甘い手

安藤唯

プロローグ

 生徒の総人数130名、中でも男子はたったの18名しかいない美郷音楽大学付属高校は、山を開拓して建てられた自然豊かな場所にある。


 昔は日本の名門音楽学校として名を馳せていたが、少子化と共にトップとそれ以外の学生達との落差が広がり、高校に至っては今や存続の危機さえ囁かれている、らしいのだが、哲太テツタは、好きなことを好きなだけ学べる今の状況に満足しているため特に気にはしていない。


「なあ知ってる?3年からうちの高校に、あの藤原幸人フジワラユキトが編入してくるらしいぜ!」

「え?なんでうち?ああいう人間は日本でもトップレベルの音高いくものじゃないの?」

「ミヒャエル先生の息子だしそのつながりかな?」

「でもあの先生都内にある大学には夏期講習の時来るけど、田舎のこっちにはほとんど来たことなくない?」


 今日は高校2年生最後の終業式。クラス替えも特にないため、いつもと同じように先生が来るのを待つ間、教室は藤原幸人の話題で盛り上がっていた。

 幸人は、若手ピアニストの登竜門イエレーナ国際ピアノコンクールで優勝し、その王子様的ルックスからクラシック界では一躍時の人となったが、体調不良を理由に表舞台から消え去っている。それでも、音楽を学ぶ学生なら、名前を聞けば皆すぐわかるほど、幸人の演奏は人々に強烈な印象を与え心に残っているのだろう。


「なあ、あいつらが話してること本当かな」

「本当だと思う。本人も言ってたから」

「ええ?」


 女子だらけの教室で、いつも肩身狭そうに小声で話す同じピアノ専攻の高橋が珍しく大声をあげる。


持田モチダ藤原幸人と知り合いなの!」「え?なになに」 


 その声につられ、女大好き毎日天国と宣い、先程からクラスの中心になって女子と話していたサックス専攻の矢野が近づいてきて、皆の視線が哲太に集まった。 


(小学生の頃も、こんなことあったな)


 適当な相槌で皆の質問に答えながら、哲太は、幸人と過ごした日々を鮮明に思いだす。

 放課後の音楽室。優しく響くピアノの音色。微かな胸の痛みとともに過ぎ去った、キラキラと輝いていたあの日々を…



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