第49話【デート&ラブ③】

 リアははっきりと『この世界はアイリスさえ何とかすれば救われる』と言ったが、シンヤはリアの説明をほとんど理解できなかった。台詞の断片的なピースを繋ぎ合わせて、白い空間にいた未来の自分自身の言葉とすり合わせていく。


 シンヤとカオリがしっかりと理解できた説明は一つだけだった。

『アイリス・時雨を殺せば世界は救われる』っということ。


 未来の自分自身は白い空間で詳しい説明を省いていたが、それはどうやら正しかったようだ。リアの説明を聞いても混乱するだけだった。


 大体、タイムマシーンってなんだよ。

 それにミヌ……何とかウイルスも意味が分からない。

 世界線が違う?

 それに四重螺旋構造……東京にあるアヴァロンタワーのことか?

 ていうか、別の世界の話をこっちに持ち込むなよ!?

 SF映画かよ……好きだけどさ。


「はっきり言って、リアの説明は意味が分からない。分かったのは俺とリアの中にその……別世界? の自分がもう一人いるってことと、アイリス? を殺せばこの世界が救われるってことくらいだ」


「ふむ、なるほど。シンヤはやはり馬鹿のようだね。しかし、そこまで理解できているなら十分なのだよ。――本質は何も理解できていないが及第点なのだよ」


「本質?」


 リアがその言葉の意味を喋ることは無かった。いや、言う必要が無いだけだ。道徳カイトによって複製されたデータがアイリスに渡り、それがこの現状を生み出している。つまり『原点を生み出したのは我々なんだ』っという事をシンヤは理解していない。


 ――それが別世界の出来事であったとしても。


 一区切りついたタイミングで、カオリが口を開いた。


「あの、質問してもいい?」


「何だい?」


「何でアイリスって人は、この世界を選んだの?」


「それは残念ながら私達にも分からない。なにか理由があるんだろうが、それは私達には関係の無いことなのだよ。――それと、この世界に『アヴァロンタワー』と言う四重螺旋構造型の建物が新宿にあるだろう? あれはアイリスが建てた物なのだよ。アイリスがいるとすれば、間違えなくあそこだろう」


「え!? ――あれってアイリスが建てたのかよ!?」


「そうだとも。なかなかユニークな建物だね」


 日本に住んでいれば東京タワー・スカイツリー・アヴァロンは誰でも知っている有名すぎる建造物だ。シンヤ自身――パンデミックになる前は学校の登校時や下校時に必ず目にしていた。何なら昼休みの屋上で時間を共にした親友と呼んでもいいほどだ。


 ――何か悲しいな。アヴァロンを作った奴がこのパンデミックの元凶かよ。

 いや、可笑しくないか?


「待てよ。――アヴァロンタワーが完成したのは今から三年も前だぞ? それより前からアイリスはこの世界にいたのかよ?」


「いたよ。――残念ながらね」


「なら、なんでアイリスは危険分子である俺やリアを殺さなかった?」


「それは正しくないのだよ。正確には、殺せなかった。――三年前と言えば君自身に何かあり得ない出来事が起きたんじゃないのかい?」


 ――今から三年前に自分に起きた出来事? なんかあったか?

 ――いや、嘘だろ……あり得ない。


「一千万円」


「ふふ、気付いたかい? 歴史の上書き。一千万円と言うお金によって、アイリスのいる世界線ベクトルを無理やり変えた。アカシックレコードは繊細でね……一時的にではあるが、足止めが出来たのだよ。代わりに、君の人生は決められたルートからかなり外れてしまっただろうが、悪い方向には向かないよう努力したつもりだよ?」


「じゃぁ、母さんと父さんが離婚したのも……」


 そこまで考えて『ッハ!』と目を見開く。リアは『悪い方向には向かないよう努力した』と言っている。確かに一千万も貰って喜ばない人間はいない。あれは偶然起きた家庭トラブルによるものだ。でも、そのお金が無ければ母さんが家を出ていくことは無かった。


 ――俺はこいつを、許せない。


「そうか、申し訳ないね……シンヤ。どうやら君はそのお金で随分と酷い目にあったのだろう。しかし理解してほしいのだよ、君たちを守るためだった」


「っ!? ――なんでそんなことがお前に分かるんだよ」


「君は馬鹿で私は天才なのだよ。君の表情を見て私に解けない君自身の謎は無い」


「――俺も一つだけ、今のリアに言いたいことがある」


「何だい?」


「お前、嘘をつくのが下手だな。微塵もそんなこと考えてないだろ?」


 リアは呆気にとられた表情を浮かべながら笑みを送る。その瞳には『期待』に似た感情が渦巻いており、口がよく回った。


「ほう。――それは向こうの世界でも言われたことが無いのだよ」


「それは多分、気を使って言わなかっただけだ。一目見れば誰でも分かる」


「――え、私には全然わからないんだけど?」


「カオリ、空気を読んでほしい場面なんだけど?」


「あ、ごめんね」


 茶目っ気のあるカオリは苦笑いしながらシンヤとリアを交互に見渡す。シンヤは『リアが嫌いだ』と言う雰囲気を隠そうとしないが、逆にそれが仲良く見える。リアに限っては『シンヤ君に好意を持っているんじゃ?』っと思えるほど会話を楽しんでいた。


 だからだろうか?

 今のリアちゃんが別人のように見えるのは……。

 それだけじゃ無いと思うけど、全体的に違和感が拭えない。


 シンヤは今のリアと喋りながらイラついていた。


 自分が感情的に話すと今のリアは、会話の隙間をすり抜けるようにどこ吹く風で聞き流す。まるで以前に『全く同じような会話』をすでにしていたみたいだ。


 そのせいだろうか?

 自分が駄々をこねた子供のように感じる。

 瞳が淡い青色の光に包まれる前のリアは、シンヤと同じ土俵に立って感情的に互いの考えを言い合ったりしていたが、今のリアはとても苦手だ。


「まだ時間に余裕があるね。歩きながら話をしたい気分なのだよ。シンヤ、左足の再生がまだでね……私を担いでくれないか? まさか左足の無い美少女に歩けとは言うまい?」


「歩けよ」


「カオリ、今のシンヤの発言をどう思う?」


「最低だと思う。――シンヤ君、最低……」


 それはずるいだろ!? カオリを仲間に引き込むのは反則だ!


「分かったよ。たく、どんな罰ゲームだよ」


 シンヤは担いでいるツキをカオリに渡して、ゾンビの山を登りながらリアに近づいた。そしてリアの腹部に腕を回し、神輿のように肩で担いだ。何となく収まり具合が丁度よく、エクスプロージョンの銃口を向けられた。


「シンヤ……私を馬鹿にしているのかい? この運び方を以前、私にやった人間がいる。――その人間は男性としてのプライドを全てぶち壊すような恥辱を味あわせてやったが、君もそれがお望みかい? ――ラーメンを奢ってもらうのだよ」


「ラーメン? ――あぁ、なるほど」


 白い空間で未来の自分自身が言っていたことを思い出す。

『ラーメンのお返しだ』


 ハハ、なるほど……それでゴシック服のプレゼント。

 でもリアはゴシック服を喜んでいたぞ?

 嫌がらせじゃないのか? ――いや、あり得ないだろ。


 ――別世界の俺たちは、いったいどんな関係だったのだろうか?


「いいから、下ろしたまえ!」


「じゃぁ、どうやって運べばいいんだよ?」


「「お姫様抱っこ」」


 リアの落ち着いた声と、カオリの強い口調が重なる。シンヤは背筋に寒気を感じながら、眉間にしわを寄せていた。


「は? ――やだよ」


「カオリ、今の発言について……」

「最低だと思う」


「カオリはリアの味方かよ!?」


「シンヤ君――可愛いは正義なんだよ」


「そんな下らない正義は滅べばいい。――ていうか、リアの左足が無いことに対して驚かないんだな?」


「うん……さすがに色々あったから慣れてきたよ。今なら宇宙人や未来人や超能力者が目の前に現れても少しは受け入れられると思う」


 本当は人が死ぬところも、ゾンビになるところも、見たくなかった。

 ましてや、慣れたくなんて無かった。

 恐怖が薄れていく感覚が、ちょっとだけ怖いよ。


 リアの両手には『エクスプロージョン』と『黒色のブーツ』が握られており、そんなリアを嫌々お姫様抱っこする展開にツッコミを入れたい。しかし、これは別の世界で果たせなかった未来の自分自身の願いを叶える事に繋がっていた。


 別世界、弱くて何も出来なかった頃のシンヤ。

 恥ずかしさを前面に滲ませながらショッピングモールリオンで言い放った言葉を今のリアは思い出していた。忘れた瞬間なんて存在しない。


「なら、ならまた、ここへ一緒に行こう」

「出来るか分からないが、多分無理なのだよ」

「いや出来る。だって、俺がリアの研究を手伝えばいいんだろ? たかが一千万だ。そのぐらいなら、あんたにくれてやるよ」


 今思い出すだけでも馬鹿な話である。

 短い間柄で他人と呼べる私を、信じた人間がいた。

 それがどれだけ嬉しく、そして悲しかったかを私は覚えている。

 しかし、それを今のシンヤが理解することは無い。

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