第2節 叙任式
僕はついに憧れの聖騎士になった。
成人したばかりでいきなり聖騎士になるのは非常に珍しいらしく、さすがは『神の子』だと言われた。
でも、僕には凄いのかは、イマイチよくわからなかった。
僕はただ生まれついて『聖闘気』が使えるだけだ。
物心ついた頃から、祖父代わりであったシグムンド先生にただの子供扱いをされて育ってきた。
それに、先生も僕と同じように聖闘気を使えたので、それほど特別ではないのだと思っていた。
その先生も、僕が6歳の頃に亡くなり、かつて先生のいた場所、聖騎士の頂点『七聖剣』序列第1位が僕の目指す目標となった。
それからは脇目も振らずに、自己鍛錬に明け暮れた。
僕は自分の力を抑える魔道具、制約の腕輪を常に身につけている。
これは、僕が力の制御ができなかった幼い時に、先生に作ってもらったものだ。
今では力の制御はできるようになっている。
それでも、僕は自分を鍛えるため常に付けるようにしている。
でも、僕には鍛えても試す機会はずっとなかった。
従兄弟で弟代わりだった従者のヨハンしか、僕には同年代の比べる相手はいなかったのだ。
ヨハンは僕に比べれば、何をやるにも覚えが遅かった。
でも、ヨハンは僕より年下だし、それが当たり前だと思った。
そのヨハンとは、手合わせは数え切れないぐらいやった。
しかし、僕が成人して家を出るまで、一度も僕は本気を出すことはなかった。
だから、僕には自分が今どのくらいできるのかよくわからない。
それでも、僕は実戦が未経験ではあったが、周囲の期待とともに聖騎士となったのだ。
僕が聖教会の騎士として登録するために赴いたのは、僕の出身国であるロートリンゲン大公国の聖教会本部である。
首都ヴェアンにある。
しかし、僕は聖騎士となったので聖教会の総本山であり、神皇国の神都ヴァルカンへと赴かねばならない。
通常、一般の教会騎士は各国の聖教会本部で、本部長である大司教が叙任式を行う。
でも、僕の場合は、新人とはいえ聖騎士であり、聖騎士の叙任式は全ての聖教会の長、教皇が直々に行うのだ。
ヴァルカンは国と言うにはあまりにも小さく、聖教会の関係者が住むだけの都市国家だ。
もちろん、聖教会の総本山なので教皇や聖騎士上位者『七聖剣』など聖教会の重鎮たちなどが住んでいる。
世界で最も神聖にして重要な都市でもある。
位置的にはロートリンゲン大公国、フランボワーズ王国、ローマン共和国の国境が重なり合う、アルスノ山脈にある霊峰モンテブランの麓にある。
叙任式が行われるのは毎月の月末だけである。
そして、叙任式の準備があるため、申請をするのは前の月の月末までと決まっていて、今月は申請のみとなり、僕の叙任式は来月末だ。
そのため、聖騎士に登録したとはいえ、まだ叙任式の済んでいない僕は見習い騎士の身分だ。
この準備期間、僕は見習い騎士としてヴェアンの聖教会で過ごした。
やることは特に難しいことはなく、毎日の祈り、教会への奉仕活動、騎士としての訓練などをしていた。
教会の人達は僕に話しかけてくることはせず、僕が神の子というせいで、教会内では神聖視されているらしく、どこか遠慮しているような感じがした。
僕としては、静かに自己鍛錬が出来て、この環境でも悪い気はしなかった。
そして、叙任式の前日になった。
僕は聖教会本部にある転移魔法陣で聖教会総本山のヴァルカンへと向かった。
転移魔法陣は、400年前の聖魔大戦の頃は様々なところで使われていた。
しかし、転移魔法陣は非常に便利であるが、悪用されれば非常に危険な代物である。
実際、転移魔法陣によって、大戦の戦火は瞬く間に世界中へと大きく広がった。
そのため現在、一般では禁忌とされ、聖教会総本山と各国にある聖教会本部、一部の重要地域の聖教会へと繋がる転移魔法陣を聖教会が管理する、という形として残っているのみである。
ヴェアンの聖教会本部では、転移魔法陣は地下に設置され、見たこともない不思議な小さな個室のような金属の箱で出来ていた。
その箱の中の床面に魔法陣がびっしりと刻まれ、その上に立って魔力を込めると作動した。
まるで、目眩のようにくらっとしたと思ったら、あっという間に景色が変わった。
「ようこそ。お待ちしておりましたよ、我らが神の子」
到着した転移魔法陣の外では、老齢の男性が厳かな雰囲気で出迎えてくれた。
文献で見たことがある程度だが、真紅の法衣を纏っていることから教皇の側近である枢機卿だと、僕は判断した。
「お出迎えありがとうございます。ジークフリート・フォン・バイエルンと申します。お見受けしたところ枢機卿猊下でございますか?」
僕は剣を床におろし跪いた。
こうするのが、高位聖職者への礼儀作法なのだと、見習い期間に習った。
「おお、これは神の子よ。あなたは我らが聖教会の宝ですよ。私などに畏まらなくてもよろしいのですよ」
枢機卿は困り顔で僕を立たせ、グレゴリウスと名乗った。
その後、僕は聖教会にある空き部屋に案内してもらい、僕の荷物を置かせてもらった。
本来、このようなことは小間使いの者がやることである。
僕は、グレゴリウスに感謝の意を示した。
「それでは、神の子よ。急がせて申し訳ないのですが、明朝叙任式が行われます。まずは準備を整えていただきたいと思います。詳しい話は助祭のこのパウロにお聞きください」
そう言うと、グレゴリウスは去っていった。
パウロに案内され、僕は沐浴をして身を清め、聖騎士の証であるペガサスを象った白銀色の鎧に身を包んだ。
その後、叙任式を行う聖堂に向かった。
そして、聖教会のシンボルである、石に刺さった神剣を模したクルスが壁にかかっている祭壇に向かって、一晩中祈りを捧げ続けた。
祭壇の上には儀式用の剣が置かれ、月明かりがキラりと反射し、神聖さを強調しているようだった。
夜が明けると、叙任式に列席する人々が次々と集まってきた。
後で聞いた話だが、列席したのは聖教会の重鎮たち、総本山にいる『七聖剣』を含む上位の聖騎士たち、各国の君主かそれに準ずる者たちなど、そうそうたる顔ぶれだった。
『神の子』を品定めするために集まったのだそうだ。
こうして聖堂に列席者が集まった頃、叙任式が始まった。
今月の参加者は僕一人だけのようだった。
僕は、教皇が出てくる方向に向かって祭壇の前で跪いた。
そして、様々な紋様を象った白い祭服に身を包んだ教皇が現れた。
頭には黄金や宝石を散りばめられた冠をかぶり、白金の十字の杖を手に持っている。
後ろには助手として、枢機卿グレゴリウスが付き従っていた。
教皇は手に持っていた杖をグレゴリウスに手渡すと、祭壇の上に置いてあった剣を手に取った。
そして、両手で水平に持つとその剣を祝別した。
「この者が、聖教会、無辜なる民、光の神の信徒、あるいは邪悪なる魔の者たちに抗うすべての神の奉仕者の光の守護者とならんことを」
教皇は祝別した剣を抜き、僕の首筋に当て
「まさに今、聖騎士になろうとするこの者に、真理を守るべし、聖教会、無辜なる民、光の神の信徒、祈りかつ働く全ての人々の守護者たるべし、そして、この者を光の守護者たらんことを!」
こうして、教皇は僕に祝別を与え、僕の肩に軽く剣の腹を当てた。
この教皇の声は、不思議と魂に響く、神聖な声のように感じる。
その後、教皇は剣を鞘に収め、大きなスターサファイアのはめた右手を僕の前に差し出した。
僕はそのスターサファイアに口づけをし、祝別を受けた剣を受け取った。
そして、聖堂内には拍手が巻き起こった。
教皇がグレゴリウスに預けていた杖を受け取り、退場して行くと叙任式は終わった。
これで僕は名実ともに聖教会の聖騎士となった。
叙任式を終えた僕は、昼食会に招待された。
聖教会は総本山とはいえ、いや総本山だからこそ、普段は質素な食生活をしているそうだが、この日だけは豪勢だった。
僕の聖騎士就任のお祝いのためだった。
聖騎士になることのできる者は年に10人いるかどうか、下手をしたら誰もいない年もあるほどだそうだ。
そのため、聖騎士の叙任式は特別なことである。
通常は、その聖騎士の出身国から代表者が参列するだけだが、僕の場合は『神の子』ということもあり、世界中からこれだけ多くの重要人物たちが、全てに優先して駆けつけてきたのだ。
僕はこれまでの人生において、このような盛大なパーティーに参加したことはなかった。
バイエルン家というロートリンゲン大公国の大貴族という名家の嫡子ではあるが、僕自身は『神の子』として生まれてきてしまったため、俗世間から離れた生活をしていた。
自宅である首都郊外のバイエルン家の別宅から出ることはほとんどなく、僕を訪れるものもほとんどいなかった。
別宅と言っても、敷地内には広い森やユニコーンを走らせるほど広大な庭があったので、窮屈な思いをしたことはなかった。
僕自身、自己鍛錬に明け暮れた幼少期だったので、何も不自由は感じなかった。
初めて自宅の外に出たのは、5歳のときだった。
聖教会で魂の鑑定を受けるためだった。
まだ病に倒れる前のシグムンド先生に連れられてだった。
聖教会の前で、あの方が母親だと、聖母像の前で教えてもらった。
僕にはよくわからなかったが、先生にとても名誉なことだと言われ、僕は誇らしく思ったものだ。
鑑定を受けた後、首都の中心部にある本邸へ報告のために訪れた。
赤子の頃に出て以来初めて訪れたが、ここが僕の生家だと言われても何の実感は沸かなかった。
執事に出迎えられ、父親の元へ案内された。
父親は執務室で書類仕事をしていて、始めに挨拶だけをして、あとは先生が報告しているのを僕は眺めているだけだった。
父親とは別宅で年に数回顔を合わせる程度で、僕にとっては他人も同然だったのだ。
その後、僕の5歳のお祝いの食事会になった。
食事会とはいっても、バイエルン家の親戚の集まりだ。
そこには、この日初めて会った、まだ言葉もうまくしゃべることの出来ない幼い異母妹、生まれたばかりの異母弟を抱きかかえる父親の後妻とともに食事の席についた。
この時の父親は僕に向ける機械的な無表情とは違い、幸せそうな笑顔など、見たこともないほどに表情豊かだった。
食事会が始まったが、僕は興味もなく、大人しく席についているだけだった。
分家の大人たちが媚びを売るような顔で僕に話しかけてきたり、この当時は存命であった当主だった祖父が、威厳を出そうと偉そうにしていた。
異母妹が舌っ足らずに僕に挨拶をしてきて可愛らしいとは思ったが、あくまでも遠い親戚の子供ぐらいにしか思えなかった。
この時に従兄弟のヨハンと初めて会い、僕の従者になるという挨拶をしてきた。
このように、僕が大きな集まりに参加するのは数える程度のことで、どれも興味のない事ばかりだった。
そのため、僕が主役であるこの聖騎士就任の立食形式の食事会では、どうすればいいのかわからず、端っこの壁にもたれて参加者たちを眺めているだけだった。
「これは、これは。我が大公国の宝『神の子』ジークフリートよ。余はロートリンゲン大公国、ルドルフ・ロートリンゲン6世である。赤子の時以来ではあるが、お初にお目にかかると言っておくぞ」
何とも尊大に話しかけてきたのは、僕の出身国であるロートリンゲン大公国の大公であった。
世俗に興味のない僕でも、自分の国の君主の名前ぐらいは知っている。
しゃくれた顎と長い額と受け口という特徴的な顔なので、とても分り易くて間違えることもない。
「これは、陛下。本来は、私が先に挨拶に伺わねばならぬ身分であり、まことに申し訳ございません。改めまして、私はジークフリート・フォン・バイエルンでございます」
僕は、大公に跪き頭を垂れた。
いかに僕が世俗に疎く、興味がなくとも、礼節に関しての教育は受けている。
僕の教育係でもあった、敬愛するシグムンド先生の名誉を汚してはいけないので、最低限の礼節は示した。
「苦しゅうないぞ、神の子よ。面を上げよ。余はそなたのことを誇らしく思うておる」
大公に促されて僕は立ち上がり、大公に目を向けた。
大公はぶどう酒の満たされた盃を手に持ち、上機嫌であった。
「そなたが赤子の時分、当時の当主であったそなたの祖父と現当主のそなたの父親に連れられたそなたは、余に目通りをしたのだ。その時から余は確信していたのだ。そなたが聖騎士になって当然だとな。世が世なら勇者にもなれただろうな」
「恐れ入ります、陛下。陛下にそのようなことを思っていただけて光栄でございます」
「そなたは、我が国の大英雄、シグムンドの弟子でもあったな?」
「はい。幼き時分の短い間ではございましたが、私を聖騎士への道に導いてくださり、今でも敬愛しております」
「そうか。惜しい男を亡くしたものよなぁ」
「ええ、私も残念に思います。しかし、先生はおっしゃっておりました。これも天命なのだと」
僕は、大公が今は亡き先生を今でもよく思っていたことを嬉しく思った。
僕たちは少しの間、先生の思い出話に花を咲かせた。
その後も、様々な相手が挨拶に訪れた。
聖騎士『七聖剣』序列第1位は、急な任務のためこの場にはいなかった。
僕の目標である地位に、現在ついている相手に会えなかったのは残念だった。
少なくとも、他の七聖剣には会うことが出来たのは良かったと思う。
誰も彼も、一癖も二癖もありそうだったが、今後が楽しみではあった。
この時に聖教会圏の盟主と呼ばれるフランボワーズ王国国王、ルイ・ヴェルジー15世とも出会った。
僕にとっても遠い血筋ではあるが、伝説の勇者の直系の一族の長でもある。
僕はあまりいい印象は抱かなかったが、儀礼的に敬意は示した。
もう初老になっているとは思うが、好色そうで脂ぎっていた。
傲慢な物の言い方もあり、不快には思ったが、表には出さなかった。
これが伝説の勇者の末裔とは、時の流れは恐ろしいものだと思った。
そして、教皇ともこの時に初めて話をした。
叙任式では顔を合わせたが、会話は初めてだった。
教皇は叙任式とは違い、白い蔡瑁、白い祭服という質素な服装をしていた。
髪の色もすでに白くなり、顔には深いシワが刻まれている。
目もすでに老いた感じには見えるが、サファイアのような青い瞳には深い知性が感じられる。
「教皇猊下、この度はこのような素晴らしい式にしていただき、誠に感謝いたします」
僕は教皇が近づいてくると、跪き頭を垂れた。
この食事会だけでも何度目になるのか?
これまでの15年以上に同じことを繰り返した。
「表を上げなさい、神の子よ。それに、場を整えたのは下々の者たち、全ては神の思し召しです」
他の者達同様、教皇も面をあげさせた。
「私も感謝していますよ。我々もあなたを迎えることができて」
これまでどれだけの信徒たちを魅了してきたのか、教皇は神々しいという表現に相応しい笑みを浮かべた。
僕自身に対しても好印象を与えた。
「もったいなきお言葉でございます」
「ふふふ、畏まらなくても良いのですよ。そうそう、この場にはふさわしくないのですが、あなたの今後のことについての業務連絡です」
教皇にそう言われ、僕は居住まいを正した。
「教皇猊下直々とは光栄の極みであります」
「本来は別の者がこの後説明するのですが、私が直接お話しをしたいと思ってのことです。本日はこの後、教会内の一室で休んでもらいます。明日の朝、聖騎士団長室にて配属先の通達があります。通常は前もって決まっているのですが、あなたの場合は特別ですからね。あなたの希望先を聖騎士団長に伝えてください。どこも人手不足なので問題はありませんよ」
「このようなことまで! どれほど感謝してもしきれないほどでございます」
僕は素直にそう思い、再び頭を垂れた。
「ふふふ、それに私があなたの魂を直接見たかったというのもあります」
「それは一体……?」
僕には、よく意味がわからなかった。
首をひねっている僕を笑い、教皇は僕の頭に直接手を当て、淡い光を灯した。
「……おお! これは実に素晴らしい。まさにかつての勇者様のようですね」
教皇はそう言うと、感激したように少し涙ぐんで見えた。
あまりにも大げさな気がする。
「あの、これは一体?」
「ふふふ、突然のことで申し訳ありませんでしたね。教皇になれば魔道具を使わなくとも魂を直接見ることができるのです」
「それに、勇者というのは?」
「おっと! これは失礼しました。私も文献で見た程度ですが、初代教皇様の勇者様の鑑定結果です。初代教皇様もこのように魂を見たそうです」
「そう、ですか。私如きが勇者様のようだとはおこがましいですね」
「おや? 神の子ともあろうものがずいぶんと謙虚ですね」
「そうでしょうか? たいへん申し上げにくいのですが、神の子と呼ばれるのはちょっと、その、呼ばれるだけでむず痒くなってしまいます」
僕はそう言って苦笑いをした。
教皇とはもう少し話を続けた。
そして、時間とともに参列者たちはそれぞれの場所へと帰っていった。
全ての人を最後まで見送り、僕は部屋へと戻った。
僕は、叙任式で受け取った剣を眺めながら夜を過ごした。
今日から聖騎士だとは言われても、あまり実感がわかなかったからだ。
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