第22話 新しい自分との出会い

 こんなに楽しい日はいつ振りだったのかな。もちろん一美ちゃんと遊んぶのも楽しいし、毎日がつまらない訳じゃない。でも自分の中でときめく何かが、この時間をずっと味わっていたいと申し出でくる感じだった。

「先輩、何か歌いますか?」

 カラオケに来てからしばらく喋っていたけど、せっかく来たんだし何か歌いたくなった。と言っても、アニソンや映画の主題歌しか歌えないけど。

「俺は後で良いや。飲み物取ってくるから決めてて。何か飲むか?」

「ありがとうございます。じゃぁメロンソーダで」

 何にしようかな。とりあえず履歴から検索してみた。わー、懐かしい。ドラマの主題歌が人気だ。後は、意外とアニメソングも多い。これは生きやすい時代になったなぁ。

「ごめん、メロンソーダ無かったわ。俺と同じのにしちゃった。はい、ペプッシュコーラ」

「ありがとうございます」

 先輩が帰ってきたので、とりあえず目についた曲を入れる。


 一曲歌い終わると、世中先輩は拍手してくれた。歌ってる時は集中してて分からないけど、ずっと見られてたと思うと何だか恥ずかしいな。

「ごめん、こう言っちゃ悪いけど、歌上手いんだな。意外だった」

「やめて下さいよ。大したもんじゃないですから」

 何曲か交互に歌っていると、またも懐かしい曲が見つかった。何度この曲を聴いただろうか。思わず速攻で曲を入れる。

「あ、この曲知ってる。アニメの主題歌のヤツだ。何てヤツだっけ?」

「〈キーメモリー〉っていうアニメの【真っ直ぐな気持ち】ですよ。この作品の素晴らしいとこは」

 私はアニメの良さを語ろうしたが、曲が始まってしまった。


 《知っていた この想い

 忘れない 忘れられない

 周りが何て言ったって

 私は君が好きだから


 始まりは突然だった

 君の存在がこの世にあると知った

 小さかったこの世界の中で

 私の事を気付いてくれたね


 私は君の事…


 でも言えない 勇気がない

 こんなに時間を過ごしたのに

 こんな気持ち

 どうしたら良いの


 知っていた この想い

 忘れない 忘れられない

 例え誰かが泣いたって

 私は君が好きだから


 このまま時が止まれば良いって

 思ってたけど少し違った

 これからも過ごしたい

 君との想い出がある


 私は君の事…


 でも見えない 仕方がない

 素直になれない自分がいる

 こんな気持ち

 どうしたら言えるの


 知っていた この想い

 話したい 素直に言いたい

 もしも君が違くても

 私は君が…


 私は君の事…


 好きだから》


 歌ってる最中、私は泣いてしまった。あれ? こんな歌詞だったっけ。私と全く同じ気持ちだよ。歌ってる間、ずっと世中先輩の顔が浮かんでいた。一緒に手に取ったキーホルダーに重なった大きな手。私のブログを嬉しそうに話す声。自販機をじっと見つめる横顔。痴漢を捕まえた凛々しい後ろ姿。可愛いって言ってくれた時の照れてる口元。クレープを食べてる時の無邪気な眼差し。

 そうなんだよ、行き場のないこの想いは、私の中じゃ狭すぎる。私もこの歌も、全て重なる。どうしよう、この気持ち、押さえられない。この感情、もう止まらないよ。


「好きです。私、世中先輩の事が、大好きです」


 思わずマイク越しに喋る。先輩、驚いた顔してる。そうだよね、急に引いちゃったかな。でも溢れ出る言葉は私の口から止まらなかった。

「私の事を認めてくれた時から、私に気付いてくれた時から、ずっとずっと心に想ってました。頭の上に乗せてくれた先輩の手、誰よりも暖かかったです。私は自信がないし、言いたい事言えないし、駄目な奴だと思ってました。それを先輩は、溶かしてくれた。大丈夫だよって、勇気をくれた。一美ちゃんが先輩を好きなのも知ってます。だからずっと隠してたんです。でも会う度に、一緒に時間を過ごす度に、大切なものが増えていって。今日だって凄い楽しかった。改めて気付いちゃったんです。私がずっと先輩の隣にいたいって」

 私の身体は勝手に動いて、先輩を抱きしめていた。ずっとこうしたかった。何度も我慢した。気を使ったフリをしてたけど、ただ怖かっただけだった。頭の中が真っ白になっていく。その真っ白な世界に、世中先輩だけが笑っている感じがする。

「素直になりたい。だから言わせて欲しいんです。私先輩の事、大好きです」


 先輩は何も言わず、ただ抱きしめ返してくれた。暖かい。そうだよ、私ずっとこうしたかったんだよ。心だけじゃなくて、身体ごと包んで欲しかったんだよ。

 しばらくして、先輩は私の肩を持ち、身体を離した。

「ありがとう。正直驚いてる。こんなに嬉しいのって産まれて初めてかも知れない。実は俺もずっと思ってたんだ。今日二人で時間を過ごして、田中の事を一番近くで見てたら、俺も気付いたんだ。俺は田中の事、好きになってたんだ。自分が思うより、きっと、ずっと前から」

 私は涙を堪える。こんなにも心が溶かされていく。もう溶けてなくなっちゃいそうだよ。

「でもまだ付き合えないんだ。山下にちゃんとこの事を伝えないと。だから、その」

 私は先輩の言葉を無視して抱きつき、キスをした。触れた唇の温度は、冬なのに暖かかった。それと少し、コーラの味がした。


 でも、運命はそんなに甘くなかったのかも知れない。すぐその後だった。先輩のスマホに運命を裂く電話が鳴ったのは。電話を切ると青くなった顔で一言だけ呟いた。

「ごめん、俺行かなきゃ」

 先輩は部屋から出ていった。私は何度も待ってと言った。でも追いかける事が出来なかったんだ。ただただ涙を止めるのに必死で、すぐ戻って来てくれると思って。


 数日してから先輩に屋上で話を聞いた。謝罪と共に起こった事実とこれからの事を。先輩のお母さんが亡くなった事。高校を卒業したら、働くこと。今は心の中がぐちゃぐちゃで、付き合えない事。それまで待っていて欲しいと言う事。色んなものが音を立てて崩れていった。

 その後は一美ちゃんには正直に、告白した事を言った。嫌われると思ったけど、『やっぱりね』とだけ返事がきた。それからはいつも通り仲良しだ。

 そして私は、大学二年になった。たくさんの失敗の中で、新しい事を乗り越えて、少しずつだけど前へ進んでる。高校を卒業してからは、世中先輩とは連絡を取っていない。心の中が落ち着いたら、連絡をくれる事になっている。今は私が関わるのは良くないと思った。もちろん側にいて心の支えになりたかった。でもそれだけじゃない理由があるんだと思う。


 でも私の中に、後悔はなかった。自分の気持ちを素直に言えた事がどれだけ自分の中で大きかったかは、私だけが知っている。


 季節は春。風に舞う桜の花びらは、いつも私を勇気づけてくれる。面白い事に、私のゼミには細田先輩がいた。同じ高校の先輩がいる事は、凄く心強かった。そして大学二年のゼミで、大学初の後輩を持つ事になる。その時私は、運命を信じざるを得なかった。一体何のためにこんな事が起こったのだろう。

 桜の花びらは、開けっ放しの窓から、ふわりふわりと風に乗り、私に新しい時間と試練を届けてくれた。

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