人物録5

大魔道士の記憶

 あたしはなぜこの故郷から出て行きたかったのだろう?

 あたしはなぜ外の世界に憧れていたのだろう?

 あたしはなぜこの故郷に帰ってきたくなかったのだろう?

 あたしはなぜ母親のことを知らないのだろう?

 あたしはなぜ……


 あたしは今、世界樹の大森林にある生まれ故郷に帰ってきている。

 フランボワーズ王国の冒険者ギルドのみんなを連れてあたしの母親の生家にいる。

 他のみんなは賑やかにバタバタとしていたが、あたしは独り、母親の使っていた、そして、あたしが物心ついた頃から使っている自室にこもっている。

 

 自分のルーツを揺るがされたロザリーに、子宮回帰の儀式を行うことになっている。

 しかし、あたし自身、この村に帰ってくるといつものように情緒不安定になってしまっていた。

 このままでは妹のように可愛がっているロザリーのための儀式に失敗してしまう。

 そのため、母親の遺した記憶のオーブと向かい合っていた。


 このオーブには、あたしの母親である元伝説の勇者パーティーの一人、大魔道士ハシェバードの記憶がある。

 あたしがどうしようもなく気持ちが落ち着かなかったら、この記憶のオーブと向かい合うようにと、母親代わりで姉代わりだった叔母サカガウィアから言われている。


 しかし、この記憶のオーブに向かい合うと体が拒絶するかのように強張ってしまう。

 それでも、あたしは覚悟を決めて手を伸ばし、魔力を注ぎ込んだ。

 そして、記憶が一気に流れ込んでくる。

 あたしの疑問は一気に解決した。


 ああ、そうか。

 あたしは……


☆☆☆


 善意の神=ハシェバードと呼ばれていたシャーマンのあたしは、大いなる神秘グレートスピリッツから授かった神託アニメやマンガを見終わり、大きなため息をついた。


 自作した魔道具たち液晶テレビとDVDデッキで、これまで謎に包まれていた神託を読み込むことに成功し、さらに言語学を駆使して神の言語日本語の翻訳も完成させていた。

 あたしはシャーマンであると同時に、魔道具作りの天才でもあった。

 言語学に関しては、シャーマンであることもあり、自然と知り合った世界中を飛び回っている風の精霊から教わった。

 そのおかげで、神託の中に登場した数々の魔道具を再現して作り出すことができたのだ。


 今回見ていた神託は、親元を離れ、知らない町で魔女としてひとり立ちして成長していく姿を描いた内容だった。

 これを見て、あたしも同じように外の世界に出ていきたい好奇心が芽生えた。

 この村の中だけでも不自由はしなかったが、それ以上に外の世界への憧れができてしまった。


 そんなある日のことだった。


 突然見たこともない巨鳥が上空に現れ、村は騒然となった。

 世界樹を狙って来たのだろうかと、村総出で守備についた。

 村一番であり、エルフの全部族で一番の魔法の使い手のあたしも参加した。


 しかし、戦闘になることはなかった。

 巨鳥は静かに降り立ち、その背から幾人かの外の人族たちが現れた。


 艶かしいツヤのある長い黒髪、白金に輝く瞳、切れ長の目、小さい鼻、ピンク色の小さい唇、小柄な体格の可憐な可愛らしい少女。

 その少女を護るように傍に立つ精悍で立派な体格の男性。

 ニンフ族の小柄な少女と虎縞のネコの獣人。


 彼らは臨戦態勢で殺気立っていたあたしたちに驚いていたが、敵意を示すこともなくおとなしく従った。


 外の世界の言語が堪能なあたしが彼らとの話を聞くことになった。


 彼らは、ここから東の大陸からこの巨鳥、ロック鳥に乗ってはるばるやってきたそうだ。

 様々な種族や子供までいて、まるで家族かのように仲が良さそうだった。

 あたしは直観ですぐに害意はなさそうだと判断した。

 彼らの話を信じて聞いていたが、唯一信じられないことがあった。


 彼らがこの世界樹の大森林にやって来た理由、それはあたしを迎えに来たということだった。


 彼らは東の大陸で、邪悪な魔族の侵略から人々を救うために戦っているらしい。

 しかし、彼らは力及ばず各地で苦戦している。

 そのため、起死回生の方法を探していた。

 

 彼らの仲間に『大賢者』という、あたしのように偉大なる神秘と意思疎通を図ることのできる存在がいるそうだ。

 東の大陸にも世界樹と同じような、偉大なる神秘と交信できる『世界の柱』があるのだろうかと興味を持ったが、彼らには何のことかわからなかった。

 大賢者とやらが神という存在からお告げを受けて、あたしが世界の果てとも言える、ここ世界樹の麓の村にいることを示したらしい。

 その大賢者はここには来ていないので、どういうことなのか確認しようがなかった。


 外の世界に出てみたいあたしは、彼らの誘いに喜んでついて行こうとした。

 でも、姉であるサカガウィアには猛反対された。


 あたしは子供のように、いや、この当時は充分に子供で、姉の真意も分からず、ただ不貞腐れていた。

 しかし、あたしはあることを思いつき、ちょうどベアーダンスの時期であることを利用して彼らを参加させた。

 歴史上初めて外部の者たちを儀式に参加させた日でもあった。


 誰もが戸惑っていたが、偉大なる神秘だけは喜んでくれていることだけはわかった。

 偉大なる神秘は寛大で、好奇心旺盛な存在だということが、シャーマンであるあたしにだけは分かっていたからだ。

 

 予想通り、偉大なる神秘は喜んで彼らを歓迎し、祝福を与えてくれ、あたしが外の世界へ出ることに許可を与えてくれた。

 この事実に、さすがのサカガウィアも何も言えなくなった。

 

 あたしは意気揚々と彼らについて行き、念願の外の世界へと旅立った。

 

 あたしは彼らの仲間たちにすぐに受け入れられ、魔道具づくりで協力した。


 神託で見た転送装置の魔道具をすぐに創り出した。

 彼らの組織である冒険者ギルドという名前の各支部に配備され、戦闘能力で勝ち目のない魔族たちに優位になる戦い方であるゲリラ戦の主力となった。

 冒険者ギルドの建物を巨大なゴーレムにする仕掛けも作り、支部長の血筋だけが使えるような秘密兵器にした。

 他にも様々な魔道具を創り出し、形勢は一気に逆転した。


 あたし自身も前線に呼ばれることがあり、人族では対応できない魔法の使い手と戦った。

 他にも、銀髪の吸血鬼の少女と何度も戦って返り討ちにした。

 殺すまでもない相手だったので、戦うたびに泣かしてやった。

 エルフは魔法に長けた種族なので、大抵の相手に打ち勝ち、いつの間にか『大魔道士』と呼ばれるようになった。


 そうそう、後に傭兵ギルドとなる組織の連中から依頼も受けていた。

 冒険者ギルドとの区別のために制服を作って欲しいということだったが、あたしと会うや、子供ガキとバカにしてきて気に食わない連中だった。

 それで、神託アニメで見た、ひでぶ! と言って爆発する、やられ役のザコのを制服にしてやった。

 連中は喜んでいたが、あたしは笑いを堪えるのに必死だった。


 どれだけの期間戦争が続けたのだろうか?


 あたしは、見た目だけは大人になっていた。

 エルフは長寿である代わりに成長も遅いので、中身はまだ子供だったが。


 あたしを故郷まで迎えに来た彼らのリーダーの少女は、『勇者』と呼ばれるようになっていた。

 無邪気な笑顔で笑う可憐で誰よりも美しい少女なのに、誰よりも強い、いや二番目に強い剣士だ。

 シュヴァリエと呼ばれる勇者を護る最強の戦士、『聖騎士』は、特に果敢に戦った。

 そして、最強の兄妹を中心に戦い、ついに魔族たちは南の暗黒大陸に逃げ帰っていった。


 あたしはこの結果に得意気になっていた。

 そして、子供のあたしは本当に戦う必要があるのか、何も分かっていなかった。

 

 最終決戦となる暗黒大陸に攻め込むメンバーが選抜された。

 リーダーの勇者、聖騎士、大賢者、そして、大魔道士のあたしだった。

 このメンバーで敵の総大将『大魔王』を暗殺することになった。

 

 この時に初めて大賢者に会った。

 この当時は、なぜかは説明できなかったが、生理的に不快な男だった。

 異種族であるあたしにも丁寧に話してきたが、毛嫌いしたあたしは無礼ともいえる態度で接した。


 そして、勇者と聖騎士の二人が重苦しく思いつめた表情だったことに、後になって気がついた。

 その理由を知った時には、全てが手遅れになっていた。


 あたしたちは『大魔王』の居城に乗り込んで、敵の幹部たちを次々と抹殺し、大魔王の首を目指した。


 だが、あたしは大魔王との直接対決には参戦できなかった。

 あたしはその直前に、年老いたヤギのような魔人族と戦っていた。

 

 傍目には互角のように見えただろうが、あたしは終始圧倒されていた。

 自分以上の魔法の使い手に、どう戦えば良いのか分からなかった。

 あたしが敗北を覚悟したときだった。


 大地が崩れんばかりの地震が起き、突然戦いは終わった。

 異変が起こってすぐに、意識を失ってぐったりとしている勇者を抱えた大賢者が奥から飛び出してきた。


 あたしが口を開くよりも先に、大賢者によって外に避難させられた。

 そして、魔帝都は崩壊し、半島とともに海の底に沈んだ。


 戦いの結末を大賢者によって教えられた。


 大魔王との激闘は熾烈を極め、聖騎士は大魔王によって討ち死に、最後の力を振り絞って勇者は大魔王を討った。

 しかし、魂の力は燃え尽きてしまった。

 最後のあがきを見せた大魔王によって、すべてが破壊された結果が今の状況だそうだ。


 あたしは巨大な半島が消えいく様を呆然と見つめていた。

 そのあたしを憎悪の目で睨みつけてくる吸血鬼の少女カーミラに気がついた。

 カーミラの背には、絶望にくれる非戦闘員の魔族の女子供たちがいた。


 あたしは訳も分からず、言われるままに平和を求めてがむしゃらに戦っただけだ。

 この戦いに勝てば大戦が終わる、そう信じていた。


 でも、この戦争で誰か幸せになれたのだろうか?

 こんな残酷な場所が、あたしが憧れた外の世界なのだろうか?


 あたしは自分のしたことの結果を知った時、失意のどん底に落ちた。


 あたしたち勇者パーティーの活動拠点になっていたフランボワーズ王国に戻り、あたしたちは人々に讃えられた。

 でも、あたしは冒険者ギルドの傍にひっそりとした工房アトリエを開き、戦争の復興の手助けになりそうな魔道具づくりに没頭した。


 ある日、勇者が亡くなったことを知った。


 あの戦いの後、魂の燃え尽きた勇者はフランボワーズ王国の女王となったが、人形のように空っぽなままだった。

 そして、誰との子供かわからない赤子を産むと同時に、役目を終えたとばかりに息を引き取った。


 反対に、大賢者は精力的に働いていた。

 女王を補佐するという名目で宰相につき、国政を牛耳った。

 さらに、光の勇者を称える聖教会の開祖となった。

 と、同時に、本性を現して、忌み嫌っていた魔族や獣人たちを徹底的に弾圧し出した。


 あたしはこの時にすべてを悟った。


 あの最後の戦いは、大賢者が欲しいものすべてを手に入れるために仕組んだのだ。

 本当は戦う必要などなかった。

 大賢者は世論を煽って、魔族に憎悪の目を向けさせ、講和の機会を潰した。

 そして、あたしたちが大魔王と戦うしか無い状況を作り出したのだ。

 

 あたしは、親友だった勇者の子を大賢者の悪意から守るために後見人となって、宮廷魔道士の長になった。

 だが、あたしの神経は魑魅魍魎の巣の中ですり減っていった。


 勇者の子が成人となり、あたしの守護が必要なくなってきた頃だった。

 もうひとりの親友と呼べる相手と瓜二つの少年があたしを訪ねてきたのだ。

 聖騎士シュヴァリエの隠し子である。

 シュヴァリエという人は、いつも女性を追いかけていたので、すぐに本物だと分かった。


 あたしはシュヴァリエの子を南部の辺境に小さな領地を与えた。

 王家の守護者になってもらうためと、もうひとつ役割があった。

 聖教会の聖騎士となり、大賢者の監視役になってもらうつもりだった。


 その役目はすぐにやってきた。

 シュヴァリエの子は大賢者が何か怪しい儀式をしていることを突き止めた。


 あたしは大賢者の真の狙いを探るために、聖教会に忍び込んだ。

 そして、儀式の完成を目撃した。

 その儀式は言葉にするにもおぞましいことだった。


 あたしは怒りに我を忘れて、この手で大賢者を殺した。


 大事な仲間をみんな失った。

 その後は、外の世界に絶望し、故郷に帰った。

 

 絶望に打ちひしがれたあたしを姉のサカガウィアは何も聞かないで迎え入れてくれた。

 

 あたしはすべてを捨て、記憶をオーブに封印した。

 そして、転生の儀式を行い、まっさらな赤子に生まれ変わった。

 その赤子はロクサーヌ輝く美しさの子と呼ばれ、サカガウィアに育てられた。


☆☆☆


 何て辛い記憶なのだろう。

 こんなこと思い出したくもなかった。

 でも、自分が何者なのか理解できた。

 記憶を失っても、しばらくは自分らしくいられることだろう。


 あたしは再び記憶のオーブに記憶を戻した。

 今はまだ、この記憶と向き合うことはできない。

 でも、これだけは確かだ。


 あたしは『大魔道士』ロクサーヌ、善意の女神の名を持つ史上最高のシャーマン!

 さて、明日も元気に行くわよ!

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