第5話 プレゼントとの出会い

「面白かったー。まさかあんな展開になるなんてな」

 俺は背伸びをしながら、腰を左右に揺らす。もっとバイト増やして、次は良い席に座りたい。腰が痛い。

「本当ですね。あの迫力、コマの使い方。全てが計算されつくしてましたよね」

 田中は鼻息を荒くして詰め寄って来たが、正直そこまでの深い感想が言えるほど細かく見てはいない。

「ちょっとトイレ」

 山下はそそくさとトイレに駆け込む。我慢してたんだな。

「んじゃ待ってるよ」

「は? レディに何言ってんの?! 時間かかるかもだから先行っててよ!」

 不貞腐れてプイっとトイレに駆け込んだ。健二は大きい方のトイレに行くって行ってたし。

「じゃあ俺は、売店でも行ってこようかな」

「あ、私も行きます。パンフレット見たくて」

 俺は田中と一緒に売店へ向かった。


 結構混んでいる。やはりジブンヨリの作品は人気だ。客層も幅広く、みんなに愛されているんだ。たくさんの人から認められるって、どんな気持ちなのだろうか。

「田中、迷子になるなよ」

 俺はブラブラとキーホルダーやらクリアファイルやらを物色し始めた。その後ろで田中の声がぼんやり聞こえる。

「先輩、年下だからって馬鹿にしないで下さい! 私も高校生、このくらいの人混みで迷子になるよう、な、あれ? 先輩? ありゃ、言った側から迷子だ。あははぁ。こりゃお恥ずかしいですな。先輩、世中先輩。どこ行っちゃったんだろ。私も私でこんな小さな売店で迷子とは。…あ、このキーホルダー、って、え?」

「あぁ悪い、ちょうど手が重なっちまった」

 俺は同時に田中と同じ商品に手を伸ばしていたようだ。映画や漫画なら良くあるシチュエーションだな。この後二人はドキドキして恋が始まるってやつ。まぁ俺には無縁な話だが。

「せ、先輩。その、私はそんなつもりじゃ、いやでも、嫌な気分じゃないっていうか、何言ってるだろ私、ひゃあ」

 田中が妙な声を漏らしながら遠く離れて行った。あれー? ドキドキされてるんですど。何この状況。意外過ぎるだろ。でも、何か可愛いかったな。山下と一緒にいると目立たないかも知れないけど、普通に美少女の部類だ。


 俺はとりあえず田中のとこへ向かう。するとさっきとは打って変わって、真剣な眼差しでショーウィンドウを見ていた。それは監督のサイン入りオルゴールだった。オルゴールにサイン入りとは。にしても凝っている。主人公とヒロインがクリスタルで作られている、なかなかの代物だ。値段も万超えか。高校生の俺には手が届かない。ガラスが凹むんじゃないかってくらい食い入るように見つめている田中は、キラキラしている。

「こうして見ると、本当に映画好きなんだな」

「はい!なんの趣味も取り柄もない私ですけど、映画だけは好きなんです。音も、映像も、この空気感も。知らない世界へ私を連れて行ってくれる」

 振り向いてくれた時のキラキラした目には、少しだけ郷愁を帯びたように見えた。


「そうだ、今日はせっかく来てくれたから、何か一つプレゼントするよ。好きなの選んで」

「えー、そんな悪いですよ」

「気にすんなって、思わぬ臨時収入もあったからな。あ、でもオルゴールはなしな。そこまで手は出せない」

「やだ、私そんなに食い入るように見てましたか?」

「うん、欲しいオーラが満開だった」

 もう、と言いながらぷくっと膨れて見せた田中は、なんとも女の子らしさが伺えた。

「じゃあお言葉に甘えて」

 田中はモジモジしながら、照れ臭そうに指差した。さっき手が触れ合った時のキーホルダーだ。

「こんなんで良いのか?」

「はい! 〈これ〉が良いです」

 それは四葉のクローバーのメタルキーホルダー。映画の主人公がずっと持っていた幸運の四葉をモチーフにした物だった。手に取りレジに向かおうとはするが、一応値段はこっそりチェックをする。

「なんか世の中って、ちょうど良く回ってるものなのか?」

「ん、何ですか?」

「いや、何でもない。レジ行ってくる」

 四葉のメタルキーホルダー、税込六百円。これは俺だけが知っていれば良い、小さな偶然だった。


 帰り道。電車に乗った俺たち四人は、それぞれの駅で降りて行った。初めに健二が、スマホをいじりながら、ひょうひょうと別れを告げた。次に山下が、降りる直前に言いづらそうに話しかけてきた。

「今日は、その、助けてくれてありがとう。なんだかんだ自分の気持ちに変化のあった日だったわ」

 そう告げると、ニコっと笑いながら降りていった。

「あいつでも笑うんだな」

 ボソッと言ったつもりが田中にはバッチリ聞こえていたみたいだ。

「そうですよ。ちょっと強がりさんですけど、一美ちゃんは私の自慢の友達です。綺麗だし、見えないかもですけど、優しいところがいっぱいです」

 ニコニコしながら山下に手を振るこの子も、同じように可愛いくみえた。こうしていると少し胸が高鳴る。ん? 俺はもしかして、意識してる? いや待て、どっちにだ。考えたらドキドキしてきた。

 それでも気持ちの変化は、自分が一番分からなかったりするものだ。そんなに焦る事もないよな。今日は、ゆっくり休もう。

「じゃぁ先輩、私はここなので。また良かったら、一緒に映画行きましょうね!」

 手を振りながら振り向く彼女のカバンには、四葉のクローバーが輝いていた。

 [ドンっ]

「ひぃぃや! す、すいません」

「あいつ、またドジってやがる」

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