管理者のお仕事 ~箱庭の中の宝石たち~
出っぱなし
プロローグ
ぼうけんをはじめますか?
はい
いいえ
人生は常に選択の連続である、と様々なところでよく見聞きする。
俺自身40年近く生きているので、それは本当だなと何度も経験して分かっている。
だが、この選択を理解するまでには、かなり時間がかかった。
というか、今の状況が現実離れしているからだ。
まず、俺は南米にある「天空の鏡」と呼ばれる塩の大地を見に来ているはずだった。
塩湖に映る鏡のような湖面を見ていたら、いつの間にか雲の中、いや雲の上の世界だった。
そして、周囲にはパルテノン神殿のような大理石の建造物が立ち並んでいた。
今立っている場所は広場の様になっていて、その広場の中心部、他より一段高い円形の舞台のような石畳の上だった。
そんな中、目の前には光り輝く美の化身と称してもおかしくないような女性がこちらを見つめている。
髪が腰までの長さがあり、絹のように滑らかでありながら軽くウエーブがかかり、淡く光沢を放つ薄い色の金髪、透き通るほどの真珠のようなしっとりとした白い肌には一切の汚れなど見受けられず、エメラルドグリーンの瞳には平服したくなるような気品があるが、柔らかな色合いにより心を落ち着かせられる。
明らかに人間ではないのだろう。
背中には大きな白い翼が生えている。
俺にとって、完璧な理想の女性が現れてしまい、思わず見惚れてしまった。
しかし、俺は混乱していた。
いきなり映画のシーンが切り替わるかのように、21世紀の南米にいるはずなのに古代ギリシャのような場所へ移り、西洋風の神話の女神のような美女が何の前触れもなく現れた。
夢であればちぐはぐで意味不明な内容、目が覚めればすぐに忘れるようなことだろうが、目が覚める気配など全くない。
目の前の女性は、中国語のようなものでしゃべりかけてきているようだが、何を言っているのか、さっぱり理解できない。
俺は、ただぼんやりとその様子を眺めていた。
女性は、5分ほどで話し終え、満足したかのように満面の笑みで俺を見た。
しかし、俺の反応がないことに気づき、怪訝そうに顔をしかめている。
そして、俺の全てを見通すように俺に淡い光を当てた。
女性は口に手を当て、しまったというように目を見開いて声を上げた。
「す、すみません! この世界で一番使われている言語で説明したのですが、他言語の方だったのですね、も、申し訳ありません」
と、顔を少し赤くして、俺の母国語である日本語で慌てて謝罪し、両手で顔を隠した。
俺は直感で悟った。
見かけによらず、頭が弱いのではないだろうかと。
真っ白の薄い羽衣を纏っているだけなので、ボディーラインがよく分かるのだが、出るとこは出て、締まるとこは引き締まっている。
古い言い方だが、ボン、キュ、ボンというやつだ。
しかも、大きな胸には2つのぽっちが浮かんでいて、痴女かと思いたくなる。
きっと乳に栄養が行き過ぎて、頭に回っていないのだろう。
所謂、残念美人である。
そう思うと、俺は急に冷静になった。
夢や幻だろうと、この非現実的な状況でも落ちついていられた。
ふう、と一息つくと単刀直入に聞いてみた。
「ええ、問題ありませんよ。ところで、さっきは何を喋っていたのですか? というか、あなたは何者ですか? ここはどこでしょうか?」
俺は、矢継ぎ早に思ったことを口に出した。
女性は会話が出来そうだと思ったのか、ほっと一安心したように一息つき、キリッと真面目な顔つきになった。
「わたくしは、異世界の創造主、美の女神イシス・エメラルドと申します。あなたの住む世界とは別次元に存在する者です。あなたに頼みたいことがありまして、神々の住む天上界へと呼ばせていただきました」
「ふーん? ……断る」
「はい、ありがとうござい……ふぇ? そ、そんな~、は、話だけでも聞いてくださいよ~」
異世界の創造主と名乗った女神イシスは、断られるとは微塵も思っていなかったらしく、早くもおろおろと狼狽えていた。
いきなり頼み事を聞けだなんて、厚かましい。
正直、面倒くさいし、やる気は起きない。
例え、夢でもね。
もし、本当に相手が神だとしてもへりくだる必要も無かろう。
そういえば、かつて利用するだけ利用してその気にさせといて、告白したらそんな気はないとあっさり言い放った女を思い出した。
俺自身モテる男ではないので、簡単に引っかかってしまったのだが、それから女に対して用心深くはなった。
ある意味、勉強にはなったが、今は関係ない話か。
と、黙って考え込んでいると、イシスは涙目になり、捨てられたダンボールの中の子猫のようにこちらを見つめていた。
ふん、その程度で騙されないぞ!
と思いながらも妙な罪悪感が芽生えた。
「……はぁ、しょうがないから話を聞くだけ聞くよ」
と、俺はやれやれというように頭をかきながら言った。
イシスは、ぱっと目を輝かせて眩いばかりの満面の笑みを浮かべた。
大げさに表情がコロコロと変わって、見た目とは裏腹に中身がJKのようなやつだなと呆れつつも、過去の教訓を全く活かしきれていない、自分の間抜けな甘さにも呆れる。
イシスは嬉々として、早口で長々と説明をしていたが、話を要約してみるとこういうことだった。
1.女神見習いを卒業して、神々の王である神王から直々に言い渡され、仕事が決まった。
2.それは、新しい世界を創ることである。
3.しかし、何度も失敗してその世界を途中で崩壊させている。
4.崩壊させるたびに神王が世界を復活させるのを手伝いに来る。(もちろん、その度に怒らている)
5.が、さすがに神王も我慢の限界らしく、今度失敗したら天界追放らしい。
6.で、崖っぷちに立たされて、ようやく出た答えが、別世界の人間を管理者にすることだった。
「と、いうことなのですが、引き受けてくださいますか?」
イシスは不安そうに、ちょっぴり眉の下がった顔でおずおずと聞いてきた。
次がないから焦っているのだろうか?
しかし、必死さが感じられないのは俺だけか?
「まず、受ける、受けないの前に質問がある。なぜ、俺を選んだんだ?」
これは、当然の質問のはずだ。
はっきり言って、明らかに人選ミスではないだろうか?
俺以上の適任は世界中どこにでもいると思う。
有能な政治家やカリスマ経営者等々、挙げればいくらでも出てくる。
俺自身も全人類の平均以上の能力はあると自負しているが、これは荷が重すぎると思う。
考えてもみろよ?
神の仕事を手伝えなんて、それこそ神話の中の出来事だ。
異世界転生なギャグの世界じゃなかったらな。
「うっふっふ。それは、あなたの魂の色が面白いからです!」
イシスは腕を組み、さも当然というように、なぜかドヤ顔をしている。
よく意味がわからないんだが、と俺は答えた。
「前提として、管理者となる者は、強い魂の力が必要となります。最低限、魂の力が強くなければ、世界を渡る時に途中で燃え尽きてしまうからです。もちろん、強いというだけでは管理者の仕事はできません。そこで、次に必要になるのは魂の個性です。魂の個性というのは色に現れます。この世の万物に魂は宿っていますから、天上界から世界を眺めていると、宝石箱みたいですっごく綺麗なのですよ」
うふふと笑って、イシスはうっとりとした目で惚けている。
というか、今何か恐ろしいことをさり気なく言ったよな?
燃え尽きるって、死ぬってことだよな?
俺みたいな凡人が行ったら、マジで途中で燃え尽きるんじゃないのか?
「……はっ! 失礼しました。んん! ええと、そうして、管理者を探す為に、様々な世界を見て回ったのですが、珍しい魂を見つけたのです。それが、あなたです!」
ビシッと、某有名名探偵の孫みたいに指を指されても、俺にどうツッコめってんだよ?
呆れ顔の俺を無視して、イシスは更に続けた。
「それで、一目あなたの魂を見て、ああ、この方しかいないとこうして呼ばせていただきました」
ふむ、魂の色ねえ?
自分では魂なんて見ることができないから、はっきり言ってよくわからない。
世界中ブラブラと一人で渡り歩いているし、本も小難しい哲学からできの悪いネット小説まで読んでいるので固定観念は少ない方だと思う。
なので、何となくは言っている意味は分かる。
魂の存在もこの世界にあると言われれば、あるんだろうと思って否定はしない。
しかし、一人の人間のできることなんて、たかが知れたものだともわかってはいる。
が、俺の適応能力は高いと自分でも思っている。
とはいえ、面白いかどうかは自分ではよくわからない。
「それで、行く世界はどういうところなんだ?」
「ええ、そこはこの世界と似たように創ったのですが、人族の他に、獣人、魔族と呼ばれる者たちもいます。動物の代わりにモンスターを創ってみました。この世界ではファンタジー世界と呼ばれるようなところです。今は、この世界の西暦1500年頃の文明レベルですね」
「え、もうそこまで創ってんの?」
「ええ、崩壊するとしたら、いつもその先の時代なのでいつでも行けるように準備をしておきました」
ううむ、段取りはいいみたいだな。
仮にも女神様か。
ん?
「……動物代わりにモンスターってどういう事?」
「はい! ファンタジー生物は、わたくしの世界では、ただの動物です。例えば、ネコはケット・シーとか猫又ですし、犬はウルフ系のモンスターです。みんなモフモフしててカワイイですよ!」
「……いや、普通にヤバいだろ?」
「え? 何がですか? 皆さん普通に生活してますよ?」
イシスは何を言っているんだ、こいつ? というように首を傾げている。
あれ?
これって、俺がおかしいんだっけ?
モンスターって、意外とそんなものなのか?
ううむ……実物を見たこと無いから、分からん。
とりあえず、次聞いてみよう。
「次は、そんな世界に俺が行ってもやっていけるかどうかだな」
「それならば問題ありません。普通の生物の能力は、この世界と大差はありません。ただ、危険な地域に行かなければ大丈夫です。魔王とかドラゴンは人族とは別の地域に住んでいるので大丈夫です」
て、さらっとすごい単語が出たぞ。
いるんだ、魔王。
だが、力のないはずの一般人も普通に生きてるから、まあ近寄らなきゃいいか。
「それに、鍛えればこの世界ではありえない能力も得られますし、特別な力を転移する時に与えることができます。私の創っている世界では、魂の力が一番重要なので、何が起ころうと私はあなたを信じています」
あなたを信じています、か。
こんなこと美女に真顔で言われたら一発で惚れるな。
……こいつじゃなかったらな。
「そうそう、俺はこの姿のまま行くのか? それほど長生きのできる歳じゃないぞ」
やる気になれば、まだまだまともに動けるが、さすがに十代の頃の体力はもはやない。
すぐに体にガタが来る頃だと思う。
「そこも、問題ありません。世界を渡るときは魂だけになり、それから、魂の失った若い肉体の人物の中に入ってもらいます。そして、その人物の代わりに生きてもらいます。比較的自由に行動してほしいので、制限の少ない人物にしておきます。あと、今の肉体は天上界で厳重に保管されます。依頼完了時に今の肉体に戻るか、そのまま世界に留まるか、お好きな方を選ぶことができます」
さらっと倫理的にまずいことを言っているが、やっぱり人間とは感覚が違うな。
その人間の家族とか友人からしたらどう思うのだろう?
誤魔化せば何とかなるけど、罪悪感は出るな。
「で、結局、管理者って何をするんだ?」
それが、一番肝心だな。
行ったはいいけど、何もやらない訳にはいかない。
好き勝手遊んでたんじゃ何もならない。
「それは、世界崩壊に至るパターンがいくつかあります。それが起こる前に、未然に修正してください」
イシスは、またもさらっと気軽に言った。
いや、これは無理難題だろ。
勇者になって魔王を倒してください、の方がはるかに簡単だ。
これでは問題があまりにも抽象的で大きすぎるし、一人の人間では小さなことしかできないだろう。
それには、それぞれの時代ごとに、それぞれの人間たちが協力しあい、その都度解決しなければいけない問題だ。
それでは個人の能力がどれだけ高くても不可能だ。
俺は明らかに断ろうという雰囲気を出して、イシスの方を見た。
が、イシスはそれぐらいできますよね、という確信に満ちた目で俺を見ている。
……やっぱこいつ駄目だ。
問題を全く理解していない。
これから駄女神と呼ぼう。
「一応、参考までに聞くけど、今までの成功した世界ってどうやったんだ?」
ダメ元で駄女神に聞いてみた。
すると呆れ果てた答えが返ってきた。
「他の神様たちに聞くと皆様こう答えます。管理者の人選が良かったと」
「へ? それだけ?」
「それだけです!」
駄女神はなぜかでかい胸を張って力強く答えた。
神って何なの?
つまり、管理者に丸投げだよね。
何やったのか誰も分かってないよね。
しかも、全部自分の手柄みたいに思ってるよね。
でも、なんとなく納得できる。
日本神話やギリシャ神話とかの神って、クズばっかりだし。
「……はぁ、逆に今までの失敗例って何なの?」
一応聞いとくか、参考までに。
駄女神は思い出すかのように、うーんと首を唸り、腕を組んだ。
「まずは、雨を止めるのを忘れて、大洪水が起きて世界中が水没してしまいました。水が引いたら、地上は全滅でした」
おいおい、そんな水道の蛇口の締め忘れみたいなミスで、ノアの方舟の大洪水みたいなことやったの?
「あとは、石をうっかり落としたら、ものすごい爆発が起きて海も含めて全部消えてしまいました」
えっと、アルマ○ドン?
「ええと、あとは……」
「……うん、わかったからもういい」
これは、世界の管理云々ていう話じゃないな。
こいつを見張っていたほうがいいんじゃないか?
「ちょ、ちょっと待ってください! 確かにわたくしのせいで滅びたこともありますけど、それ以外の方が多いのですよ!」
駄女神は、俺の呆れ果てた冷たい視線に必死に弁解した。
両手を上下にバタバタさせていて子供みたいだ。
本当にこいつは女神なのか?
「人間同士が争って核戦争になったこともありますし、大魔王が勇者に倒されそうになる前に自爆しての世界崩壊もありました! あとは、平和だったけど、人口爆発で資源が根こそぎなくなっての滅亡もありました!」
駄女神は、息切れをするほどの早口でまくし立てた。
別に、俺は責めたつもりはないんだけどなぁ。
「じゃあ、別の話で、特別な能力とやらで神の能力とかくれるの?」
「もちろん、無理です」
と、はっきりと言われた。
何でも、創造世界には神の力は強すぎて入った瞬間に世界が崩壊するそうだ。
だから、管理者を選ぶのだと。
そう考えると、神より管理者の方がすごいよねって、嫌味を言ったところで駄女神の頭では通じないだろう。
「じゃあ、世界中の言語はできるようになる? 読み書きも含めてね」
「ええ、それぐらいならできますけど、チート能力が欲しいとか言わないのですか? 他の神様はよく聞かれるそうですよ?」
「いや、いい」と俺は答えた。
この場合の問題の解決には、言葉が通じることが一番重要だと思う。
色々な国に行って、その土地の言語ができることがどれほど大事か、俺は行ってみて痛感した。
おそらく、異世界でもそれは必要なんじゃないかと俺は思う。
それに、チート能力は世界のバランスを崩す行為だと俺は思っている。
普通の世界なら、急激な変化や劇的な特効薬は、歪みや危険な副作用が伴うのが常識だ。
それこそ、世界崩壊の原因になる行動だ。
「最後に、天上界追放されたらどうなるんだ?」
駄女神は考えたくないのか、少し顔色が悪くなったような感じになった。
「はうっ! そ、それは、追放されると同時に邪神に堕ちます。そして、様々な世界に行って暴れたり、他の神へできる限りの嫌がらせをします。度が過ぎれば神々の牢獄に入れられるのですが、そこは、あ、あまりにも恐ろしく……」
駄女神は自分で話していて恐ろしくなったのか、言葉に出来ないようだった。
邪神、か。
まあ、こいつの場合は邪神になってもたかが知れているような気がする。
暴力は苦手そうだし、嫌がらせって言っても頭も弱いから大したことはできないだろう。
人間だったら、せいぜいクズなヒモ男に貢ぐ風俗嬢が関の山だな。
いや、これだけ見た目良ければNo.1になれるかも。
「……あの、さっきからすごく失礼なこと考えてませんか?」
駄女神はいつの間にか、落ち着きを取り戻し、ジトッとした半目で俺を見ていた。
一応、女神だから心ぐらい読めるかもしれん。
下手なことは考えられんな。
いや、もう遅いか。
「あの、それでは他に質問はよろしいですか?」
特にはもうなかった。
俺は軽く首を横に振った。
「それでは、この件引き受けてくださいますか?」
駄女神は、上目遣いに不安そうに訊ねてきた。
俺は、自分でもはっきり言って馬鹿だと思う。
結局、俺はいつも自分で自分を苦しめる。
しかも、今回は神話級の無理難題だ。
断っても悪くはない。
しかし、正直に言って俺は人生に飽きていた。
どこに行って何をしても感動が薄れてきていた。
どうせなら、これぐらいぶっ飛んだことをしてみるのも悪くはないんじゃないかとも思う。
それに、相手が女神とはいえ目の前で誰かが困っていたら、放ってはおくのは気分が悪い。
「……はぁ、しゃあねえな、やるよ」
いつもどおり、俺は気だるそうに頭をぽりぽりかきながら承諾する。
またやっちまったよと思いながら。
ぼうけんをはじめますか?
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