23.小さな旦那さま

 受け止めた旦那さまは小っちゃくて、儚くて、そんな彼が拒絶反応で苦しんではいけないと思って、急いで離れました。

 けれど、いたいけな旦那さまを見るとぎゅっとしたい衝動に駆られて、行き場のない手が宙に浮いてしまいます。


「だ、旦那さま、大丈夫ですか?」

「心配しすぎだ。お前が触れたってエルヴェに害はない」

「へ?」


 ウィルの言っていることが飲み込めなくて固まっていると、彼は小さく肩を竦めました。

 

「お前は女神の加護を受けているからエルヴェにかけられた呪いに干渉されずに済むんだよ」

「旦那さまにかけられた呪い……?」

「女性には近づけない・触れられない呪いが魂につけられている。俺が入れ替わったら拒絶反応とやらは出なかったろう?」


 なんという新事実。

 ナタンさんは驚きのあまりパカッと口が開いてしまっています。

 ウィル、そういう大切なことはもっと早くに言ってください。


「大人しく手を繋いでユーリィの加護にあやかってろ。魔法が解けるかもしれないからな。俺は野暮用があるからちょっと森に寄って来る」


 ウィルはそういうとさっさと消えてしまいました。

 ひとまずナタンさんが昔の旦那さまの服を取り出して着替えていただいたんだすけど、もう絵に描いたような美少年で思わず見惚れてしまいました。


 それからデボラさんとナタンさんが話し合い、私は小さな旦那さまが戻るまで傍でお世話させてもらうことになりました。

 ちなみに使用人のみんなが旦那さまを見て頬を緩ませると旦那さまは複雑な顔になって、執務室に閉じこもってしまいました。

 どうやら「可愛い」は禁句のようです。


「旦那さま、休憩しましょう」

「ありがとう」


 おやつタイムになったのでワゴンを運んでくると、旦那さまは書類にペンを走らせる手を止めました。


 今日のおやつはロールケーキ。

 フルーツがたっぷり入っているので彩り鮮やかですよ。


 モグモグとケーキを食べている姿に思わずにニヤけてしまいます。もちもちのほっぺを触ってみたいです。

 そんなこと言ったら怜悧な視線で凍らされちゃいそうですねぇ。

 煩悩を抑え込んで旦那さまに話しかけてみました。

 

「小さいときの旦那さまはどんなことをしていたんですか?」

「いつもレイモンと競ってて、負けてばかりで泣いていたな」

「旦那さまはいつもクールなイメージがあったので意外です」


 そういえば、魔導士団の仕事に明け暮れるのは団長さんを超すためってナタンさんが言ってましたねぇ。

 お2人は幼い頃から競い合っているようで。切磋琢磨はよろしいことですが自分を追い詰めるのは良くないですよ。


「そんなことはない。私は自分を強く見せようと必死なんだ」


 しゅんとしている旦那さま、とても可愛すぎます。

 可愛さのあまり鼻血が出そうです。鼻血よ、押しとどまってください。ここで噴き出してしまえばドン引きされるの不可避です。


『エルヴェ眠そうだね~』

『どうなっちゃうのかな』


 妖精さんたちが珍しそうに見物しに来ました。


 ちっちゃな旦那さまは体力も巻き戻ってしまったようで、おやつを食べ終えるとウトウトとしています。

 最後まで眠気に抗っているのもいじらしく見えてしまい、唇を引き結んでもすぐに緩んでしまってどうしようもなかったのは内緒です。

 眠ってしまった旦那さまにブランケットをかけていると、手をぎゅっと握ってきました。


「おと……うさま。レイよりも頑張りますから……」


 うなされていて苦しそうです。

 思わず頭を撫でてしまいました。しかたがないじゃないですか。こんな小さな手に縋るように掴まれてしまっては不可抗力が働いてしまいます。


「旦那さまは十分素晴らしい人です。使用人のみんながそう思ってますからね。そうじゃなきゃ、みんなこんなに長い間お仕えしませんよ」


 両手で旦那さまの手を包み込んでいると、旦那さまは悪夢から解放されたのか、スヤスヤと寝息をたて始めました。


 あまりにもスヤスヤと気持ちよさそうに眠っているのでナタンさんと相談して寝室に運ぶことにしたのですが、相変わらず掴んだ手を離してくれないので、ずっと私も一緒に移動しました。


 旦那さまを観察する以外、何もすることがありません。

 どうしましょうと途方に暮れていると、旦那さまがもぞっと動きました。


「ユーリィ……?」


 寝ぼけ眼のままこちらを見上げるなんて無防備な……あどけなくて可愛いです。うおお。私よ、鎮まりたまえ。「可愛い」って言ったらしかめっ面されてしまいます。


 旦那さまは握っている手に頬を寄せてきて、図らずも私は願望を叶えてしまいました。

 もっちもちの触り心地に頬を緩ませていると、天使のような純粋な微笑みで見つめられたので罪悪感に苛まれてしましました。下心満載で触れて申し訳ございません……。


「ユーリィ、ずっと傍にいてくれ」

「旦那さまが大人に戻るまでずっとついていますよ」


 手を引き寄せてくる旦那さまは、どうやら寝ぼけているようです。


「前みたいにエルと呼んでほしい」

「え?」


 私がいつ旦那さまを呼び捨てに?!

 もしかして記憶を失う前でしょうか。怖いもの知らずで礼儀知らずの私だったんですね。

 ご主人さまを名前呼びなんてできませんよ。


 でも空色の瞳を潤ませて見つめられると断れなくて。


「エル、早く良くなってくださいね」


 内緒話をするようにコソッと言うと、旦那さまは柔らかに微笑みました。美少年の笑顔をいただいてしまいました。本当に天使です。

 思わずもう片方の出て頬に触れてしまったその時、ボワンっと音を立てて煙が巻き起こると、小さな旦那さまが消えてしまい――つまり、元の大人の旦那さまが現れました。シーツから出ている肩は何にも覆われていなくて。見てしまった途端に心臓が早鐘を打ち始めました。


 さっき服が破れる音も聞こえてきたんですよね……ということはやはり、今の旦那さまは一糸纏わぬ姿ということでしょうか。

 想像するな、私。

 いたたまれなくなって部屋を出ようとしたんですけど、握っている旦那さまの手が離れてくれません。


「おっ、やっぱりユーリィの力で戻ったんだな」


 ちょうどいいところにウィルが帰ってきました。こちらの様子をしげしげと見ていて。

 そんなことしていないで助けて欲しいです。


「だ、旦那さまの手をどうにかしてください」

「しょうがないなぁ」


 ウィルが旦那さまの頭に手を置くと、ウィルの身体は光に包まれて旦那さまに吸い込まれて行きました。

 手を掴んでいた力が緩まって顔を見ると、旦那さまの空色の双眸がこちらを見て悪戯気に細められています。

 顔が熱くなって仕方がないです。


「眠ってるからすんなり交代できたな」

「ウィル! ナタンさんが来るまで起き上がらないでくださいね!」


 私は全速力で部屋を後にしてナタンさんに助けを求めに行きました。

 心臓に悪い一日でしたよ。

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