第十八節 次の目的地

―アルカディア大陸南西部 グランド・リムズ―


「……す、すごい」


 私は、この壮大な景色に飲み込まれるように息を飲んだ。


 地の果てまでも続く赤茶けた巨大な岩山、眼下に広がる悠久の時に侵食された岩山の底には雄大に河が流れている。

 エルフの伝承によると、この地は世界の始まりから歴史を刻んでいるとされている。

 ここに来れば、その伝承は真実ではないのかと信じることが出来る。


「わーい! すごいのだー! この世界に降りて来てよかったよ!」


 と、大はしゃぎをして飛び回っているのが、不思議な妖精イシスだ。

 突然現れて私達と行動をするようになったけど、どこからやって来たのか謎だ。


 アルセーヌが言うには、『偉大なる神秘グレートスピリッツ』の正体らしいけど、私は信じられない。

 だって、あの『子宮回帰』の儀式で運命を感じさせた啓示、世界樹での神々しいまでの偉大さの欠片も感じないから。

 

「おい、イシス! あんましはしゃぐなよ! 危ねえぞ!」

「ええー、ヤダ! だって、楽しいんだもん!……ギャン!?」


 アルセーヌは、調子に乗るイシスを注意したが聞かず、突風に煽られてレアの隣におすわりしていたロロにぶつかった。


 あーあ、言わんことではない。

 イシスはロロの足元に落っこちて涙目だ。


「えーん、いたた……むむっ!」


 ロロは無言で、足元に転がるイシスを睨みつけているようだ。

 イシスも対抗するようにロロと睨み合った。


「く、うう。……反省」


 イシスはあっさりとにらみ合いに負け、降伏したようにロロの足に手を付いて頭を下げた。


 ほら、『大いなる神秘グレートスピリッツ』の偉大さの欠片もない。

 こうして、イシスは子狼以下のポジションになった。


 さて、私達はロクサーヌの故郷、世界樹の村を発った。


 世界樹の大森林での研究調査も終わり、次の目的地、ここグランド・リムズへとやって来たのだ。

 この地には、ロクサーヌたちとは別部族のエルフたちが暮らしている。

 その部族は、全エルフの中でも最大規模らしい。


 そのエルフたちの住む村へとロクサーヌが案内をしてくれた。


 この村に住むエルフたちは、ロクサーヌたちの部族とは少し見た目が異なり、赤みを帯びた褐色肌、黒髪、黒い瞳、小さな目鼻をしている。

 耳は尖っているけどね。

 子供の頃に出会った賢者様と、少し顔の特徴が似ているような気がする?


 彼らの村では、変わった形の家に住んでいるようだ。

 木と土で造られたドーム型で、この部族の伝統的な住居らしい。


 彼らの生活様式は、とうもろこしなどの農耕、南部のダークエルフの帝国を滅ぼした聖教会圏の移民たちと接触して手に入れた、羊の実る植物バロメッツの栽培などだ。

 私は、このバロメッツは見た目が気持ち悪くて、正直あまり好きではない。


 でも、バロメッツの毛を使った織物は、美しい光沢、部族のシンボルなど様々な意味が織り込まれたデザインは素敵だ。

 

「あら? それほしいの、ロザリーちゃん?」


 私が物欲しそうな目でいたせいか、ロクサーヌに気づかれてしまった。

 私はハッとして、織物をしている女性からすぐに顔をそらした。


「い、いえ! そんなことはありません!」

「いいのよ、遠慮しなくって」


 と、ロクサーヌは笑いながら、織物をしていた女性とエルフ語で話をした。

 その女性は、エルフらしく無表情で愛想が悪かったので、断られるのかなぁと

思っていた。

 でも、快く了解してくれたみたいで、家の中にある私に合うサイズのカーディガンを持ってきてくれた。

 滑らかな肌触りで着心地もいい。


「わぁ、カワイイ!……ほら、アル! あんたも何か言ってあげなさいよ!」

「お、おう?」


 ロクサーヌは、ぼーっと私達の様子を見ていたアルセーヌを怒るように呼んだ。

 アルセーヌは何を考えているのか分からない顔で私をじっと見ている。


 う、うう。

 わ、私、顔が赤くなっていないよね?


「ああ、よく似合ってるぜ」


 と、アルセーヌはニッと良い笑顔で褒めてくれた。

 私は、それだけで顔に火が点いてしまったかのように熱くなってしまった。

 ロクサーヌとフィリップがいつものエッチな顔で見ていたので、私はプイッと顔を背けた。


「べ、別に褒めても何もないからね!」

「お、おお、そうか?」

「へっへっへ、アニキ。何鈍いことを……おべ!?」

「あんたは黙りなさい!」


 すぐに私をからかおうとするフィリップを、氷弾で吹き飛ばした。

 アルセーヌは、吹っ飛んでいくフィリップを驚いた顔で、子狼のロロとフレイヤはきゅーんと固まっていた。


「むぅ! ずるいです! わたくしもほしいです!」

「ニャー! レアもほしいですニャ!」


 と、ヴィクトリアとレアもおねだりを始めた。

 ロクサーヌは、やれやれとため息をついて、自分の村の特産品、木工芸品を乗り物から持ってきて織物と交換した。

 もちろん、自分の分もしっかりと交換していた。


「どうですか、アルセーヌ様?」

「ええ、もちろんお似合いですよ」

「キャー! 嬉しいですわ!」

「ニャーニャー! レアは、レアは?」

「ああ、もちろん、レアも似合ってるぞ」

「ニャー! ご主人たま大好きですニャ!」

「ねー! あたちの分は?」

「え、ねえだろ? お前に着れるサイズなんてあるわけねえんじゃね?」

「な、なんで、あたちだけ雑なの!?」


 イシスはキーっと言って、アルセーヌの頭に乗っかって、髪の毛を引っ張っている。

 アルセーヌは女の子たちに擦り寄られて困ったように笑っていた。


 レアは下心もなく喜んでいるけど、ヴィクトリアは私に張り合って勝ち誇っているように見える。

 このお姫様は、行動力がすごくてうらやましくなる。


 私はどうして素直になれないんだろう?

 『子宮回帰』の啓示が本当なら、もっと素直にならないといけないのに。

 

 この夜、私達はこの村に泊めてもらい、満天の星空のもとで、音楽やダンスを楽しみ、キャンプファイヤーをした。


 とうもろこしをすりつぶして作ったトルティーヤを油で揚げ、その上にトマトたっぷりでピリ辛なサルサやアボカドを多く使ったまろやかなサルサ、バロメッツのラム肉をのせて美味しく食べた。

 他にも、バロメッツのラム肉をふんだんに使ったシチューも出され、みんな最高の笑顔でこの夜を楽しんだ。

 

 こんな夢のように儚い幸せな夜が、いつまでも続いてほしいなぁと、流れ星に願った。


・・・・・・・・・


―フランボワーズ王国 河川地帯、ソレル砦外 タッソー家陣営―


 エドガールは、追い詰められながらも賢臣たちの言葉を謙虚に耳を傾け、立ち直った。

 その士気の高さは未だに圧倒的に高い。


 一方、対するタッソー軍はどうだろうか?


「クソ! 小賢しい真似しやがって!」


 タッソーは斥候の報告を受け、顔を真赤にして大激怒していた。

 

 それもそのはず。

 タッソーの軍は、夜毎に夜襲を受けていた。

 そして、その度に兵糧を奪われたり、焼き討ちにあっていたのだ。


 これが、リュウキの最大の策である。


 エドガールたちがやってくる以前、ベアトリス達コルマール家は盗賊に落ちぶれるほど食い詰めていた。 

 食べる物がなければどうすれば良いか?

 あるところから調達すればよいのである。


 金もない、取引する物資もない、何もない。

 要するに、簡単な話、略奪するだけである。

 ただし、その略奪先は敵対することになるタッソー家の領地からである。

 

 リュウキは隠者として、この複雑に入り組む河川地帯に長い時を過ごしてきた。

 となれば、様々な抜け道も熟知しているものである。

 

 リュウキの指揮により、旗印のない盗賊団はタッソーの統治能力以上に広げてしまった領地内で略奪を繰り広げた。

 この冬の間に兵糧をためたおかげで、この戦の目処がたった。

 そして、現在も砦の抜け道を使い、夜毎にタッソーの陣営で兵糧を奪っていたのだった。


 元々、エドガール軍に対してタッソー軍は数が多い分、兵糧の消費も多かった。

 タッソーはこの夜襲に悩まされていたのだ。


 本来なら、タッソーはここで解決に導く助言をしてくれる臣下がいたはずだった。

 しかし、自分の短気から軍師のゴダールの首を刎ね飛ばしていたのである。

 そのせいで、配下の者たちは二の舞を恐れて口を閉ざしていた。


「ならば、管理をしやすいように兵糧をひとまとめにしてはどうでしょうか?」


 いや、唯一タッソーに口を出せる人物がいた。

 最古参の側近サックスである。


 この男は、ゴダールとは日頃から反発しあっていた。

 そして、讒言を用いてゴダールを陥れたのだ。

 己の保身のために他人を陥れるこの男に、タッソーの配下たちは不信感を強めていた。

 

 さらに、この状況でもう一つ重大な事件が起こった。

 タッソーの後ろ盾になっていた宰相ジラールが『憤死』したことである。


 あの恐るべき宰相がいなければ、このタッソーを担ぎ上げることに正当性は無くなっていた。

 今では、どの配下も及び腰になり、士気が揺らいでいたのである。


 この時に一手打っていれば、次の展開は無いまま、ジリ貧でエドガールは潰されていたことだろう。

 しかし、タッソーは配下たちの人心掌握に務めることは何もしなかったのである。


 先程のサックスの兵糧を一箇所にまとめるという策、あまりにもリスクが大きいのである。

 もしも、そこが襲われれば、全ての兵糧が失われることになる。

 軍事的なことだけではなく、ビジネスにおいても定石だが、リスクは分散するべきだ。

 少しでも学のあるものがいれば、その危険性が分かることだろう。


 当然ながら、タッソー軍にもそんな人物はいた。

 その人物は泥舟に乗ったまま沈むことを拒んだ。

 そして、最高機密を持ったその人物はタッソーを裏切り、エドガール軍へと降ったのだ。


 こうして、この戦いの最終決戦の舞台が整ったのである。

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