崖道突破
ガラガラガラ……。
道が崩れ落ち、音もなく崖下へと吸い込まれていった。
上から俺の手を掴むショコラの顔が、
「――は、はやぐぅぅぅ……でぃぃぃぜるざああああああん‼」
前回死んだ崖道の崩落トラップをなんとか
まぁ、ちょっと普通でない金属製の全身甲冑で、おまけに背中に馬鹿みたいにでかい斧を背負ってるからな。この細腕で持ち上げろという方が
だが――。
ちょっと
「……ふぁいとぉぉぉぉお〜〜?」
俺の機転を効かせたエールに、ショコラがハッと猫目を輝かせた。こいつ、こういう遊び好きなんだよ。
「――いっっっっぱあぁぁぁぁぁつ‼」
彼女の気合に合わせ、グイッと腕を引っ張って、“自分で”身体を持ち上げる。
「――っ、うえぇぇ⁉」
すると俺の巨重に引っ張られて、穴の外に引きずり出されたショコラ。
その入れ違いの一瞬で、穴の
もう片方の手で、崖下へと放り出されたショコラをキープする。
「ひ、ひぃぃぃ……」
ぷらぷらと俺に吊られて風に揺れるショコラが、眼下の吸い込まれるような光景を見下ろして小さな悲鳴を上げた。
そのまま片腕の力で身体を引き上げ、横穴に乗り上げる。
ようやく進路への侵入を果たした。長かった……。
立ち上がってショコラを片腕で吊り上げる。ちょうど、この手を離せばお前は落ちて死ぬぞ、と脅しをかけているような格好だ。
「……今のは乱暴だったと思います」
ショコラが俺に吊られたまま、猫目を細めて抗議の視線を送ってくる。
「そうか?」
「ディーゼルさんは、パーティーメンバーである私を、もうちょっと優しく扱うべきだと思います。時々本気で殺しに来ているのかと感じることがあります」
「俺は
「私が真なる死を迎えたら、ディーゼルさんも消滅するんですよ? それでもいいんですか?」
「そうなんだよなぁ……」
天を仰いでシュコーッと嘆息をついた。
美しい山景が俺の毒気を抜いてくれた。
この女、俺とパーティーメンバーであることを逆手にとって、ことあるごとに「だったら、あなたを巻き添えにして一緒に死んでやる!」的な脅しをかけてくるのだ。たちが悪すぎる。
俺はダンジョン側に属するモンスターなので、本来どうあってもダンジョンに食われる事はないのだが、しかし今の状況は前代未聞だ。
つまり、モンスターと冒険者がパーティーを組んでダンジョンを攻略しているという、この、とんちんかんな状況。
油断はできない。
ダンマスが作るシステムは、その
――いや、間違いなくそうなる。長年の経験から分かる。
侵入者は絶対殺すマンであるダンマスの
一切の例外もなく、一片の慈悲もなく、今まさに侵入者の立場となっている俺にも真なる死を与えてくるはずだ。
ショコラに死なれるわけにはいかない。
俺が消滅するということは、ダンマスを
ダンマスを独りにはできない――。
「……早く中に入れてくださいよー」
仕方なく、ショコラを横穴の奥に放り込む。
空中で身体をひねり、シュタッと綺麗に着地したショコラ。
こういう身のこなしだけは一流なんだがなぁ……。
ショコラは弱い。
身体も、頭も。
能力のほとんどを
そしてドジだ。
これが、この絆の深淵では致命的だった――。
俺がタバコを吸おうと腰の袋に手を伸ばそうとすると、ふと、ショコラが体育座りになり、膝に頭を埋めて動かなくなっていることに気が付いた。
これは
今までも何回かやられているので、特に驚きもしない。
「おい、ショコラ――」
「――結局、私の髪飾りも取り逃しちゃうしぃ……」
うずくまった彼女の膝の隙間から、涙声が漏れてきた。
俺の同情を誘うつもりだ。こうなると俺が慰めるまでは
無言でショコラの眼前に手を差し出す。
開いた俺の
「――? はっ、これは⁉」
「崖道に引っかかっていた。走る途中で見かけたから拾っておいた」
「あ、ありがどうございますディーゼルざぁああん‼」
泣きべそになって俺の手から髪飾りを受け取るショコラ。
そこで俺が膝を突いて彼女の肩に手をかけ、努めて優しく声をかける。
「良かったな、これでまた一回死ねるぞ」
「うう……嬉しくない……」
がっくりと首を垂れたショコラを残して立ち上がり、一歩前に踏み出した。
洞窟の奥に溜まった闇の
〈
俺の漆黒の手甲がその
手の中にトマトを潰すのに近い水っぽい感覚があった。
ブシャッと砕け散った頭部。
ビチャビチャと滴り落ちる血と
「え、エグぅ……」
ショコラが、おえぇと舌を吐き出していた。
「転がってきた岩にお前が押し潰された時は、もっと酷い
「……ディーゼルさんにはデリカシーが足りません」
「――さぁ、いくぞ。この先に次のアンカーポイントがあるはずだ。確か近くにお助け用の宝箱があって、そこにセット装備があるはずだ」
「え、本当ですか⁉ 早く! 早く行きましょうよっ!」
ぱぁぁっと表情を明るくしたショコラ。現金なやつだ。
彼女を引き連れて洞窟の奥へと足を運んだ。
「――ああ、そうだった」
「? どうしたんですか?」
ふと立ち止まった俺の後ろから、ショコラがひょっこり覗き込んできた。
「この先、洞窟を抜けた直後、アンカーポイントの前に〈ファイアドレイク〉という大きな燃え盛る火トカゲが待ち構えている。結構でかい奴だ。俺が相手をするが、何も装備していない上に
「絶対に顔を出しません」
ショコラの即答。
ここまでも一応そうして来たが、俺たちは基本的に役割分担をしている。
こんな浅い層にいるようなモンスターは圧倒して当然なのだが、時々ステージのギミックを絡めて攻めてくる敵もいる。そういう
「洞窟の中からディーゼルさんの格好いい雄姿を観戦していますね! がんばっ! ディーゼル! いけ、いけ、ディーゼル‼ レッツゴー、ディーゼル‼」
どこからともなく取り出したボンボンを振っていたショコラを見ていたら、ふと脳裏に閃く記憶があった。
「あ……いや、だめだ」
「え」
首を横に振った俺に、ショコラはボンボンをぽとりと落して表情を消した。
「今思い出したが、この洞窟はしばらくすると崩れる。中にいたら生き埋めになるから、やっぱり外に出ろ」
「で、でも顔を出すなって……」
「そうだな……作戦変更だ。俺が戦っている間、お前は逃げ回っていろ。お前、身軽だからなんとかなるだろ」
「えっ、ええ……なんとかって……」
「今からファイアドレイクの特徴を全部教える。全部記憶して完全回避しろ。ああ、あとな……あいつ、追い詰められると地面を焼いて火の海にしてくるから、そうなったらあとは運を天に任せて、どこかの木の上に登って
「そんなぁ……」
「まぁ、ここまで来ればショコラが火だるまになっても、俺一人で次のアンカーポイントまでは到達できるから、そうしたら復活させてやる。たとえ炭になっていても、死体さえあれば装備も落とさないから、あまり気構えずにとっとと死んでしまえ」
「い、嫌ッ! 嫌ですッ‼ ディーゼルさんは平気なのかもですけど……死ぬ時って、やっぱり死ぬほど苦しいんですからねッ⁉ 焼死ってこの世で最も苦しい死に方のひとつじゃないですか! 絶対死にませんッ‼」
「好きにしろ」
ショコラの抗議の声を背負って、洞窟を進んだ。
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