第76話【森根サチは失禁する程の衝撃を受けた……雷は反則だと思います。これでもメインキャラなのに扱いがあんまりな事に抗議したいんですけど!!】

 学校から教室へ向かうまでの間、サチとすれ違う生徒は皆それぞれ同じような反応をした。それは好奇心や嫌悪や嫉妬などが上がるんじゃないだろうか?


 学校という箱庭の中でサチほど自由を与えられている人間はおらず、あまりにも他の生徒との扱いの差にそういった女子の劣等感を煽っている。主な理由として頭髪の自由・外出許可・授業の参加免除があげられていた。


 廊下で立ち話をしている3人の女子生徒はサチを見るなり、目を細めて声を大きくしながら世間話を始めた。


「何で森根さん学校来るんだろうね?」


「「確かに!」」


「あの髪色ありえなくない? 何で先生、注意しないの?」


「ずるいよねぇ、私達は頭髪検査だって毎回受けてるのにさぁ」


「それに何時もニコニコしてて気持ち悪い」


「自分が周りにどう思われてるのか気付いてないんじゃない?」


「男に可愛く見られたいだけでしょ」


 サチに向けられる生徒たちの誹謗中傷はまるで何処吹く風。聞こえていないと言えば嘘になるが、気にするほどの事でもない。自由を放棄している人間が自由を得る努力をしない事に対して嫉んでいるだけ。


(自分たちは髪を染める勇気すら無いのに、好き勝手言っちゃってぇ~声かけちゃお!)


「おはよぉ! 何話してたのぉ? 私、すごい興味あるなぁ」


 不敵な笑みを浮かべて3人の元へと足を運び、サチは仁王立ちする。


 まさかサチに声をかけられるとは思っていなかった3人は間が悪そうな表情を浮かべながら、それらしい言い訳を口にしてサチから距離を取る。不敵な笑みがサチの不気味さを最大限に高めており、本能的に距離を取ることを選んだ。


「ぁあ~、何でもないよぉ」


「もうそろそろ教室に行こう? 森根さん、失礼するね」


「そうだね……ごめんね! 森根さん」


 スタスタと教室に戻っていく3人を眺めながら廊下で1人、欠伸交じりに空を見上げる。酷く退屈そうな表情が窓ガラスに反射して薄っすらと自分の顔が視線に入る。


 これじゃ、声をかけた意味がない。


(つまらない……悪口を続けてくれた方が何倍も嬉しいのに)


 サチがこんな扱いを周りから受けるのには理由がいくつかある。高校を入学してすぐに大学入学資格検定『大検』に合格し、そのまま高校2年に上がる手前でセンター試験を受けて一流大学に合格。(まぁ、蹴ったけど)プログラミング技術による複数の大手企業との合同開発によるマスコミの影響。(お父さんの伝手で少しだけ手伝っただけだけど)入学希望者の人数をたった一年で倍にした天才少女(偶然だよぉ)――しかしその裏で学校の裏サイトを作成して多くの教師や生徒の弱みを餌に、時々小さな遊びもしていた。


(あぁ、最高に面白かったなぁ)


 数々の問題を起こしながらも将来有望な生徒であるサチを退学にさせる事は出来ず、学校側としては授業の免除を申請する形で森根サチという宝石爆弾を処理しようとしたのだが、それも失敗。


 なぜなら毎日しっかり学校に来ちゃうんだもん。授業の免除を理由に家に引きこもって静かに卒業してほしいという学校側の考えを無視している。退学させたところで高校の卒業証明書と同価値の資格を持っているサチにとっては痛くも痒くもない。


 そんなサチに牙を立てた人間の中には、耐えきれずに学校を辞めた生徒や教師もいる。


 ネットを使ったサチへの悪口を書けば、次の日にはその人間の家はお祭り騒ぎになっている。大炎上した挙句に暴力を振るわれた生徒や教師がいたとか……サチが知る事ではない。喧嘩を売られたから楽しくなってやっちゃった♪ 程度の感覚である。


 ――つまりこの女には関わらない方が良い。それがこの学校の暗黙の了解。


 サチが教室に入ればクラスの空気が変わる。それが楽しくてしょうがない。その後、退屈なホームルームが終わり、授業が始まる。先生以上に視線を集めてしまうサチは退屈そうに授業を、進級した3年生の教室を眺めながら黒板に書かれた誤字脱字を見て、そのままノートに写す。


 黄色で塗られた誤字を見ながら(ここはテストで出るよねぇ)などと考えながら、退屈な授業を自分の中で少しでも面白い物に変えていく。穢れを知らない受験生の鏡とも言うべき授業風景が映し出されているが、異物が混入したように現代文の授業を聞きながら2年の最後に出された課題を片っ端から片付ける。


 そのままチクタクと時間が進んでいき、サチは4限が終わる頃にはしっかりと片付けられた課題を片手に職員室へと向かう。登校初日に提出する予定の課題だが、最後の最後まで残しておくのは、ケーキのいちごを最後まで取っておくタイプだから?


 職員室の前で訝しげに「お前はやらなくてもいいんだぞ?」などという先生を「ダメですよ。浮気性の先生っち! 嫁さんとは上手く行ってますか?」などと茶化しながら、職員室を後にする。殺気のこもった先生の視線は背中が震えあがるほど真っ黒だ。


(そろそろ殺されちゃうかも!)


 その後、やる事もやってテコテコと学校を後にして向かう先は焼肉屋。学校から数十分ほど歩いた先にある安くも高くもないチェーン店に駆け込み、瞳をキラキラしながらカウンター席に座る。


 食べ放題メニューを眺めながら、おじさんから頂いた万札でおいしい肉を満面の笑みで、まるでデザートをたしなむ侯爵令嬢の様に眺めている。そして網の上で焼かれる肉はパチパチと弾けるように脂が乗っており、丁寧に焼かれた肉をご飯と一緒に口へ運ぶ。


「お、おいひぃ~!」


 そこからは止まらない……カルビー、ロース、ハラミ、タン、豚バラ、ライス、ホルモン、卵スープなどなどを一通り制服姿で食べつくして、学校への苦情は確実な物となっていた。目立ちすぎる髪色は間違えなく生徒を特定するのに時間はかからない物的証拠だろう。


「ねぇねぇ、君……一人で焼肉とか寂しくない?」


「ぇ?」


(っ――誰だよ?)


 サチが焼き肉を食べていると後ろから声がかけられる。


 そこには数名の大学生? ぐらいのチャラチャラとした男達がテーブル席で盛り上がっており、お酒を飲んでいるのか少しだけアルコールの匂いが鼻を刺激した。その中の1人がサチに近づき声をかけた感じだ。


「ぁ、ん~おいしいから問題なしだよ!」


「そう? でも俺らといた方がもっと楽しいと思うんだけどさぁ。どうよ!? これから一緒に? ここは俺達が奢るからさ」


「ブフゥ! ――えぇ! 本当にいいの!?」


「OK、可愛い子なら全然OKだから。バリバリバイトでブンブンだからさ、こういう時のために金を稼ぐのが男しょ!?」


「はは、意味わかんないよぉ」


「マジで!? まぁ、こっち来なよ!」


「オッケー!」


(うわぁ~ナンパされちゃったよぉ。でもこういうのも全然ありだね! 高校生にナンパとかなかなかセンスあるロリコンじゃん!!)


「女子高生ナンパしてきちゃった! 俺らのおごりで!!」


「「「「ナイスゥ!!」」」」


「よろしくね! お兄さん!!」


 その後はパーリーピーポー……だった……途中まではね。カラオケにボーリングにゲームセンター……そのままお酒は飲めないけど海鮮系の居酒屋にも行った。


 それも全てタダで!!


 大学生の人たちはみんなテンションが高くて、話していてとても面白かった。


 しかし、ホテルに行きたいと一人の男が言い出したので「私を優しく守ってくれますか……?」と可愛らしい声で言ったら「全然余裕だから」と言うもんだから、試しに近くにあるヤンキーのバイクを蹴り飛ばしてその場で大喧嘩が始まる。もしも私を本当に守ってくれるなら付いていくのもありだと思ったのに、ボコボコにされちゃうからそそくさと逃げ帰ってきてしまった。


(まぁ、結果は分かってたけどさ。愛の力が限界を超えるってアニメや漫画でよく見たし……試してみたくなるよね?)


 面白い大学生の人達は、最後まで面白かった。めでたしめでたし! 次に会う事があったらキスぐらいならしてあげてもいいかな。


「ふぅ~今日も最高に楽しい一日だったぁ……」


 家に着いた頃には夕暮れを過ぎており、リビングのソファーに腰を掛けてバッグを雑に投げ捨てると同時に窓の外を眺める。徐々に明るさを失っていく空を眺めるのは嫌いじゃない。しかしこの空を見ていると自分を鏡写しで眺めるように憂鬱な気持ちになる。


 楽しい……それは間違ってない。ほんの少しの物足りなさを感じながらも、今に満足している自分と、満足しきれていない自分がいる。それは、ふと……一人きりの静かなリビングに来ると時々考えてしまう習慣だ。


 ――スリリングな体験をした。ナンパされ、もしかしたら体を相手に譲り渡す可能性だってあった訳で、そのギリギリが最も楽しいと感じていた。いや、おじさんの時もそうだが知らない男に体を譲り渡す気は無い。が、自分の定めるルールで負ければ……罰ゲームとしてありだと考えている自分もいる。


 平等であるがゆえに、相手だけにリスクを負わせる気は無い。それはサチの決めたルールに寄るし、負けても相手に必ずプラスがあるとは限らない訳だが。それでもお互いにウィンウィンな内容にしている気がする。


「まだ足りない。――本気のゲームがしたいなぁ」


 そんなことを考えていると『ピンポーン……ピンポーン!』インターホンがリビングに鳴り響き、その画面にはトラックを背景に宅配便だと分かる猫マークの帽子をかぶっていた。


「ん? っは!?」


 ポチ……


「はい! 森根ですが!」


「宅急便でーす」


「は~い! 今行きまーす」


 予約していた電子機器か? それとも新しいラブコメゲームか? ワクワクしながらスキップ交じりにサチは玄関のドアを開ける。親切そうなお兄さんはすでにトラックから荷物を取り出し始めていた。しかしトラックから出てきた箱はどう見ても電子機器やゲームのサイズでは無く……何か棒状の様な物が入った縦長の箱。


 訳も分からず、とりあえずその荷物を受け取り……それが自分宛ての品である事を確認して箱の中を雑に破り開けた。玄関が紙で散らかるが、それ以上に中身が気になったのだから仕方がない。


(ん? ――何かの景品でも当たったのかなぁ?)


 ビリビリ……ビリビリ……ビリビリ……スゥー。


「うぉ! なに? この高そうな木箱……すっご!」


 そこに入っていたのは自分の脇腹辺りまである縦長の木箱――その中心にはスクリーントーンで貼られた円のマークが記載されている。いや、正確には円の縦横に小さな隙間が空いており、まるで円を四つに分けたような『四重螺旋構造』の様な形をしたマークだ。


 その木箱を開けると、中には『刀』が入っていた。


「何……? これ? 刀」


(待って、心の準備が必要。ここまで最高に意味不明な状況は初めてだよ。トイレ行きたい――ワクワク過ぎて失禁しそう…………っぁ!)


 ※これはあくまでサチの妄想です。


 玄関で一人、刀をまじまじと眺めながら重みや作り込みから本物だとすぐに分かった。鞘に刻まれた、本来なら刀の刀身に映るはずのはもん。それが不自然に焼けたように浮き出ている。柄巻は雷を連想させるように黄色い布のようなもので巻かれており、どこの職人が作った物なのか分からない。


 その箱には『ゾンビと人を殺せる武器――雷切です』と書かれた一通の手紙。


 その刀の名は【雷切】――別の世界で森根サチが無理ゲーで使っていた武器であり、攻略者達が持つ武器の中で頂点に君臨する破壊力を誇り……扱いがとても難しい。


 サチがその刀を鞘から少し、刃を出した瞬間。


 バチ!!


 部屋中の電気が一瞬で消えて、刀の刀身が不規則に雷を帯びている。真っ暗になった森根家を眺めながら、何が何だか分からない。いきなりのあり得ない出来事に頭が追い付いていないのだ。


「えぇ!? ちょ、何これ、ナニコレ、なにこれ!?」


 その数秒後――雷撃が天高くから森根サチの家に落下し、天井を突き破ってサチは泡を吹きながら気絶する。それは雷の巨大な音、部屋が壊れる衝撃、スタンガンレベルの電撃による瞬間的な脳の勘違いによるショック死寸前の失禁。家の天井は超電磁砲にでも打たれたように円形に天井を突き破っており、周囲がバチバチと目に見える形でサチを包み込んでいた。

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