映画鑑賞、レイの涙 01
ふわぁ~と欠伸をしながら上半身を起こす。癖のある私の髪は、朝起きると一段とボサボサで整えるのもイヤになる。隣で眠るレイが視界に映る。レイはどんなゴロゴロ蠢きながら眠っても朝になるといつものサラリとした髪に収まり、ホント羨ましいわ。
むにゃむにゃと寝言を口にしながら芋虫のように私に近寄ってくる。もう九時だからいい加減起きて、と言いたいところだけど、無駄に幸せそうなレイの顔をもう少しだけ眺めたい衝動にかられる。いつも「サクラの温度が丁度いいんだよねぇ~」と言いながら私にくっついてくる。暑苦しいわね、と返しながらも実はレイのひんやりした感覚が心地良いの――と内心声をかけたら、「はっ」とレイは目を覚ました。
「おはよう」
「おは……よう」「どうしたの、慌てた顔して」「夢を見た」「どんな」「なんか……サクラが今日は暑いからって私をアイスボックスに詰めて、そのままどこかへ連れて行かれる夢――」「おかしな夢を見るな」「はぁ、怖かった……」
「ってか、それってレイが私にしてるようなことじゃない。暖房と言いながら」抱きついてくる。
「だってサクラ暖かいだもん~。冬は一家に一人、サクラが必要だよ」
「馬鹿。で、いつまでくっつているの」
上半身だけを起こした私に、レイが絡まるようにしがみつく。睨むと、レイはぷいっと顔を逸し、ぎゅぅっと縛るように腰を締め付けてくる。
「朝は冷えます」
「私は寒いんだけど」
「体温高いサクラは私の温度で冷めるからジャストな感覚でしょ?」「寒いだけよ、まったく」実はもっと抱きつかれたい、とか思っている。
レイは「ん? んん?」と腹立つ顔で近寄ってくるのでわしゃわしゃと髪を滅茶苦茶にしてやる。
「いやぁあああ! やめて~」
「うわ、すぐサラサラに戻る……なにこれ……凄いわね」
「うぅぅ……」
私の指が離れた途端にふわっと持ち上がったと思うと、さらりとレイの顔を纏うように綺麗な形に纏まった。茶髪に窓から差し込む朝日が灯り、キラキラと輝いて眩しいわ。レイが、煌めいている。なんだこの生物。あまりの神々しさにコイツは本当に人間か? と疑う。
「今日は何する?」
「……さぁ」見惚れていたから返事に詰まった。
「ショッピング! は?」「うーん今は節約期間」「じゃあ……やりますか、くまたんめぐり」「絶対にイヤよ!」
──くまたんめぐり。
それはレイだけが楽しめる街の散策だった。至る所にはびこる……まるで根強く繁殖する菌のような『くまたん』を捜索する旅。まぁ、私もくまたんに強い興味あればそれなりに楽しいと思うかもだけど、私はレイほど愛しちゃいない。ただ、喜ぶレイを眺めるのは目に保養だった。だから、時々付き合うけどね――。
「三週連続は無理」
「新情報ゲットしたから行きたかったけど……。仕方ない、今は溜める、か」「何を」「くまたんへの熱き情熱を! グツグツグツ」と鍋で何かをかき混ぜるような仕草をする。
「どうしよっか。映画……とか」
「あ、いいよ。ふっふーん、ちょうど観たかったのが昨日始まったんだよね~」
──レイの家に泊まると、その翌日は映画館に訪れることが多い。
二人で一晩中起きておしゃべりしたり、テレビを深夜遅くまで見ていたりすると、翌日どこか遊びに行く気力を保つことがめんどうに感じるからだ。いや、レイはなんか体力無限なので遊ぼうと思えばどこまでも行きそうだけど、私が無理。その点、映画館は座って頭の中空っぽにして楽しめるので好ましい。
何か企むような顔を浮かべたので「……ホラー?」と一応聴く。
「ん、あぁ違う違う……。全くもって大変普通の映画デスヨ」
「何その棒読み! 絶対怖い奴じゃない」
「怖くないって~。ふっふっふ、うんうん、怖いと一人で眠れなくなっちゃうもんね~。サクラがどうしても見たいです! と言わない限り、ホラーは観ないよ」
逆撫でするような言い方。どういう意味? ――ホラー映画を一人で見れないから、レイを誘う――それを口実にするって言いたいわけ? 私はきっと睨むけど、レイは躱すようにコロコロと笑い、そのまま私の太腿を枕のようにして眠る。
「ちょっと、レーイ」
「まだ眠い。もう少しだけ……寝よう……」
「……時間は?」「えとえと……よかった午後もある。席二つとっとくね」
アプリで予約し終えると、今度はもそもそと私に巻き付いてくる。剥がせることができず、私は諦めてそのまま仰向けに倒れ込む。横を向くとすかさずレイが私の胸元に潜り込んできた。ブロックが噛み合うように互いの体がカチリと重なって、身動きが取れない。
はぁ……。
いい匂い。
どうしてもレイの匂いを意識してしまう。それにこんなに近いと、呼吸するたびにレイの匂いが私の肺の中に充満する……。匂いだけじゃない、レイの色々な情報が私の中にトロトロと入り込んでくるような感覚を覚える。全身が蕩けるような心地良さに包まれる。
「ふふっ……」何故かレイは笑い、そっと私の手を握る。指が絡まり、解けない。……本当はすっと手を引いたら簡単に外れてしまうのに、できない。スリスリと胸元に顔を擦り付けられると、うっと歓喜で胸が詰まる。
レイの一挙一動が私の中で反復し、ドプドプと液体のような生暖かい感情が溢れてくる。私の胸元でゆらゆら動くレイが愛らしい。両手が繋がっているから抱きしめられないのがもどかしい。
まぁ、繋がっていなくてもしないけどさ。
――辞めて、とか、気持ち悪い、とか……なんか色々言ってくれたら即座に離れるのに、何も言ってくれない。笑うだけ。だから……私も拒否しなくていいのかな、なんて考えちゃう。
☆★☆★
「これは……アニメ?」
「そ。サクラ知らない? 結構シリーズが続いてるけど」「まぁ名前くらいは……」「あ、その顔は何で私たちのようなJKが女児向けアニメ見るのよ! って思ってるな」
「寸分違わず、よく言えたわね」
「ふふっ、子供向けだからって舐めちゃいけないよ。高評価、高クオリティで話題騒然なんだから」
「そうなの?」
「うん」
「……まぁ、オマケでくまたんストラップが無いからそれ目当て、というわけじゃないようね」
「信用してよ!」
――レイが購入したチケットは、子供向けのアニメ映画、だった。結構続いているシリーズらしく、私も名前だけは知っている。観たことは殆ど無い。小~中学生の間はアニメを見るような暇も無かったし。
珍しく講釈を垂れるレイの演説を聞き流しながら、売店へと向かう。もちろん、ジュースとポップコーンを買うために。劇場にポップコーンはつきもの。最近のポテトや細長いお菓子なんてナンセンス! ……それはレイも同意なんだけど。
「今日は、キャラメルにしようね」
「今日こそ、塩、でしょ!」
味について私たちは平行線を辿った。ポップコーンはふわっとした感触に仄かに降りかかる塩のしょっぱさが最高に美味しいのに、それをただ甘くするだけなんて……。まぁ美味しいけど、私は断然塩派だった。
レイはキャラメル派。
――じゃあ互いにそれぞれ買えばいいじゃん、ってそう単純な話じゃないのよ。私たちは鑑賞中にポップコーンに飽きてしまい、各々一箱食べきることができない。前にそれぞれ購入して、途中で満足してしまい、レイいる? と渡そうとしたらレイも私に渡そうとして……交換しただけだった。もちろん残った。それ以降、Mサイズを購入して二人で分けることにしたけど、毎回味で揉めるのよね……。
「え~前塩じゃん」
「キャラメルでしょ? しかもレイ半分以上残すし」「三分の一は食べました!」「あれ、そうだっけ? いやそうよ! 半分以上残してるじゃない! 自信満々に言うな!」「ね、サクラ……私、キャラメル、食べたいなぁ~~~」
レイは祈るようなポーズをし、キラキラと瞳を輝かせて駄々をこね始める。そのつぶらな瞳で見つめられると服従しそうになる。レイは私がこれに弱いとわかってやってる。卑怯だ。……騙されたらダメ! 気をしっかり持って、今日はもう口が塩分を求めているの――。
「塩味をお願いします」私にひっつくレイを押しのけ、どうにか店員さんに注文できた。店員さんはいいの? って顔してるけど、大丈夫です、と私は力強く頷く。
「あぁっ、サクラ~」
「次はキャラメルにするから。ね? 半分先に食べていいわよ」
「ブーブー!」「ブーブー文句を垂れないでって、普通ブーブーって口にしないでしょ」
唸るレイを宥めつつ時間を確認すると、開始時刻まで少し時間があった。百貨店に映画館が寄生したような構造なので、下階に降りれば時間も潰せるけど、既にジュースとポップコーンを購入しているので今更別階には向かえない。仕方なく、開いているベンチに座って時間を潰すことにした。
が、レイはぴょんと跳ねるように立ち上がった。
「どうしたの?」
「み、見て! あれ!」
レイが嬉しそうに指差す先には、ガチャポンが並んでいた。その内の一つが、なるほど、これから観る映画のキャラクターがデフォルメされた人形が詰まっている。
「欲しいなぁ」
「回せば」
「うーん、どうしようかなぁ~」
と悩んでいるうちに、小学校低学年くらいの女の子が並び始め、嬉々として回し始めた。お目当ての人形が手に入ったのか、嬉しそうに母親に報告をしている。レイを見やると、レイは一歩ガチャへ向かうも、また幼い女の子が群がってしまい、レイは立ちすくんでしまう。
「……買わないの?」手ぶらで戻ってきたレイに声をかける。
「記念にね、主人公とライバルの子が欲しい」
「だったら」「見て、また並んでおります。私があの列に並ぶというのは、なかなか難しい」
「いや、大丈夫よ、レイ……列に入っても変わんないし」「変わる……。私あまり背高くないけど、一つだけボコンと列がおかしくなる」「中身は大差無いわよ」「まぁ――危ない頷くところだった。ってかその冗談笑えない」「本気です」「非道い」
「で、途切れるまで待つの?」
レイは頷いたが、その後もポツポツと集まってしまうのでなかなかチャンスが訪れない。もぞもぞと蠢きながら、焦った表情を浮かべている。
「そろそろ時間よ」
「あぁ~どうしよどうしよ~」
「レイ」
「う~、あっ……ダメだ、また並んでる……」「これがくまたんだったらイノシシみたいに突撃するのにね」「くまたんの場合は頭の中でスイッチ切り替えて理性のリミッター外せるから。……うわぁ、ダメだ……もう」
「──もう、じれったいわね」
私は溜息を付き、レイを置いてくように進むと、そのガチャポンの列に並んだ。私の半分くらいしか身長の無い女の子がはっとした顔で振り返るけど、睨み返したら慌てて前を向き直す。そのまますぐに私の順番となり、……二回分購入した。
「サ、サクラ~!」
「はい、これでいいの?」「す、すごすぎる! 度胸あるんだね!」「度胸とか必要ないでしょ」「もしもクラスの子に目撃されたらどうするの? うわぁ……柊さんって子ども向けアニメ大好きらしくてよ~、まぁそれは由々しき事態でございますことですわ! 早速理事長に掛け合って学業に不要なアニメは全面禁止! ……になるところだったよ」「なるか。別に、あんたが面倒くさいだけ」「うぅ……ありがとう。これで今日のポップコーンの件は赦します」
「はいはい、で、当たった?」
レイにカプセルを二つ手渡すと、レイは恐る恐る開ける。
「わっ! これが主人公で……あぁ! ヤバイ、ライバルの子も! 流石サクラ様」
「敬い、そして感謝しなさい」
「はぁでも良かった……。外れたらまた行って貰うところだったよ」「そうね……いや自分で行け」
その時、開場のアナウンスが流れたので、私たちは指示を受けた劇場へ向かった。なんか心なしかレイの距離がいつもより若干近い。いや、いつも滅茶苦茶近い、ホントすぐ触ってくるけど、今は肩をくっつけるような感じで、そんなに嬉しかったの? と私まで嬉しくなるじゃない。
☆★☆★
//続く
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