Ⅶ【CHANCE】やるべきこと、譲れないもの

CHANCE-01(059)



【CHANCE】やるべきこと、譲れないもの




 ラージ大陸の東西を貫く山脈を縦断し、森林地帯に入って1日、村に立ち寄って1日。それから更に3日が経った。


 岩のくぼみに水をため、焼け石を入れることでお湯にする……という方法で風呂を用意したり、狩った鹿の皮を器用に剥いだり、随分と旅に慣れたようにも見える。


 しかし朝起きて凍りかけた洗濯物にびっくりしていた様子からは、まだ野宿のスペシャリストと呼ぶには遠いようだ。


 そんな一行はどうにか2度目の風呂探究を始める前に、北東部唯一の不凍港、ノウイに辿り着いた。



「なんだか、すごく厳重だね」


「そうだな。結界もあるのに、こんなに高い壁つくってどうするんだろう」


 ノウイの外壁は、結界だけで守られているミスティや、町の境界を示す程度に張り巡らされたイーストウェイよりも頑丈な造りだった。ゴーンやベンガのような、10メルテ程度の外壁で囲まれた大都市から比べてもはるかに高い。


 真下からでは外壁の上で警備巡回する衛兵の姿も確認することが出来ないほどだ。


「この街の外壁は、飛行する魔物への警備、そして何よりも山から吹き降ろされる山おろしという冷たい強風から、町全体を守るためなんですよ」


 皆が不思議がっているところ、入門手続きの守衛が答えてくれる。どこの町でも出入りには門をくぐるが、この町はベンガと同じくらい厳重だ。


「まさか、町の中は装備で歩くの禁止だったりします?」


「あい? いやいや、むしろ旅人さんは装備を着て歩くことを推奨されていますよ。万が一の際、すぐ戦って貰えますからね」


 守衛の説明によると、18時には門が閉じられる。基本的に人以外、馬車、家畜など動物の出入りはできなくなるらしい。


「案外、町はそこそこに大きいけどノウイって危険な町なのかも。気をつけなくちゃ」


「なあ、鍛冶屋や装備を売ってる工房は? どの辺りにあるんだ?」


「工房なら港の手前にある方のマーケットにいけば分かりますよ」


「よっしゃ!」


 キリム達は戦闘をこなしてきたが、エンキは1か月以上も本業である鍛冶に携わっていない。多少の装備のメンテナンスはしたが、我慢も限界のようだ。


「では、入門に際し、氏名、年齢、出身地、旅人等級、旅客協会所属ギルド、現在携帯している武器、魔道書等のリストを作成して下さい。万が一の際の身分証としてそれを使用します」


「え、そこまで書くの!?」


 リビィが思わず声を上げる。キリムは隣にいるエンキと一緒に、復唱しようにも覚えきれず首を傾げている。


「材料や腕利きの鍛冶師の逸品を求めて来る旅人、商人、指導者や魔法使いも多いのです。どうにも求めたものを実際に使用したくなる人が多いようで。更にその入手順をめぐって年に数回は大きな乱闘が起こります」


「みんな血の気が多いんだなあ。他の町では流石にそんな喧嘩っ早い旅人は見なかったよ」


「血が余ってんならキリムに少し分けてやれよってな」


「えっ、嫌だよ」


 冗談を真に受け、キリムが嫌そうに首を振る。マルスが笑いながら冗談だと告げたところで、守衛の男が理由を教えてくれた。


「すべては魔窟のせいです」


「魔窟……あ、北西にあるやつ」


「はい。あなた達の目的もそうでしょう? 魔窟に現われる魔物はとても強く、腕を上げる為に通う旅人も多い。太陽光を嫌う魔物が多く、結界も強力なものを二重に張っているので外には出てきませんが」


「いや、魔窟狙いじゃないけど……興味はあるわね」


「その魔窟や材料の事、装備品の入手でのいざこざがあって……と」


 ノウイは北で栄える工業都市という面ではなく、むしろ旅人の修行や稼ぎの場となっているようだ。


 その点、観光地や物流拠点でしかない他所の町にはベテランが流れにくい。スカイポートのような何もない町は、あんなヤケクソ大会でもなければ数日間も旅人が留まってくれないのだ。


「警備側が何もしない訳にもいかないため、このように来訪者、旅人名簿を作成しているのです。そうした管理とは別に、魔物によって建設以来4度壊されていますから、壁もしっかりしたものが必要となりました」


「そんなに強い魔物がいるのなら納得だな。俺たちも用心しないと」


「出入りする者が警戒される、魔物の襲来もある。けどよ、それだけのものがあるってことだよな!」


 エンキの目は途端に輝きだす。ゴーンにも劣らぬ鍛冶と鉄鋼の町。そこに旅人の切磋琢磨が加わるなら、職人の腕も当然試される。


 旅もそれはそれで楽しく、発見も多かった。とはいえ、エンキの目的は鍛冶技術や、この周辺で採取される鉱石、魔物の残骸から獲れる素材なのだ。


 エンキはペット用の散歩紐でもつけていなければ、このまま1人で走って行ってしまいそうだ。慌てた残りの5人は急いで持ち物や書類をまとめ、開かれた門をエンキに急かされるようにくぐった。


「まず荷物を置こうぜ! 出来るだけ身軽にして歩きたい」


「こんだけ厳重な門ならおおっぴらに盗まれることはないと思うけど、金に余裕があるなら少し良い所に泊まろう。出稼ぎ労働者や稼ぎが悪い旅人が泊まるような安宿は、鍵なんてあって無いようなもんだからな」


「とすると、旅人向けや労働者向けじゃないところ……ホテルとか?」


「ああ。女2人だけしっかりした部屋取れば、大事なものをその部屋に置かせてもらってもいい」


 リビィとサンは嬉しそうな顔をしながらも、2人だけ良い部屋に泊まる事をためらう。だが長期滞在の宿代は大きな負担になるため、全員が泊まるわけにもいかない。かと言って、全員で安宿に泊まる事のリスクも避けたい。


「俺達は気にするな、その代わり貴重品の管理は任せたからな」


「分かった。任せて」


「じゃあ、俺たちは信用出来そうなとこを探して、リビィとサンは高すぎない程度にしっかりとしたホテルを探してくれ。1時間後にこの街の旅客協会で待ち合わせ」


 ブリンクが待ち合わせ場所を指定し、しばらく港に続くメインストリートを歩くと、リビィとサンは数件並ぶホテルを指さし、そのうちの1つに入っていった。


 残りの男4人は、それからまた少し歩き、石造りで2階建ての宿屋の部屋を取った。大きな道路に面しているため目立つ事、有人のフロントがある事が決め手だった。


 木板というよりは角材を並べたようなしっかりした床に、寒さ対策の2重窓。部屋の壁はコンクリートの打ちっぱなしではなく、木板が天井までしっかり張られている。


 極寒の地にしてはこれでも足りないくらいだが、温水を使用した暖房があるだけマシだ。4人はそれぞれベッドを確保すると着替えを始めた。


「エンキの腕、ほんと太いな。戦わねえのが勿体ないくらいだ」


「ん? まあ毎日重いもん持ってたし、ハンマー振ってりゃな」


 それぞれが旅の汚れた鎧や服を脱ぎ、マシな恰好に着替える。半年前にはヒョロヒョロだった面々も、今ではなかなか鍛えられている。


 リビィやサンがいる時は気を使っていたが、男だけとなれば雑なものだ。パンツも平気で脱いで、それから新しいシャツやパンツを漁る始末。


「マルスはゴツいな、流石はガードだ。それくらいガタイが良いなら、もう少し大きな盾と重い小手でもいいな」


「そうか? そう言われると……最近筋肉痛もないし、装備が重くねえかも」


「キリムも動きの邪魔にならない良い筋肉がついてる。これならあと少し厚めのプレートで軽鎧の胸当てを補強してやれば……」


「ちょ、くすぐったいってば!」


「おい、筋肉自慢はいいから行こうぜ。早めに着いたら力や気力の伸びを調べてもらいたいし」


 自身のシャツの余り具合にため息をつきながら、ブリンクが早く支度をするようにと促す。体質なのか自分だけ細さが目立つ事を気にしているのだ。


 着替えと言っても、厚手の服を持ち歩いているわけではない。結局キリム達は装備を着直し、エンキも着いた時と同じコートを着る。


 町中で着る服は町で買えばいいと、何とも男達が考えそうな事を言いながら宿を出た。



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