19話

 


 ――流れる景色。顔を叩く蒸し暑い風。


 先頭のボスシーサーの背に跨る2人は、50匹の群れを率いて、現在1直線で沖縄を南下していた。


 ノエルがその小さな鼻をひくつかせる。


「……血の匂い」


 同じく鼻をひくつかせ体毛を逆立てるシーサー達を見て、東条はストレッチがてら首をポキポキと鳴らした。


「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか」


「蛇はもう出てる」


「間違いねぇ」


 ならば出てくるのは鬼か。何の問題もないな。


 東条は目の前に座るノエルの頭頂部を見ながら、少し考える。


「……ノエルさんよ、提案だ」


「ん」


「一緒に戦ってみよう」


 んー?と顔を上に向けるノエルを、東条はうむ、と見下ろす。


「なんだかんだ、俺達って強敵相手する時いつも個人戦じゃん?」


「……?それはマサが我儘言うから、」


「だから今回は、強そうな奴は2人で相手してみよう!」


「……」


 この前のキマイラ戦を声量でかき消した東条は、ジト目のノエルの両頬を手で挟む。


「たまにはダブルスもいいだろ?」


「……べふにいいへぉ」


「決まりな!」


「んも」


 勢いよく離された自分の頬をコネコネしながら、ノエルは溜息を吐く。


「じゃあマサ、ノエルから10m以上離れちゃダメ」


「え、……何、メンヘラ?」


「ノエルは案外独占欲強い」


「あ、そなの?」


 ……こいつ独占欲強いんだ。ボケに乗ってくれたノエルから、自分の知らない一面を知り少々驚く。


「異性と話すの禁止。SNS禁止。連絡先はノエル以外消す。5分ごとに行動報告。GPS埋め込む。部屋に監禁する。約束破ったら世界壊す」


「バチくそメンヘラじゃねぇか⁉︎」


 メンヘラ診断オールクリアな内容に東条は爆笑する。いや待て最後なんて?


 ノエルが振り向き髪を耳にかけ、わざとらしく瞳に影を作る。


「これも全部、マサを想ってのことなんだよ?」


「さ、流石に監禁はちょっと、」


「何で?ノエルが養うから大丈夫だよ?お世話も全部ノエルがしてあげる」


「それは有難いんですけど、外には出たいというか……」


「っどうして⁉︎ノエルのこと嫌いになった⁉︎分かった!他の女に会いに行くんだ‼︎ノエルのこと捨てるんだ‼︎もうマジ無理天変地異起こそ」


「エグいて。迫真が過ぎるて。……え、その道のプロの方ですか?」


「ん。メンヘラ代表取締役社長勤めてます。ノエルです」


「あ、これはご親切にどうも」


「こちらこそども」



「…………ブフっ」「…………んふっ」


 お互いに頭を下げた2人は、数秒後、耐え切れずに噴き出した。


「ブァっはハハハハっ、無理、マジ死ぬ、アひっ、腹痛ぇっ」


「ナハハハハっ、ふひっ、どう?上手かった?ぅひひっ」


 背中の上で転げ回る2人に、ボスシーサーは心配そうな顔をする。


「だはぁ〜、上手いなんてもんじゃねぇよ。もう天賦の才だよ」


「ん。目指してみる」


「目指してなれるもんじゃねぇけどな」


 一息吐いたノエルは、まだよじれそうなお腹を押さえて起き上がる。


「ふぅ、マサはメンヘラ好き?」


「いきなりかよ。……ん〜、正直好きではあるな。メンヘラとかヤンデレとか、自分のせいで狂う女って興奮するだろ?」


「分かる」


「分かっちゃダメだろ!」


「ぬふっ」


「んぐふッ、おいやめろっ、もう笑わせんな!」


 ちょっと今笑いのツボ小6まで下がってるから。うんこで笑っちゃうくらいには下がってるから。


 必死に互いを牽制し合う東条とノエル。


 ……とこそこで、ようやくシーサー達の足が止まっていることに気づいた。


「んひ、ふぅ……ん?なんだ?」


「……ガゥぅ」


 ボスシーサーが悲しそうな鳴き声を上げ、うるうるした目で東条を見る。


 顔を上げ、周りを見渡し……、



「「……やべ」」



 大量のヴェロキラプトルに囲まれているのを目に、2人は真顔になった。

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