第19話【2人の同一人物達】

 画面に映し出された映像はやはりニュースであり、シンヤは全てのチャンネルを確認した。そしてその全てが、現在起きているパンデミックについて語られている。


 生中継で上空から撮影されたニュースキャスターの表情は強張っており、耳にはヘッドホンの様な物を付けていた。その表情を見るに、現状がどれだけ地獄絵図なのかが、見なくても理解できる。


 そしてニュースキャスターがカメラから外れて、ヘリの窓から映し出されたのは東京の様子だ。すぐ近くにはアヴァロンタワーが建っており、そこが新宿だと誰でも理解できた。


 それはまるで黒い海だ。その全てが波の様に不規則に動いており、その光景はビルを登っていく化け物によって黒さを増していく。空を飛び回る化け物も複数映し出されており、その光景はショッキングな映像では片付けられない物になっていた。


 カメラワークは直ぐにニュースキャスターへと移り変わり、ガクガクと震えている口が開いた。さすがはプロと言うべきだろう。緊張しながらも言葉に詰まる様子は無く、スラスラと語られる内容は不思議と頭の中に入って来た。


「全国各地での被害は10万を超えたと見立てが出ております。世界各地で起きたパンデミックに日本政府は、自衛隊の招集を急いでいると述べており、緊急事態宣言が発令されております。近隣住民の皆様は、家に立てこもるようにしてください」


 そんな光景を、シンヤは画面越しで見ており「マジかよ……」っと言葉が零れ落ちる。眉間にしわを寄せながら、学校で起きた事が可愛く見えるほどの衝撃を受けた。テレビ画面に映し出された映像の中には、学校で生徒を皆殺しにした化け物もウジャウジャといる。


「さっき家の電話を借りたんだけど、家族に連絡も取れなかったよ」


 カオリが悲しそうな表情を浮かべながら答えた。目の下はよく見ると赤くなっており、自分が気絶している間に泣いていた事を理解する。それと同時に、一人で色々と出来ることをしていたカオリに賞賛の声が漏れた。


「色々とありがとう」


 ――だが、空気を壊すような叫び声がテレビから聞こえる。


「きゃぁぁぁぁっぁぁっぁぁああああああ!」


「「ぇ!?」」


 互いに視線をテレビ画面に移すと、飛行している化け物が女性アナウンサーの乗っているヘリに直撃する瞬間だった。そのままカメラはグルグルと回りながら「ゴト!」っと、ヘリの足場に落ちる音と爆発音によって『しばらくお待ちください』という自然背景がテレビに映し出された。


 お互いに目を見合わせて、沈黙する。


 そのままため息と一緒に、本音をぶちまけた。


「はぁ、最悪だ」


「本当に、最悪な気分だね」


 テレビで人が死ぬ瞬間を生中継で見てしまった。放送事故も良いところだ。そして、こういった光景に免疫が付き始めている自分自身が、どうしようもなく嫌いになりそうだった。


 静まり返った空気でカオリは調理を再開しており『しばらくお待ちください』と映し出されたテレビ画面を黙って見ていた。(この空気、何とかしてほしい)などと数十分ほど思い悩んでいると、食器を持ったカオリがこちらへとやって来る。


「とりあえず、出来た。――パスタとクリームがあったから、カルボナーラを作ってみたけど、食べられそう?」


「大丈夫。――ありがとう」


 カオリが作ってくれたカルボナーラを遠目で見ながら、先ほどの映像を思い出す。これが最後の晩餐だという可能性を視野に入れて、味わいながら大切に頂くことにした。


「「いただきます」」


 この時食べたカルボナーラは、少しだけ塩が多かった気がする。――カオリの目元が更に赤くなっているのを片目で確認しながら、黙っている事しか出来なかった。


■□■□


 これは3年前の話だ。


 少女は通帳を片手に、その金額に不機嫌な表情を浮かべている。1,000万という大金が自分の銀行通帳に記載されており、身に覚えのないお金に手をつける事など出来ない。つまりはただのゴミが回ってきたということ。


 それがきっかけと言うべきか、変な状況には関わらないよう心掛けて生活を送るようになった。変な研究者にスカウトされても断り、学校で頂いた海外留学なども遠慮した。それと同時に、日常生活で不自然な事が増えていく。


 それが気持ち悪くてしょうがない。普通に生活すればするほど、不自然な気分になるのだから当たり前だろう?


 歩くことに違和感を抱く。

(私はこんなにスムーズに歩けていたのだろうか?)


 自分が高校2年生だという事に、違和感を抱く。

(私は20代前半、そのぐらいの年齢では無かったかな?)


 普通に友達と話している自分自身に違和感を抱く。

(私は、こんな人間だったのだろうか?)


 『先輩』に相談すると、彼女は笑いながら「きっと、別の世界の自分とシンパシーがあったんじゃない?」などとふざける。そんな先輩に私は言うのだ「そんな訳がないだろう? 下らない妄言はやめたまえ」っと、屋上で。


 その天才はこの世界では天才と呼ばれていない。それは馬鹿になったわけでは無く、この世界が少女の価値を発見できていないだけだ。


 天能リア――少女は高校2年生で、普通の学生として生きている。事故で左足を失ったりする事も無く、裏で仕事をする事も無い。言動や髪色で他の生徒達よりも浮いているが、その優れた成績と運動神経は優等生と言っていいだろう。


【4月5日(月曜日)/19時27分】


 その日――リアの元に荷物が届いた。住所や宛先が間違っているわけでは無く、そこには天能リア様と名前も記載されている。身に覚えのない段ボールを丁寧に開封していくと、その中にはスクリーントーンで貼られた『球体マーク』が記載されているケースが入っていた。


「なんだい? これは」


 リアは球体マークをしっかりと確認すると、それが球体では無い事がすぐに分かる。正確に言えば『四等分されいる球体』だ。意味は分からないが、四等分されている有名な建造物を一つだけ知っている。


「アヴァロンタワー?」


 ケースの中身を覗くとそこには銃が入っていた。そして、それをゆっくりと持ち上げた瞬間――本物だと理解する。重みや使われている鉄、そのデザインに至るまで、自分にはそれが『兵器』であると理解できてしまった。


「はは、冗談にしては笑えない」


 ケースの中には銃のほかに手紙が同封されており、そこには『ゾンビと人が殺せる武器【エクスプロージョン】です』と書かれている。悪戯にしては手が込んでいるようだ。


 ――しかし


 天能リアはこの状況を悪戯で片付けるのに納得がいっていない。


 ――パチ……。小さなノイズ音……


《申し訳ないね――私が生んだミスだ。その尻拭いを別の私にさせてしまう事を許してほしい。その武器をうまく活用する事をおすすめするよ。ふふ、バタフライ効果の影響か。君は本来の私よりも4年ほど遅く生まれているようだね? ――妹の様に感じるのだよ》


「?」


 無意識にその銃をスポーツバックの中に入れた。何故自分がそんなことをしたのか分からない。何となく、そうしたほうが良いような気がした。


 そして次の日――……天能リアは地獄を見ることになる。


【4月6日(火曜日)/12時16分】


 先輩を失い、生徒が殺され、何もできない私は自爆を選んだ。


 そして意識をゆっくりと落していく。これはその後の出来事である。だから、この世界の天能リアとは関係がなく、それでいて、この世界の天能リアと関係のある話だ。矛盾しているようで、この説明には矛盾が無い。


 昨日届いたエクスプロージョンを片手に、校庭の真ん中で返り血を浴びながら無表情のまま立っていた。――全校生徒の死体と化け物の死体が転がり落ちている真ん中で。


 そこにはアグレストやカブリコの死体が転がっており、金髪の綺麗な髪は返り血で赤く染まっていた。制服もほとんど原型を留めておらず、焼けている。


「やはり入れ替わったようだね。――さすがの私でも、この世界では非力で魅力的な少女と言う訳か。さて、今後の予定だが、誰と落ち合うべきだろうか? カイトとサチについては心配していない。問題はシンヤとリョウだね……あの馬鹿どもは、上手いこと行かずに死んでいる可能性があるのだよ。シンヤに死なれては困ると言うのに」


 エクスプロージョンのセイフティーレバーを入れた状態で、マガジンリリースボタンを決められた回数押す。マガジンは存在しないため、落ちてくることは無い。その数秒後、エクスプロージョンの形状が変化して空中に日本地図が映し出された。


 その中でリアは、青く点滅している部分を4つ確認してから「シンヤは私と同じで埼玉に住んでいたが、この世界でも同じだろうか?」などと独り言をこぼしながら、点滅している青い光の中で最も近い光に視線を送った。


 地図を拡大かさせて、その先のショッピングモールに視線を向ける。それと同時に少しだけ未来の光景が予想できてしまい、ため息が漏れる。


「別に私は構わないのだが、この世界の私をいじめないでほしい物だね」


 天能リアはその後、メモ帳に指示を書き残して安全な場所まで移動を開始する事にした。その動きはどこか落ち着きが無く、まるで乙女の様な表情を浮かべている。誰もいないこの場所だからこそ、リアはそういった表情を表に出せた。


■□■□


 カルボナーラを食べた後の事だ。カオリが「お風呂に入りたいな」と言い出した。シンヤは自分の部屋で悶々とした気持ちを必死で抑え込みながら椅子に座り、クルクルと回っていた。


「覗きたい、覗くか? いやそれじゃ、あの変態教師と変わらないじゃねーか!」


 そんな自問自答を繰り返しながら、当たり所の無い性欲をどうしたものかと天使と悪魔が喧嘩を始めていた時だ。ディスクチェアーから立ち上がり、その場を動き回っていると、机の上に置いてある紙に視線を向けた。


「何だ、これ?」


 見覚えのない手紙には、このように記載されていた。


『コルトガバメントの持ち歩きを忘れるな。あれはお前の命を守る武器になる。そして、ショッピングモールを目指せ。【天能リア】が必ず現れる――金髪で偉そうな小学生みたいな奴だ。助かるための希望は、そいつが持っている』


 手紙を手に取り、シンヤはその手紙を隅から隅まで何度も読み返した。それと同時に、近くに置いてあるお飾りになっていたコルトガバメントに手を伸ばす。その銃と手紙を見比べながら、この手紙を書いた人間が自分とカオリの命を救ってくれた奴なんだと理解する。


 そして、ため息が漏れた。


「馬鹿見してるのか? ――これはただのモデルガンだ! こんなものであの化け物を倒せるわけ無いだろうが! それに元は人間だぞ!? 人殺ししながら生きろってか!?」


 内容があまりにも幼稚に感じてしまい、馬鹿にされているような気分になった。一人で大声を上げながら、納得のいかない手紙の内容に怒りをあらわにする。そして黙り込んで、もう一度手紙に目を通した。


(だけど、もし本当なら)


 そんな1パーセントにも満たない可能性が、シンヤに小さな好奇心を与える。

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