センチメンタル③
今日は毎週金曜日のピアノの日。哲太の住む町は昔ながらの広い一軒家が多いのだが、藤原先生の家はその中でも一際大きい。母と祖母の話によると、藤原先生の家はいわゆる昔ながらの由緒正しい旧家で、この辺一体はすべて藤原家の土地だったのだという。
『江戸時代だったらあんたと幸人君は農民と殿様くらいの関係よ』
『いや、今平成だし』
母の訳わからない言葉を思い出しながら門をくぐり石畳を進んで行くと、広い庭の真ん中に、二階建てのモダンな母屋があり、その左奥に建てられた一階建の平屋離れがピアノ教室になっていた。
「哲太君こんにちは」
奏恵さんのキラキラした笑顔に迎えられ、哲太はいつものようにグランドピアノの椅子に座り、発表会で弾く大雷雨を弾き始める。幸人に教えてもらったペダルの入れ方に気をつけながら、最初から最後まで弾き終え奏恵さんを見ると、奏恵さんは感激した表情を浮かべ声を上げた。
「どうしたの哲太君、物凄く良くなってる!先生感動しちゃったよ!」
「へへ」
最近の哲太は絶好調だ。祖母のいない生活に身体が慣れてきたのか、母の機嫌も良くなってきたし、祖母もリハビリ病棟に移ってからかなり元気を取り戻し、今月末か来月頭には退院できそうだとお医者さんに言われた。その上哲太の憧れの女性奏恵さんは、今までにないくらい嬉しそうに哲太を褒めてくれている。
「特にペダル、ちゃんと自分の音聴きながら入れられるようになってる。ここ最近どうしたの?」
「幸人が教えてくれて」
言った後哲太はしまったと手を口にあてる。哲太の家でピアノを弾いてることは、奏恵さんに内緒にしといてくれと幸人に言われていたのだ。
(やべ、幸人に怒られる)
だが哲太は、幸人に文句を言われることよりも、目の前にいる奏恵さんの方が心配になった。
「幸人、ピアノ弾いてるの?」
そう聴いてくる声も顔色も、いつもの奏恵さんと別人のように暗く歪んで見えたのだ。
「先生?」
「あ、ごめんごめん、そっか、私も先生頑張らないと!幸人の方が教えるの上手いなんて立つ瀬がないもんね」
奏恵先生はすぐにいつもの笑顔を浮かべたが、その後の様子は、いつもと違うように感じて哲太は不安になった。そして週明けの月曜日、その不安は、はっきりと形になってあらわれる。
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