One last fight-06



 バベルは至近距離で複数名から召喚され、自らの能力に気が付いた。結界が部分的、もしくは一時的なものであれば、結界を維持する霊力も節約できる。


 バベルを召喚しているだけでは殆ど霊力を消費しない。それは幾度もの戦闘で実証済みだ。盾で防げる時は盾を使えばいい。


「キリム、ステア」


「ん? どうしたの?」


「僕、グラディウスより役に立っているかな。役に立てるかな」


「攻撃の神と守護の神では比較ができないし、俺は一緒に戦った経験が殆どないんだけど……」


 キリムがグラディウスと共に戦ったのは、唯一ミスティ地区で繰り広げられた「デル戦」のみ。しかもその場にいただけで、共闘と言えるほど把握は出来ていなかった。


 グラディウスのお陰で助かった者もいたが、強さに関しては他人から聞いただけの知識しかない。


「バベルくんがいると心強い。誰かと比較しなくても、それは確かだ。俺達が願ったのは君なんだよ」


「グラディウスの無念を晴らす存在であっても、お前はグラディウスの代わりではない。お前は唯一無二のクラムであり、お前は守護そのものだ」


「そっか、うん。そうだね、僕はみんなを守りたくて、みんなは僕が守れると信じてくれてる。みんなの祈りはきっと無駄じゃない」


「そうだ。お前が無駄にしなければいいだけの話だ。俺の霊力を借りてなお不十分とは言わせんぞ」


「へへっ、そうだね」


 バベルにはあるべき主がいない。ただ、キリムとステアに認められることは特別嬉しいものだった。バベルはキリムとステアの間に座り、2人の背に手を回す。


 宵闇の中、控えめな焚火にくべられた薪が弾け、よい薫りが一瞬ふわりと漂う。


「うん、やっぱり僕はキリムとステアを守りたい。守りたいものがあると、強くいなきゃって気分になるんだ」


「俺達だってそうだよ。俺とステアが安心して道を切り開けるのは、バベルくんがその分護りを固めてくれるから。仲間のおかげで強くいられる、たとえ弱くたって力になれる。パーティーってそういうものなんだ」


 決戦を前に、キリム達は全力で挑むことを確認し合う。見張り交代の時間が来ても、皆を起こさずに睡眠を取らせ続ける。


 空が明るくなってきた頃、キリムは起床の鐘代わりに朝食の匂いで皆の鼻をくすぐった。





 * * * * * * * * *





「……この洞窟の中、ですよね。ものすごく強い気配を感じます」


「魔物がひしめき合っているのは確実だ。待機組は魔物が侵入してこないように宜しく頼む!」


「はい!」


 次の日の昼前、一行は目的の洞窟に辿り着いた。入り口は高さ幅共に2メルテ程度しかない。かつて訪れた時と殆ど変わらず、スレイプニルの背に乗っての移動は難しそうだ。


 岩場の始まりにぽっかり空いた洞窟は、周囲に比べ明らかに異質だ。バベルを召喚しているステア達は、早くも魔物の位置を把握している。


「以前バーンスパイダーの巣を見つけた時、あの距離がバベルの探知能力の範囲だと思え」


「歩いて10分くらいの距離は探知できる、ってことだね」


「すげえ。クラムバベルの力があれば、不意打ちは防げそうだな!」


「落ち着いて進めるのは助かります。出来るだけ安全に進みたいですからね」


 ジョエルとロイカが互いの顔を確認して笑みを零す。一方ジュディは緊張からか、まだ洞窟に入ってもいないのにライトボールを打ち上げている。


「ジュディ、大丈夫だよ。さっきバベルさんが結界は……あ、ちょっと待って」


「そう、そうなの! レイナスとジョーアは残るんだよね? いざとなった時、あたし達ってクラムバベルが全体に結界張ってくれないと……」


 ジュディは自身が無防備な状態になる事を心配していた。バベルが戦闘で盾を使って戦うのなら、後方には隙が生まれる事になる。デューもいるが、彼女はブレイバ以外を召喚出来ない。


 その心配については、エバノワとオーディンが解決策を出した。


「オーディンが後方を守るわ。ジュディちゃん達の隣でクラムバベルを召喚すれば、オーディンの周囲に結界が張られる」


「あ、あ……良かった、宜しくお願いします!」


「案ずるな、バベルに任せて攻撃に専念してくれ」


「そうだぜジュディ。魔窟とは比較にならないっぽいからな。エミーも回復は躊躇わず頼む、俺達も攻撃を防ぎながら戦える余裕はない」


「槍がつっかえそうな場所だと、実質突きしかできないからな。攻撃は防げない」


 グウェインの斧は多少防御体勢を取りやすい。だがディランと同じく武器が大ぶりで、攻撃と防御を瞬時に切り替えられるとは限らない。


 防御する事を諦め、バベルやロイカ達を信じて攻撃に専念するつもりだった。


「エミーちゃん、俺はジュディちゃんと交互でライトボールを使う。俺がライトボールを打ち上げている時は、パーティー全体を見てくれ」


「分かりました。元々そのつもりです。魔法が被ったって気にしませんから、掛けられる時に必要な人に」


「私も治癒術が使えますから、無理はしないで下さいね。私も補助的に身体能力を向上させる魔法を使っていきましょう」


「んじゃ、俺は攻撃魔法に専念させてもらいますかね」


 ジュディスとエミーだけでなく、マノフとデイビスも全力を宣言する。エバノワはベテランとして、全体の補佐を申し出た。


「もし入り口に魔物が近づいたら、全力で排除します」


「荷物が邪魔になる人は俺達で預かりますよ」


「あ、助かるー! 身軽な方が戦い易いもんね」


 レイナス達は入り口で待機だ。戦力になれない。


 それでも今は頼もしい。皆は荷物を最小限にするため、入り口近くにまとめて置き、レイナス達に任せる事にした。


「荷物を持ち歩かなくていいだけでも随分助かるわね。宜しくね、お嬢さん」


「はい! あの、ノームの召喚はいつしたらいいですか?」


「私も、アスラを呼ぶタイミングは……」


「俺がスレイプニルに指示を出す。いななけば合図と思ってくれ」


「スレイプニル。あなたは皆さんをしっかり守ってね」


 エバノワはスレイプニルの額を優しく撫でてやる。スレイプニルは嬉しそうにエバノワに擦り寄った後、オーディンを見つめてゆっくり道を空けた。


「行こう!」


 キリムの合図と共に、まずバベルが先頭を歩き始める。


「嬢ちゃん、大丈夫さ。俺様がついてる」


「う、うん……」


 ライトボールの明かりはだんだんと暗闇の中へ遠ざかっていく。数分後、ついには見えなくなった。





 * * * * * * * * *





「僕が止める! 抜けていく魔物を!」


「シールドバッシュ! ロイカちゃん、踏ん張ろう!」


「ガード……プレス! 押さえてる間に早く!」


 洞窟に入って1時間後。キリム達は何度目かの激しい戦闘に突入していた。相手は亜種だ。


 亜種は真っ黒でトカゲのような見た目ながら、腕では強力なパンチを繰り出す。尻尾を振り回し、毒も吐き散らす。亜種とは何度か戦っているが、見た目と中身が違うため、毎回緊張が走る。


「みんな頭を下げろ! ブリザードォォ!」


「重ねます! エミーお願い!」


「マジック・アップ! あとみんな防御魔法掛けといた! 10秒痛くないはず!」


 ジュディ達はキリムやクラム達の消耗を極力抑えるため、道中は自分達が魔物と戦うと決めていた。


 亜種との戦いに全く動じていないキリム達に対し、ジュディやジョエル達は亜種との戦いでさえも必死だ。ガーゴイルを前にした時、大した戦力にならない可能性を考えていた。


「隙あり! 避けてくれ!」


 ロイカ達が盾で雑魚共を払いのけて道を確保し、魔法で亜種の視界が遮られる。そこにグウェインの大振りな一撃が叩き込まれた。


「地撃ィィ!」


 地面を割らんばかりの衝撃が亜種の脳天を襲う。その上を何かが飛び越えた。


「一閃!」


 それはディランだった。ディランが槍の矛先を光らせながら跳躍し、亜種の胴体を突き刺したのだ。


「キュエエエ……」


 亜種は細い断末魔を上げて息絶えた。残りの者が雑魚共の始末をし終わり、ようやく皆の顔に笑みが戻る。


「なんとかなってるよな。この調子で……」


 ディランが笑顔で振り返る。その瞬間、バベルが急いでディランの腕を引っ張った。


「僕より前に出ちゃ駄目だ!」

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