第17話【最強のゲーマーは、リアルでも負けませんよ!?】

 隣にいるカオリに視線を向けてアイコンタクトを無意識にとっていた。カオリはグラウンドにいる生徒達に、『先ほどの放送は全て先生の嘘ですからここからは自由に逃げてください』と無責任なことを伝えようとしていた。


 しかしこの状況――判断はカオリに任せるが、すでに結論は出ているようなもの。もしも意見の食い違いが起こるようなことがあれば、シンヤは言い訳を並べて逃げるだろう。


 ――これは、無理だ……


 全く同じことをカオリも考えていた。


「ねぇ……シンヤ君なら、私みたいに救えちゃったりする?」


「ごめん……無理」


「即答だね……」


 上空を飛ぶ12体のゾンビは不規則に顔を上下左右にブルブルと動かしながら、体中をくねらせるように両手を大きく広げた。そして12体の化け物はお互いに手をつなぎながら巨大な円を空中で作る。まるで小学生が手を繋いで大きな円を作る様に……


 ――はは……何だよ、あれ? あんなの……もうゾンビでもなんでも!


 そして太陽の光が12体の化け物達の羽に集まり、どこまでも赤く光りだす……ド……ド……ドっと、羽の所々が心臓のように小さく鼓動を走らせていた。その羽は次第に化け物の体を包み込み、そして手と手を繋いでいる部分を残して球体へと体を変化させていった。


「シンヤ君……逃げよう、嫌な予感がする」


 カオリが生徒を見捨てて逃げることを選択させる程シンヤ自身も危機感を感じていた。異常を通り越してすでに芸術の域に達している。グラウンドにいる生徒達も自分の状況を忘れて、その化け物の姿に見惚れていた。


 ――今すぐここから逃げなきゃ死ぬ……


 カオリから逃げようと言った瞬間、シンヤは迷わず正門へ向かっていた。


 あれはやばい……絶対にやばい。化け物というよりは、人が関わっちゃいけない物……水素爆弾や原子爆弾なんかの部類だ……何となくそんな感じがする。


 12体の化け物はそれぞれ血だまりの様な美しい球体へと姿を変えていき、両手はそのまま手と手を取り合って12の球体が円を作っているような芸術的な状況が完成しつつある。


 そんな絶望的な状況を、神はまだ足りないよ……っとでも言う様にさらなる絶望をシンヤとカオリに与える。


 ――正門にたどり着いたシンヤとカオリは呆れて言葉も出ない。正門は20を超えるゾンビ達によって塞がれていた……開けた瞬間に20体以上いるゾンビがなだれ込んでくる状況が完成していた。


 その光景にカオリは歯を食いしばって溜まっていたストレスを爆発させるように怒りの表情と罵倒をゾンビ達に向ける。


「はぁ……はぁ……はぁ……何なのよ、何なのよ! 意味わからないよ!!」


 次の瞬間――建物が崩れる音……シンヤとカオリは耳を塞いだ。


 北校舎と南校舎を繋ぐ道が崩れてしまい、その瓦礫の中からは右腕を巨大化させた化け物が姿を現す。北校舎にいた生徒達をひたすら殺しまくった化け物だ。


「ァァぁぁ……ァァあぁ……ああああ……あ。死んだ……がも?」


 ほとんど声が出ない。枯れたような音が口から少しずつ漏れ出した。シンヤはこの絶望的な光景に、半分以上命を諦めていた。


 カオリに関しては許容限界を超えてその場で倒れ込んでしまった。


 死んだ、間違えなく死んだ。こんなの無理だ……武器もない……後ろの正門はゾンビに塞がれ、正面には化け物……こんなの、どうすればいんだよ!!


「生きてたら奇跡だ」


 シンヤとカオリの元に右腕を巨大化させた化け物が近づく……近づく……気絶したカオリを抱きしめるようにして動けない。


 シンヤは目を閉じて神に祈った……生まれて初めてここまで本気で神に祈った。正月のお賽銭と友人と遊び半分で買った宝くじぐらいでしか祈った事のないシンヤは、初めて救いを望む。


 ――今なら神様を信じてもいい。


 パチバチバチ……バチバチバチバチ……ノイズ音は限界を越えてシンヤの意識を刈り取る。


(――変われ……)


 その後、信条シンヤはゆっくりと目を覚ます。その瞳はまるで殺人犯のように冷たく、そしてとても落ち着いていた。そのまま立ち上がり、カオリから距離を取る。


 化け物は右腕を巨大化させ、激しい衝撃と共に空高く跳躍する。


 シンヤは体勢が崩れないように地面にしゃがみこみ、タイミングを見計らって勢いよく正面に飛び込む。それと同時に化け物が地面に落下して小さなクレーターをその場に生み出した。


「無理ゲーでもお前には苦労したが、『この世界』で最初に戦うゾンビもお前かよ……【アグレスト】――しかも武器持ってないし! こんなのどうやって殺せばいいんだよ」


 頭を掻きながらシンヤは無理ゲーで培ってきた知識をフル回転させる。アグレストは右腕を巨大化させた後に数秒間停止する。それがこのゾンビの特徴であり弱点と言える。


 どうするか? ――下手に攻撃して両腕破壊しても第二形態・第三形態になっていくし、今のままじゃ勝てない……詰んでるな。それにしても若い体はやっぱりいいな……動かしやすい。


「キィィィィューカャァァァァー……キィィィィュー!!」


 脳に直接届くような高い叫び声が学校中に響き渡り、その特徴的な音にシンヤは反応した。それはグラウンドにいる12体の空飛ぶ球体型化け物の声だ。


「驚いた……【ターミナル】もいるのかよ……あの自爆キャラ。東京でも無いのにいきなりすごい事になってんなぁ……だけどこれで武器が手に入った」


 シンヤはアグレストの巨大化する右腕の攻撃を紙一重で避けながら、ターミナルの攻撃射線上にアグレストを誘導させる。アグレストの数秒間の停止という弱点を利用して、ターミナルの攻撃をアグレストにぶつける作戦だ。


 グラウンドにいるターミナルは互いに手を取り合い、12個の球体が眩しいほど光りだした。それは建物を透過してすり抜けるように一直線上にシンヤを照らした。


 そしてアグレストの右腕が同時タイミングで巨大化し、そのまま跳躍する。激しい振動がシンヤを襲うがここで死ぬわけにはいかない。


 何百と避けてきたタイミングはリアルでも変わらず、勢いよくゴロゴロと転がりながらアグレストの攻撃を避けた。そしてアグレストはその場で数十秒立ち止まる。


 眩しいまでにアグレストとシンヤはターミナルの光に包まれているが、シンヤは光が当たらない場所までカオリを担いで、急いで逃げだした。


 次の瞬間――空飛ぶ12体のターミナルは激しい叫び声と共に太陽の光を円の中心から外へと広げていき、12角形の巨大レーザーがグラウンド中心から放たれる事になる。


 シンヤと戦っていたアグレストはレーザーに焼かれて跡形も無く消滅した。


 それと同時に北校舎・南校舎・体育館を含めた学校全体が巨大レーザーの餌食となり、ナスカの地上絵並みの12角形の傷跡をこの学校に刻み込んだ。その被害は学校だけでは収まらず、学校周辺の近隣住民の家にもレーザー被害が勃発した。


 崩壊した学校……一体何人の生徒が助かったのか分からない。シンヤはカオリを担いで学校から外へ出ようとした。外へ出るのは簡単だ……ターミナルによって学校全体を囲う柵が壊れてしまっている。


 今ならどこからでも出られそうだ。ゾンビが集まっていない場所から上手い事町へと抜け出した。


「いずれこっちのシンヤも意識が戻る。とりあえず家に帰って【コルトガバメント】の回収……その後はリアと合流しないとなぁ。あいつならこの状況を理解してんだろ? 集合場所は……ショッピングモール。――はぁ、俺のわがままを許してくれ」


 当面の目標をしっかりと理解して行動に移している現在のシンヤは、誰もクリアしたことが無いゲームをクリアした……伝説のゲームプレイヤーだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る