第71話【無理ゲー攻略者の集い】

【《約1年半前》9月15日(火曜日)/10時15分】


 この日――熱意リョウは退院した。


 松葉杖を突きながらリョウはほぼ完治している足を宙に浮かせて約1ヶ月ぶりの空気を吸っていた。桜井ナナが死んでから半月と少し、そして自身が自殺しようとした日から10日後――整理は付いていない。しかし目的を作る事は出来た。


 やらかしてしまった日は自殺を考えたが、今考えるとなぜあんな事をしたのか分からない。医者によると過度なストレスによるうつ病――感情や精神に対して何でも都合のいい病名を付けるもんだと、少しばかり感心した。


 そして少し時間が経てば何もなかったかのように落ち着けたのだが、それと同時に嫌なしこりが残ってしまい――心臓が痛く、背筋に感じる寒気が抜けないのは確かだ。取り返しがつかない事をやらかして心臓が軽くなる様な重くなる様な、曖昧なジェットコースターに乗り続けているような気分。


 希望が見えたのはナナの日記に書かれていた『私はやっと東京に到着』の一文である。この矛盾にしばらくの間気付くことは出来なかったが、ロノウェでゲームを始めた時に映った画面は街並みから東京だと確信できた。


 ――このゲームは誰も東京に到着した者はいない。っとネットでは書かれているのに。


 ロノウェやリアは間違えなく東京にいた。そして桜井ナナが持っていた謎の資料には、ネットには書かれているはずのない中ボスの弱点が全て詳細に書かれた攻略本の様になっている。あるはずのない物がここにある……それはリョウにとっては救いの光だ。


 オンラインゲームと言う大量のユーザーがいるゲームでリアと言うキャラクターを探すことはほぼ不可能だが、これだけ難易度の高いゲームなら東京に到着したキャラクターはそこまで多くないはずだと考え、東京にさえ到着できればナナと親しかったリアと言うキャラクターに会えると考えた。


 そして東京に行く為の攻略本は俺の手元にある。


「はぁ、ナナ……お前はもしかするとすごい奴なのか?」


 それと同時に病院の出入り口から感じる冷たい視線――それがアヤセから向けられたものだと理解する。あれだけいろいろとお世話になった挙句に自殺を考えた……もう目を合わせる事も出来ない。土下座して詫びろと言われれば喜んで出来る自信があるぐらいだ。


 互いに死んだ魚の様な目をしているが、熱意リョウと花桐アヤセに違いがあるとすれば、明確な目的があるかないか。


「熱意……さん。――仕事、辞めようかな」


 次の日からアヤセは仕事に来なくなり、リョウは無理ゲー攻略を始める。それぞれの選択はいずれ思わぬ形で絡み合う事になるのだが、それはもう少し未来の話。


■□■□


【5月5日(水曜日)/13時25分】


 ゴールデンウイークと言う貴重な休日に、熱意リョウは無理ゲーをクリアした5人で集まる連絡を受け、仕方ないと言わんばかりに東京へ向かった。無理ゲーをプレイしている間に全員と連絡先の交換をしていたため、集まるのは簡単だ。


 喫茶店の中で集合だったはずなのだが、入り口の前でスマートフォンの地図を見ながら歩いており、不注意で3人同時に体がぶつかり合って倒れ込んでしまった。なかなかのミラクルに笑みが漏れる。それが無理ゲーを攻略した【森根サチ】と【道徳カイト】だった事に驚いて、店に入るのを忘れてその場で喋り込んでいる状態だ。


 しかしリョウの本命は他にあり、キャラクターネーム【リア】――本名【天能リア】とリアルでやり取りが出来る事だ。桜井ナナがどんな人間だったのか、そしてロノウェのキャラクターを勝手に使った事やナナの相談に乗ってくれたことに対しての感謝……ネットの中では口にしているが、しっかりとした形ではまだに伝えられていない。


 ――やっとここまで来た。大切な話をリアルでするのに2年近く……随分と笑えない遠回りをした。ナナが聞いたら羨ましがるに違いない。


 ほんの少しだけ肩の力が抜けたのを感じる。


「どうしたの? りょうっち……元気無さそうだけど!?」


「体調が良くないんですか?」


心配そうにカイトとサチが声をかけてくれるが、苦笑いをしながら誤魔化した。


「あぁ、大丈夫大丈夫! ちょっと好きな子の事考えてたんだよ」


 不敵な笑みを浮かべながらサチがその話に食いつくが、それを華麗に流してそれぞれに視線を向けた。


 サッチーと言うプレイヤーネームでゲームをプレイしていた【森根サチ】――緑色の髪に短いダメージショートパンツ。そしてズボンを覆いつくすほど丈が長いアルファベットが並んだ白いTシャツを着ており、右肩から素肌を見せていた。そしてその上にチャックを開けた迷彩柄のパーカーを同じように右肩をさらけ出す様に着ている。首元には変わったデザインのヘッドホンが付いており、どこかロックを感じさせる見た目をしていた。ギターでも持っていれば、それだけでバンドマンと勘違いされそうだ。


 そしてもう一人はカイトと言うプレイヤーネームでゲームをプレイしていた【道徳カイト】――深い青色の髪に青色のYシャツ、上着に黒色のジャケットを着ており、黒いチノパンはシンプルな秀才を彷彿とさせる。眼鏡を付けているからだろうか?


 そして道徳カイトが今回の話し合いの中心と言わざるをえない。今回集まった理由は、オブ・ザ・デッドを攻略したのはいいが、ラスボスに挑んだのは10名――しかしクリアしたのは俺を含めて天能リア・道徳カイト・森根サチ・そして天能リアを越えて最短で東京にたどり着いた信条シンヤ、合計5000万円である。


 そして残りの5名に1000万円ずつの賞金が出なかったことが原因だ。


 道徳カイトはプレイヤーネーム【バルベラ】とリアルで知り合ったらしく、そこからクリア出来なかった5名がカイトを経由して賞金の山分けを要求してきた。それぞれの言い分は予想が付くと思うが、どちらも譲れない感じでギスギスしている。


 それが今回集まった全容である。


「ぶっちゃけどうよ!? お金の件――渡す気ある? 私は無いよ……ドロップアイテムは個人の物だからね~リョウっちとカイトっちの考えが聞きたいな」


「僕も渡す気はありません。途中で死んだのですから自業自得です。リョウさんはどうですか? あんまり賞金に執着するようには見えませんが」


「俺は良く分からん……まぁ、この賞金は使うべきところで使いたいから、渡したくないのが本音だな。大金だし、喜んで渡せるほど人がいい訳じゃない」


 サチ・カイト・リョウはやはり賞金は渡したくないらしく、それぞれが冷たい表情を浮かべながらも、つまらない話を始めたとサチが苦笑いを浮かべながら冗談で誤魔化す。


「それよりリアっちとシンヤっちに早く会いたいねぇ~どっちも美少女と予想」


 シンヤはロベルト言うキャラクターネームでネカマプレイをしていたため、カイトとサチは信条シンヤが女だと思っている。そしてロベルトは中々の美少女キャラであり、それぞれがシンヤとリアに期待の眼差しを送っていた。


「シンヤさんはリアルでも可愛いと思います!! ネットで何度か会話しましたけど、喋り方が可愛らしくて今日はシンヤさんに会うために来たのが半分以上ですね」


 カイトはオブ・ザ・デッドの中でロベルト――つまりシンヤの可愛らしさが好きらしく、ずっとロベルトの話を続けていた。それを聞きながらリョウはフルネームが信条シンヤ、絶対に男だろ……などと思っているのだが、自分の口から夢を壊したくないので無言で押し通す。


「リアっちとシンヤっち、もう店の中にいるってさ! 連絡来たよ!! そろそろ店の中入ろう。リアっちは多分お嬢様みたいな人だと予想。シンヤっちは学園一の美少女って感じだね……確か学生って言ってたし!」


「シンヤさんとリアさん――一体、どんな美少女なんですかね!?」


「あ……あぁ、期待しすぎない方がいいと思うぞ? 俺の予想は多分あたるから……」


「「どういう事!?」」


「いや、何でもない……」


 ――絶対、信条シンヤは男……天能リアは女だけど意外と想像の斜め上を行くと予想。


 急いで店の扉を開けるサチとカイト、そしてその先に映る光景をリョウは見た。金髪のゴシック服を着た少女と黒髪の静かな瞳をした少年――2人が並んだ姿はどこか見覚えがあり、それは懐かしさと共に頭を抱える形でリョウを襲った。


 まるで病室で熱意リョウと桜井ナナが話している光景を、窓越しで眺めている気分だ。

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