アイスフレンドXIV
ズゥン、と遠くで地響きのような音が聞こえ、壁や天井も揺れた。それが60階上の階層で起きた爆発だとこの場で知るのはスコーピオンだけだ。
鮮血が舞う。スコーピオンのナイフがアルトの頬を切り裂いた。狙いはアルトの頸動脈であったが、鋭くなった感覚が今度は彼を助けた。刃が肌に届きそうになった瞬間、身をそらし致命傷を避けたのだ。
だが、両者の均衡は崩れた。スコーピオンは勢いに乗じ、ナイフでの攻撃を連続する。その突きと薙ぎが繰り出すビートはテンポをみるみる上げていき、アルトは一層守勢に追い込まれる。しかし、その苛烈な攻撃が、アルトに届くことは一度たりともない。スコーピオンのすべての攻撃を捌き切れるだけの技術と体力をアルトは持っていた。そして、この攻撃を受け切った時に、自分に勝機が訪れることを知っていた。これこそがアルトの才能と、
スコーピオンは焦れる。攻めているのは自分のはずなのに、決定打を与えることが全くできない。どころか、逆に自分が追い詰められているかのよう感覚さえある。焦りは動きを単調にし、単調なリズムは、受けの動作を最適化させる。その時間の余裕が、アルトに最良のタイミングをもたらす。
スコーピオンが大振りの一撃のために右腕を引き切った瞬間、アルトの掌打がスコーピオンの腹を撃った。これはダメージを狙ったものではなく、事実、有効打にはなっていない。しかし、予想外のタイミングでの一撃にスコーピオンの身体は一瞬こわばった。
瞬間、アルトの爪先がスコーピオンの顎を蹴り上げる。強烈な一撃に視界は揺れ、膝から力が抜ける。耐えなければ、なんとか脚に力を込め、前のめりに倒れるのは免れたが、続く後ろ回し蹴りを防ぐ術はスコーピオンにはなかった。
鋼鉄の体が壁に叩きつけられる。コンクリートの壁は陥没し大きくヒビが入る。スコーピオンは呻きながらゆっくりと立ち上がった。
「クソ…ガキが…!」
なにか次の言葉を紡ごうとした瞬間に、スコーピオンの頭蓋は強靭な前足の一撃の前にあえなく粉砕された。
「
獣は怒りで満ちている。人間という種そのものに対する憎悪と、その下等生物に出し抜かれこんなところに監禁されたという屈辱を晴らさんと燃えたぎっている。
前に4人がかりで戦ったやつよりも大きく、強い個体だとアルトは感じ取っていた。いや、俺は前の戦いには参加しなかったようなもんだけども。単純に前の奴よりでかいし、しかもブチ切れてる。前のはもっと、猫科の動物のようなしなやかな体をもつ個体で、今回のはどちらかと言えば、ヒグマのような体躯の個体だった。
叩きつけた前足を壁から離し、
獣は止まる気配を見せない。目につくもの全てを惨殺せんとする勢いだ。
薙ぎ払う爪の一撃。
だが、どこまでかわし続けられる?アルトは考える。
とにかく連絡。≪アズサ、オレグ、
≪は?スコーピオンは?≫アズサからの真っ当な疑問。
≪死んだ。
≪全然わからないけど、ヤバい状態なのはわかった。けどこっちも取り込み中だ!もう少し耐えられる?≫
≪耐えられなきゃ死ぬだけだ——≫
「——やってみるさ」
「オレグ聞こえた!?向こうもヤバそうだ!」
飛びかかってくるガキをつかんで投げ飛ばす。間髪入れずに他のが飛んでくる。
それを躱して、アズサは構えを取った。飛び回ってるガキは投げ飛ばしたのと他にもう一人いる。こいつら、よだれ垂らして、凶暴なサルみたいに襲いかかってくる癖に、本能的に連携は取れているみたいだ。
「ホントにここにイスラはいない!?もう一回確認!」部屋の奥にいるオレグに向かって叫んだ。
この部屋にいる20人くらいの子どもたちは、ほとんどがぐったりして床に倒れ伏している。レッドアイスの
投げ飛ばした方のやつが思い切り振り増してきた腕を、蹴りで迎撃する。明らかに折れたはずの腕を、全く気にすることもなくさらに振り回してきた。痛みを感じなくなるというのは、確かにレッドアイスを服用した際の効果に似ていた。
「いない!ここにはイスラはいない…!」オレグがそう返した。
「分かった!なら——」
廻し蹴りで顎を蹴り抜くと、骨折した腕を振り回してきたガキも、ようやく意識を手放して膝から崩れ落ちた。こいつら止めるには気絶させて、無力化するしかない。
「——オレグは離脱して!
「わ、わかった…。アズサ、死ぬなよ!」
オレグが部屋の出口に向かって走りだす。それに気を取られたもう一人のガキを、アズサは後ろから押し倒す。そのまま裸締めで首を締め上げた。ガキは腕を掻きむしって抵抗するが、次第に力は抜け、完全に気を失った。
「ふぅー…、なんとかなった」
一息ついて、周りを見渡す。ここにいる子供たち全員が、誰かの狂った実験の被害者か。つくづく反吐の出る光景だ。目を瞑って、大きく息を吐く。怒りを鎮めて、冷静になろうと努めた。
顔を上げて、目の前の光景の写真を撮って、ローガンやカタリーナ達にメッセージ付きで共有しておいた。これでなんとかしてくれるだろう。
アルトと一緒に戦い始めてから、この国の闇に触れることが多くなった。この街で生まれ育って、クソ野郎には山ほど会ってきた。けれど、そんな経験を遥かに超えてくるような腐った奴らが存在する。そんな奴らのことは考えるのもアズサは嫌だった。
同時に少し興奮もしていた。闇に近づけば近づくほど、行方不明になった父に近づいている気がする。アルトに会ってから今までにないほど人生が進んでいるような感覚を覚えていた。
「よし、行くか」
部屋に入る時にぶちのめした見張りのドロイドから手錠を拝借し、そのドロイドと暴れ回っていたガキ二人を拘束してから、アズサは駆け足でアルトのもとに向かっていった。
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