第54話【カオリ&ツキエピソード③】
【4月8日(木曜日)/8時22分】
鉄の匂いと頭の頭痛……苦しくて、そして痛い……体が重くて動かそうなんて思えなかった。グルグルと回り続けたみたいに夢と現実の境目にいるような感覚が――嫌な現実を少しだけ忘れられる。でも、そろそろ起きないと駄目だよね。
――学校に行かなくちゃ。
カオリは歪んだような視界の中でゆっくりと辺りを見渡す。それはゲーム画面を第三者の立ち位置で眺めているような感覚に似ているが、徐々に意識が覚醒すると同時に目を見開いて口を少しだけ開ける。
「ぁ……あぁ、嘘だよね?」
運送ヘリの中にいるにも関わらず、中に刺し込む光が視界を邪魔して加工されたように映る世界は、真っ赤に染まっていた。血塗られた床に倒れていたカオリはその地獄の様な光景に、ただただ顔をゆがめて見続ける事しか出来ない。
運送ヘリの破片が自衛隊の首を貫いて転がり落ちていたり、衝撃で足や腕が曲がってはいけない方向に曲がって大量の血を頭から流していたり、火に焼かれたように黒焦げになった人間の姿だったりと、見ていて自分が今生きている事に少しだけ安堵した気持ちになる。
「生きてたのか……小娘。悪運の強い奴だ……」
「ぇ……?」
それは頭から血を流しながらもギリギリ生きていた、自衛隊第4小隊隊長のマドである。崩れた運送ヘリの壁際に背中を押し付けて、呆れたような疲れ切ったような曖昧な表情を浮かべて「――お互い様か」などと一人で苦笑いを浮かべていた。
「――他に……生きている人はいないんですか?」
「分からんが、お前の隣で寝ている嬢ちゃんと部下の【高田】と【永井】は外傷が見えない。――生きてるかもしれないが、正直もうどうでも良くなっちまったよ」
「どういう……事ですか?」
「ふぅ……これは部下も知らない事だが日本政府は関東地方を放棄した。自衛隊である俺達の任務は関東からの脱出が第一作戦……その後中央方面隊の駐屯地へ移動してのゾンビ殲滅作戦に移ることになっていた」
「なら私たちもまだ助かる可能性が……」
「無い。関東では特殊な個体がいくつか確認されているらしい。俺はまだ見た事が無いが、いや……このヘリを破壊したのが特殊な個体と言う訳か。――殲滅作戦に関東地方は含まれていない。まぁ、風の噂だが私の上司が言っていた事だ」
「――それじゃぁ、私たちはどうなるの?」
「2階級特進扱い……死んだことになるだろう」
「――隊長、今の話……本当ですか?」
カオリとマドの会話に入って来たのは先程まで倒れていた高田と呼ばれていた自衛隊員である。高田はカオリとマドが運送ヘリ墜落前に喧嘩した際、間に入って仲裁を試みた人物であり、カオリは見覚えのある高田に視線を送る。
年齢は20代前半ぐらいの若い青年であり、短く切られた角刈りがあまり似合っているとは言い難く、幼さのような物を感じさせる。
「高田か。――本当の話だ」
「――話が違う。駐屯地は避難するためじゃなかったんですか? 殲滅作戦って何ですか……? 俺達がこの戦争に巻き込まれるなんて聞いてないですよ」
「今更だろ? 俺たちの2階級特進はヘリが破壊された時点で決定している。もう隊長でも何でもない」
「無責任すぎますよ!! ――ここで死ねってことですか!?」
「――否定はしない。最善は尽くすつもりだ」
「っく!!」
高田はゆっくりと立ち上がりマドの元へ向かおうとするが、ふらりと体のバランスを崩してそのままマドと反対側の壁際に倒れ込むように座り込んでしまった。胸倉を掴んで一言言ってやろうとしたが、どうやらそんな力も残っていないらしい。
目に涙を溜めたまま、しゃがみ込むように絶望した表情を浮かべている。
今更この程度の事で泣いていたら生きていけない――こんな風に思えてしまっている自分自身に、カオリは現状にどれだけ慣れてしまっているのかを再確認することとなる。
――シンヤ君なら『最悪だ』なんて言いながらもこの後どうするか聞いてきて、行動に移すと思う。リアちゃんならヘリに乗った瞬間に、墜落した場合を考えてプランを何十個も用意してそう。
なら、私は?
カオリはこの2人を越えるような状況があったか? ――何故かそんなことを考えていた。役に立たなかったが故にこんな状況で役に立ちたいと思ってしまった。誰かを助けられるような人間に、絶望した人間に光を与えられるような人間になりたいと、そう思ってしまったのだ。
――そういえば……シンヤ君とリアちゃんがすごい驚いてたな……これ。
それはたくさんの死体が転がっているこの場所ではあまり効果の望めない物だが、これだけがシンヤやリアに勝てるカオリが持つ最強の武器であることは間違えない。
「――諦めないでください!! 言っておきますけど私は、死ぬ気なんて無いですから! 私は生きて……生きて……生き抜いて、必ずこの状況を打破しますから!!」
自分の気持ちを大声で語ると同時に、その強い天使の様な眼差しと満面の笑顔で、その場の空気を一気に壊す。呆気にとられたように高田はカオリを見て苦笑いではあるが、笑みを浮かべていた。
「君は、強いな……」
マドも同様だ。マドから見てカオリは、ヘリから降ろしてくれ何て命知らずなことを感情任せに言うわがままなガキだと思っていたが、そこにいる女子高校生の姿は覚悟を決めた――言ってしまえば自衛隊の上層部にいる老人たちの様な風格すら感じる。
――リアのように圧倒的な存在感で場を支配するような『王』にはなれない。シンヤのように化け物じみた力と武器でカオリを守ってくれていたような『騎士』にもなれない。
――私に出来るのは満面の笑顔で、人に一瞬の苦笑いを浮かべさせる事ぐらいだよ。
それが出来る人間にこそ『英雄』という称号は与えられるべきである。
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