第2話 謁見前の控室で
宗教国家ロマリア共和国。
教皇を中心に政が行われる聖王教会総本山だ。
首都システィーナの中央には荘厳なエルトロ大聖堂がそびえ立つ。
純白の穢れなき宮殿は一生に一度は観ておきたいと、旅人や巡礼者は必ず見物に来ることで有名だ。
そんなエルトロ大聖堂の一室で、勇者ルクス一行は教皇との謁見に備えていた。
「ほら、ザン。胸を張って」
「あ、ああ」
ザンは平民出身でこういった事に慣れていない。
彼は先ほどから儀礼用の衣装に身を包み、窮屈そうに縮こまっていた。
恋人のマナがザンの緊張を解しつつ、衣装をチェックする。
服に着られている印象が強いが、まあ及第点だろうとマナは判断した。
「ルクス様。儀礼用のお洋服、とてもお似合いですわ!」
「ありがとう。聖女殿」
「もう! 私のことはカタリナとお呼びください」
花が咲くような笑顔で美しい少女がルクスにすり寄る。
彼女の名はロマリアの聖女カタリナ。
腰まである金色の長髪はまるで絹糸のように美しい。
青い瞳は水晶のように透き通り、すべてを見通すかのようだ。
元伯爵家の次女であったカタリナだが、幼少期に高い回復魔法の適性を見出され、教会へと預けられた。
稀代の神聖魔法の使い手として成長し、齢15にして聖女となった才女だ。
貧乏な男爵家の息子で、勇者に任命されるまでは村人とあまり変わらない生活していたルクスにとってカタリナは雲の上の人であった。
そんな相手に様つけで名を呼ばれることに未だに慣れない。
そんなルクスの気持ちを知らず、無邪気な笑顔でカタリナはグイグイと距離を詰めてくる。
美少女に詰め寄られてルクスの心臓が高鳴る。
(お、落ち着け! これはきっとハニートラップとかいう奴だ)
ルクスは深呼吸して気分を落ち着かせる。
危ないところだった。
カタリナが幼女体型でなかったら篭絡され、教会の意のままに動かされていたかもしれない。
ルクスは自分が巨乳好きであることに初めて感謝した。
ルクスが落ち着きを取り戻すと、勇者一同の待つ控室が開かれた。
迎えの者が来たのかと視線を向けた勇者一同は目を見開いた。
やってきたのはハダマだ。
それ自体は別におかしくない。
彼もパーティの一員で一緒に謁見をするからだ。
問題なのはその格好である。
純白のフンドシのみ。
彼はそれ以外を一切身に着けていなかった。
◇◇ ハダマside
「えっ? ちょっとお前それで謁見いくのかよ」
ザンが恐る恐る尋ねてきた。
珍しく怯えを含んだ表情だ。
俺がいない間に何かあったのだろうか。
「当たり前だろ? 見ろよ、特注品だぜ! 絹でできているんだ」
俺は宝物を見せびらかすようにフンドシを風になびかせた。
((この男、マジでこの姿で謁見に行くつもりだ))
ザンは二の句が継げず、ルクスは遠い目をする。
何故か表情の抜け落ちた顔つきのマナとカタリナはピクリとも動かない。
「勇者ルクス御一行、謁見の準備ができました。速やかに教皇の間へ――え?」
若いシスターがやってきたが、彼女は俺を見て絶句する。
一体どうしたのかと俺は首を傾げた。
だが、すぐにその理由に思い至る。
(ああ、俺の肉体美に身惚れたのか)
俺はなんと罪作りな男なのか。
だがまあ、それも仕方ないことだろう。
今日のためにしっかりと鍛えこんできたのだ。
今宵の俺の肉体は一味違う。
俺が最高のスマイルでウインクをすると、シスターはかすれた声を出して後退りした。
シャイな彼女には少し刺激が強すぎたのかもしれない。
「よし! みんな準備はできたな?さっそく行こうか」
ルクスを差し置き、俺ははルンルン気分で教皇の間へとスキップしていく。
きっとルクス達はお偉いさんとの謁見に緊張しているのだろう。
こういう時は俺が自慢の肉体で彼らの盾になるべきだ。
ルクス達が慌てて後を追ってきたが一足遅い。
俺は教皇様との謁見の間へと足を踏み入れた。
◇
「先に入っていったな……」
「嘘だろ……」
謁見の間の手前で、勇者ルクスはごくりとつばを飲み込む。
仲間達の表情も硬い。
ふとルクスは圧倒的な魔物の大群に立ち向かい、死を覚悟した時のことを思い出していた。
あの時よりも遥かに恐怖を感じるのは気のせいだろうか。
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