44話


 

 吹き出す血飛沫に渡真利達部下が悲鳴を上げ、猿達は歓声をあげる。


「――っくぅッ」


 意識の外からの攻撃に魔力が乱れ、領域が解除される。

 同時に空中に漂う槍の残骸が地面に落下。それを見た十匹のゴリラは、致死の守りが無くなった事を一瞬で理解する。


 仕止めるべく土ゴリラが土槍を投擲。

 風ゴリラが槍を超加速。

 八匹のゴリラが折れた槍を手に一斉に飛びかかった。



 バランスを崩す自分。

 心臓へ吸い込まれる一本の槍。

 殺しに来る八匹の猛獣。

 涙を浮かべ、助けに走ろうとする渡真利。

 汚く笑う、客席の将軍。





 ――それら全てが、一瞬で用意した決死のブラフ。





 千軸が勢い良く両手を合わせる。



「『壓界あっかいッ』」



 乾いた音が鳴ると同時に、


 ガギンッ‼︎、ゴシャグチャベキョグシャバキバキメキョブチュバチュ――。


 と、何かを圧縮し、磨り潰す音が鳴り響いた。



「――はぁ、はぁ、っ、はぁ」


 千軸は暗闇の中、壁に寄り掛かり地面に尻をつく。


 携帯式医療セットを取り出し、服を捲り脇腹にライトを当てた。


「はぁ、はぁ、ふぅぅ(こりゃ、縫っても意味ないな)」


 そこに医療針を通す肉と皮は無く、ごっそりと削られた場所からだくだくと滲み出る血と、赤く染まった肋骨が小さく顔を出していた。


 包帯を取り出し、適当に傷口に押し当てる。


「ぅっ……ふぅ。………はぁぁ……」


 彼は目を瞑り、天を仰いだ。



 壓界。

 それは中心以外隙間すらない、絶対防御の土の世界。それ以上でもそれ以下でも無い、一つの形状で完結した只の球体。


 この世界の形成に巻き込まれた槍とゴリラ八匹は、文字通り一瞬にして壓殺された。


 一撃必殺と絶対防御を兼ね備えた無敵の世界だが、やはりぽんぽん使えない理由がそこにはある。


 土魔法使いの多く、というかその殆どは、既存の大地を操り形状を変え、攻撃や防御に転用する。


 東条とノエルから軍に提供された動画に映っていた、快人、キュクロプス、胡桃、殆どの土魔法を行使する実力者が、その手法を取っているのだ。


 それは偏に、燃費が悪すぎるから。


 魔法行使に於いて炎や水、風、電気、光、それ等が何も無い場所から創造できるのは、単純明快、我々が何も無いと空間に、それ等の媒体、素材が全て用意されているからだ。


 千軸のcellは、自身の周りを一瞬で別世界に変える。

 その際の構築速度は全方位同時であり、右側が出来てないけど左側は出来た。なんて事は絶対に起こり得ない。


 では壓界を形成する時何が起こるのか?


 答えは、大地に触れている足裏以外、cellによって無理矢理物質の創造が行われるのだ。

 それは水や火を起こすのとは訳が違う。


 ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム、カリウム、ナトリウム、マグネシウム、マンガン、リン、硫黄、チタン、etc。


『土』という物質を作る為に必要な現存既知の素材が、魔素という人外未知の元素により生み出される。

 これが第一工程。


 それ等素材を結合、合成、錬金し、『土』を作成。

 これが第二工程。


 出来上がった『土』を更に圧縮し、超硬度を維持。

 これが最終工程。


 大きく分けたこの三工程を、コンマの内に強引に終わらせるのだ。


 ゼロから練り上げられたこの『土』は異常な硬さを誇る。

 ただ、千軸に掛かる負担が如何程なのか、どんな魔法弱者でも分かるというもの。


 そしてもう一つ、壓界を使いたくない理由。


「ゴア?ッウルァ!」「ゴルァッ」


 残された二匹のゴリラは、地面に座りゆっくり休んでいる千軸に腹を立て槍で殴りまくる。


 しかしその攻撃が彼に届く事はなく、甲高い音を立てて全て弾かれる。


 見かねたデブゴリラ将軍が火球を放つも、爆煙の後に現れる何食わぬ顔の千軸。


 それもその筈。

 内側の千軸からは、外側の光景が一切見えていないのだ。逆に外からは、次に彼がどの様な動きをするのか観察できる。


 下手に壓界を解けば、その瞬間死が確定する。



「……さて、どうするか」


(残りの敵は二匹。俺が尻をついたのを見て、恐らく接近してきている。前か、後ろか、……ダメだ。頭回んねぇ)


 cellの連続発動と魔力の過剰行使で、ボー、と痛む頭を叩いて覚醒を促す。


(取り敢えず壓界を解いた瞬間に、一番負担の少ない烈界を……いや、少しでも敵の接敵を防ぐには溟界にするべきか)

 


「(…………ぅし)――ふッ」


 覚悟も決まり、一思いに世界を開く。


 瞬きも許されぬ一瞬の内に、傷口が血を噴くのを圧し再度世界を構築。



 ……のさなか、しかし目に飛び込んできた光景は、予想よりも遥かに悪いものであった。

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