六章〜蒼の章肆話

「ああ、そうだよ。あんたらの言う通りさ。あたしは、人の血を……鬼族に売ってるよ」

 隠すこともなく、銀杏さんは私と山翠さん相手にはっきりと答えてくれた。多分だけど、隠し事とかしない人だろうから安心。

「でも、それがなんだってんだい? あたしがしている事は、特に罪に問われるような事じゃあない。人間が鬼族に血を売ってなにか悪いのかい? あんたらに、迷惑かけてる訳でもないだろうに」

「ああ、そうだね。私は別に貴女がしている事について、特に悪いとかは思わない。生きとし生けるもの、全ては平等だ。困っているのなら種族なんか関係なく手を貸すのも、また一つ」

「……山翠さん?」

「そうだなぁ。強いて言うのならば……血を取られた人間の命が脅かされている訳でないのだろう? それならば、私からは特に言うことはない。私が聞きたいのは、血を買っているという相手の鬼族についてだ」

 微笑みながら。でも、どこか冷たい目をした山翠さん。私が知っていて、でも知らない友だちの姿にまるで背筋が凍ったように思える。

「……鬼族? なに言ってんだい。あたしが生き血を売ってるのは、鬼族じゃなくて人間だよ」

「え……?」

「おや……それは予想外の回答だ」

 私も、山翠さんも思っていない答えを銀杏さんは「なにをそんなに驚く事があるんだか」とでも言わんばかりに大きなため息。

「……人間、って……」

「知らないかい? この町にもたまに来てる流れの踊り子。そいつが買って──」

「……それは、髪を二つに結い……大きな花の髪飾りをつけた洋装混じりの衣装の女性かな」

 銀杏さんが話している途中だというのに、山翠さんは話を遮るようにそう口に出していた。ええっと、もしかして生き血を買ってる人って山翠さんの知り合い……とかなのかな?

「そうだよ。っていうか他にいないだろ、踊り子なんて。全く、腹が立つ不遜な態度の小娘さね」

「そうかい。彼女はここに来て……だがおかしい、彼女はどう見ても人間なのに」

「えっ、えっと……すみません、私だけちょっと話が見えないのですが……」

 山翠さんは考え込んでるし、銀杏さんは相変わらず不機嫌そうにしてるし……私だけなにもわかってない感じになってるんだけど、なにがどうなってるの?

「ああ、朱音さん。ごめんね、話が見えないよね」

「え……っと、その。銀杏さんの……お客さんって、山翠さんのお知り合い? なんですか?」

「あんた知らないのかい? この町にいるってのにあの踊り子の事、見たことないかい?」

「い、いえ……」

 有名な人……なのかな? あれ? そういえばなんだか少し前に、踊り子がどうこうみたいな話を聞いたような……ええと、ええっと……?

「朱音さんは最近この町に来たからね。知らなくても仕方ないさ」

「ふぅん? まぁ良いけど」

「朱音さん、先程から私達が話しているのは……以前、私が話した私の想い人なんだよ」

「え……? あっ……そ、そうでした! 思い出しました! 前に、山翠さんから聞いた……山翠さんの想い人……!」

「うん。流れの踊り子をしている、胡桃さんという女性でね。不思議な雰囲気の……自分の考えをしっかり持っている人なんだ」

 そうだ、そうだった。山翠さんから話を聞いてた。あれから色々ありすぎてちょっと忘れてた……! そうだよ、前に山翠さん話していたじゃない。

「彼女は、私という個人を見てくれた。そして、目の色を誉めてくれた。まるで宝石のようで良いじゃないか。周りに言われる言葉など気にするな、この私が綺麗だと話しているんだから……とね」

 その言葉が嬉しくて、その人を想うようになった……って嬉しそうに話していたんだった。山翠さんの、想い人……胡桃さん……って、いう人。その人は、なんで銀杏さんから生き血を買っているんだろう。人間、なんだよね?

「山翠さん、銀杏さんも……その、胡桃さんって方は人間なんです……よね?」

「うん……目の色は赤くもないし、人間だと私は思うよ」

「あたしも、あの小娘は人間にしか見えない。目、茶っぽいしね」

 人間が、人間の生き血を欲しがる理由なんてない……はずだし……ううーん、わかんないな。鬼族や妖が人間に化ける事は難しいって、この間灰里様に聞いたんだよね。あの時、灰里様はこう話してたっけ。

「人に化けるのは簡単じゃよ。しかしのぉ、どうしても目の色は変えられん。赤いこの色、人間は人ならざるものの証拠だと言うじゃろ? それが原因でどうにも分かり合えぬ事があると思うと……苦しいのぉ」

 つまり……目の色を変えたりは出来ない。山翠さんも銀杏さんも、赤くないって話してるし。つまりは、胡桃さんって人は人間……なんだろうな。

「……どうして人間である彼女が、貴女から人間の生き血を買っているのかな?」

「さぁね……と、言いたい所だけど……皇月の倅は敵に回したくもないしちゃんと話すよ。あの小娘は不機嫌そうに【頼まれたお使い】って話していたね」

「頼まれた……お使い、ですか?」

「そうだよ。誰にかは聞いてないからわからないけどね。とにかく、お使いと話しては毎度毎度生き血を買っていく。それどころか……って、これは話さない方が良いね。皇月の倅にはまだしも、朱音は聞かない方が良い話になっちまうし」

 私は聞かない方が良いって……なんだろ。

「そうかい。なら、今度日を改めて私は貴女に会いに来よう。そうしたら、その話は聞けるんだろう?」

「……はぁ。好きにしな」

「うん、そうするね。ええと……そうだね、後は……胡桃さんはなにか話していないかな。お使い以外に、その雇い主についてなにか」

「ええ? なにかって言われてもね」

「些細な事で構わないよ。そこから忍が情報を探る。なにかあるかい?」

 山翠さん、なにか気になる事があるのかな。私と違って、考えがあるんだろうな。大人しく話を聞くだけにしておこう……。

「そうだね……っても、あたしあんまりあの小娘とは話さないからね。小娘もあたしを嫌っているし……」

「本当に些細な事で良いからなにか無いかな? 雇い主についての、悪態とか」

「ああ。そういえば、話していたね。報酬について、細かい……って」

「報酬? 金かな」

「そうだね。いつも代わりにこうして買ってきているんだし、たまには少しくらい多めに渡してくれてもって言ったのに、相手からは一銭も無駄にはしないとか言われて腹立たしいとか話していたよ」

 あれ、なんだろう。そんな感じの言葉、私も誰かに言われた事があるような。

「相手が金に細かい、金を愛しているとか話す変態だー、とかも言っていたかね」

 お金を……愛している……って、あれ? 確かそれって前に「金は裏切らない。金がありゃ困らない。俺は金を愛している」って言っていた人がいた。そうだ、そうだよ──

「……黒紅さんが……話してた……」

「朱音さんも、そう思ったかな。私も彼しか思い浮かばない。この町で、お金にそんなにもがめつい……というと聞こえが悪いかな。まぁ、守銭奴と言われる程の存在は彼だけだ」

 と、言う事は……胡桃さんって人に人間の血を買ってこいって話しているのは黒紅さん。でも、黒紅さんは鬼族だし特に変には思わないかな。黒紅さんは、特異体質で昼間は人間と変わらない見た目をしているんだし……それに、黒紅さん話していたもの。

「人間の血か? 医術の心得のある奴から貰ってる。裏の奴でもあるから、理由は聞かずに貰えてるよ」

 そう、話していた。あの話し方からしたら、自分で貰ってる……って感じだよね。なら、黒紅さんじゃない? でも、他にそんな人はいないって山翠さんは確信してる。なら、やっぱり黒紅さんだ。だとすると、私に話していたのはどういう事? 嘘? あっ、でもそうだ。黒紅さんは、青天にも渡しているって話してくれた。青天もそう話していた。私、それを見てる。あの、小瓶を見ている。

 なら、二人の鬼族の心を満たす為の血はやっぱり──

「……朱音さん? 大丈夫かい?」

「へっ……?」

「いきなり黙ってしまったから……」

「あ……す、すみません。大丈夫です。その、少し……思い出して……確信したと言いますか」

「……へぇ。そうなんだ。なら、私もその話を聞きたいね」

 え? 聞きたい……って……でも山翠さんは協力してくれているから話さないわけにもいかないよね。でも、銀杏さんの前で黒紅さんも鬼族なんですよとか話せない。ど、どうしよう?

 そんな私の様子に気づいたのか、山翠さんは銀杏さんに「そろそろお暇するよ」と話してくれた。銀杏さんも早く出ていきなと言わんばかりの様子で立ち上がって戸を開けて外を指差している。

「話だけ聞いてすぐ帰るとはね。まぁ良いけど……あたしももう眠いし、早く帰った帰った」

「お邪魔したね。ああ、でもまた来るよ。先程の話を聞きたいし」

「……一度だけだよ。こんな長屋にあんたみたいな金持ちが来ると騒ぎになるから」

「そうかい……ふむ、この辺についてもどうにか……考えておかないと。また来るよ、お医者様」

「朱音はまだしも、あんたはもう来るなって話してるんだよ、ぼんぼんが」

「え? 私、来ても良いんですか?」

 なんとなく嫌われている気がしたのに。銀杏さんは不思議そうに首を傾げている。

「あんた、知り合い少ないんだろ? 一応あたしは医者だし、なにかあったら診てやるし話……相談とかも受けてるから来なよ。あんたなら、良い」

「……あ、ありがとう……ございます……」

「おやおや、女性同士だからか仲良くなるのが早いんだね。羨ましい限りだよ」

「あんたは特殊だから、距離をとっておきたいんだよ……」

 山翠さんの家、町の人からしたらそういう感じなんだ……ちょっと、山翠さん寂しそう。

「……山翠さん……」

「ああ、ごめんね朱音さん。さあ、帰ろうか」

「は、はい……銀杏さん、ありがとうございました。あの、また……また、来ます」

「……はいはい」

 面倒臭そうに、でもどこか温かい雰囲気で銀杏さんはひらひらと手を軽く振ったあと、ぴしゃりと戸を締めてしまった。は、早い。

「……気難しい人だね」

「そ、そうですね……」

 薬草茶は美味しかったけどね、と笑う山翠さん。うーん、あれ結構香りが強かったけど……味覚は、人それぞれか。

「じゃあ別邸に戻ろうか。戻ったら……話の続きをしよう」

「はい……あ、あの。山翠さん」

「うん? どうしたかな」

「その……お、お仕事……大丈夫、ですか?」

「ああ。大丈夫だよ、気にしない気にしない」

「そう……ですか」

 忙しいはずなのに……気にしなくて良いなんて。山翠さんは優しいな。

「山翠様のお優しさ、お解りになりましたか御友人様」

「ひゃいっ?」

「忍……急に姿を現すな。朱音さんが驚いているだろう」

「御友人様を驚かせるつもりは……申し訳ございません」

「……すみません。だ、大丈夫……です……よ?」

 とは言ったものの……うう、心臓ばくばくいってる……!

「お前、別邸に着くまでは姿を隠していろ。町外れとはいえ人の目は多くある。お前は無駄に大きくて嫌でも目立つ」

「申し訳ございません、山翠様。仰せのままに」

 跪いて、頭を下げたと思うと瞬きの間に忍さんは姿を消した。早い……凄いなぁ。

「……早めに帰ろうか、朱音さん。どうにも、目立ってしまっている」

「は、はい……」

 長屋に暮らす人達なのか、山翠さんをちらちら見てはこそこそ話してる。指差してる子達も……そっか、山翠さん……嫌なんだ。私にもわかる。あの……異質なものを見る目。怖い、よね。

「山翠さん……帰ったら、お茶淹れます。炊事場に美味しそうなお茶っ葉、ありましたよね」

「……うん。頼むね、朱音さん。帰ろうか」

「はい」

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