証命写真
御子柴 流歌
証命写真 〜ポジフィルム〜
事例A: 男子大学生のケース
実家の近くになら子供の頃に親に連れられて行った写真館あたりが候補になりそうだが、今住んでいるこの街にそのようなものがあるかどうかなんて調べたことなんかない。
いろんなところにあるような気がしていた証明写真機だって、案外見当たらない物だった。
雄二がようやくその機械を見つけられたのは、家を出てから二十分後。
ここにならあるだろう、といつも使っているスーパーと比べて少し遠いところにある大型スーパーの、その南側の入り口付近だった。
駐輪場に赤いクロスバイクを停めてエントランスへと向かう。
少し息が上がっている自分にちょっとだけショックを受けながら、よく見れば入り口のすぐそばには銀行ATMとともに、写真のプリントをしてくれるショップがあった。
あまりこちらの方にまで足を運ぶことが無かったから、気がつかなかったのだろう。
「ん? なんだこれ?」
誰に伝えるわけでもないのに、雄二は思わず声を出した。
「……こういう機械って、こういう色だっけ?」
雄二がこんなにも警戒した動きで機械を見ているのも無理はない。
それは見るからに『警戒色』。
自然界で言えば、毒を持ったカエルあたりがこんな色をしているだろう。
機械の表面をしばらく眺めていた雄二は、それでも小さく書かれていた文字に目を引かれた。
――『新開発のAIを搭載した、新感覚証明写真撮影』
「新感覚、って」
――公的書類に使うようなものに新感覚もあったもんかよ。
雄二は内心、本当に小さく毒づいた。
それでも、割と新しいモノが好きなところがある雄二は、そんな宣伝文句に心惹かれてしまう。
いきなり目についてしまった宣伝文句のそばには、通常通りの証明写真機につけられているのとあまり変わらない説明書きがあった。
値段についても、おそらく相場通りか少し高くなっている程度。
少なくとも損はしなさそうな雰囲気ではった。
「……まぁ、いいか」
独り言をこぼしながら、彼は撮影ブースの中に入る。
それもそうだ。
自転車でしばらく走ってようやく見つけたモノだ。
あまりにも毒々しい見た目をしているのは事実だが、これを逃して一般的な機械をまた探すとなればいつ見つかるかわかったものではない。
運が悪ければ自分の走って行く方向にはひとつもないかもしれないわけだ。
なによりも、せっかくの休みの日である。
そんなに無茶なことはしたくないのが本音だった。
中に入ると早速代金の催促である。
雄二は、へいへい、と苦笑いしながら所定の金額を入金口に突っ込む。
正面のモニタがミラーモードに切り替わる。
自転車で走ってきたせいで、少し長くなり始めた前髪が完全にオールバックのようになってしまっていた。
櫛の類いでも持ってくればよかった、と若干後悔しながら、彼は手櫛でなんとか自分のセッティングを終えた。
代金を催促してきた機械は、彼が髪を整えている間もずっと自分のセッティングをするように言い続けていた。
なんとなくゲームセンターにいるような気分になるな、などと思いながらタッチパネルを見ると、それよりはいくらか真面目な選択項目が並んでいた。
現像するときのサイズだったり、背景色の設定だったりと、普通の項目が並んでいる中、彼はあまり見たことの無いような設定が入ってくる。
「何だよ、美白効果って」
レフ板を使ったような効果をさらに強くして、写真集にでも追加するのかというような写真の仕上げにしてくれるらしい。
さすがにこれはいらないなと思いながらも次の項目を見れば、雄二は我慢できずに噴き出してしまった。
「さすがに目を大きくする効果はダメだろ」
そういうスマホアプリはあるけれど、あれは遊びの範疇だから許されるんであって――などと思ったモノの、そこまではっちゃけたタイプの品質ではなかった。
自分の顔に対してサンプル的に処理をさせてみたものの、そこまで激烈に変化するわけでもなかった。
――だからといって、これも追加する気にはならないな。
雄二は鼻で笑いながら次の項目をチェックする――。
「……んん?」
華々しく『NEW!』と彩られたその項目は、おそらく
二極に割り振った選択項目で、デフォルトならばそのどちらでもない状態になるらしい。
その項目名は、『若々しく or 大人っぽく』だった。
どういうことかと思いつつ説明文を見れば、新開発の技術で撮られた人の少し若返った写真、あるいは大人っぽい雰囲気になった写真に仕上げることができる、ということだった。
「これは……、サンプルは出せないのか」
残念そうに雄二は言う。
――少し、興味があるらしかった。
「……まぁ、『若々しく』にしてみるか」
サービス業のバイトの面接だ、少しくらい元気そうに見える方が良いだろう、なんて深層心理がそうさせるのか。
彼はほんの少しだけ、数値にして『2』ほど、タッチパネルに表示されているレバーを『若々しく』写してくれる方向に移動させた。
「よし」
決定ボタンを押しながら、軽めに深呼吸をする。
撮影までのカウントダウンに合わせて、もう一度自分の髪を整える。
――フラッシュ。
――フラッシュ。
合成音声の『お疲れ様でした』に合わせて、またもうひとつ、今度は先よりも深く呼吸をする。
「……ぁん?」
息を吐ききったところで、正面にあるモニターに視線を向けて、雄二は疑問に満ちた声を漏らした。
現像完了までの時間がカウントダウンされていく、その表示の少し下だ。
「何だ? 『ご協力ありがとうございました』って」
何かに協力した覚えは特に無いような気がする――いや、違う。
もしかして、と雄二は思う。
新開発のAIを使用した技術を使うことが、もしかすると『協力』なのかもしれない。
「……ま、いいか」
彼はとくに深くは考えない性格だった。
傍らに置いたままだった財布をボディバックに突っ込み、撮影機の外ヘ出る。
モニターに表示された時間通りに、取り出し口から写真が出てきた。
「……ん?」
取り出した写真を見て、暫し雄二は悩む。
――これ、どの辺が若々しいんだ?
たしかに、頬周りの肉感的なモノは抑えられているような雰囲気はある。
差し当たって高校時代、バレーボールに情熱を注いでいたバレーボール部員だった頃の締まり具合には近い印象はあった。
「まぁ、でも、こんなもんか」
証明写真機の中には、どう足掻いても逮捕直後みたいな顔にしか写してくれないような機械もあると聞く。
そういえば、父親が免許の更新で撮ったヤツがとんでもない悪人面だったと嘆いていたことを思い出す。
それなんかと比べれば幾分かまともに見える。
ならばあれやこれやと文句を付けるのは野暮かもしれなかった。
それにしても、もう少し運動強度を上げた方が良いんだろうか。
そんなことを思いながら、雄二は自宅へと再びクロスバイクを走らせた。
――ちなみに彼が、自分のスマホで撮った写真データをコンビニに持って行けば現像ができるということを知ることになるのは、すべての作業が終わってからのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます