50話

 


 盛大に着地した後、土埃の中から現れる、隊服を返り血で真っ赤に染めあげた彦根。


 いったい道中どれだけのモンスターを殺してきたのか、彼が纏う血の量は尋常ではなく、思わず顔を顰める程の死の臭いを全身から漂わせていた。


 唐突な乱入に場内が静まり返る中、千軸だけが笑みを浮かべる。


「ヒュー、ヒュー……遅い、ですよ」


 そんな彼を見て、彦根は一瞬痛々しそうな顔をするも、優しく微笑みを返した。


「ごめんね。……そんなになるまで(ボソ)」


 彦根は起き上がれない千軸に向かって歩みを進める。


「ゴルブァアッ‼︎ッびゃ――」


「渡真利君も、よく頑張ったね」


「ッ⁉︎……は、はい」


 彼は襲い掛かろうとする将軍を見もせずに、腕の一振りで斬殺。


 ゴリラの五枚おろしをガラスの壁にぶちまけ、渡真利の肩を叩き通り過ぎた。


「カヒュー、……ヒーローは、遅れて、……やって来るんですね」


 部下によって上半身を起こされた千軸は、不甲斐ないと霞んだ声で笑う。


 しかし彦根は彼の前で膝を折り、微笑みながら首を横に振った。


「それは違うよ、楓君。遅れて来る奴なんて、ヒーローと呼ぶには値しない。

 弱き者の為に命を擲って、次に繋いだ者こそ、ヒーローと呼ばれるべきだ。


 誇れ、千軸 楓。



 君こそが僕達のヒーローだ」



「……(ふっ)」


 彦根は右拳を前に突き出す。


「後は任せてくれ」


「……」


 弱々しく震える左拳は、敬意と怒りに燃える右拳へと、その意思を繋いだ。


 役目は果たしたと、千軸の意識が無くなり腕が地面に落ちる。


 彦根は立ち上がり、放心する猿へと笑顔を向けた。


「急ぎ処置を。終わり次第、楓君を特区の外に運ぶよ」


「は、ハッ!」


「……安心してよ。時間は掛けないから」


 地を蹴った彦根は、自分の動きを目で追うことも出来ていない猿供に向かって、右腕を全力で振り抜いた。


 命諸共観客席を抉り刈った死神の狂笑の中には、確かな怒りが渦巻いていた。





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