第4話【無理ゲーと学校は両立できない】

【3月28日(日曜日)】


 時刻は夜中の21時頃、真っ暗な夜空を眺めながら外の空気がシンヤの気分を上げていく。コンビニを遠目で確認して、明るく照らされたその場所へと向かう。


 まるで明かりに群がる虫のようだ……俺がね。


 レアドロップでテンションが跳ね上がっているシンヤは、コンビニに並んでいる食品棚から5本入りのチョコチップが入ったスティックパンをあるだけコンビニカゴに詰め込み、その後にお茶漬けの元を入れる。


 毎朝食べている習慣食品と呼べる物だ。


 それとわた〇く牛乳を忘れてはいけない……埼玉県に住んでいれば必ず小学校・中学校で飲むことになる最強の飲み物。シンヤがコンビニで購入するのはその上位に位置する数カ月に一度出るコーヒー牛乳の方だ。


 この3種の神器がある限り、シンヤは最強のゲームプレイヤーだ。


 俺が負けるとすれば『 』ぐらいだろう。


「いらっしゃいませ~ お預かりします。――って、あれ? シンヤ君じゃん!」


「え?」


 そこに立っていたのは茶髪のポニーテールをした、鋭い目つきの店員さん。全く見覚えが無く、疑問顔を浮かべているとその店員さんは笑いながら答えた。


「同じ高校の皆音カオリだよ!! 覚えてないの? 同じクラスだったじゃん! しかも隣の席!!」


 クルクル……ロード中……クルクル


 去年のクラスを思い出しながら、モザイクがかかった隣にいた少女の事を思い出す。


 確かにいた……でも何か合わないな。もっと眼鏡をかけた大人しい子だった気がする。


「俺の記憶だと、眼鏡をかけた委員長みたいな奴だった気がするんだけど……」


「今はコンタクトレンズにしてるの!! ――それにちゃんと覚えてるじゃん。しかもクラス委員長だったことも!! わざと忘れた振りした?」


 本当に委員長だったのかよ……知らないわ!!


「まぁ、今思い出したんだよ」


 それにしても変化がすごいな……目立たない女性も眼鏡をはずしてポニーテールにしただけで、運動部顔負けの雰囲気が出るもんだな。


「そうなの? あぁ、はい! お会計788円になります」


 気付いた時にはすでに会計がレジスター画面に表示されていた。


「電子マネーで」


 何となく店員と客のイメージが強いせいだろうか? 変な緊張感があるな……まぁ、あんまり話したことないしな。


 ――ピポ!! という音と共に、自動で支払いが済んでしまう時代の最先端にいるシンヤだが、文明の進化に心の中で一礼をしながら商品袋を受け取る。


「またね! シンヤ君!! 同じクラスになれるといいね」


「あ、あぁ。そんだね」


 こういった無邪気な女性の行動は男の思考をかき乱す。しかしシンヤは、小さな出来事だけで惚れてしまう馬鹿な男ではない。そういった玉砕を何度も見てきている。


 あぁ、俺の友達の経験だから……見てただけだよ……本当だから!!


 シンヤは惚れてないけど、ドキドキしながらスキップで家に帰って行った。


■□■□


 家に帰り、パソコンの電源を付けてスティックパンとドリンクをセット!! そのまま【オブ・ザ・デット】を起動させる。


 手に入れたAKという武器も試したい。もしも弱ければ、また新しいアイテム探しをするためにゾンビ狩りのループを続ける。どちらにしても続けないといけないんだけどね。


 いつも通り、フェンスに囲まれたバスケットコートでハンドガンを複数連射してゾンビが湧くのを待っていた。人影が2つほど見えてため息が漏れる。


「あぁ、2体来ちゃったよ……」


 場所を移動しようか迷ったが、今回は試し撃ちだ。直ぐに倒せなければ逃げだせばいい。


 AK-47Ⅱ型の銃口をゆっくりとゾンビに向けて、そのまま銃を乱射した。


 ドドドドドドド!! っと銃声の音が鳴り続けて、ナイフやハンドガンの何十倍も攻撃速度が早い!!


 そのことにたまらなく感動していた――そして数秒ほどでゾンビはその場に倒れて、灰となってアイテムが落ちる。


「マジかよ……最強じゃん!!」


 とりあえずどんなに弱い装備だったとしても、今までより強ければ『最強じゃん』と言いたくなってしまう。


 しかし1時間かけて倒したゾンビが数秒ほどで倒せるというのは、どうなんだろう? 


 ゲームバランスがぶっ壊れすぎじゃない?


 それからのシンヤは無双モードの確変中だ。敵をすぐに倒せるのだから次に引くレアドロップの速度も早くなる。少しずつではあるが、レアドロップの装備や武器も溜まっていく。


 その度に感動しては大声ではしゃいでいた気がする。確実にこのゲームが楽しいと感じていた。


 シンヤが手に入れたレアドロップは――


『コルトガバメント』というハンドガン。


『手榴弾』という爆弾。


『メディカルアーマー制服シリーズ』という防具アイテム――制服の上にひらひらとした白衣を着ている。


 そしてたまたま歩いていたマントを羽織ったおじさんから『ロケットランチャー』と『薬草』を出来る限り大量に購入した。これだけの装備を集めるのに大分時間を費やした気がする。


 それから4月に突入して学校生活が始まる憂鬱な期間に突入したが、シンヤは学校へ行かずオブ・ザ・デットにどっぷりとハマっていた。


 最悪本格的な授業が始まるのは来週からだ……4月7日までにクリアできれば何の問題もないはず……


 なんせ、このゲームをクリアすれば1000万円の賞金が手に入るのだ……学校など行っている場合ではない。


「――……うん。クズだな、俺」


 苦笑いを浮かべながら東京に存在するアヴァロンという塔を目指す。それは現実には存在しない空想上の建造物。


 そしてゆっくりと正面に立つ化け物を視線で見つめる。現在ロベルトは橋を渡っていた。


 新荒川大橋という場所だ……そこを越えた瞬間――埼玉県から東京の北区へ入った事になる。


 しかしその橋の正面には【アグレスト】と記載された化け物が立っていた。右腕の皮膚が引きちぎれており、筋肉や骨が丸出しになっている化け物……ロベルトは銃を構える。


「はは……何かめちゃくちゃ強そうなのが立ってるじゃん……」


 そして音量を調整して、深呼吸をする。60fpsで動くゲーム画面を見つめている今のシンヤなら、1fpsも見逃さない未来予知に匹敵する最高のプレイが出来るはずだ。


 まぁ、そんな事出来ないんですけどね……


 しかしこの世界にはそれが本当に可能な人間も実在する。


 ゲームデバッカーに多いと言われるその目は、パラパラ漫画のように流れる60分の1枚を見逃さない。シンヤ自身も、FPSゲームをやっていると時々そういった光景が見える瞬間がある。


 そしてゆっくりと走り出し、新荒川大橋へと向かった。

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