぎ取りたいけどできない悲しさ。未だに残り香のようにこびりついてる絶望感をどうにかしたい。


 臭いみたいに、あの時の感覚が私の中で蘇る。

 おいおい、

 待て待て

 やめよーぜレイちゃん、と思っても止まらない……。

 瞬間、

 カチリ──と音が頭の中で鳴った。

 あの喉の息苦しさを覚えた。苦しくて悔しくて悶えてるはずなのに実はこっそりと安心感を抱いていた私をすっと突き刺すように、握手を交わした時にソラさんは私の手を握りながら……。

【上手ね、夢を諦めるの──】と微笑みながら想った。


 あぁもう!


   あぁもうッ!



    あ

    ぁ

    ぁ

    ぁ

    ぁ

    !




 サクラの

      傷

      跡

        を掻き毟りたい。


 冷めた顔してるそのキレイな顔……私とタメはれるほどの挫折感と絶望感を呼び起こしてグニグニと歪ませたい。私だけ孤独にしないで。仲間が欲しい。同じ気持ち、感覚、思い出に浸ろう。絶対に忘れさせないから。


「はぁ……サクラ」


 私はアルバムをレジに持っていき、購入すると鞄の奥深くに埋め込むように押し込んだ。二度と出すもんか! と思ったけど、流石に三千円も払ったアルバムをそのままにするのは気が引ける。ので、家で曲をパソコンに入れてもらおう。その後にこうして二度と私の前におめおめ出てこないよう隠してやる。


      ◆◇◆◇


 雨が降ってきた。ポツポツって感覚が顔に当たる。やる気の無い音だ。降るなら土砂降りになりやがれ! って雨雲を責めると私の想いを悟ったのか勢いを増しやがった。鞄に吊るされたくまたん人形を鞄の中に避難して小走りで駅へと向かおうとしたけど、ちょうどバス停に到着した。──最寄り駅から学校までの僅かな距離をバスに乗るのは億劫だ。でも……疲れたサクラは時々バスにふらっと近寄る。そのたびにブルジョワ! と煽るとムキになって乗らない。可愛い。面白い。ホントはバスに乗って、隣に座る私にくっつきたいクセに【まぁ、どうせ電車でレイがくっついてくるのよね。うふふふ、お楽しみは後に取っときましょう……】と内心ほくそ笑んでるの超笑うから。で、仕方ないな~って電車でぎゅ~ってくっつくとホント喜ぶ──。


 私はバスに足をかけ、さっと振り返る。

 サクラに見られたら「あんたこの雨で乗るの? いつもは馬鹿にするクセに!」とプンスカ怒ってくるはず。けど、まぁそんな上手いことサクラに出会いません。そこまで綺麗にご都合主義に人生って出来てないから面白い。嘘、面白くねぇな。


 誰も乗ってない。なのに車内は雨特有のジメっとした臭いが充満してやがる。雨は嫌いだ。晴れは普通。雪はそこそこ。曇りはどうでもいい。天気は関係無いけどさ、寒い日は、好き。だってサクラに抱きつく簡単な口実ができるから。寒いよ~って言えばサクラは私を抱きしめてくれる。ぶつくさ文句垂れる癖に【レイかわいい~~~~~~~~!!!!!!ヾ(〃ω〃ヾ))((ノ〃ω〃)ノ゛/////////////////////////】と幸せで頭の中トロトロタプタプグチャグチャになってる。サクラに抱きつくたびに、素肌で擦れるたびにサクラの感情がどろっと液体のように私に流れ込んでくる。基本言葉だけど、感情が高まると文字に表すのが難しいのか、絶叫のような生暖かいどろりとした感覚が伝わってくる。それが凄く気持ちいいんだ。私まで頭の中が溶かされる──。


「ふふっ……」


 思い出すだけで笑っちゃうよ。

 ってかドキン! ドキン! って心臓が無駄にうるさい。はぁもう記憶呼び覚ますと悦び覚えるとか私もサクラのことバカにできねぇなぁ、と思った時だった。

 窓の外に──「サクラ!?」


 違った。

 ──人違いだった。


 あったりまえでしょう! と内心馬鹿笑いして陰気を吹き飛ばす。が、駄目だ萎えた。クソッタレ。さっき思い出すだけでアレだったのに、どうして邪魔するんだろう、と勝手に文句をサクラに投げつける。どうして一緒に帰ってくれないんだよ! なんか理由があるのか? 私と一緒に帰りたくない、理由? ──何?


 聴けばよかった。単純に声をかけて。でも答えてくれそうにないから、手を掴んでサクラの感情を聞き取っても良かった。けど聞かれたくないって言ったじゃん。つまり、私が知った場合……傷付くから、とか?


 そう思うと怖かったんだ。

 怖くて堪らない。

 人の感情を聞き取れるのはメリットばかりじゃない。嘘偽りの無い真実まで無慈悲に受け取ってしまうこともある。神経を直にぶった切られるようで、何十にもオブラートでカモフラージュされたコミュニケーションとは違う痛みを覚える。


 結構、雨、降ってるな。

 外の雨水が内側に染み込んできたみたいに濡れた窓を指でなぞる。くまたん、と書こうとしたけどすぐ水滴垂れて辞めた。ぼやけた外界はグロテスク。青信号のぼぉっとした光が歪に感じる。

 歩いて十五分の道がバスだと五分、か──。なんかどうして私がバスに頑なに乗りたくないのかその理由を突き止めた気がした。いや~ちょっと違うし……別にそうじゃなくて……。


「あっ…っ……っ…………」今度は見間違いなんかじゃあありませんでした。

 サクラだった。

 一人……じゃないよ。

 は?

 なんで?

 サクラの淡いブルーの傘が、何故か妙に目に映る。その隣に真っ赤な傘をさす……多分隣のクラスの子と一緒に歩いてる。

 会話しながら。

 もっと言えば……談笑しながら。

 弾けるような、ちょっとこそばゆい感じの笑顔をサクラは浮かべていやがる。滲んだはずの窓ガラスは何故かサクラだけを鮮明に克明に超凄くとても綺麗に映し出す。


 私、以外と一緒……。

 って思うとなんか束縛強すぎて自分に引く。けどその時ムラっと思ったのはホント。自分でもちょっと焦った。じゅぅと体が焦げそうになる。


 サクラとその子を一瞬で通り過ぎた。

 慌てて顔を向けるけどもう見えなくなった。

 サクラの姿が見えなくなると胸がぎゅぅぅっと締め付けられるような恐怖から開放された。

 ほっと胸を撫で下ろす。

 良かった。

 良くないよ。

 良かった。

 良くないって……と感情が輪廻する。

 それでももしかしたら、サクラじゃないかも……って淡い期待を抱く自分が情けねぇな情けない情けいよね……。

 トンネルに入ると、真っ暗な窓がまるで鏡みたいに今の私を映し出す。表情が絶望に苛まれすぎてちょっとだけ笑った。



◆◇◆◇

ep.雨とシニカル・メイド

01

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