第1章 大悪魔と人間
第0話 出会いと仮契約
彼との出会いは必然だったのかもしれない。
いいや、出会うべくして出会ったのだ。
彼と。
契約者と。
この世界で唯一の存在と。
◇
自我が芽生えた時には既に遅かったのだろう。
生まれた瞬間、意識を持ち始めた時から他の者たちとは違っていたのだ。
彼らは黒かった。
でも、自分の姿は白かった。
だから、除け者にされたんだ。
いじめられた。
邪魔者扱い、邪険に、敵意を向けられた。
幼き頃から既に弱肉強食は存在したのだ。
黒曜族と呼ばれる種族は特に。
同族は互いを貪りあっている。
生き残るために必死だ。
白き姿であっても黒曜族である自分もまた、その中の一人であった。
「・・・」
同族の屍が周囲には散乱している。
ぐちゃぐちゃになっている。
飛び散った残骸を貪り食べる同族たち。
自分は皆と違うから食べられることがなかった。
それどころか、敬遠されているおかげか死体の残りかすを食べていても誰も近寄ってこなかった。
飢えをしのいでいた。
最初はためらった。
同族を食べるという行為を。
だが、このままでは何もせずとも空腹で飢え死んでしまう。
結果的に、仲間を食べた。
誰かが殺した死骸を。
初めて食べたときは本当に吐き出した。
拒絶反応というやつだろうか。
まずかった。
血の味しかしなかった。
同族の青い血が手にこびりついて気持ち悪かった。
皆と同じようにしているはずだった。
だけど、彼らは余計に化け物扱いするのだ。
何がいけなかったのかわからない。
生まれた世界、魔界は地獄のような場所だった。
黒い姿の同族に囲まれていた。
自分よりも力をつけるのが早い彼らの手によって真っ黒い穴がある場所に追い込まれていた。
「イヤダ、ヤメテ」
「消えろ!」
「消えろ!!」
「化け物!」
「同族殺し!」
どうしてひどいことをいうのかわからなかった。
皆だって食べていたじゃないか。
「消えろ!」
「アッ!」
どん、突き飛ばされたときには黒い穴に落ちていた。
そういえば、同族が話していたのを思い出した。
人間界にいけばもっと強い『力』が手に入ると。
強くなればこんなことをしなくても済むのだろうか。
こんな生活はもうイヤダ。
この地獄のような魔界から落ちて、一体どこへいくのだろうか。
真っ暗な世界に流されるままに身をゆだねるほかなかった。
◇
魔界から追い出された先が人間界だと気づいたのは、死ぬ寸前だった。
周囲は木々が。
同族は誰もいない。
痛い思いをしないで済む。
安心した。
でも、自分一人だけだ。
誰も助けてなんてくれない。
人間界では、時間が経つごとに力が抜けていくようだ。
自分が『力』がないからこのまま消えて終わるのだろうか。
そんな時だった。
ガサゴソと木陰から何者かが急接近してくる気配がした。
同族が殺しに来たのかもしれない。
警戒していても、もう遅い。
「お前、俺と同じ目をしている」
「・・・」
頭上から降ってきた声は憐れみを含んだものだった。
どんな姿かは視界が霞んでいてよく見えないが、思わず本音を呟いていた。
「死にたくナイ」
消えることを、いなくなることを望まれた自分がこんなことをいうのはいけないだろうか。
「どうすれば元気になる?」
声をかけてきたものは、このちっぽけな命を救おうとしてくれた。
優しくされたのは初めてだ。
「魔界に戻レバ・・・」
人間界は『力』がなければいけない。
たぶん魔界に戻れば死にはしないのだろう。
だから、そういった。
「なら・・・」
優しい声の主は、魔界にこのまま返してくれるのかもしれない。
魔界に戻れば何が待っているのかを思い出した。
嫌な記憶が蘇り寒気がした。
「いやだイヤダいやだ!」
拒絶の言葉をはいていた。
「なら、ほかに方法は?」
優しい声の主は少々驚いたようだった。
でも、見捨てはしなかった。
他の方法、同族の話を思い出した。
「契約」
「契約?」
「人間と契約すればイイラシイ・・・ケド」
契約すれば人間界でも死なないなんて保証はどこにもない。
同族の言葉がすべて信用できるわけではない。
でも、持っている知識はほとんどが同族から盗み聞きした話だけだ。
「俺と契約しよう」
「エ?」
「死にたくないんだろ?」
「いいノカ?」
「どうせ夢なんだし、夢の中でくらいかっこつけてもいいだろ?」
「ユメ?」
夢。
夢なら、今までのつらい記憶はすべて悪夢だろう。
「ああ、そうさ。
夢さ、だから、お前も死にたくないのなら俺と契約ってやつをすればいいんだ」
この優しい声の主は誰なのだろうか。
もしも人間だとすれば、人間とは優しい生き物なのかもしれない。
「・・・ワカッタ、契約。何を望ム?」
「ん?えーと、それじゃあお前が元気になりますように!」
「・・・ソレハ、契約できない」
人間の望みでなければ契約は成立しないらしいから。
自分は同族に疎まれた存在だ。
哀れんでくれているのはわかるが、悪魔と行う契約が優しさだけで成立しないのは知っている。
本能か、はたまた同族の知識なのかは定かではない。
なにせまともに思考が働かなくなってきているのだ。
「そういわれてもなー、すぐに思いつかないから、仮契約ってことで、どう?」
「仮契約ナラ、承諾した」
ただこの優しい声の主ともっと話したい、姿が見たい。
それだけのために今、必死に消えずに生きているのだ。
「名を。契約者の名ヲ」
「---れお-」
「------?」
上手く聞き取れなかった。
やはりダメな悪魔だ。
「あー、長かったかな。レオ。みんなからはそう呼ばれてる」
「れお・・・レオだな?」
「うん、レオだよ」
「レオ・・・レオ。契約の印を刻ム」
指を天高くに伸ばした。
すると、暖かい大きな手で包まれた。
心地よかった。
はじめて誰かの傍で安堵した。
「これでいいのか?」
「レオ・・・契約成立」
「これで死なないか?」
「ウン、大丈夫」
こうしてレオと・・・人間と初めて契約を交わしたのだ。
◆
仮契約後は視力も回復した。
体も自由だ。
魔界にいた頃よりも心も体も軽い。
きっとすべて彼のおかげだ。
最初に視界に入ったのは自分よりも何倍も大きい人影だった。
驚いた。
人間は大きい。
でも、レオはまだ子供だよと無邪気に笑った。
金色のきらきらと輝く髪が綺麗だった。
笑顔が眩しかった。
体格差のせいかレオと並んで歩くとおいていかれてしまう。
でも、レオは優しいから抱きかかえて歩いてくれた。
初めは高くて怖かったけれども、今はすごく心地のいい場所だ。
上から眺める景色は綺麗だ。
「花だ、綺麗だなぁ」
「ハナ?コレ、綺麗だ」
赤い花が咲いている。
レオが座り込んで一凛の花に手を添える。
花が珍しくて色々な角度から見ていると頭を撫でられた。
「レオ、どうした」
「いや、花が好きなんだなと思って」
「レオは好きナノカ?花」
「うん、綺麗だし好きだよ」
「俺、ノコト好きか?」
「ん、お前のこと?」
「ウン・・・」
嫌いと言われたら泣いてしまうかもしれない。
今まで嫌われて生きてきたのだ。
どうしてこんなバカな質問をしたのだろうと後悔しても遅い。
「好き、かな?」
「本当カ?」
「嘘ついてどうするのさ。好きだよ、お前のこと。小さくて、寂しがり屋のくせに、甘えん坊だ。弟でもできたみたいだ」
「オトウト?」
「家族みたいだってことさ」
「家族?」
「一緒にいるの嫌か?お前は」
「嫌じゃナイ!」
「そっか、よかった」
一緒にいる時間が幸せだった。
永遠にこの時間が続けばいいと願った。
だが、そう長くは続いてくれなかったのだ。
一人の黒い小さな悪魔が木陰から慌ててどこかに去っていった。
レオも白い悪魔もその気配に気づくことはなかった。
◆
「それで、貴様は何故ここにいる?確か、人間界にいかせたはずだが?」
「あ、あの!ベルギオ様!!き、緊急のご報告がありまして・・・!戻ってまいりました」
「緊急だと?命が惜しくて魔界にのこのこと戻ってきたの間違いではなくて、か?」
地面に頭をつけて土下座をする黒い悪魔は、冷や汗を垂らしながらもやや早口気味にいった。
それに対して、冷めた言葉が頭上から降ってきた。
「ち、違います!」
人間界に悪魔の弱者がいけば、魂が耐えきれずに消滅するのだという。
何匹もの悪魔が犠牲になったのを知っている。
誰も戻ってこなかったから。
だから、まさかあの悪魔が生きているだなんて夢にも思わなかった。
確かに己自身も同族と同じように、人間界に赴き死ぬ定めだった。
だが、あの同族の癖に異形な色をした悪魔を見つけた途端に思いついたのだ。
これで助かる、と。
「では、何が違うのかいってみろ」
「白い黒曜族が・・・」
「・・・ほう?」
黒曜族の中でも早々に強者としてのし上がった存在。
他の同族よりも強く、カリスマ性のある存在の眼力に一瞬死ぬ幻覚が見えた。
「どうした。続けろ」
「・・・はい、白い黒曜族が生きていました」
「人間界で、か?」
「・・・はい」
「それは、面白いことを聞いた」
椅子から立ち上がり、今まで無表情だった悪魔は初めて深い笑みを浮かべた。
「貴様、名は?」
「はい、名は・・・」
◇
「綺麗な花畑もいいけれど、そろそろ暗くなってきたな」
「レオ?どうした」
少年は周囲の空を気にしていた。
真っ暗だ。
「んー、そうだ、お前は帰らないのか?元気だろ?」
「帰ル?帰る・・・どこに。行く場所ナイ。レオ、帰るノカ?」
「帰る、っていってもなぁ。夢から帰るって覚めるってことだよなぁ」
彼はどこかに帰ろうとしていた。
どこへ?どこに?
「???ドウシタ」
「んー、俺も帰り方わからなくてさ。お前と一緒」
「一緒?帰らナイ?」
「帰れないんだ」
「???」
言っている意味を理解できなかった。
彼も困っていた。
「まだちびっこだし、すべての言葉は理解できてないのかな?というか、こんなあからさまに人じゃない生き物と普通に接してる時点であれだよなぁ」
どこかへ帰ろうとする少年。
置いていかれるのではないかという不安でいっぱいだった。
そんなことを考えていた時だった。
「レオ」
「どうした?お前、震えてないか?」
「レオ、アイツ来ル」
「え?」
・
・
・
ああ、懐かしい夢だ。
この日、希望と絶望を一度に味わったんだった。
そうだ、これは私にとっての始まりと終わりの・・・記憶だ。
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