レイのお漏らし、ペットボトル 02



 がばっと上半身を持ち上げる。ここは……どこ?

 さっと周りを見渡すと映り込む大量の『くまたん』人形。……レイの部屋。そう認識した途端、私が昨日レイの家に泊まり、レイの部屋で眠った記憶がどばっと蘇った。

 つまり、今の物語は、私の夢。


「はぁ~~」特大のため息が口から溢れ出る。


 クソしょうもない夢に精神削られ、最低最悪の目覚めじゃない。はぁ、と更に溜息をついた瞬間、ふとレイはどこに? と思って横を向くと、レイと目が合う。

 ――ペットボトルを持ち、血走った形相のレイと。


「……まだバレてない!」


 そう言って突然レイはペットボトルを私に、振り下ろしてきた!?

 寸前のところでその腕を抑える。

 真剣白刃取り!

 こんなの漫画の中でしか見たことがない。


「今度は何!?」

「サクラが……サクラがぁ……悪いんだよぉ!」


 レイは泣きそうな声で叫んだ。

 いや、泣いてる。目が真っ赤なのも泣いたから?


 その時、ヒヤリとする感覚が私の肌を撫でた。刹那、私が見た夢が脳裏を逡巡し、つまり……あの夢は――と嫌な予感がしてそっと股を触るけど……あれ、濡れてないじゃない。じゃあ……この冷たい感覚は──。

 私の左半身から。

 腰から下、太腿の辺りが湿っている。

 泣きそうなレイの顔。

 振り下ろされようとする、キャップが外され中身が入っている炭酸水のペットボトル……。


「レイ……」


 私はさっとレイの腰を隠すように覆っていた掛け布団を払いのける。


「あぁっ!?」

「レイ……あんた」

「だってぇ……だってぇ~~~~~」


 うわーん、と泣き始めてしまった。薄いピンク色の可愛らしいパジャマの下半身が全体的になんか滲んでいる。

 つまり、

 レイは、

 おねしょをしてしまったのだ。

 

 天彩玲。

 16歳。

 女子高校生。

 が、おねしょをしてしまったのだ。


「レイ、あなたは女子高校生になってもおねしょをしたのね」

「何度も繰り返すな!」

「で、その私にふりかけようとしているペットボトルは、罪を私に擦り付けようと」

「違うよ、ペットボトルをこぼしちゃったことにすれば……って」

「ふぅん。ってか……あんた」


 私がきっとレイを睨むと、レイは大きく目を見開き喚き始める。


「私は、私は悪くないもん! サクラが悪いんだよ!」「昨日夜遅くまで遊んでジュース飲みまくったのはレイが悪いんでしょ?」

「ちがうちがうちがう! 私はトイレに行こうとしたの」

「なんで行かなかったの?」「行けなかったの! サクラが私のこと掴んで離さなくて!」


 逆に睨みつけられ、思わずたじろぐ。


「そ、そんなの嘘でしょ。勝手にでっち上げて罪を……」「証拠だ、くらえっ!」


 見せつけられたスマホには、レイが自らを自撮りするような映像が映り込んでいた。「サクラ! サクラ! 離して~。ねぇ! 漏れちゃう! 本当に漏れちゃうから! ってか起きてよ! サクラ! サクラサクラ! はぁ! もううっそでしょ! ぎゃぁぁぁあああ……あ……あっ……うぅぅ」とレイの悲鳴が時折聴こえた。そして、その映像の中で、う~んと唸りながらもレイにしがみつく私の姿が鮮明に映り込んでいた。

 へぇ、動かぬ証拠、とはこういうことを言うのね。

 ……これは、ね。

 まぁ、はい。

 うん。


「なるほどね」

「うぅ……う……うぅうう……おねしょなんて……生まれて初めて……うぅ……」

「その、悪かったわね」

「もうお嫁に行けない」


 さめざめとレイは泣き始めた。でもまだペットボトルを振り下ろそうとしてくるので腕を抑えている。


「とりあえず、服着替えましょ」

「最悪だよぉ……。もうサクラと一緒に寝ない」「いや、あんたがベッドに入り込んできたんでしょ?」「だって一緒に寝るとサクラ暖かいし」


 まぁ、今回ばかりは私に否があるようね。大変申し訳無いわ。おかしな夢を見たのも、隣でレイが大騒ぎしていた言葉に反応したため?

 ただ、それにしても寝ぼけてレイに抱きついていたなんて。じわっと滲むような焦りが私の中で生まれた。レイはまぁ愚痴ってるけど私が寝ぼけたため、とだけ思っているかもしれない。けど、私は……私がレイに抱きつくのは――。


 ひんやりとした感触を覚えて我に返る。


 ズボンに付着したレイのアレだ。尿。とにかく、このパジャマはレイに借りたけど、洗わないとね。……レイの匂い、そしてレイの……おしっこがこびり付いたパジャマ。レイの家に留まる時に毎回使うので、もう殆ど私専用のパジャマになっていた。


「そのパジャマも……捨てないと」

「え」

「汚れちゃったし。汚されちゃったし」

「別に、洗えばまた使えるわ。もう私専用みたいで、今度泊まりに来る時に無いじゃない」「新しいの買うから」「それも悪いし」


 だって――このパジャマのレイ成分が更に深まっているから。と密かに思った。キモいと自分で思いつつも思考が止まらない。

 その瞬間、レイは大きく瞳を見開いた後、私にペットボトルをかけようとするのを辞め、距離を取る。何故か、怪訝な顔で私を見つめている。



//終

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