アイスフレンドⅨ

 何をするにしても銃が要る。力のないものはこの街では生き残れない。そして武術の心得のない俺には、銃のみが頼ることのできる力だ。

 けれど、このまま何の考えもなしに突き進んでいいのだろうか?計画も意思もない力はただの暴力だ。暴力はただ、より強い暴力に飲み込まれるのみ。葛藤し、答えも出ないまま、俺はアルトの部屋に忍び込んでいた。

 「確か、まだ部屋に持ってるって言ってたはずだ…」

 アルトがちょっと前の仕事で賞金首ターゲットから奪った改造ショットガン、それが短時間で俺が用意できる一番の暴力だ。アレがあれば、もしかしたら、あの娘を…。

 探し求めていたものは、何の気なしにクローゼットの中に置かれていた。アイツにとっては別に隠すような価値のあるものでもないんだ。ひどく緊張しながら、そのショットガンに手をかけた。

 「何してんの?オレグ」

 不意に声をかけられて、振り返る。入り口のドアのところに、アズサとアルトが立っていた。

 「あ…いや、その」

 「ここはアンタの部屋じゃないでしょ。何してんのって」アズサが呆れた顔で言う。それを言うならお前も何してんだ。ここはアルトとイザークの部屋だろ…なんて、反論ができるほど図太い人間ではなかった。

 「オレグ、いまさら不法侵入がどうとかは言わない」アズサの後ろに立っているアルトが言う。「ていうか、普段から皆んな好きな部屋に好き勝手に入ってるしな…、俺が言いたいのは、そんな思い詰めた顔をして俺の部屋から銃を持っていこうとするなら、何があったか話してほしいってことだ」

 「アルト…」俺は涙声になっていたかもしれない。こんな少しの優しさを見せられただけでも、俺はすでに膝を折りそうになっていた。

 アズサがすぐそばまできて、俺の手からショットガンを取り上げた。抵抗する気もなかった。

 「とりあえず下までおりましょう。何があったか、聞かせてくれるよね?」

 アズサは俺たちのリーダーだ。女の子だけど、一番強くて、一番勇気があって、多分、一番頭もいい。少し悔しいが、彼女に諭されて断る理由はなかった。

 俺が頷くと、アズサも頷き返した。

 「じゃ、行くよ」アズサとアルトが踵を返して部屋を出て行く。俺はそれに着いていく。

 「ていうかアンタもさっさと処分しなよこんなもの」

 「するつもりだったよ。フリッツにも連絡したんだけど、最近忙しいみたいで――」



 「なるほどね。その娼婦の子に入れあげて、助けたいけど手段がないってことか。そら、相談しにくいね」うるさいな。アズサはデリカシーがないんだ。

 平日の昼過ぎはアパートのエントランスにはほとんど誰もいない。みんな仕事をしたり職業訓練学校に行ってたりする。

 「アルト、ゼブラホテルってわかる?」アズサが隣に座るアルトに聞いた。俺たちは、この間、ローガンに出したお菓子のあまりを食べながら話していた。

 「見たことはある。キザシの近くにあるやつだろ?入ったことはないけど」

 「うん…、私も入ったことない。でも高級ホテルってそういう…売春とか、入るの断られると思うんだけどな、そういう見た目の子は」

 「ロビーで待ち合わせに使ってるだけかも、わからないけど」二人は議論を進めている。

 「オレグ、その娘には連絡はつかないの?」アズサが不意に尋ねてきた。

 「あ、ああ」突然だったので少し口籠ってしまった。「喧嘩してから何度かメッセージを飛ばしたけど、連絡はついてない」

 「そっか…その娘の部屋からアイスも見つけたんなら、やっぱり師匠か、カタリーナに相談した方が良さそうだよね」

 「オレグ、言っても大丈夫か?ローガンとカタリーナに」

 アリサとアルトが、俺にそう尋ねる。即答できずに下を向いた。…ここで自分のプライドを優先させてなんになる。この二人に全てを話した時点でもう腹は括ってるはずだろ。自分にそう言い聞かせて顔を上げた。

 「頼むよ」

 「了解、今送った」アルトが言った。

 「ありがとう、じゃあこっちはこっちで彼女の手がかりを探しておこう。オレグ、何か他に情報はない?」アズサが聞いてきた。

 「ある…実は」

 「あるんかい、早く言いなさいよ」

 「イスラのスケジュール、一部共有してたから分かるんだ。はっきりと書いてはなかったけど、彼女、多分、明日またゼブラホテルに行く」

 「明日!?」二人が声を揃えて驚いた。「早」アルトは一言付け足した。

 「じゃあ、急いで準備しなきゃだな。行こうぜ、オレグ」アルトが椅子から立ち上がりながら言った。

 「行くって、どこに?」

 「武器を買いにだよ。あとは携帯用のバリアも。ちっちゃいハンドガンがいいな、服の中に隠しやすそうな感じの」

 「こ、このショットガンじゃダメなのか?」俺はクローゼットの中を指さした。

 「銃に慣れてない人が、そのサイズを扱うのは無理だ。俺にだって無理だよ。戦うのは俺たちがやるからさ、オレグの持つ銃は護身用と割り切ったほうがいい」

 「そうなのか…」——ていうか、「た、戦うのか?イスラを買ってる連中を、その、殺して…、彼女を助けるのか?」

 「殺しはしないよ」アルトがちょっと、悲しそうに笑う。「ぶちのめすだけ」

 「てか、あんたもその気じゃなかったの?わざわざ忍び込んで、そのショットガン盗もうとしてたんでしょ?」アズサが言った。

 「そうだけど、なんというか、実感が…、戦うしかないのか?イスラも無理やりそういうことをさせられているわけではなさそうだったし…」

 「薬が出てきちゃったからね、強引にでも介入したほうがいいよ」アズサが言い放つ。やっぱり、賞金稼ぎバウンティハンターとして普段から活動している二人は、いざというときの冷静さが違う。

 「大丈夫だよ、きっと何とかなる。俺が保証するよ」

 アルトが俺の肩をたたく。つばを飲み込むその音が、二人にも聞こえそうなくらい大きく響いた気がした。

 「わかった、行こう」

 覚悟を決めて、俺は立ち上がった。

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