第4話
オイラは気がついたら瓦礫の山の上に立っていた。
手足が軽いと思ってたら何年間もお友達だった鉄枷が外れている。
それに立つ行為自体も途轍もなく久しぶりであり一歩歩いて大地を踏みしめるたびにえも言えぬ幸せを感じる。
喜びがぞくぞくと背筋を這い上がって爆発しそうだ。
外に出れた。
そういえば新鮮な空気を吸うのも久しぶりだ。
地下牢の酢えたカビ臭い空気と大違いだ。
などと一人喜びに震えていると明らかに夜の山の中の風景にまで浮かび上がる異質の集団が目についた。
白くのっぺりとしたお面に揃いも揃って暑苦しい厚手のローブをみっちりと着込んでいる。
先頭で何やらバリアらしき物体を張っている二枚目がオイラの目玉を取り返してくれた奴だろう。
お礼の一つでも言おうとしたらいきなり罵声を浴びせられた。
「来るな!汚らわしい化け物ふぜいが。」
ええーーー助けてくれたからいい奴かと思いきや初対面でいきなり罵倒された。
地下牢で最も恐ろしかったのは絶えず襲いくる痛みや光を奪われた恐怖でもない。
孤独だ。
地下牢にぶち込まれてから誰とも会話が出来ず暗闇の中で遅いくる恐怖は並大抵のものではなかった。
それで、やっと人とまともに会話ができると楽しみにしていたのに。
待っていたのは地下牢の時と何も変わらない穢らわしい物を見る侮蔑の目と憎しみの篭った暴言だ。
泣きたくなる。
「ずいぶんな言い草だな。助けてくれたことには感謝するがお前らはナニモンだ。」
「化け物に名乗る名など無い。それに貴様が魔王だと分かっていたのなら助けなどしなかったは。嗚呼、汚らわしい。私の手と目をその汚らわしいオーラで汚した罪はしっかりとその体で贖ってもらう。勇者を助け悪を滅ぼす我ら星浄教会の威光の下にひれ伏し苦しみながら死んでゆけ。」
二枚目がそう言い終わらない内に背後の取り巻き達が一斉に低級魔法の火球ファイアーボールがゆっくりとオイラのもとへ殺到した。
火球が近づくにつれてピリピリと火傷しそうな熱が伝わってくる。
だが、地下の拷問で受けた焼き鏝ほどでは無い。
先ほど目覚めたばかりの異能の力を試すのに丁度いい。
オイラは丹田に力を込めた。
丹田から渦巻くように魔力の塊であるオーラがオイラの体を包み込む。
体の奥底からぐんぐんと力が湧いてくる。
オイラは火球を防ぐイメージを持って手足を動かすように半ば意識せず異能を発動した。
すると一直線に飛んできた火球がみるみるとオイラを避けるようにその進路を変えた。
「なっ…そんな馬鹿な。」
オイラの遥か後方で弾け散った魔法を見て放った術師達がどよめく。
中々上手くいった。
異能の発動の仕方は目から流れ込んできた情報から自然と頭の中に入っていたがそれでも少し不安な面があった。
一応攻撃面も確認するためにこっそりと遠くの山に異能を発動すると山は木っ端微塵に砕け散った。
思った以上の力だ。
さっすが邪神の権能。凄まじいねぇ。
これなら勝てる。
「なぁ、退いてくれないか?オイラは戦いたくない。ただ。今まで奪われた人生分これからを楽しく生きたいだけなんだ。」
これは、隠すことなきオイラの本心だ。
モザイクは勝ち残れだの邪神だのどうこう言っていたがオイラには戦う理由も叶えてもらいたい願いも無い。
オイラの望みは皆が普段何気なく享受している普通の自由な生活を送りたいだけだ。
あの奈落で一日たりとも忘れることなく祈り続けたただ一つの願いだ。
オイラが話してる最中にも絶え間なく放ち続けている魔法が全て当たらず逸れていっている。
だが、話は聞こえているはずだ。
つまり、やめる気は無いと。
「世迷言を。」
「魔王である貴様に人並みの人生を送る権利があるとでも思うのか。」
「大人しく自らの眼を抉り取って許しを乞え。さすれば楽に殺してやらんこともない。」
オタクらが戻したのに。
まったく。オイラにどんな罪があってここまで憎まれなきゃならねぇんだ。
魔王なんぞなりたくてなったわけでもねぇのに。
オイラの言葉を弱腰と受け取ったのか男達は仮面の奥底からくぐもった嘲笑を挙げている。
もはや慣れすぎて涙どころか声すら出ない。
黙ったままのオイラを見て連中はさらに調子に乗って騒ぎ立てる。
「貴様を産んだ親は悪魔とでも目合まぐわったのではないか。」
「生まれたことが罪であり生きていることが罪なのだ。」
「貴様は苦しみながら死ぬことが唯一の救いである。速やかに受け入れよ。」
男達は腰に差した剣を抜きオイラに斬りかかってくる。
…もういい。
オイラは先頭きって襲い掛かってくる敵に掌を向けた。
すると男二人の上半身が消し飛んだ。
「えっ…」
何が起こったのかまったくわからず男達の動きが止まる。
しかし、それが間違いだ。
「ウギャーァァた、助けてくれ。」
「ちょちょっとまってく…がっ。」
最初に動きを止めた奴から死んでいく。
理由はただ一つ。まだコントロールが上手くできないから、止まっている方が殺しやすいのだ。
まっ、それでも何人かはミスって腕やら足やらを誤って吹っ飛ばしてしまうこともあった。
力加減も難しくて売ったら金になりそうな装備や相手の身元がわかるものは残しておこうとしてもウッカリしてたらそれごと潰・し・て・し・ま・う・。
まだまだたくさんいるからいいんだけどさ。
なるべく楽に殺してやろうとしてんだけどなぁ…まっ、しょうがないしょうがない。
先ほどまで勝ちを確信し、自信満々の笑みを浮かべていた顔が一瞬にして苦悶の表情へと曇っていく。
グシャグシャの肉片となった男達が混ざり合い瓦礫の山が一瞬で墓標と化す。
悲鳴が真夜中の山中を木霊した。
星浄教会の異端審問官セトラは目の前の魔王に恐怖していた。
勝てる相手じゃねぇ。
魔王が手をかざすだけで三人以上の仲間が死ぬ。
防御魔法をかけて全身を覆ってもそ・の・中・で・潰されてしまう。
攻撃魔法を放っても全て逸れてしまう。
一体魔王の異能の正体は何だ?
攻撃も防御も通じない。
魔王はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「うっ、うわぁぁぁーこっちに来るんじゃねぇぇぇ。」
セトラは火球をの呪文を連呼する。
だが、やはり当たらない。
後ろで爆ぜた火球の煙が魔王の姿を覆い隠した。
どこだ、どこにいる。
セトラの思考はそこで途絶えた。
セトラには知るよしもないがすぐ後ろを振り向けば背後には己の屍を冷たく見下ろす魔王がいた。
なんなのだ?これは。
ミゲルは己の眼に映るものが真実だとは思えなかった。
教皇様直々の勅令を受けた五十二人の精鋭達が今や自分一人を残して全滅した。
目の前にいる魔王は体に禍々しいオーラを纏い指一本触れることなく部下達を皆殺しにした。
それも極めて残虐にだ。
殺された部下たちの体はもはや限界を留めてはいなかった。
これが魔王の力か。
見誤った。目覚めたばかりの魔王の異能がここまで強いとは。
だが。それでも私が勝つ。
なぜならあの忌子は魔王に目覚めたばかりでいくらその異能が強かろうとまだ完全には御しきれていないからだ。
その点私はダンジョンで手に入れた異能を完全に自分のものとしている。
「私の可愛い部下達をよくもここまで…魔王め覚悟しろ!貴様には骨一本残さん。」
ミゲルの体からもオーラが迸る。
ただし、その色はモドキとは逆に全てを包み込むような優しい黄金色だった。
「美しきは我が手にあり《プリマヴェーラ》」
ミゲルの高々と振り上げた大剣から伸びたオーラが空を割った。
その割れ目から二体の巨大なドラゴンが姿を現した。
これこそがミゲルの異能美しきは我が手にありプリマヴェーラの能力。
自らの魔力と引き換えにドラゴンを召喚する。
有り体に言えば召喚術である。
「さぁ、行け我が眷属よ。目の前の魔王を貪り殺せ。」
それぞれ赤い肌と青い肌の二体のドラゴンはモドキに襲いかかった。
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