第10話 ドール(人形)
ドール(人形)08・02・2021
三崎伸太郎
私は時々ジョギングをする。
数年前のこと、寒い日だった。私は、いつものようにいつものジョギング・コースを軽く走っていた。二三十分も走った頃、歩道の木のそばに子供の玩具が捨ててあった。この場合アメリカでは、お好きなようにお持ち帰りくださいと言う事になる。数個のガラクタと子供の玩具だ。
大きなドール・ハウスと調度品、それに二、三十センチほどのドール(人形)が置かれていた。人形は裸だった。私は、走るスピードを落として人形を見た。彼女は手を差し伸べる姿勢で路上に横たわっている。持って帰るわけにも行かないので、誰かが拾うだろうとそのままにしていた。家に戻っても、なぜか人形が気になっていた。裸では寒いだろうなと思った。次の日の日曜日、私は再びジョギングをすることにした。若し、裸の人形があのままだったら、何かを被せてやろうと思った。丁度、足のサポートに使おうと置いていた暖かそうな衣服の腕の部分がある。私は、それを半ズボンのポケットに入れるとジョギングに出かけた。相変わらず寒い。12月だ。もう少しでクリスマス。
人形のいた家の前まであと少し。私は、人形が誰かに拾われて暖かい家に居ることを願っていた。ドール・ハウス等、他の玩具はなくなっていたが人形は土の上に転がらされて、以前と同じように空に手を伸べている姿勢だった。
私は、なぜか見過ごすと数メートル先まで走っていた。まだ、誰かが人形を拾うかもしれないとためらっている。しかし、私はジョキングの走りを止め、人形のもとに引き返した。人形は、私に手を差し伸べていた。
「とにかく、裸では寒いだろうから」と、私はポケットより衣服の腕の部分を取り出した。
人形を抱えると、衣服を彼女に着せた。
「どうだい?少しは暖かいと思うけど」私は心の中で人形に言った。
「ありがとう」声が聞こえた。
「?」私は空耳かと思った。
「あたたかいわ・・・」間違いなく若い女性の声だ。私は辺りを見渡した。近くに子供でもいるのかもしれない。
辺りには誰もいなかった。鳥の鳴き声が聞こえた。
私は手にしている人形を見た。人形は私を見ている。
「君・・・しゃべれの?」
「ええ、あなたの心を借りて話しているの」
「そうなのかあ・・・よかった。捨てられていたので、心配したんだよ」
「だいじょうぶよ。私を木に立てかけて」私は、衣服の腕の部分にくるまった人形を近くの木の根元に立てかけた。
「これで、良いかなあ・・・?」私は不本意だった。出来れば、人形をもって帰ろうとさえ思った。
「幸せだわ」と、人形が言った。
「幸せ? 君は人間に捨てられていたんだぜ」
「楽しかったから、それだけで十分なの」
「・・・ぼくの家に来るかい?」私は、人形に聞いた。「ありがとう。でも、私は、ここにいなくては」
「どうしてだい? 寒いし、それにゴミ箱なんかに捨てられるかも知れないよ」
「わたし、友達に“さよなら”がしたいの」
「友達だって?」
「私の持主の女の子」と人形は言った。持主の女の子、目の前にある家の子供だろう。
「君は、すてられたんだぜ」
「私を捨てたのは彼女のママよ」
「そうか・・・わかった。明日も走って君を見に来るよ。心配ない」
人形は黙って微笑んだ。
次の日の朝、私は寒い家の外に飛び出してジョギングを始めた。人形を拾って来ようと思っていた。はく息が白くにごる。軽く走っていたが身体が暖かくなると、少しスピードを上げた。早く人形のいる場所に着きたかった。
遠くから歩道の傍に立つ大木の根元を見た。何もないように見える。私は頭の中で色々考えているがまとまりがつかない。
木の近くまで来ると走るのを止めて辺りを見渡した。何もない。人形は持主の女の子のもとに帰ったのだろうか。それとも誰かに拾われたのだろうか。昨日、もって帰ればよかったと少し後悔した。
私は、人形を思いながら再び走り始めた。
その日から半年が過ぎ、息子が婚約者を連れて家に帰ってきた。
私は、玄関で息子の脇に立つ女性を見て(アッ)と内心で叫んた。
人形にそっくりな女性が微笑んで私を見た。
おわり 08042021
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