第7話
ドラゴンは非常に美味かった。
程よい弾力に口の中ですぐに蕩ける脂身。そして噛めば噛むほど顔を出す心地よい甘み。
まだ新鮮なためか熱い血潮の香りが仄かに漂う。
焼いたドラゴンの肉をオイラは無我夢中で貪った。
飲み物は川まで歩くのもしんどかったためドラゴンの血を飲んでいるがこれがなかなか美味い
上質なワインのようだ。
長年草やら豆やらの粗末な食事を少量しか食っていなかったため胃が受け付けず何度か吐いたが無理矢理にでも口に肉を押し込んだ。
そして口がパンパンになるまで押し込んだ肉をワインで流し込む。
体がとても衰弱しているため肉を食って少しでも体力をつけなければとてもじゃないが最寄りの街まで行けそうにないから食わねばならないのだ。
肉をたらふく食って余った肉は燻して干し肉にした。
これでも昔は妹を養うためにいろんな仕事をしていたから無駄に知識があったのが助かった。
干し肉も亜空間に収納しておこう。
ちなみにオイラの異能で作った亜空間はどっかのご都合主義的創作物に出てくるような中の時間が止まっており収納した物が腐らないなんて殊勝なものじゃない。
しっかりと時間の流れがあるようだ。
試しに物陰で冷えていた瓦礫の一部を収納し、しばらくしてから取り出すとぬるくなっていたから間違いない。
皮やら爪やら売れそうな部位も食う前に既に剥ぎ取って異能で亜空間に収納した。
この異能は本当に使い勝手が良い。
さて、やっておくべきことも大体済んで腹もパンパンに膨れたら今度は猛烈な眠気に襲われた。
頭に靄がかかるように意識がボーっとして目がとろんとなる。
もはや寝床を探す気力も湧かなかったので瓦礫に埋もれた地下牢を掘り出しそこで一夜を過ごすことにした。
旅立ち前の最後の別れってことで苦痛の記憶しかない場所で最後の一夜を過ごす。
こいつは皮肉が効いてるね。
なんて自嘲気味の笑みを浮かべてオイラの意識は暗闇の中へと溶けていった 。
翌朝天井から滲み落ちた水滴が額に落ちたことで目が覚めた。
まるで昨日のことが嘘のように思える。
だが、朝になっても誰かが痛ぶりに来ないこと、そして、そこら中がひび割れ軋んでいる地下牢が現実だったと教えてくれる。
大欠伸をして体を上に思いっきり伸ばすと粗末な枯れ草のベットから起き上がり外へ地下牢から出た。
空は今にも落ちそうなほど鉛色で、重く暗く垂れ込んでいた。
こりゃあ後で降り出すな。
とりあえず近くの川まで歩いて行って顔を洗う。
そのついでに体も洗っておこう。
体は水をぶっかけられて毛先が硬いブラシでごしごしと雑に擦られるだけだったから臭いが酷い。
念入りに何度も体を洗ったオイラは昨夜のうちに鞣なめしておいたドラゴンの皮を使った即席の服に着替える。
そして、その上からミゲマル?が着ていたローブを少し切り取って羽織れば立派な服装になった。
少なくともオイラが着ていたボロ雑巾よりはましだ。
それにしても体力が本当に無いな。
近くの川に来るだけでも息が切れ、汗が噴き出して来る。
ずっと鎖で繋がれていてろくに歩くことすらできなかったから当然といえば当然なのだが。
それから、昨夜作っておいた干し肉と近くの木からもいだ果物で朝食を済ませると目を布切れで覆った。
つまり、目隠しをした。
なぜかというと、今はまだ曇っているからマシな方だが周囲が相当に眩しい。
目をほとんど開けていられないほどだ。
この状態で太陽なんて見たら眼が潰れてしまうだろう。
そうならないための目隠しだ。
え、これで見えるのかって?
答えは圧倒的にイエスだ。
ずっと暗闇に居たから見えないのは慣れてる。
嗅覚と聴覚、触覚で色までは認識できなくても風景の姿形はバッチリと捉えられる。
さて、もう準備はバッチリと整い、街に向かおうとしたがふと思いとどまって村に立ち寄った。
オイラがなぜそうしようとしたのか自分でもよく分からなかった。
でも、行かなかったら胸に何かが蟠わだかまると直感が告げていた。
村の入り口に足を踏み入ると大雨が降りだした。
冷たいスコールが体を穿つ。
うわ、こりゃあ酷いな。
オイラが訪れたのはかつて自分が住んでいた家の名残だ。
オイラが捕まった後、住んでいた家は火をかけられその土地には塩を撒かれたとのことで草木一本生えていなかった。
わかってはいたがオイラがこの村で育った痕跡が跡形も残っていなかった。
妹もどうなったかわからない。
多分殺されたのだろう。
あいつらが忌子の血族を生かしておくわけがない。
万一生き延びていたとしてもオイラなんかに会いたくないだろう。
オイラのせいで自分の日常まで奪われたのだから。
次に長老たちが祀る祠に行った。
祠は村でも神聖なものとされ、普段は誰も寄り付かないところだった。
しかし、ミゲランジェロ?から聞き出した情報の中で一つ気になることがあった。
なんと祠の中でオイラの目玉が育・て・ら・れ・て・い・た・そうだ。
ちょっと何言ってるかわからなかったが、もっと詳しく問いただしたところ培養液につけられその中で目玉は成長していたそうだ。
そんなことができるのは長老しかあり得ない。
だが、具体的に何をしようとしていたのかがわからない。
村の端にあった祠もそこらの家屋と共に焼かれていたからだ。
なんの痕跡も残っちゃいなかった。
まるでなにかを隠蔽するかのようにここだけ徹底的に破壊された後念入りに燃やし尽くされていた。
祠の周りには数人の黒焦げ死体が地にへばりついていた。
結局謎は解けずじまいだ。
よしっ、こんなもんか。
オイラは深めに掘った大きな穴を満足気に見下ろした。
そして、その中に村人の死体を片っ端から放り込み、そして埋めていく。
村人の死体はどれも損傷が激しく個人を識別することはできなかった。
女、子供区別なく皆殺しにされていた。
皆がオイラを踏みつけにして笑っていた奴らだが、いい気味だとは思わない。
胸がスカッとしたりなどしない。
かといって星浄教会の奴らを胸糞だと感じたりもしない。
なんなのだろうこの感情は。とても不思議だ。
口では説明できそうにない。
何の感慨も湧いていないのか、それとも複雑な感情が胸からはちきればかりに溢れているのか。
満たされているようで満たされていないような。
そんな感じだ。
自分のことながら面倒くさいねぇ。本当に…
ただ、こいつらを恨んで死体に鞭打つよりも墓を作ってやって過去を清算するほうを選んだ。行き場のない復讐心に囚われるよりも新しい未来へ進んだほうが絶対にいい。それだけは確かだ。
死体を全員分埋め終わると自作の十字架をこんもりとなった地面の上に突き立てる。
粗末な墓だが十字架は上から樹脂を塗り頑丈に作ってある。
それにここら辺は春になると美しい花畑が地面から顔を出す。
日光もよく当たる。立地も問題ないだろう。
「アンタらには何も言わないでおくぜ。ただ、成仏してくんな。オイラはもう行くぜ。もう二度と戻らない。」
地面に水を撒き墓から背を向けて歩き出す。
「ああ、でも一つだけ。」
オイラは思い出したかのように振り返り一つだけ問いかける。
「アンタらは幸せに生きれたのかい?」
何の意味もないただの戯れだ。
答えるはずもない。
それに、もし生きれたとしてもオイラのお陰とは思わないだろうし思ってもらおうとも思わない。
それからは一度も振り返ることなく村を抜けた。
もはや、何の未練も感傷も無い。
元の名前は思い出せないがこれからはモドキとしての新しい人生が始まる。
好きな時に起き、好きな時に食べ、好きな時に寝て、好きな時に好きなことを好きなようにする。
楽しみで仕方がない。
空は晴れ晴れと澄み切り蒼穹の彼方まで地平線が広がっていた。
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