第8話 彼女と彼女の誕生日①

 突然だが、明日が何の日かお分かりだろうか?何を隠そう、明日は心の誕生日なのだ。だから、今日は妹のゆめと一緒にプレゼントを買いに行くのだ。しかし、ゆめは一向に現れない。

 

「ごめーん、くーくん待ったー?」

 

「待った」

 

 ゆめは三十分も遅れてきた。一体何をしてたんだ。

 

「そこは待ってないよって言うところだぞっ」

 

「はいはい、待ってないぞー」

 

「うわー、全然気持ちこもってないし。それと、なんか言うことない?」

 

 ゆめは何か物欲しそうに見つめてくる。

 

「……なんだよ」

 

「えー、最悪じゃん。せっかくオシャレしてきたのに」

 

 言われてみれば確かにそうだ。いつもなびいていていた髪は綺麗に括られており、うっすらと化粧もしていた。少し緩い服から除く谷間に目を奪われそうになってしまう。

 

「……似合ってるんじゃないの」

 

「ふふふ、ありがとう」

 

「それで、何が欲しいか心に聞いてくれた?」

 

「ふっふっふ。それはだなぁ――」

 

「焦らすなよ。早く教えてよ」

 

「ごめーん。忘れてたー」

 

 ゆめはそう言いながら白々しい演技をしていた。やっぱりゆめには頼らなければよかった。

 

「仕方ないから、色んなもの見てまわってから決めましょ」

 

 何故かは知らないが、ゆめは嬉しそうにガッツポーズをしていた。

 

「そうだな」

 

 俺は納得がいかないが、今はプレゼントを買うことが最優先だ。

 

「じゃあ、どこから行く?」

 

「えぇ、もうまわるの?私お腹すいたー」

 

 こいつはここに何しに来たんだ。これなら一人でまわった方が良さそうだ。

 

「おーねーがーいー!おーねーがーいー!」

 

 ゆめはそう言いながら、近くのうどん屋さんを指さしていた。俺は思わず笑ってしまった。やっぱり姉妹は似るものなんだな。

 

「仕方ないな。うどん屋行くか」

 

「やった!流石くーくん分かってるぅ」

 

「ゆめちゃんうどん好きなんだね」

 

「どちらかと言えばラーメン派だったんだけどねー。お姉ちゃんが何回も連れて行くから気づいたら好きになってた」

 

「な、なるほどね」

 

 俺と全く一緒じゃないか。心、恐るべし……

 

「話変わるんだけどさ、私って可愛い?」

 唐突すぎて、俺はむせ返りうどんを吐き出してしまった。

 

「なんでそんなことを聞くの?」

 

「いやー、なんか学校でよく告られるんだよね。あ、安心してね?全部断ってるから」

 

 俺はゆめの性格がウザイのを知ってるので可愛いとは思ったことはなかった。でも、黙っているなら確かに可愛い。ゆめの性格を知らない男子共ならこんなに可愛い子をほっとくわけがない。

 

「みんなから可愛いとか言われないの?」

 

「言われるよ?でも、私は今くーくんに聞いてるの」

 

 えぇ、なんだよそれ。俺の意見なんて気にすることないだろう。

 

「まぁ、可愛いんじゃないの?多分」

 

「えー、なんてー?聞こえなーい」

 

「は、絶対聞こえただろ」

 

「あーあー、聞こえない」

 

「可愛い、可愛いから。これで満足か?」

 

「そんな、可愛いなんて言われたら照れちゃう」

 

「いや、お前が言わせたんだろうが」

 

「細かいことは気にしないの。食べ終わったことだし、プレゼント見に行こっか」

 

 まず俺たちは服屋さんへ向かった。

 

「心の服のサイズとかわかんないよー」

 

「大丈夫、大丈夫。私とそう変わんないから」

 

「てか、心はどういうのが好きなの?」

 

「んー、そこら辺のじゃない?」

 

 その視線の先には、ヒョウ柄のフード付きジャンパーがあった。

 

「お前、絶対ふざけてるだろ」

 

「そんなことないよー」

 

「ったく、ちゃんと教えてよ」

 

「もー、仕方ないな。はいこれ」

 

 ゆめはスケスケのパンツとほとんど隠せないブラジャーを渡してきた。ちょっとだけこれを付けている心を想像してみた。あっという間に天使が俺の脳内に現れた。

 

「付けて欲しいけど、こんなもの渡せるか!」

 

「じゃあもうわかんない」

 

「まじで、なんなんだよ……」

 

 そうだ!心は美化委員だから、植物系のやつをあげよう。ここからはゆめとは別れて、一人で決めよう。

 

「ねー、何考えてるのー?あと、この服どう?」

 

「なんなんだよさっきから。自分のことばっかり。真面目に考える気あるのかよ」

 

 俺はついカッとなってしまった。

 

「そうだよね。くーくんはお姉ちゃんのプレゼント買いに来たんだもんね。それで私を頼っただけだもんね。期待した私がばかだった。本当にごめん」

 

 ゆめは今にも泣き出しそうだった。俺の言葉がきつかったのかもしれない。

 

「俺も少し言い過ぎた、ごめん」

 

「ううん。くーくんは悪くないよ。私が悪いの」

 

 ゆめは本当に辛そうな顔をしていた。どうしてそんな顔をするのか俺には分からなかった。ただ、俺のせいだということだけははっきりわかった。

 

「……そうか」

 

 俺はやりきれない気持ちだった。こらからどうしたらいいのか分からず、次の言葉を待つことしか出来なかった。

 

「私もう必要ないよね。今日は帰るね。ありがとう」

 

「こちらこそ付き合ってくれてありがとう」

 

 ゆめは早足でその場を後にした。俺は空間に一人取り残されたような気がした。このモヤモヤをどう晴らそう。

 

「プレゼントは買わないと……」

 

 あれこれ考えるのはあとにして、プレゼントだけは買うことにした。俺はガーベラの花束を買い家に戻った。

 もう一度ゆめと会って話すべきだよな。このまま溝ができるのは嫌だ。俺は携帯を手に取り電話する。

 

 ――おかけになった電話番号はおでになりません。

 

 俺は嫌な予感がした。俺はゆめを探すために、すぐに家を飛び出した。あちらこちらを探し回ったが一向に見つからない。どこにいるんだよ。早く出てきてくれよ。もう一度電話をかけてみる。

 

 ――おかけになった電話番号はおでになりません。

 

 くそ。何度かけてもこうなる。諦めかけていた時俺の電話が振動した。振動のせいか、体が震える。ゆめからだろうか。恐る恐る見てみるとかけてきていたの心だった。

 

「もしもし、どうしたんだ」

 

「……ゆめが、ゆめが」

 

「おい、ゆめちゃんがどうした?」

 

「ゆめが……交通事故にあったの……」

 

 俺は目の前が真っ暗になった。

 

「……今どんな状況なんだ」

 

「今さっき、病院から電話が来たところ」

 

「わかった。すぐに病院へ向かう」

 

 俺は電話を切って走り出した。あの時俺が落ち着いてさえいれば。あの時俺が引き止めてさえいれば。くそ。そんなことばかり考えてしまう。違うだろ。今はどうかゆめが無事であるようにだろ。

 しばらくすると雨が降ってきた。雨に濡れた服はいつもより重く感じた。

お前が行ってなんになる?そう言われているような気がした。

 

「心!ゆめちゃんは無事なのか」

 

「分からない。今、治療室にいるの」

 

「そうか。ゆめ……絶対死ぬなよ」

 

「……ゆめ。絶対生きるのよ」

 

 俺は泣いている心の方を抱きよせ一緒に泣いた。

 

「あぁ、ゆめならきっと大丈夫さ」

 

「そうだよね。だって私の妹だから」

 

 俺たちは静かにゆめが戻ってくるのを待った。

 

 

 *

 

 

「はぁ……」

 

 自然とため息が出てくる。私はくーくんと二人で買い物に行けたことで舞い上がっていたのだ。お姉ちゃんの誕生日プレゼントを買うために誘われたのは知っていた。でも初めての二人での買い物だったから、少しぐらいデートっぽいことしてみたかったのだ。

 

「くーくんのばかぁ……」

 

 今度は涙が出てきた。くーくんもばかだけど私はもっとばかだ。私は自分のことばかり考えていた。結果、くーくんの買い物の邪魔でしかなかった。あんなに怒るくーくんは初めて見た。その時の胸の痛みは今までで一番のものだった。今でも少しも痛みは引かない。むしろどんどん痛くなっている。

 

「ほんと、何やってるんだろ私……」

 

 私は携帯が鳴っていることに気づき、見ようとしたその刹那。視界に飛び込んできたのはトラックだった。すぐに急ブレーキの音が聞こえたが、間に合わない。トラックは私目がけて突っ込んでくる。逃げるんだ動け。スリップ音が響き渡る。体は動いてくれない。私まだくーくんに好きって言えてないや。一瞬だったがフロントガラスから見えた顔は私を嘲笑っているかのような気がした。それを最後に私の意識はプツリとなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

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